第12話『凶報は無事届く』三
先程までとは違う、連続した金属を打ち鳴らす音が村の中に響き、冒険者風の男が広場に転がり込んでくる。
「村の西に魔王軍の部隊を見つけた!! 真っ直ぐこっちに向かってくるぞ!!」
リュポフが声を荒げ、男に聞く。
「数は!」
「ちくしょう! 暗くてよく分からねぇよ!! 百は居ないと思うが十、二十じゃねぇ!!」
男の言葉を聞いたギルド長が叫ぶ。
「恐らくは先遣隊だ!! 戦える者は村の東に集まれ! その間に戦えない者は避難の準備を、逃げたい者は逃げれば良い! 勇気ある者、守りたい人が居る者は急いで行動を起こせ!!」
広場に集まっていた者らは蜂の巣をつついたが如く、途端に慌しく行動を開始した。
この場に集まっていた者の殆どは戦える者であったらしく、殆どの者が村の東側へと向かっていく。当然、一部は我先にと逃げ出した。
俺は黙って村の東側へと向かい、ニコラはそれに続く。
「ヨウ君はどうする? ボクとしては逃げて欲しいんだけど」
「ニコラ、悪いな。今まで隠してたけど俺は――自己顕示欲が強いんだ」
「――うん、知ってる」
「……ありゃ……?」
「何年、ボクがキミの傍に居たと思ってるのさ。それで?」
「……百四十年か?」
「何が言いたいのかが透けて見えるよ!! キミの世界換算で七年! つまりボクは七歳!! もうっ、はやく話を続けてよ!」
俺の言葉の裏に秘められた真意を悟ったニコラはぷりぷりと怒りながら、先を促して来た。場所は既に村の東側の平原、各々が身内の者らと話し合っている。
これが別れになるかもと家族と共に泣いて、別れを告げる父。恋人に必ず戻ると告げる彼。
この場には総勢およそ百五十人が……各々の武器、防具を身に着け集まっていた。
既に戦いに参加する事を決めていた俺達は、敵が現れるまでの間にと集団から少し離れた場所にて雑談をしていた。俺はニコラの言葉に苦笑いをしつつ……答える。
「……コホン、つまりだ、出来る範囲で助けたい。雑貨屋のおばちゃんにも世話になったしな。まぁ……無理になったら当然逃げる」
「……そう言っていっつも最後には必ず死んでる人の言う事は、説得力が違うなー」
「うっ……今回は生き返らないんだろ? ちゃんと逃げるからさ、頼むよ……」
「まあ、今のヨウ君のステータスならオーク、エティンまでなら大丈夫かな。剣の腕を含めれば辛うじてオーガ……かな?」
「あいよ。……出来る限り、俺以外も守ってくれるか……?」
「……出来る限り、だよ? ……ヨウ君、余りボクを過信し過ぎないでね。守る人数が増えれば、ボクだって守り切れないんだからさ……」
斥候に出ていた盗賊風の男が戻ってくると、指揮を務めるギルド長が声を張り上げた。
「良く集まってくれた! もう一度するが、まもなく魔王軍先遣隊がここに来るだろう! 本来ならば隊列を組んで欲しい所だか! 訓練も何も無しには無理だ! 各々が敵と戦っていればそれでいい! ……だが! 列を組み敵を迎えうちたたいと言う者らは、この貴族様の指示に従ってくれ! 戦闘が始まれば最高指揮官は貴族様だ! 俺は前列中央前衛に陣取る!!」
それからギルド長の指示がそこかしこに飛ぶ。
隊列は三列に分かれており、前衛は盾、もしくは剣で武装している者。中衛は長物で武装している者、そして最も数が少ない後衛は弓、杖などで武装している者。
冒険者と思われる殆どのグループはその隊列から少し離れた位置に立っており、隊列の前であったり横であったりと場所は様々だ。……が、隊列の後方に居る冒険者は居ない。俺とニコラの二人は隊列側部、右翼側に居た。
「ああ、怖いな。足が竦みそうだ」
「このこれから戦争だーって空気に高揚する人と、苦手な人が居るみたいだけど……キミは後者っぽいよね。
「失望したか? 俺は臆病者なんだ」
「ううん、戦場で長生きする……パートナーにするのには最高の人種だよ。……ボクから離れないでね?」
