ライゼリック ~ゲームのパートナーが異世界でも脳筋過ぎてやばいよやばいよ~
龍鬼 ユウ
第1話『忘れられない冒険も、ある』一
ここはプレイヤー格人に与えられた部屋の中。
青年は少女の手を取り泣いていた。
「嫌だ……お前ともっと一緒に居たい……。給料だって、全てこの世界に落としたっていい。だから……サービスを続けてくれよ……」
「泣かないでヨウ君。大丈夫だって、ヨウ君の世界は……この箱庭の世界よりもずっと広いんでしょ? 今までだってボクを導いてくれて、いっぱい旅をして、いっぱい強くなって……いっぱい冒険したじゃないか。…………ボクはね、ヨウ君が元の世界で頑張ってた間もその思い出に浸って待っていたら寂しくはなかったよ? ヨウ君もこの世界が終わった後に、ボクを思っていてくれれば……きっと大丈夫」
課金によって手に入る高価な家具によって囲まれていてなお、静かな雰囲気を醸し出す部屋の中。普段掛かっているミュージックディスクは……少女の声を耳に残す為に止められていた。
少女は肩まである白髪を揺らし、穏やかで優しげのある笑みを浮かべ、プレイヤーであるヨウに言葉を続けた。
「ヨウ君、時々思い出してくれれば良いんだ……。キミはきっと、元の世界ですぐに新しい世界を見つけて……きっと、この世界の事を忘れちゃうかもだけど……そう。時々でいいから思い出して欲しい。初めてボクを生み出してくれた時の事。……勝てないって悟って、顔を見合わせたまま二人で死んじゃった時の事。……他の仲間と、大海原で巨大な怪物を倒した時の事。それから……レアな装備やお宝を見つけて一喜一憂した時の事……」
一拍の間静寂が支配する部屋の中、少女は更に言葉を続けた。
「時々で良いんだ。ボクの顔を思い出して、こんな事もあったな、って。思い出してくれれば……ボクは、それだけで報われる…………」
涙の止まらないヨウの顔。
元々このゲームは感情の表現がオーバーで、それを隠す事が出来ないシステムになっている。だが、今のヨウの顔から流れ落ちる涙はオーバーなどでは無く、物足りない程であった。
「最後だから言わせてくれ! 俺は……! この世界と違って、元の世界ではかなりの人間不信なんだ! 表面上は平静を装っても、すれ違った人間や、親しい友人、家族でさえも……何時突然襲い掛かってくるのかを気にして、内心では身構えている……。でも、この世界は違う。安心して……ニコラ、お前と肩を並べて冒険が出来た。……俺は……どうしようもなく臆病で、出来の悪い人間だ。それは……この世界が無くなったら、どうなってしまうのか分からない程にッ!! もっと一緒に居たい……!」
「ヨウ君……ボクもだよ。ボクも……君が居ないと狂ってしまいそうなくらいに、胸が痛いんだ。……でもごめんね。ボクは今、GMに泣く機能を止められてるから……笑顔で送り出せるようにって。だから……ヨウ君も笑って? ほら、もうすぐ十分前のカウントダンウが始まっちゃうよ?」
ヨウは言われるがまま、涙を流し続ける顔を無理やり歪めて、笑った。
「ふふっ、キミの泣き顔はとても面白いからさ、元の世界で泣いちゃった時は鏡を見てみるといいよ」
「ふっ、なんだよそれ」
「あっ、良い笑顔」
そんな折、世界崩壊の十分前をカウントするカウンターが視界の右上に大きく現れ、それと同時。ゲームに深刻なエラーが発生した際に生じる警告アラートが鳴り響いた。
――くそっ、最後くらいしっかりしてくれ! と内心で叫ぶヨウは一件の新着メールに気づき、それを開いた。
内容は意味不明としか言いようも無い内容だった。
内容は以下の通り。
――全プレイヤーの諸君。
この世界はもうじきに崩壊し、全てが無に帰すだろう。
だが――別れを惜しむ者、新たなる冒険を目指すもの、それ以外の者。
残りたくば残るが良い。
ただし、もう元の世界には帰ることは出来ない。
今から君に選択肢を与えようでは無いか。
その燐する者と新たなる冒険の世界へと旅立つか、元の世界にて安寧を得るのか。
――――選べ――――。
なんだ……これ? と思いながら疑問の表情を浮かべるヨウ。
差出人の欄に記されている名前は、文字化けして読む事の出来ない文字。
「なぁ、なんか変なメールが――」
そう自身のキャラクター、《ニコラ・アルティルト》に告げようとしたヨウの眼前に、突如現われた巨大な二択の選択肢。
このゲーム世界の文字で《はい》《いいえ》と記された二択。が、この世界の文字についてはニコラに読んでもらっていた為、ヨウはそれが読めない。
「なんか文字が出てきたんだけど、読める?」
「……青いのが、はい。赤いのが、いいえ」
表情の抜け落ちた顔でヨウに聞き慣れた声を発したニコラ。
それを見たヨウは一瞬固まるも、今なお鳴り響くエラーの通知に舌打ちをしつつ、メールの内容を思い出し、選ぶ。
――そんなの、《はい》に決まってるだろ!!
