第8話『行け! 家のゴ……娘!』二
「……何か来る」
顔の血を拭った直後……ニコラが警告を飛ばしクレイモアを構え為、俺は一歩下がる。そして薄暗い森の中から現れたのは――全身血塗れの騎士。
騎士はゆっくりと近づいてきたのだが……そこで倒れた。俺は倒れた騎士に一瞬驚きはしたものの、咄嗟に駆け寄る。
「まって! ゾンビかも!!」
「違う!! 生きてる人だ!!」
ニコラの静止を振り切り、騎士に駆け寄って騎士の兜を取ってみる。兜の中は中年の逞しい顔付きをした男で、頭からも血を流しており、顔中血まみれであった。
騎士風の男が弱々しく口を開く。
「で……伝令…………東の砦陥落……魔王軍が……進行を開始……これを……伝え――ッッ!! ゴホッ! ゴホッ!!」
「分かった、もう話すな。――ニコラ! このポーションは何級だ!!」
そう言って俺はアイテム袋からポーションを取り出し、ニコラに一本投げ渡せば……目それを見たニコラは瞬時に答えた。
「特AA級だよ!!」
「……くそっ、勿体無いな! これで死んだらお前の装備剥ぎ取るからな!!」
もう一つ特AA級治癒ポーションを取り出した俺はその蓋を開け、まずは口に。その後は鎧ごと切り裂かれている大きめの傷口、頭、そして残りの全てを口へと流し込んだ。
ポーションの効果は現実だと思えば異常な程な覿面で、瞬時に傷は塞がっていく。顔色も健康的な顔色へと戻っていった。
「――ゴホッ! ゴホッ!! ゴホッ!!」
「気管に血が溜まってる。全て吐き出せ」
騎士風の男の体を起こし背中を叩いてやてやれば騎士風の男は血を吐き出し、一つゆっくりと呼吸をした。
「……高価な薬を、すまない。――そうだ!! 近くに冒険者ギルドは無いか!? 伝えなくては!! ゴホッ!! 今まで停滞していた魔王軍が動き出した!!」
「近くに村がある。支部らしいけど、ギルドもな」
「それは幸運! この礼は必ずする!! 今は急いで向かわなくては……!!」
慌てて立ち上がろうとした騎士風の男は膝から崩れた。その姿を見て、治癒ポーションですらゲームとは違うという事に気づいた。
――血は回復しないのか!? と、ヨウが驚愕の表情を浮かべているとニコラが耳元で「この世界だとボクらの治癒ポーションじゃ血液は少ししか回復しないみたい。この世界のを飲ませれば回復するよ」と囁いてきた。
……面倒な、と内心で呟きながらも騎士風の男に向かって口を開く。
「悪いが、そのポーションじゃ血液が完全回復しない。今は命が助かっただけで感謝してくれ。……村までは俺達が運ぶぞ、道も分からないだろ?」
俺も分からないけどな、思いつつも騎士の返答を待つ。
「……助かる。直ぐに鎧を脱ぎ捨てるから待っていてくれ」
「いや、急ぎだろ? ニコラ!」
鎧を脱ぎだそうとする騎士風の男を止め、ニコラがお姫様抱っこで抱え上げた。
「ヨウ君、キミがギリギリで付いて来れる速さで走るから、頑張ってね」
「――な!? こんな軽々と!? というかレディニコラ。君が抱えるのか! 正直死ぬほど恥ずかしいので、男のヨウ殿に頼みたい!!」
「俺は持てないぞ。死ぬよりはマシだろ? 諦めろ」
そう言ってやれば騎士はほんの一瞬だけ嫌そうな顔をしたが……迷惑を掛けている立場だと思い直したようだ。一度強く目を瞑ってから「ご迷惑をおかけします」、とニコラに向かってそう言った。
ニコラが「ヨウ君、行くよ」と言った直後、向いている方に走り出した。
それは騎士風の男が鎧を着て万全の状態走る速度の数倍速い速度であったらしく、騎士がこのスピードで木にぶつからないだろうか? と心配しているような表情をしているのが見てとれる。
「騎士さんは一人なのか? 仲間は?」
「……殆どは砦で死に、包囲を突破するのに十人を残して全員が死んだ。途中までは三人居たのですが、一人でも逃げ切れる事に賭けて別れ……今は一人に……。本来は全滅するまで砦で時間を稼ぐ予定でした……が、魔通玉を魔力妨害されてしった挙句…………魔王軍の中で玩具にされていた早馬に出した女騎士を見て…………」
「――分かった、村に着くまで休んでろ」
木々を掻き分け平地を走り抜ければ、村へはあっという間に到着した。
