第99話 響&琳side



姿を現わした人物は響とあまり変わらない背丈に、長い濃い紫色の髪の女性。その色は四堂鋼太朗と同じ髪の色。前に瑠奈達と話題に出した彼女は、四堂鋼太朗の関係者なのか。


「な、何か···?」

「私の名前は宇都宮小夜(うつみや さよ)。宇都宮家当主代行・宇都宮小夜と申します。この度は我が宇都宮一族分家元継承者・宇都宮夕妬が、あなた達に大変なご迷惑をおかけ致しましたわ」


宇都宮本家当主と聞き琳と響に緊張が走る。宇都宮本家に行ったと言う事だけで、現在も行方がわからない宇都宮夕妬の件で、聞きたい事が沢山ある。元と付いている事から、既に夕妬は分家跡取りから外されたらしい。


「あ、あなたが宇都宮の···っ」

「東皇寺を廃校に追いやった元凶の宇都宮夕妬を、安全圏へ匿(かくま)っておきながらぬけぬけと···」


聞きたいと思っている事とは裏腹に、二人の口から宇都宮一族への敵意が反射的に出てしまっていた。


夕妬の代わりに謝罪に来たと聞き、琳は小夜を睨みながら警戒し、響に至っては小夜に対して敵意を全く隠さなかった。夕妬は本人の異常な精神状態と、宇都宮の圧力で鑑別所から解放されて以来、全く姿を見ない。宇都宮本家に保護されたままの情報を聞いた以外は、今も行方がしれないのだ。


「宇都宮夕妬は今何処に? 警察の聴取を受けながらも、何もなく解放されてから、現在も行方がしれません。名前こそ伏せられていますが、マスコミでもあなた方の起こした事件が、騒ぎになっていると聞いてます」


小夜は穏やかに微笑む。先程の婦長が見せた笑みと違い、彼女が見せる微笑みにはどこか薄気味悪さを感じさせる。やはり簡単には事件の事を話しはしないらしい。


「大丈夫。あなた達が先日の東皇寺学園の事件を、何も心配する必要はありません。彼があなた達や神在に行った行為は、私達宇都宮本家が全力を持って責任を取ります。だからあなた方は心配せずに穏やかな日常を―」

「それじゃあ、何故ああなるまで宇都宮夕妬を放置したんですか? あなた達があれ程の権力を持っているならば、彼を止める事が出来たでしょう!?」

「僕達はあなた方の謝罪が欲しい訳ではありません。宇都宮夕妬が表立って会わせる事が出来ない状態なら、彼が今どこにいるのかだけ教えて欲しい」


おいそれと畳み掛けるように響と琳が、穏やかな笑みを崩さない小夜に一気に詰め寄る。瑠奈や奏の状況が一向にわからない今、琳も響も落ちつかず感情的になってしまっている。



「ふふっ、落ち着いて琳。あなたが心配しなくても、今も行方が分からない瑠奈の事も、私達宇都宮家が必ず見つけ」

「·········どうして瑠奈の事知ってるんですか。私達はあなたに瑠奈の事何も教えていません」



琳達の事はなんでも知っていると言う、小夜への異常な程の違和感に琳が言い放つ。琳自身も普段全く放った事のない、恐ろしい程冷たい声だった。


「······本家に軟禁中の宇都宮夕妬から、東皇寺事件に関わった僕達全員の情報を全て聞き出した。あんたが宇都宮の親族ならば、奴から聞き出すのは簡単だ」

「······」


宇都宮夕妬から自分達の情報を聞き出した、と言われ無言になる小夜。彼女のその不服そうな表情は、あらかさまに自分のやることに不満があるのかといったもの。彼女もまた夕妬同様、見た目に反して怒りの沸点が低いようだ。


「······瑠奈は数日前から失踪しています。今も失踪の手掛かりも何もありません。あなた達が瑠奈を見つけられると?」

「それは···そうね」


琳の問い詰めに、小夜は今度は俯きながら何処かしどろもどろになっている。小夜本人はどうやら瑠奈個人の情報は知っていても、現在の彼女の居場所を知らないらしい。先ほどから琳の方ばかり見て会話していた小夜だが、いきなり響の方へと顔を向ける。


「そうだわ。あなた、逢前君···だったわね。あなたは例の事件と何らかの関わりを持っている。それならば私達遥かなる世界の高みを目指す宇都宮家にも、あなたの持っている情報を知る権利はあります。私達に情報を提供して頂けるでしょうか」

「知りません」


瑠奈が今何処にいるのかを知っている人間は、この場において数日前に異能力者狩りとして会合した響だけだ。誰がお前達のような、金と権力に自惚れた連中などに教えるかと。響はこの目で直接瑠奈を見た。何故彼女があのファントムに居るのかは、響にもわからない。だが宇都宮一族の彼女には、絶対に話してはいけない事だと本能的に理解した。


これぞとばかり響は、宇都宮の女に徹底してノーを叩きつける。これはもう異能力者勢力と、異能力者狩り争いの問題ではなくなって来た。


「あなたに話す事は何もありません。お引き取り下さい」


自分へ敵意を剥き出しにする響に、情報を聞き出す事は無理だと判断したのだろう。小夜はそのまま一歩後退り、困ったように肩を竦めながら溜め息を吐いた。


「······仕方ないわ、今回は引き上げましょう。ですが私は決して瑠奈の事を諦めません。私は何時だってあなた達にご協力いたしますわ。それでは、ごきげんよう」


小夜は一歩引き軽く頭を下げると、今だ警戒心を顕にする二人の前で、くるりと背を向けながらきびきびとした動作で歩き出すと、待たせていた車の後部席へ乗り込み、運転席にいた運転手に合図をやると、後部席のドアが閉まると同時に、小夜を乗せた黒い車は走り去って行った。黒塗りの車が完全に見えなくなったのを確認した響は、琳の方へ身体ごと顔を向ける。


「······君に話さなければいけない事がある」

「え」


宇都宮一族が異能力者間の争いに関わっているなら、もう瑠奈の状況を琳へ話す事に躊躇はない。下手すればブレイカー側にも宇都宮の息が掛かって―。

いや。あの強欲な宇都宮一族なら、政府と深く関わっている玖苑充とも、結託している可能性だって否定出来ない。最悪の場合。響や時緒も宇都宮一族や充にブレイカーを追いやられ、組織を離れる事だってあり得るのだ。


「真宮瑠奈は···」

「響君、瑠奈の話。私にも聞かせてくれない?」


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