瞬間――選択肢、メールは消え去り、エラーの通知も消えた。ただただ、カウンターの数字のみが残り三分だと視界の端に表示されている。
自身のキャラクターであるニコラの顔には、優しげな表情が戻っていた。
「……ニコラ……?」
「なにかな?」
「さっきのは……?」
「選択肢だよ」
「何の……?」
その言葉に微笑みの表情のまましばらく黙っていたニコラは、カウンターの数字が残り三十秒となった時……ようやく言葉を発した。
「ヨウ君、選んでくれてありがとう」
――残り十五秒。
顔を涙で一杯にしたヨウは禁則事項、BAN対象である異性キャラクターとの肌の接触――を無視し、ニコラを抱きしめた。
――――三、二、一、零。
ヨウの世界は暗転した。
◆
土の匂い、鳥の鳴き声、木々のざわめき、虫の羽音……そして、木々の隙間から差し込む光。それらによって俺は目を覚ました。
「ヨウ君、おはよう」
「……後頭部が幸せだ」
「ボクが、膝枕をしてあげてるからね」
「新しいゲームに飛ばされたのか? ……待て、この状態はBAN対象だろ?」
「新しい世界が始まって早々に、キミは退場だね」
朗らかな笑みでそう言ったニコラに対して、青ざめた表情となった俺は飛び起きた。
「そんな通知は無かったぞ!! くぅぅぅやっちまった……サーバー切断十秒前か!?」
どうせさよならだ、と再びニコラを抱きしめる。
――たっぷりと十秒が経過。
「…………」
「どう? 温かい?」
そこである事に気づいた。自分の部屋に居た時は感じなかったものを、ニコラから感じている事に。
「……何時から、体温なんて設定されてたんだ?」
「ふふっ、さっき」
驚いた表情のまま抱きしめていたが、更に気づいてしまった。
「……いい匂いだ」
「キミ、その台詞ちょっと変態っぽいの気づいてる?」
「……BANされないな」
「うん。されないね」
「R十八ゲームになったのか?」
「違うよ」
――だってここは、と溜めを作るニコラ。
「別世界なんだから!」
「…………ふむ、俺はニコラの育て方を間違えたみたいだ」
「ちょ!? そんな可愛そうな物を見るような目で見ないでよ! ワザとらし過ぎるよ!!」
「本当に異世界?」
ぷりぷりとワザとらしく怒るニコラが、「メニューとか環境とか確認してみなよ!」と言った。まずは……と辺りを見渡し、顔を顰めてみる。
どう考えても容量の問題で再現不可能なリアリティー。
土をいじる。木に触る。虫を触ろうとして……ニコラに止められた。
次いでニコラの胸を触ろうとして……がっしり掴まれる。
メニューを開く。出ない。
「出ないぞ」
「まぁ、現実になったからね。腰の袋に何か入ってない?」
言われるがままにいつの間にか腰に下げられていた日焼けした袋を開き、中を漁る。その中から黒いひし形の石を取り出し、それを慣れた手つきで起動させた。
「魔道具か」
それを起動させてみれば見慣れたメニューウインドー。当然の様に描画設定やログアウトの部分が消えている。
それどころか、アイテムの欄やステータスも存在していない。
「……ゴミだな、捨てるか」
「待って待って待って!! メールとかフレンドの機能はあるでしょ!? 一通りの一般知識はボクが与えられてるから! 色々する前に色々聞いてよ!!」
「スリーサイズは?」
「キミ好み」
言われるがままにに再度メニューを開きメールを確認してみれば、一件の新着メールがある事に気づき……それを開く。
内容はこうだ。
――選んだな?
そう、ここは私の世界だ。
君達には君の望む隣人と共に私の世界へと来て貰った。
私の世界には命が足りなかった……というよりは、フリーの女神によってとある力を与えられた男と中次元から連れてこられてしまった『暗闇の住人』によって、世界の命が次々に消費されてしまっている。
その男に出会ったとしても、決して手を出さないで欲しい。
世界の理から逸脱している男は願う事、死ぬことによって、輪廻する筈の世界の命を『暗闇の住人』へと譲渡し……そのパートナーは力を増していっている。
この世界――低次元に対して高次元の私が干渉するのには、かなりの時間が掛かってしまう。
キミたちをこの世界へと呼んだ理由は……応急措置としての水増しだ。
当然、死なない保証は無い。
気づいているか? お前の隣人は既に制限から解放されているぞ。
お前が酷く当たっていれば直ぐに見放され、お前は死ぬ。そして輪廻の輪に加わるだろう。
もしくは……その場で復讐心を満たす為の相手にされるかもしれない。
隣人には復讐する機会が与えられている。
それは――今だ。
お前達のやっていたゲーム、そのステータスを隣人は持っている。だが、キミのステータスは始めたばかりのキャラクターと同様のステータスにさせてもらった。
キミが今まで頼りにしていたステータスは初期値になっている。成長次第で勝てるかもしれない――――だが、今は勝てない。
深い愛と喜びを与えていたのなら隣人はそれに応えてくれるだろう。キミが隣人を育て上げたように、今度は隣人がキミを育て上げてくれるかもしれない。
あぁ、持っていた装備やアイテムや金銭は殆ど消えているから気をつけてくれたまえ。
キミの持ち物の全ては、キミの隣人と、その袋の中身のみだ――――。
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