発展途上紛争ファンタジーへの怠惰

「考えていることと言っていることに相違があった、そんな顔をしてますよ」


 式谷はあたかもそれを見透かしたように、絶妙なタイミングで、珍妙な発言をしてみせた。何かイカサマでもしているのではなかろうか。手品師もびっくり、実に奇怪な読心術である。

 ですが、と式谷は続けた。


「今回は理性的に考えてほしいところです。あの町を制圧できるほどの軍勢に太刀打ちできるのか定かではないですし、何より危険を冒してまで助けに行く意味はありません」


「同じホモサピエンスとは思えない軽薄さだな」


「リアリストなだけです」


「面白いことに首を突っ込むのがお前だと思っていたが、芝居だったのか」


 俺の挑発的な発言に、式谷はくくっと再び笑みを浮かべた。


「あなたの手に余る事案だ、とお伝えしているんです。私が想像している最も面白くないシナリオは、御影さんが敵軍に捕らえられ、私と引き離されること。そしてその可能性は間違いなく存在する」


 面白くない出来ごとは避けて通る。こいつはいよいよ疫病神に見えて来た。だが、今回に関しては正論しか吐かれていない。そもそも俺の不死が敵にバレたとすれば、いったい何をされるかわかったものではない。


「わかった、今回は引こう」


「良かったです。危うくあなたの両足の腱を斬ってでも止めようと思っていました」


 常人には冗談にしか聞こえないだろうが、俺にはわかる。これはマジなトーンだ。選択肢を間違えずに済んだ、と安堵のため息を吹きかけてやりたい気分だった。


「では海を目指そうぞ。話は終わったのであろう」


 暫し静観していたデルが開口一番、そう言った。そういえばこいつの目的は海に帰ることだったが、それにしてもとんでもない日に巻き込まれたものだ。

 災難なデルに、ああ、と短く返事をすると、両手を腰に当てて満足げに頷いてきた。


 ひと通り会話が終わってから、アトラヴスフィアを眺め見た。ひたすらに火の手が上がり、外壁も何箇所かに大穴が開けられている。この町に来たとき、治安が悪いと表現したがそれは間違いであった。

 発展途上の紛争ファンタジー世界、これが正しかった。全知全能たる神々がこんなにも身近にいるというのに、なんという体たらくだろうか。神も、人も。


 哀しい、という感情よりは、虚しいという表現が正しい。あらゆる要素がないまぜになって、混濁して、容量超過して、思考が止まっているような感覚だ。


 いずれにしろ紛争や抗争、戦争に巻き込まれるのは御免被りたい。それに対処するのも、他人の心配をするのも、自身の感情を制御するのも、面倒なことこの上ない。膨大な活動エネルギーが必要なのだ。

 もし、またあの摩訶不思議能力が使えるなら、デルには悪いが、こんな面倒な世界から脱して────


【もっと愛と平和に溢れる世界に行きたい】

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