「ニコラが居れば、余程のヘマしない限り大丈夫だろ? 信頼してるぞ」
「ん、信頼に応えられる程度には頑張るよ」
そうこうしている内に、森の出口から魔族の集団が現れた。辺りは大量に設置されており、松明や光の魔道具によってそこそこ明るい。
闇は魔物や魔族にとって有利に働く事はあれど、普通の人間には不利にしか働かない。騎士風の男――リュポフの指示が飛ぶ。
「見えたぞ! 総員、構え!」
弓を持つ者が弓を引き絞る。杖を持った一部の者はブツブツと何かを呟きだし、他の杖を持つ者はそれを構えているのみだ。
「ヨウ君、前にも言ったけど……詠唱してるのは魔法で、してない人のは魔術。魔術は触媒だったり魔法陣の刻まれた道具を必要とする代わりに詠唱が必要ないんだ。同格の場合威力は魔法に劣るけどね?」
「やっぱり面倒そうだな……」
「あはは……っと、来るよ!」
飛び攻撃が敵先遣隊を襲う。炎が弾け、氷が敵を押しつぶす。
弓が飛び、オーガに突き刺さる。敵先遣隊の構成の殆どは、屈強な体を持つオーガであった。
戦闘指揮官リュポフの怒声が響く。
「オーガは筋力、防御力が高く再生能力もある! 弱った相手は逃がすな! 【高貴なる指揮官】【ビーストハーツアーミー】【メルクリオアーミー】!!」
指揮官であるリュポフがスキルを発動させた途端……指揮下にあったへっぴり腰の村民らの目には闘志が灯り、尚且つそこからは冷静さと知性が感じられた。村人の一部が「おぉ……」と感嘆の声を上げ、その目は迫り来るオーガを睨んでいる。
――接触。先頭に立っていた腕自慢達が真っ先にそれらと交戦を開始。
続いて隊列前衛。腕自慢の冒険者は流石と言わざる終えない立ち回りを見せ、慎重かつ大胆に立ち回っていた。
――村人の前衛と接触した瞬間、村人の二人が宙を舞う。
大剣を持ったオーガはまだなんとかなった。だが、巨大な棍で下から掬い上げられるように命中した村人二人は……それを受け止める事が出来ず、二十メートル以上宙を舞う。
それを見た隊列側部に待機して居た冒険者は、側面を挟み込むように動き出す。隊列前衛の一部が最初の崩れたのだ。リュポフの指揮の下すぐさま中衛が援護に入るのだが、オーガの圧倒的な腕力に苦戦を強いられている。
遠距離で攻撃では片手の指で足りる程度の数を仕留め……敵との最初の接触では前衛の一部が死亡、オーガの死傷者は少数。
「くそっ! これでも食らえ!!」
左翼の冒険者の一人が……オーガの中央に向けて瓶のような物を投げ始めた。
爆発し、傷口を焼く物、煙を上げてオーガの肉体を溶かす物。それぞれ再生能力を持つオーガに対しては有効な手段だ。
右翼ではニコラが、一振り一振りで確実にオーガの数を減らしてる。そう、たった一振りで頭部が両断されているのだ。
余りにも素早い剣戟にガードが間に合わないか、間に合ったとしても軌道を逸らされ別の部位が切り裂かれるか――それは、唯の蹂躙である。ニコラがオーガを四体仕留める間に、俺は他の冒険者らと協力して一体を仕留めた。
「グガァアアアアアアアアッッ!!」
「クソッ!! 先遣隊程度に数を減らされてたまるかよ!!」
冒険者の怒声が響く。オーガは確実に数を減らしていった。
防御すら無意味とするニコラの剣戟は確実にオーガの数を減らし……隣で戦っていた者、オーガと戦っていた者に勇気を与える。
が――それは現れる。
「オーガ達が、こんなにも簡単にやられるとは……。まあいい、残りは全て――私の餌だ!!」
黒い角、黒い羽、黒い尻尾は硬質的で一目でそれが何なのかが分かった。誰かが叫ぶ。
「ドレイクンだと!?」
ドレイクンはその翼を広げ、急速に集団との距離が詰められる。それに素早く飛び出したのはニコラ、集団の少し手前でドレイクンの振りかぶる魔剣をクレアモアで受け流す。
魔剣からは影が伸び、ニコラを拘束した。が――。
「フン、こんなものッ!」
「なっ!?」
