第6話『初めての戦闘』三

 俺が目を覚ますと……ニコラは既に起きていたらしく、柔らかい笑みを浮かべながら椅子に座っている。……一体何時から、ベットに寝転ぶ俺を見ていたのだろうか。


「やっぱりかニコラ。お前、さては睡眠を取れないんだな?」


「おはようヨウ君、正解だよ。でもまぁ……前の世界でキミが寝ちゃった後なんかは、いつもボク一人だったからね。こうしてキミの寝顔を見ていられるだけで、ボクは幸せだよ」


 俺が体を起こせば、椅子から立ち上がったニコラが隣に腰掛けてきた。


「そういえばさ、ニコラの言ってた魔導生命体って何だ?」


「あ、聞いちゃう? キミは臆病な癖に好奇心が強いんだから……怖がったりしないでね?」


「も、もろちん」


 俺の返答に目を細めるニコラ。


「剥いていいって事? …………まぁ、いっか。魔導生命体っていうのはこの世界に存在してる魔素っていうのと魔力が固まって形を形成し、そしてそれが動いているもの。なんだって」


「……魔法は使えないのか?」


「あー、期待外れで悪いんだけどさ、近いってだけでボクの体内には魔力が無いんだ。能力的にはキミの知ってるボクのまま? がっかりした……?」


「ああ、がっかりだ」


「…………」


「ニコラと俺の圧倒的な実力差にな! これじゃ当分、負んぶに抱っこだ!」


 心配そうな顔になったニコラに向かって大げさに天を仰ぎ、左手で目を覆い隠してみた。チラリと指の隙間からニコラの方を覗い見てみると、くすくすと笑っていた。


「大丈夫! ボクがキミを立派に育て上げてあげる。そう……キミがそうしてくれたみたいにね!」


 ――俺がしたように……と心の中で呟き、思い出す。


 レジストの熟練度上げの為に散々敵の魔法、状態異常攻撃を受け続けていた時の事。そして体力調整を失敗して、何度か死んでしまった時の事。


 イベント期間、睡眠ペナルティーを無視してひたすらに経験値稼ぎやレア掘りをしていた事もあった。その他……多数の苦行とも言えるスキル熟練度上げ、からのレベル上げ。


「……ママ、教育方針は過保護でお願いします」


「あはは。大丈夫だって、キミみたいな無茶ボクはしないから。安全に、ゆっくり上げてこ。この世界だと死んだら終わりなんだから…………おっぱい吸う?」


「吸わない」


 此処まで言ったところでニコラは何故か……羞恥と嗜虐心の入り混じった、くにゃくにゃな笑みを浮かべだした。


「ぼ、ボクはママなわけだし? ボクがキミの色々なお世話とか……その、じゅ、授乳とかしてあげよっか! ボクのほーまんな! おっぱいで!!」


 くにゃくにゃな嗜虐と羞恥の入り混じった笑みを浮かべるニコラ。その胸部をゆっくり三秒程見た後……ニッコリと、顔全体の表情筋を使って言ってやった。


「無理、だよな?」


「どッ! 何処を見て言ってるのかなキミは――ッッ!?」


 と言いながら顔を赤くして、自身の胸を隠すニコラ。


「ちっぱい」


「んなっ!? キミって奴はぁああああッ!!」


 そんなやり取りをする事しばらく……一度落ち着いた頃ニコラはまた、くすっと笑った。


「今度はどうした? ミルクの時間か?」


「ん、今のは思い出し笑いだよ。ヨウ君は泣き顔だけじゃ無くて、寝顔も笑えるよね。すっごく無防備だ」


「……ほっとけ。というか、あまり見ないでくれ」


「キミが寝てる間の唯一の楽しみなんだけどなー。代わりに目を閉じて襲っちゃおうかなー」


「オーケーオーケ」


「襲っても?」


「違う。寝顔を見ているのをだ。っと……そろそろ出るか」



 下に下りてみれば宿主は既にカウンターに座っており、何処まで把握しているのか……「結局一部屋で良かったの」とニヤついた笑みを浮かべながら言ってきた。

 宿を後にした俺は少し宿から離れ、口を開く。


「あの爺は妖怪か?」


「失礼な事を言うなキミは。見知らぬ人が突然やってきて泊まったんだし、その行動を警戒して把握してるのは宿主として当然の事だとボクは思うよ」


「……一理ある」


 そうこう話ながら村の中を歩いていると……村の中で一二を争うのではないか、という大きな建物が目に入った。そこには大きな看板が掲げられており……盾の中に魔物の絵が描かれ、それに剣が突きたてられているという絵が描かれている。


