サンドイッチ

 賑やかな公園のベンチに二人は座っていた。


「釈放に時間が掛かるようなら、差し入れとして置いてこようと思ったんですけど」


 そう言いながら、マークが紙袋から次々とサンドイッチを取り出していく。


「こういうところで食べる方が、やっぱり美味しいですよね」


 全部を出し終えたマークが、にこっと笑った。

 二人の間には、たっぷり三人分はあるであろうたくさんのサンドイッチが並んでいた。


「いくら私でも、一人でこんなには食べられませんよ」


 ミナセが呆れる。


「あははは、すみません。ミナセさん、おなか空いてるかなって思って」


 頭を掻くマークを見て、ミナセがクスリと笑った。



「ご馳走様でした」


 マークに礼を言って、ミナセはそっとお腹をさする。あれだけあったサンドイッチの半分以上を、結局ミナセが食べてしまっていた。

 公園の空気がそうさせたのか、安心したからなのかは分からない。だがミナセは、マークと一緒に食べるサンドイッチをとても美味しいと感じていた。

 つい最近も、そんなことを思った気がする。


 本当に不思議な人


 満足そうにお腹をさするマークを見て、ミナセは小さく微笑んだ。


 お腹をさすっていたマークが、包み紙を丸め始める。

 

「私が捨ててきます」

「あ、すみません」


 マークから包み紙を受け取って、紙袋にまとめて入れたミナセは、剣を持って立ち上がった。右手には丸めた紙袋、左手には、自分の剣。

 ゴミ箱までわずか数歩の距離だというのに、ミナセは剣を持って歩いた。

 旅に出てからずっと一緒だったミナセの剣。衛兵に預ける時は、不安でいっぱいだった。無事返された時には、心の底からホッとした。

 手に馴染んだその感触を確かめるように、ミナセは剣を握り締めていた。


 じつは、剣を受け取る時、ミナセがもう一つ返してほしいと衛兵に頼んだものがある。

 それは、魔石。クレアが消えたあとに残っていた、クレアの魔石。

 あの魔石には、クレアの心が宿っている。なぜだかミナセはそんな気がしていた。何の根拠もなく、ミナセはそう感じていた。

 だが。


「あれは没収だ。こちらで調べさせてもらう」

「では、せめて調べ終わったら……」

「没収だと言っただろう。だめだ」


 しばらくミナセは粘ってみたが、クレアの残したものは、魔石を含めて何一つ返されることはなかった。



「今日は日曜日なんですね」


 ベンチに戻ったミナセが、腰を下ろしながら言った。

 親子連れやカップルで賑わう公園は、明るい声で溢れている。二人の前を、女の子が母親を追って駆けていった。その姿にクレアを重ねて、ミナセがうつむく。

 おなかは満たされた。冷たい部屋にいた時よりも、気持ちはずっと前を向いている。それでもミナセの心は、やはり昨日の出来事から解放されてはいなかった。


「社長」

「はい」


 ミナセの小さな呼び掛けに、マークが答える。


「話を聞いていただいても、よろしいでしょうか?」

「もちろんです」


 即答のマークに顔を向け、またミナセはうつむく。

 

 話したからどうなるというのか


 そう思う自分がいた。


 これは仕事の話ではない。話す義務なんてない


 そう思う自分がいた。


 それでも、ミナセは話し始めた。

 理屈ではなかった。誰かに聞いて欲しかった。マークに、聞いて欲しかった。


 淡々とミナセは語る。

 クレアとの出会い、クレアから聞いた話、クレアの体のこと。


 ゆっくりとミナセは語る。

 クレアと一緒に歩いたこと、衛兵に追われたこと、そして、クレアの最期の様子。


 話を終えたミナセが、地面を見つめて言った。


「長々とすみませんでした」


 時々声を詰まらせそうになりながら、それでもミナセは、最後まで静かに語り終えた。


 声が途絶えて、沈黙がやってくる。

 木々のざわめきや、子供のはしゃぐ声がとても大きく聞こえた。


「ミナセさんの話を聞く限り」


 黙り込んでしまったミナセに、マークが話し掛ける。


「その子の体は、すでに限界を迎えていたような気がします。その状況で、ミナセさんは精一杯のことをやったと、俺には思えますが」


 マークがミナセを見る。


「ミナセさんの心に、何かスッキリしないことが残っているんですか?」


 そう問い掛けて、答えを待つ。何も言わないミナセを、マークは黙って待った。


「クレアは」


 やがて、ミナセが答えた。


「おっしゃるように、いずれ最期を迎えたんだと思います。クレアの言っていた先生という人でもなければ、たぶんあの子を救うことはできなかった。私も、そう思います」


 下を向いたまま話す。


「でも、だからこそ、もっと違う最期を迎えさせてあげたかった。もっと静かに、もっと穏やかに見送ってあげたかった」


 ミナセがまた黙った。

 マークが、やはり黙ってミナセを待った。


「私は」

 

 再びミナセが話し出す。


「クレアに、先生を探してあげるって言ったんです。コロッケを作ってあげるって言ったんです」


 小さな声で話す。


「だけど、私は何もしてあげていない。約束したことを、私は何一つしてあげていないんです」


 両手を握る。


「クレアは優しかった。だから何も言わなかった。だけど、あの子はきっと、私に言いたいことがあったんだと思うんです。調べ物なんていいから先生を探してほしいとか、戦わなくてもいいから一緒にいてほしいとか」


 ミナセの声が震え始めた。


「でも、私はそれを言わせなかった。クレアの言葉を遮って、クレアの気持ちを押さえ込んで」


 昨日からずっと思っていたこと、冷たい部屋でずっと考えていたことが、ミナセの心を染めていく。ミナセの心が、後悔と罪悪感でいっぱいになっていった。 


「何も言えないまま、あの子は逝ったんです。何かを言いたかったはずなのに、私にあちこち連れ回されて、衛兵に追い掛けられて、最後はあんなことに」


 涙が一粒こぼれる。


「私は、クレアのことなんて考えていなかった」


 次々と涙が溢れ出す。


「クレアの気持ちなんて、私は何も考えていなかった!」


 ミナセが顔を上げた。ボロボロと涙を流しながら、マークを見る。

 そして叫んだ。激しい感情を吐き出すように、大きな声でミナセが叫んだ。


「私は自分のことしか考えていなかったんです! クレアは絶対、私のことを……」

「ミナセさん!」


 突然の強い声に、ミナセが目を見開く。


「事実は何ですか?」


 鋭い視線が問い掛けた。


「その子の表情、その子の声を思い出してください」


 鋭い声が問い掛けた。


「事実は、何ですか?」

「事実……?」


 ミナセの涙が止まる。言われた意味が分からずに、思考も止まってしまった。

 そんなミナセに、今度はマークがゆっくりと話し始めた。

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