ニコラが少し力を入れたかと思えば……影が千切れて消えた。それと同時にニコラは剣を振るう。
ガキン! という音と共に、ニコラの剣は魔剣によって受け止められたかのように思われた……が、ドレイクンの腕は変な方向に捻じ曲がり、ニコラのクレイモアによってドレイクンは深々と切り裂かれていた。
「強さ的にキミは、バロン――男爵級かな?」
「グゥッ!!」
後方に大きく跳んだドレイクンは、その魔剣を体内に取り込む。
「できれば、龍化前に一撃で仕留めたかったな」
ニコラの言葉の直後、ドレイクンの体は大きく膨れ上がり……黒鱗の龍へと変化した。
「ハァ、ハァ、ハァ……ば、化け物めぇ……悪いが私は逃げ――」
翼を広げ、飛びながら言っていたドレイクン言葉だったが……言葉を最後まで言い終える前にニコラがドレイクンに接敵し――攻撃。
その剣戟は仕留めるものでは無く、その逃走の為の翼を使用不能にする物であった。硬質な鱗は、ニコラの剣戟を持ってしてもクレイモアでは切断は出来なかったが……戦場には轟音と翼の骨が折れる音が響いた。
当然、飛んで逃げようとしていたドレイクンは地面に落ちる。更にニコラの追撃で反対の翼を切り砕き――更には足、手、急所にならない場所ばかりを攻撃していた。
「グッ!! 私を、舐めるなァアアアアア!!」
カッ! カンッ! カッ!
舌打ち。スキルとは違う竜特有の器官を使った、ドラゴンが炎を吐く前兆。が――ニコラが素早くその頭を素手で殴打、殴打殴打殴打。
地面に半分めり込んだドレイクの顔。強烈な殴打によって気を失ってしまったドレイクンの炎が、口と鼻から僅かに漏れでており、その殆どはその体内を焼いて終わった。
「ヨウ君!」
呼ばれた俺はその意図を察し、一体のオーガを引き連れたままニコラの元に駆ける。付いて来ていたオーガはニコラによって手足を切り飛ばされた。
「ここ、顎の付け根にある逆鱗に剣を突き刺して!」
「分かった!」
俺は素早くバスターソードを逆燐に突き刺し、そこから一閃し……切り裂いた。夥しい量の血が溢れ、ドレイクンは絶命する。
ついでに、と手足の切り落とされたオーガに止めを刺す。そしてその頃には、魔王軍の先遣隊が全て駆逐されていた。
「か、勝ったぞォーーーー!!」
『『『オォーーーー!!』』』
誰かが上げた勝鬨に、俺も便乗して叫んだ。
辺りがそのまま騒がしくしている間に俺は苦笑いを浮かべ、ニコラに向かって口を開く。
「経験値ありがとな……結局、殆ど寄生プレイだったか」
「ううん、キミも一人で頑張ってたじゃないか。それに……キミが元のステータスを取り戻せばボクも安心だからさ、これからも止めは出来る限り、トドメはヨウ君に刺してもらいたいかな」
「そうか……ニコラ、お前には苦労を掛けるな」
「それは言わない約束……はしてないけど、キミってばそれが言いたかっただけだよね?」
そんな風に答えながら、ニコラはドレイクンの魔石を取り出していた。一通り落ち着いたので後処理と、素材の分配をする。
他の冒険者は「本当に貰っても良いのか?」と言ったが……ドレイクンの竜素材は半分近くを参加していた者に分配し、残りをアイテム袋に収めた。
オーガは魔石を除けば剥ぎ取れるものなど剣や粗末な防具しか無く、余り金にはならないらしい。その為、護衛の士気を少しでも上げられたらという応急措置だ。
死者は十程度で、負傷者多数。死んだ者の殆どは村人だった。
「さて、そろそろ避難の準備も整ってる筈なので行きましょう。以降剥ぎ取り等の時間は極力取らず、迅速な避難行動をしたいので宜しくお願いします」
流石は元前線指揮官のリュポフ。全く取り乱しておらず、冷静だ。
分配を終え、一心地ついた直後。俺は激しい成長痛に全身を蝕まれ、一通りのたうちまわった後でニコラに背負われ……移動を開始した。
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