「あ、この看板は確か冒険者ギルドだよ。こんな村にもあるんだね。大きな都市に入る時は身分証代わりになるらしいから、登録していかない?」


「随分と適当な身分証だな」


 そう言いつつも冒険者ギルドの看板を開けて中へと入っていくと……中にあったのは複数の椅子とテーブル。それからちらほらと、武装をした冒険者らしき者らが座っていた。


 俺のイメージしていた冒険者ギルドとは少々違い……僅かに酒の匂いはするものの、ギルドの内部には清潔感がある。どちらかと言えば市役所のような雰囲気だ。


 視線は感じたが声を掛けてくる者はおらず、真っ直ぐにカウンターへと向かえた。拍子抜けとはこの事だが、平和であるに越した事はない。


 カウンターに立っているのは皆容姿の整っている者らで、大半が女性。男性が二人という風だった。


 真っ直ぐに女性受付嬢の立っているカウンターに向か――おうとして方向転換。男性受付の居る場所へと向かった。

 男性受付はうんうんと頷いた後、口を開く。


「いやぁ、ご主人様? いや、恋人かな? 随分と尻に敷かれそうな女性に恵まれたみたいで、羨ましい事です」


「かわいい尻になら敷かれたい。俺はそう思ってるが……どうだ?」


「違いないですね」


 朗らかな笑みでそう答えた男性受付。


「さて……見目麗しい貴婦人に、まるで奴隷の様な格好をしている哀れな豚さん。こんな辺境の冒険者ギルドに何か御用で?」


「よし、冒険者登録の前に一発殴らせろ」


 その言葉に反応したのはニコラ。


「ちょっ!? 駄目だって! 冒険者は一般人を傷つけちゃいけない法律があるんだから」


「何? なら丁度良い。俺はまだ冒険者じゃない」


 俺は後ろからニコラに抱きつかれ、動きが止められた。その力は強く、どんなに力を入れても抜け出す事は出来そうも無い。


「……無い」


「何?」


「当たるべきクッションが無いですよ、お嬢様!!」


「よし、キミは少し痛い目を見たほうが良さそうだ」


 ――メリメリメリ。


「いだだだだ!? なんか変な音してるぞニコラ!! 緩めろ緩めろ! 力加減間違ってる!!」


「えっ! ごめん!」


「これ以上その漫才を見ていると砂糖を吐き出したくなるので、早く手続きをしてしまいましょうか」


 男性受付はそう言って二枚の羊皮紙を取り出し、カウンターに置いた。


「この羊皮紙のこの欄に、共用人族語で名前を書いて下さい。それからこの魔方陣の中に男の方は心臓の血を……女の方は血、もしくは唾液をお願いします」


 カウンターの男受付がそう言っていると隣の受付嬢がツカツカと歩いてきて……男性受付の頭に、ゴチン! と拳骨を落とした。


「大変申し訳ありません。どちらも唾液で大丈夫ですよ。パロ、妬ましいからって説明で嘘を吐くのは違反行為よ」


「ぐぅ……ゴリラ女」


 ――ゴチン。

 そんな拳骨が落ちる音を尻目に……俺はこの世界の文字が書く事が出来ないため、ニコラに代筆を頼んだ。その後に魔方陣に唾を付ける。


「はい、結構です。それでは少々お待ちください」


「あの、さっきの男性受付は……」


 受付嬢を呼び止めたニコラに向き直った受付嬢は、爽やかな笑顔で言った。