門番はその騎士の姿を見て驚いたかのような視線を向けた後に、急を要すると察してくれたのか道を空けてくれる。ギルド前に到着したヨウは息も絶え絶えであったにだか、ニコラは息一つ上がっていない。
ギルドの入り口でニコラの腕から降ろされた騎士風の男は、若干回復していたのか、自分の足でギルド内へと駆け込んで行く。それに付いて中に入ってみれば、騎士は既にカウンターで声を荒げていた。
騎士風の男が事情をパロに説明している。
魔王軍が侵攻を開始して東の砦が陥落した事、つい先程まで追撃部隊に追われていた事。そして、騎士風の男は更に言葉を続けた。
「ギルドの魔通玉を貸してくれ!! 緊急事態だ!!」
「うっ……ギルド長は今畑仕事に出ておりまして、自分の判断では何とも……」
「くそっ! あまりやりたくは無かったが――――私は前線基地砦を任された元王都、王族近衛騎士にして侯爵の《リュポフ・ヘルハーゲン》だッ!! 侯爵権限を使わせてもらう! 今すぐ私を魔通玉に通さなければ、この村の税を倍にする!!」
そう言って騎士風の男が取り出した物は、豪華な装飾の施された金て作られたメダルの徽章で、それを力いっぱいにカウンターに叩き付けた。
「ひっ……ヘルハーゲン侯爵様!! 申し訳ありません! 貴族様の話し方は心得ていないもので無礼な口調である事をお許し――」
「そんなくだらない事はどうでもいい!! 早くしろ!!」
「ひぃっ!! こ、こっちです!!」
怒鳴りつけるリュポフに怯えきってしまったパロは涙目で、慌てた様にリュポフを案内してどこかへと連れて行った。俺とニコラの二人は今の内に、と隣のカウンターので呆然としているミレイの所へと行き、依頼の達成報酬を貰う事に。
「依頼を達成したので完了処理を頼む」
「え……あ、はい。ドックタグをお願いします」
ミレイは受け取ったドックタグをカウンターの横に置いてある機械に置く。そしてなにやら見たかと思うと、驚きの顔をしてから口を開いた。
「えー、二人合わせてゴブリン二十四にオーク十三、エティン七……オークジェネラル……の耳は回収しましたか?」
「……あはは、さっきの人が急いでたから魔石すら回収してないや」
ガックリと項垂れるニコラ。
「さっきの方の話は本当だったのですね……それでは換金額の方は……そうですね、契約金を合わせまして――金貨五枚、銀貨四枚、銅貨二枚ですね」
「……普通それって、公の場で口に出して言うことなのか?」
「ッ! 申し訳ありません!! 気が動転していたもので。普段は『これが依頼達成の報酬です』とだけ言って袋で渡してます!」
「次回から気をつけてくれ……折角だ。金貨一枚以外は全て銀貨で頼む」
「かしこまりました」
そう言ってミレイは、お守りサイズの金貨一枚が入った小さな袋、銀貨が詰まった重量感のある袋、最後に銅貨の入ったお守りサイズの袋、を渡してきた。
「普段は全て一つの袋なのですが……先程の私の失態、内緒にしてくださいね?」
人差し指を口元に添えてあざとい表情と仕草でそう言ったミレイに苦笑いで返しつつ、カウンターの上に置かれた硬貨の袋を引き寄せた。
「あ、ギルドのシャワー室は外から行ける場所にありますので、髪に付いた血などは落として来た方が良いですよ?」
とニコラに向かって言ったミレイに「助かる」、とだけ言葉返してからカウンターから離れる。服だけは自浄作用によって綺麗であったニコラは外から行けるシャワー室に行き、俺は適当な椅子へと座った。
――私服と防具、武器くらい買えるか? と考えながら俺は、受け取った全ての袋をアイテム袋の中へと入れる。
しばらく待つとニコラが戻って来た。
「私服と防具、それから武器を買おうと思うけど、ニコラはどう思う?」
「ボクはすごく賛成だよ!」
「それじゃ行くか」
ギルドから出た後に村の中を少し移動し、再びクレイモアを買った店に来ててみると……店主のおばちゃんがもの凄い勢いで詰め寄ってきた。
「聞いたよ! 近くですごい魔物の集団が出たってね! 大丈夫だったかい!?」
「……何でもう知ってるんだ」
「特に楽しみも無い小さな村さ、個人情報なんてあっても無い様なもんよ」
「……あぁ、身に覚えがある」
「ん? あんた、農村出身の奴隷だったのかい?」
「……ま、まぁ近い感じだな。それよりも今回はこれでバスターソードと私服、防具、旅の道具を出来る限り見繕って欲しい」
