ふらっと地球裏まで行ってみた。

リリー

最初は日本から。


「お疲れ様でございました。お名前を頂戴してもよろしいですか?」


生温い風と蝉の音が頭の回転を鈍らせる中

私は毎日お決まりの文句とお決まりの笑顔でお客様を迎える。


所謂ベルガールという仕事を、伊豆の旅館で担っていた。


うちの旅館には最寄りの駅はなく、アクセスは自家用車かバスに限られる程の辺鄙な場所にある。

たどり着くまでの長き道で、はたまた日常生活での”疲れ”を癒す空間の窓口となり、お客様をフロントまで案内するのがベルガールの仕事である。


ただ案内するだけでも、ちょっとした世間話を取り入れるだけでお客様の緊張は解れる。

私はその瞬間が好きだった。


そんな伊豆の旅館で働くことになったのは何も私が静岡県民だからではない。


とある人から聞いたウミガメの話をひょんなことから思い出し、

ダイビングのライセンスを取れば見れるかも?という安直な考えで

ライセンス取得を心に決めたことがきっかけだった。

※ライセンスを取らなくてもウミガメは見れます。


当時大学生だった私には大出費であったが

「それなら住み込みで働いちゃおう!何なら海も満喫できる!ヤッホー!」

と、思い立った。立ってしまった。

早速旅館に飛び込み、朝は仕事、昼は海まで自転車を漕ぎ、夕方から夜は再び仕事。

たまにの休みにライセンススクールへという生活を2週間送った。


ちなみにライセンスは種類があり、大体の人はPADIのOWライセンスを取得する。

取得には3日間。同じライセンスでも2~7万の価格幅がある。

(PADIのライセンスを安く取得したいなら迷わず国内外問わず南国へ行くことをお勧めします。)

ライセンスを取得するとライセンス所持者同士でバディを組めば

インストラクターがいなくてもダイビングができるようになる。


ダイビングのライセンスの話なんて興味ないよ!

急にツラツラとなんなんだい!と思わないでください…。

このバディを組む、ということがキーワードなんです。

何故なら私の人生を変えたのはスクールのバディだったのだから。


”話”のきっかけは研修でバディを組む前に

ダイビングスポットに向かうバスの車内で海派か山派かの話になったことだった。

私は山派、と答えたのだが彼もどうやらそっち側だったらしい。

(今思えばこれから海に行くバスでよくそんなバカ正直に答えたな…。)


どこの山かと尋ねると彼はスペインの山だという。

想定した答えとは程遠い彼の言葉だった。


Camino de Santiago(カミーノ・デ・サンティアゴ)と言って分かる人はいるだろうか?

聞く話によると日本での知名度は低いらしい。


Caminoとはスペイン語で”道”や”歩く”という意味だ。

つまりCamino de Santiagoの訳は”サンティアゴへの道”。

イエス・キリストの弟であるヤコブに所縁があり、

ヨーロッパでは聖地巡礼の道として有名なのだとか。

日本風に言うと四国のお遍路巡り。


そんなこんなでスペインを1か月歩いてきたんだという話を聞いて

私が返した言葉を聞いてほしい。

「いいなぁ~外国~。」

実に安易である。薄っぺらい答えである。でもこの言葉が本心だった。


私の両親は共に留学経験者だった。

しかも時代はバブル期。ドラマのような外国生活を幼いころから聞いて育った。

白馬に乗った王子様を夢見る少女の如く、

その生活に胸を躍らせたのを今でもよく覚えている。


しかし両親は私が11歳の時に離婚した。

だから家庭の都合上というよくある理由で私はその夢を見なくなった。

そしていつの間にか海外へ行くことさえも考えなくなった。

お金がかからない生活は片親になった者の運命だと思い込んでいたから。


「何で行かないの?」


彼は言った。

私は何回言ったか分からないほど口にした理由をいつも通り答えた。

「お金ないもん。」


彼はキョトンとして言った。

「そんだけ?」


そう、そんだけなのである。

だから私は彼の次の言葉を聞いた2週間後にフライトチケットの購入ボタンを押した。


「ヨーロッパに1か月、全て込々で15万で行ったよ。」


あの夏から3か月後の11月15日、私は1人で日本を出た。


長々としかも聞く人によっては重い話をわざわざ書いたのは

「きっかけは突然に、誰でも簡単に」海外に行けてしまうことを

皆さんに伝えたかったから。


島国に育つとどうしても海外ってどこか遠くに、

自分とは関係ない世界のように感じてしまう。


その固定概念をブチ壊すことができれば、踏み出すきっかけになれば

同じ日本人としてこれほど嬉しいことはないと思う。


P.S.いずれ旅館で過ごした夏の話やウミガメの話を聞いたときのことも

素敵な体験だったので今度話せたらいいなぁ。




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