「そこで寝転がってますよ。職務放棄とは良い度胸してますよね」


「あ……はい」


 そうして立ち去った受付嬢。ニコラと俺が地面に転がっている男性受付パロを見てみれば……その指先に黒のインクを付けて、床に文字を書いていた。……《ミレイ》と。


 戻ってきた受付嬢のミレイは、転がっているパロを一度踏みつける。踏まれたパロは、「ぐえっ」と喘いだ。

 ミレイはカウンターの上に……見た目は唯の鉄に見える、ドックタグを二つ置いた。


「《ヨウ》さんに《ニコラ・アルティルト》様ですね。こちら魔法鉄で出来た冒険者証のドックタグです。初回登録は無料ですが、名前の変更には銀貨一枚。紛失の再発行で銀貨五枚となっております」


 ドックタグを受け取った俺とニコラはそれを首に掛ける。


「それでは早速依頼を受けてみますか? 大きな町だと依頼は複数ある下請けの酒場から受ける事になるのですが、ここは小さな村です。パーティー名の申請なども下請けの酒場がある町でしか出来ません。それと……大きな町では新人育成用の割りの良い初回依頼もあるのですが、この村には無いです。依頼はその冒険者の実力に見合ったと思う依頼を私たち受付が幾つか提示し、その中から選んで戴きます」


「なるほど。頼む」


「はい、ではこの中から選んでください」


 そう言ったミレイは幾つかの依頼を提示してくる。俺は文字も読めないので、依頼はニコラに読み上げてもらう事にした。


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《エメラルドドラゴンの討伐》


 ひゅー! なんという事だ!!

 我が領土の山にエメラルドが巣くってしまい我が領土の山が自然豊かに!! 

 それは良かったのだが……豊かになりすぎて魔物の増殖が酷い。

 誰でも良い!! エメラルドドラゴンを討伐してくれ!!

 あぁ、近くにドラゴンゾンビも出ると噂されておるが、安心してたまえ、恐らくデマだろう。


 目的:エメラルドドラゴンの討伐

 期間:討伐されるまで

 契約金:無し

 報酬:白金貨二十枚

 依頼者:ダニエル・ロービアッソ

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《ジンの捕獲》


 あの偉大な大精霊がここらで目撃されたらしい。

 私はぜひ一度ジンを生で見てみたいと思っていたんだ。

 あわよくば私の屋敷でジンを使役したいとも思っている。

 ある程度の傷は致し方ないが、生きたまま捕獲を頼む


 目的:ジンの捕獲

 期間:捕獲されるまで

 契約金:無し

 報酬:白金貨百枚

 依頼者:レッラ・ビーンスーティ

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《1145141919匹の魔物と境界向こうの魔王の討伐》


 暇だ、誰か魔王を滅ぼしてはみてはくれないだろうか?

 魔物共もこのくらい殺せばきっと居なくなるだろう。

 報酬はとびっきり弾もうじゃないか、ただし物資提供などは無いため自力で物資は集めて欲しい。

 そこの君!!

 魔王を一体倒して英雄になってみる気は無いか!?


