幻想即興曲
コマバラ
Op.1
いつしか僕の横に佇んでいた黒いぴかぴかの、白と黒のコントラスト。君は僕を見つめて離さなかった。僕はそれに答えるように君を叩いてぽろんと鳴らした。ただただ音が浮かんでは消える。それだけのことが嬉しくて嬉しくて、僕は君に溺れていった。
君はピアノと言うらしい。僕が君と遊ぶのを、母はたいそう喜んだ。毎日毎日飽きもせず、教えて教えてと母の服の裾を引っ張って、紙面で泳ぐオタマジャクシを追いかけた。上手に弾けたら楽譜には、真っ赤な花丸を咲かせてくれた。
いつしか棚に並んだ楽譜はみんな、立派な花をつけて笑った。ハノンもバイエルもブルグミュラーも。少しくたびれてはいるけれど、それすらも誇らしかった。
そうして僕は君の、広くて、深くて、暗くて、明るい、果てしないおもしろさに激しく酔っていったのだ。
僕は万能だった。ピアノはもちろん、勉強だって大した苦労もせずできたし、運動もそれなりにできた。絵を描くのも文を書くのも好きだった。人ともうまく付き合えた。先生には優等生だと褒められた。だから僕は、このままピアノを弾いて、それ以外は程々に、思い通りにうまくやっていくのだろうと思っていた。実際そうしてやってきた。幸せだった。恵まれていた。
しかし僕は気がつかなかった。
ラの音が間抜けに歪んでいたことに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます