アトラヴスフィア脱出作戦
警鐘、敵襲、その言葉を幾度か頭で反芻させてから、予感が現実のものとなったのだと理解した。
そんな折、二階から式谷やデル含めた宿泊客七人が駆け降りてきた。熟睡していたとしても、あんな爆音が響き渡ればノンレム睡眠真っ只中であっても、飛び起きるのも無理はない。
「御影さん、この音は……?」
「敵襲を知らせる警鐘なのだそうだ」
「ああ、そうなんですね」
少しは焦れ。敵襲だと言ったはずだが、式谷はまるでパレードを今か今かと待つ子供のように、嬉々とした笑みを浮かべていた。
「神である我の邪魔をする愚か者は叩き潰してしまえばよい」
かっかっかとひとしきり笑ったデルは「冗談じゃ」と、したり顔をこちらに向けた。どうして俺の周りには異常者しか集まらないのか。
そろそろ周囲からの痛々しい視線が恥ずかしくなってきたところで、女将がテーブルの上に地図を広げた。先程の世界地図ではなく、町の詳細が記載されているものだ。
「脱出するよ!」
女将の言葉に各々感嘆を放ったが、徐々に外が騒がしくなってきた。すでに敵は町中に侵入している、その場の誰もが察したようであった。
地図を見ると町は塀で囲まれていた。出口は南北に二箇所のみ。この宿屋兼酒場はメインストリート沿いのため、ちょうど中央あたりに位置している。口にはとても出せないが、脱出には最も適さない状況である。
「見ての通り脱出には適さない状況さね」
俺の気遣いを返せ。
「だけど、逆に相手方の到着が最も遅れるとも言える。出口はどうせ塞がれている、そこで目指す場所は……ココだよ」
女将が指差したのは、アトラヴスフィアを突っ切って流れている川であった。そのか細い川は、外から一度アトラヴスフィアに流れ入り、そこからまた外へと出る。
それが生活用水となっているのか、はたまた環境保全のため立ち入り禁止となっているのかは、興味もなかったため不明である。が、個人的見解を述べると、奇襲を仕掛けるような狡猾な相手が、川を放置などしないはずはない。
「ってことで、善は急げだ。みんなで向かうよ!」
商売道具だろうか、大荷物を背負った女将が先導する形で、その場の全員が酒場から抜け出した。女将の言う通り、敵はまだここに及んでいないようだ。だが、確実に町に火の手は回っていた。ここに至るのも時間の問題だ。
俺は女将の横に並んだ。
「女将、ちょっと待────」
女将は俺に向かって笑いかけてきた。
「大丈夫」
その一言だけ残すと、再び前を見据えて進み続けた。何か秘策でもあるのだろうか。
難なく町をすり抜けた俺たちは、川へと辿り着いた。人二人分程度の幅で、深さは俺がすっぽり収まる程度の小川だ。塀の下には木の柵が付けられていたが、腐食しておりすぐに取り外せそうだ。
「なるべく音を出さずに、泳いでお行き」
一人ずつ着水していき、水に慣れない者も必死に泳ぎだした。式谷とデルは器用に潜水しながら進み出したところで、俺と女将だけが残った。
「しんがりは任せな」
「すまない」
俺も泳ぎは得意ではないが、進むほか道はない。手足をひたすらばたつかせながら、やがて城壁の真下にまで辿り着いた。トンネルのようになっている水路は暗闇で何も見えない。女将も式谷らと同様潜水が得意なのか、静かに泳いでいるようだ。
その時、騒々しさの中から特に大きな爆発音が聞こえた。それは水路の水面が揺らぐほどのものであった。それは数回続いたあと収まった。
もう少しか。
月明かりに照らされた水面にようやく辿り着くというところで、突如水路側へと引きずりこまれた。
水面から顔を出したのは、式谷とデルであった。潜水していたので追い抜いていたことに気づかなかった。とんだ潜伏スキルだな。
式谷が指差した、水路を抜けたところで先行していた客らが次々に川から引き上げられ、その場で切り捨てられていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます