4 女神をいじる勇者

 辺獄の街へカト──別名「冥府の入り口」。

 

 秘境や魔境をいくつも超えて、さらに奇跡と幸運が何度も味方してくれてやっと辿り着けるかどうか。

 存在自体が疑わしいので、神々でさえも発見できない街と言われるほど。


 噂だけが独り歩きをしているだの、尾ひれはひれがついているだけだの、多くの歴史学者がうそぶいた。地理学者だって口を揃えてヘカトなんて存在しないと言い切っていた。僕だって初めは信じてなかったぐらいだ。


 しかし、へカトは実際に存在した。僕はとある特殊な方法で辿り着くことができたのだ──



 僕の話を食い入るように聞いているセレネーとアマテラス。おとぎ話に心ときめかす子どもたちのようだ。実際には彼女たちの姿は見えないのだが、そんなイメージが頭に浮かぶ。

 

『本当にあったなんて驚きだよ、私たちも単なる噂だと思ってた。ね、アマテラスちゃん』

『ええ。神々にも発見できなかった街を人間である貴方が発見していたなんて……神は全知全能ではないということなのでしょうか?』

『お、アマテラスもわかってきたみたいだね』


 へカトの街外れにある誰も住んでいない古びた屋敷の一室。僕は壊れかけたベッドに寝そべりながら天井に向かって話していた。


『さっき僕が使った古ぼけた紙があったろう? 隠者の地図というのだけど、あれがへカトに侵入できる道具さ』

『瞬間移動できる地図ということでしょうか?』

『その通り。ただし移動できると言っても、この地図を書いた人──多分大昔の悪魔だと思うけど──が付けた印がある場所に限られるのだけどね。でもその印のある場所が凄いところばかりなんだ』

『そんな貴重な道具をどうやって手に入れたのですか?』


 今日はアマテラスがやけに喋る。武器に自分の大技の名前が付いたから機嫌でもいいのだろうか?


『ある密売シンジケートを壊滅させる仕事を請け負ったことがあったんだけど、その時に捕まえた悪魔商人の親玉と取引したんだ』

『……悪魔と取引ですか?』


 アマテラスが目の前にいたら眉をひそめ、怪訝な顔をしただろう。この沈んだ声、間違いない。


『悪魔商人は密売で手に入れた希少な道具を全て差し出す代わりに命を助けてほしいと言ってきた。僕は彼に、という契約をするならば、命を助けてやると持ちだした。すると、彼は渋々契約したよ。君たちも知っている通り、悪魔は契約が絶対だ。彼は未来永劫僕に貢がないといけなくなった』

『うわぁ……勇者ってば、ずる賢い』

『でもその契約のおかげで愚者の地図が手に入ったのだぞ。あそこで殺していたら一生手に入らなかったかもしれない』

『なるほど。そうやって悪魔を御する方法もあるのですね。私ならその場で問答無用で焼き殺していたと思います』


 脳と身体が同時に動くアマテラスらしい回答だ。


『人類未踏と言われている場所はいくらでもあるけど、その中でもここへカトは異色中の異色の存在だね。この地図がないと到達できなかったのだから』

『ん……でも待って。人間界にはかなり昔からへカトに関しての言い伝えがあったわけでしょ? ということは昔──』

『セレネー、その話は長くなるからまた今度にしよう。それよりも僕の質問に答えてくれないか?』


 女神たちはヘカトに興味津々のようだけど、僕にとっては正直こんな街どうでもいい。

 せっかく手に入れたこの武器化の能力の方がよっぽど大事だ。知っておきたいことが山ほどある。


『まず一つ目の質問。セレネー、この武器化の能力は神々によって解除されることはあるかい?』

『うーん、ないと思うなぁ。だってこれは私の能力で授けたものだもん。私にしか解除できないはず』


 か……セレネーでもこの能力の全容がわからないということか。解除できる奴がいるかもしれないと肝に銘じておいた方がよさそうだ。


『二つ目。この能力について知っていることを教えてくれ』

『触った対象を何でも武器化して、出したり引っ込めたりできるってことぐらいだよぉ』

『例えば大河や大地のような巨大なものでも武器化できるのか?』

『それはできないと思う。貴方が目で見て「個」と認識できるものだけしか対象にできないわ』


 ふむ、いろいろと試してみる価値はあるな。魔王城ではそんな時間がほとんどなかった。


『三つ目。君たちは今どんな状態なんだい?』


 今、女神たちは僕の意識の中に二人同時に登場している。武器として出てくる時は一人だけだった。

 彼女たちはどういった世界にいて、どのようなルールに支配されているのだろう?


『思念体と言えばいいでしょうか。悠久の時の中を漂っている感じがして、とても心地が良いです』

『そうだね。私たちは勇者のためにずっとここでゆらゆらしながら待ち続ける存在なの』


 なるほど。思念体ということは、僕の意識と共生しているような状態か。


『確認したいのだが、武器として召喚する時は一人だけしか出られないのだね?』

『はい、武器の時は一人しか出られないというルールになっているようです』

『会話だけなら、何人でも同時に出ることができるみたい』


 武器化した奴が何人も会話に入ってくるのは少し鬱陶うっとうしいかもしれないな。

 僕のそんな気持ちを読み取ったのか、セレネーが艶かしい声で語りかけてくる。


『私、勇者のために何かしてあげたいという欲望が抑えきれない』

『セレネーの言う通りです。私たちは貴方のことを想い続けているのです。勇者が武器として私たちを召喚してくれることを……』

『勇者が召喚してくれる時なんて、すっごく快感なんだから!』


 二人の女神が盛り上がっている。ちょっといじめてやりたくなってしまう。僕の悪い癖だ。


『セレネーは怖がっていたじゃないか。僕の膝の上で失禁したのには正直驚いたぞ』

『う……だってあれは、初めてだったから怖かったんだもん』

『セレネー、貴女お漏らしをしたのですか? しかも勇者の上で……なんとはしたない』

『え、だってだって……あーん、もう言わないで、お願い』


 セレネーに対して上から目線のアマテラス。僕はお仕置きとばかりにアマテラスに矛先を向けることにした。


『アマテラス、君だってあられもない姿を晒してたぞ。君が意識を失った時なんて、丸見え──』

『ど、どこを見たのですか!?』

『どこって、わかるだろう。自分で着ていたものを燃やした君が悪い』


 顔を真っ赤にしているアマテラスが想像できる。


『勇者は意地悪です。だから私も言わせてもらいます! 勇者だって私の天照あまてらすを見た時、そ、その……』

『え、なになに? 勇者がどうかしたの?』


 これぐらいでこの話はやめておこう。年頃の若い少女と話しているようで疲れてくる。

 でも、そう言う僕だってまだ十九才、女神たちの見た目の年齢とそう変わらないのか。

 勇者となってからというもの、戦いに明け暮れていた毎日だったからか、そういった同世代の会話に慣れていない。


『そうだ、二人とも僕のことを勇者と呼ぶのはやめてくれないか? 僕にはもう勇者と名乗る資格はない』


 話題を変えた途端、沈黙してしまう二人。気まずい雰囲気になってしまった。


『──勇者ではなく、リュカと呼んでくれ』

『リュカでもいいけど、私は勇者って呼びたいなぁ。だって勇者は勇者っぽいもの』


 何を言っているのだこの女神は……僕は呆れて苦笑いしてしまった。


『勇者リュカでよいではないですか』

『それもいいけど……うーん、でもなんか堅い感じがするぅ』

『だったらリュカ? 少し馴れ馴れしくないですか? 勇者の威厳が──』

『……すまない、僕の言ったことは忘れてくれ』


 急に襲ってくる疲労感と睡魔。張りつめていた気が緩んでいくのがわかる。

 そういえば、魔王城に入ってからというもの、戦闘続きで全然休息を取っていなかった。たった一人で何千もの魔物を屠ってきたんだ、身体を休めてあげねば……

 

 頭の中を空っぽにしたい。そして泥のように眠りたい。


 僕はそっと目を閉じた。女神たちは頭の中で延々とお喋りを続けていた。

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