 目的:魔物の掃討と魔王討伐

 期間:討伐されるまで

 契約金:無し

 報酬:白金貨千枚

 依頼者:ブルタール・エイジェルステット

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 余りにも高難易度な依頼。

 いや、成功させる気の無い依頼だ。そして……この流れは知っている。


「なんなんだこの高難易度の依頼はー。こんな高難易度の依頼は、新人の俺達じゃ達成出来ないぞー」


「見事な棒読み、有難うございます」


「褒めなくて良いぞ。照れる」


「いえ、褒めてはいません」


「で、テンプレはここまでにして本物の依頼を頼む」


「はい」


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《ゴブリンの討伐》


 そう強い魔物じゃないが数は多いぞ。

 十分に注意して狩ってくれ。


 目的:ゴブリン討伐

 期間:受注後一週間以内

 契約金:銅貨三枚

 報酬:一匹につき銅貨五枚

 依頼者:冒険者ギルド辺境支部ギルドマスター、アドルフ。

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《オークの討伐》


 動きはそう早くない。

 が、奴らは力が強くその厚い肉は防具の役割わ兼ね備えている。

 一度掴まれれば脱出は困難だ。

 男なら食用に、女なら苗床に。

 十分気をつけてくれ。


 目的:オーク討伐

 期間:受注後一週間以内

 契約金:銅貨八枚

 報酬:一匹につき銀貨一枚

 依頼者:冒険者辺境支部ギルドマスター、アドルフ。

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《エティンの討伐》


 珍しい……絶滅危惧種のエティンだ。

 やたらとでかい図体に大きな棍棒を持っているが非常に頭は弱く、実は見掛け倒しの相手だ。最近村の近くで見かけられたらしい。

 オークの上位種にも狩られる事があるらしい。

 しかも同じ巨人族のトロルには手も足も出ないという情けなさは涙を誘うほどだ。

 とは言え、素手で倒せる様な相手じゃないぞ。

 その厚い皮膚はそこそこの防御力を持っている。

 まぁ動きは遅いので子供でも走れば逃げ切れる……何を食べて生きてるんだ?

 皮を切り裂くことが出来るのならば、勇気を出して切り掛かってみると良い。


 目的:エティン討伐

 期間:一月

 契約金:銀貨一枚

 報酬:一匹につき銀貨三枚

 依頼者:冒険者辺境支部ギルドマスター、アドルフ。

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 一通り読み上げたニコラに皮袋の水筒を渡してやり、俺は口を開く。


「同時に受ける事は出来ないのか?」


「いえ、契約金を払えるのでしたらこれらの依頼は可能ですよ。勿論、同時進行が不可能な依頼は存在します」 


 少し考えたが、結局全ての依頼を受ける事に決定した。

 村に長く留まるつもりでは無いにせよ、今後の活動資金は必要だ。少しの間ここで稼がせてもらってもいいだろう。


「で、討伐証明部位は?」


「一応耳となっておりますが、無くても大丈夫です。そのドックタグが殺した生物の種族と数を記録してくれるので……依頼受注後から増えた数を確認して、報酬が支払われます。ちなみ依頼を受けていない状態ですと証明部位が必要となるので、注意してくださいね」


「なるほど」


 一拍置いて受付嬢が、しまった……という顔になる。


「あっ……パロは冒険者に適用される法や決め事について言ってましたか?」


「いや?」


「えっと、それでは私から説明させて頂きますね。まず、冒険者同士のもめ事は国でも余程の事が無い限り問題にされないのはご存知かもしれませんが、ギルドも基本は冒険者同士の揉め事は不干渉となっております。


「例外としてギルド内で大事となった場合は両者除名処理となるので、ご注意下さい」


 ミレイの説明にいまいち納得出来ず、言葉を挟んだ。


「揉め事ってどの程度の範囲の事を?」


「えっと……冒険者同士の揉め事による殺傷事件は公の場であれば、やられた側が放っておいても死なない程度なら。公の場で無い場合、死んだとしても放置される事が多いです。勿論、一般人を殺傷したら、即刻国とギルドから指名手配されるので注意してください」


 ――死なない程度って死んだ奴は何も言えないだろ、と口を開きかけたが……今現状最も可能性のある事が気になり、それを優先して問う事にした。


「待て、強姦もか?」


「そうですよ?」


「とんで無法地帯だな……」


 しばらくはニコラと一緒に簡単な注意や説明を受け、俺は冒険者ギルドを出た後に思い切り顔を顰めた。俺はチラリ、とニコラを見た後に、ドックタグを握り締める。


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