第39話 帰途。そして、盗賊。 ー2

「こっちか……」


 蓮斗は現在悲鳴の聞こえた方向に向かっていた。微弱な気配・・を頼りにして。多分遠く離れているせいなのか微弱な気配しか感じられないのだ。人の気配と魔物の気配は当然区別がつくので、間違えることはない。


 蓮斗は微弱な人の気配のする方向へと猛スピードで向かう。たらたらして行ったらもう既に手遅れでしたじゃ意味がない。


 進んでいくにつれ、気配は段々と膨らんでいく。それは一人の気配ではなく、複数人の気配・・・・・・だった。この感じだと盗賊か何かだろう。


「ん……? あれか……?」


 暫く蓮斗が森の中をその気配を頼りに進んでいると、徐々に目の前に整備された道が見えてきた。そこにはーー複数の死体らしきものが転がっており、そこには複数の男が少女を取り囲むように立っていた。その少女は、怯えたように身を縮こまらせ、地面に力なくペタンと座り込んでいた。蓮斗は暫く様子見をした方が良いだろうと判断し、適当な木の陰に隠れる。すると、デブの男が少女に近づきーー服を脱がせようとしていた。


「いやぁ!! やめてぇ!!」


 少女も必死に抵抗しているが、それも空しく、服を段々と破かれていく。蓮斗はその光景を目にした途端、猛烈な怒りに襲われる。そして、蓮斗はそいつらの前に姿を現した。


「……おい、お前らそこの少女に何やってんだ……!」







「ああ? 誰だてめえは?」

 

 デブの男は少女の服を破るのを一旦止め、不機嫌そうな顔で蓮斗を見やる。他の男達もそれに合わせるように蓮斗の方へと顔を向けた。


「……俺は通りすがりの旅人だ」


 蓮斗はここで勇者一行であることを言うのは良くないと判断し、適当に答える。そうでなくても元々こんな下衆な集団に本当のことを言うつもりはない。


「はん、挑発のつもりか? しかもお前、装備も何も着けてねえじゃねえか。お前は俺達に殺されにでも来たのか?」


 蓮斗の言葉を挑発と受け取ったデブの男はそれを鼻で笑い、皮肉めいたことを蓮斗に言う。実際そう言われても仕方がないだろう。蓮斗は剣は愚か、防具さえしていないのだ。そんな格好で盗賊の前に現れればどうぞ殺してくださいとでも言っているようなものだ。言わば格好の餌食なのだ。盗賊達は、美味しい獲物が一匹増えたかのような感覚で蓮斗を見やる。若い男の奴隷は高く売れる。労働力として需要が高いからだ。奴隷一人の相場は大体若い男で金貨85枚、少女なら金貨130枚だ。当然、奴隷商も利益を確保するため、売られた値段より高く設定されて売られる。そのため、実際はこの相場より安い値段で買い取られる。だが、それでもいい収入源にはなる。


「くっくっく……。貴様もつくづく運の無い奴だ」


 デブの男は蓮斗が奴隷になることが決まっているかのような口振りでそう言い、気持ち悪い笑みを浮かべる。実際男達は微塵も自分達がやられるとは思っていないよう。先程、この馬車の護衛を引き受けていた冒険者を圧倒(?)したことで少し調子に乗っているようだ。


「おい、ヴァン。そいつを捕らえろ。捕らえられなければ始末しても構わない」


「了解」


 ヴァンと呼ばれた小太りの男はデブの男の言葉にそう言うと、蓮斗の前に出てくる。ヴァンは、蓮斗に対して嘲笑のようなものを浮かべる。明らかにヴァンは蓮斗をなめているようだ。ヴァンから見て、蓮斗は体格が良いかと言えばそうではないし、かといってヒョロヒョロというわけでもない。だが、蓮斗は強そうに見えなかったのだ。自分なら勝てる。ヴァンはそう思っていた。


「少々痛い目を見てもらうが殺しはしねえから安心しな!」


 ヴァンはそう言いながらナイフを片手に蓮斗に襲いかかる。だが、蓮斗は簡単にそれを簡単に避ける。ここまではヴァンの想定通り。後は腹部を切ればーーー。

 

 ヴァンはそのまま即座に身体の向きを変え、蓮斗の腹部を切ろうとするがーーその前に蓮斗がヴァンのその攻撃を片手で易々と受け止める。ヴァンはその事に驚きを隠せず、顔が強張る。


(くっ……! 気配は最大限消したはずなのに……! 何故奴は俺の位置が分かった……!?)


 そう。ヴァンは気配の緩急・・を使っていたのだ。どういうことかと言えば、蓮斗に最初に攻撃を仕掛けた時にわざと気配を濃厚にし、攻撃を避けられた際には気配を薄くしていたのだ。つまり、相手は敵が突然消えたようなかのような錯覚に陥る。その隙を狙い、蓮斗を無力化しようとしていたが……。その結果がこれである。


 ヴァンはそのまま後ろに跳び、蓮斗と一旦距離を取る。


「ちっ……。しぶといやつめ……」

 

 ヴァンは舌打ち混じりにそう呟く。


「だが……。これならどうかな?」


 ヴァンがそう呟くと同時に、蓮斗の周りに霧が発生する。紫色の靄だ。それがまるで蓮斗の身体の回りに巻き付くように発生するが……。


「"霧散アトミゼイション"」


 蓮斗がそう唱えると同時に、紫色の靄は弾けたように消え失せる。ヴァンは自分の魔法がいとも簡単に破られたことに驚愕を禁じ得ない。ヴァンの魔法は魔法陣設置型の意識混乱魔法で、隠密性はさほど高くないが簡単に防げるような魔法ではない。魔法陣設置型の魔法は基本、魔法対抗マジックレジストに優れている。魔法対抗マジックレジストとはその名の通り、魔法に対抗する力であり、要は他の魔法に打ち消されづらいということだ。それを蓮斗は軽々と打ち破ってみせたのだ。ヴァンが驚くのも無理は無いだろう。


「……次はこちらからいかせてもらおう」


 蓮斗はそう言うと、ヴァンに向かって魔法を唱え始めた。




 


 

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