そう言ってまず金貨を一枚テーブルに置いて次に銀貨を十枚ほど別の袋に残して、袋ごと全てテーブルに置いた。
「んー、今回は大丈夫そうだね。ちょっと待ってな」
店主のおばちゃんは店内を歩き回って色々な物を集め、それをカウンターに置いた。そして今度は店の奥に歩いてゆき、すぐに何かを持って帰ってくる。
「はい、皮防具を胸、腰、膝、靴の一式に、新品のバスタードだよ。後は、ランタン、油、着火の魔道具、鉄鍋、匙を二、木皿二枚、毛布二枚、干し肉を詰めた袋に固パンの袋。それからG級治癒ポーション五個に、体を拭く布を五枚……と、大き目のカバン。水の魔道具と明かりの魔道具は便利だけど、家では品切れだよ。他に必要な物は?」
「あー、実はこの汚い袋が魔道具でね、かなりの量が入るからカバンは要らないんだ」
「何? 随分高価な魔道具持ってるね。本当かどうかはともかく、流石は貴族の娘って言う事はあるねえ。……まぁ、そんな物があるなら出来れば最初に言って欲しかったけどね。で、ポーション増やしとくかい?」
「いや、厚めの生地でフード付きマントを二人分。残りの金額で買える一番良いやつを頼む」
「あいよ」
そうして出てきた私服以外の全てをアイテム袋に収め、適当な場所で一般の村人が着ているような服装へと着替えた。そして、その上から皮の防具を装備する。
バスーターソードの鞘は背負えるようにと、ベルトが付けられており、それを絞めれば走りの邪魔にもならなさそうだ。
……問題は、剣を抜く際に少し体を傾けなければならないという事。
「まあ、このくらい許容範囲か」
そう独り言を呟いた後、二人の元へと戻った。
「ほー、似合ってるよ。いかにも新米冒険者って感じだけどね」
「ヨウ君! カッコイイよ!」
「……この皮、やけに黒いな……何の皮だ?」
「ん? エティンの固い部分だけを使われた防具だけど? 値段の割に丈夫で長持ちだからって人気の良い防具だよ」
「なるほど」
エティン可愛そうな奴だ……と、死んでから活躍するエティンに同情の念を送りながら、皮部分を軽く叩いてみる。僅かに皮っぽい弾力を感じたが、それは丁度良く衝撃を吸収するような感じであり、強度は相当高いものに感じられた。
店を出た後に取り合えず休みたい、と宿屋に通常代金で一部屋一泊分の銅貨三枚を支払い、部屋で休む事に。俺はベッドに寝転がり、ニコラはベッドの端に座っている。
「ニコラ、お前ポーションとか作れたっけ?」
「何時、ボクとキミが生産系をやったのさ……素材をそこそこ良いものを揃えたとしても、F級。素材を売ってポーションを買った方が良いって素材まで使えばE級、って感じかな。……戦闘関係の熟練度は、使わないものまでカンストしてるのにね」
「特AA級のポーション、どう考えてもサービスアイテムだよな……まあ、無茶な事には首を突っ込まないスタンスで行こう……」
「命知らずで探検メインのキミの口から、安全重視だなんて言葉が出てくるなんてね。……ん、了解だよ」
一拍の間が空いてから、ニコラが再び口を開く。
「……しよっか……」
「エロい事か?」
「……そう」
「違うな」
「今気分が変わった」
「……で、本当は?」
ニコラが若干本気で言っている事に気づいていながらも無理やりにそう言えば……ニコラは深く溜息を吐き出しながら、口を開いた。
「戦闘訓練。基本くらい出来て無いと、どれだけレベルを上げててもゴブリンにだって負けちゃうよ」
「……おい、俺が今までどれだけ武器を振るってきたと思ってる……? 生産系を一切触らずにな!」
「……七年くらい? いくら前のボクの世界がリアルだったとしても、武器を振るう感覚は君にとっては違うものだと思うんだ。……それに、後期には大剣を片手で振り回せてたけど、多分今のキミじゃそのバスタードも片手じゃ厳しいと思うよ。それとも、このままずっとボクに寄生してみる? ……き、キミが望むなら、怠惰なヨウ君を養ってあげるというのも吝かではないよ…………飼育小屋で!」
妙に紅潮した笑顔で見下ろしてくるニコラ。
その反応に危機感を覚えた俺は、慎重に言葉を選んで、教えを請うことにする。
「……先生。戦闘指南、宜しくお願いします」
「はい、良い子」
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