第86話 瑠奈side



「お、お前達が···」

「ブレイカー唯一の···異能力者」


殺るか殺られるかの殺し合いを繰り広げている、ルシオラや時緒達の前に現れたのは、一人のあどけない容貌の少女。艶やかで長い黒髪と、小柄で儚げながら妖艶な色を放つ様は、少女のアンバランスさを際立たせている。


彼女こそブレイカー唯一の異能力者でもある『愛姫』。人形を思わせるような整った顔立ちながら、愛らしく美しく儚げな容姿の少女は、黒いスーツを着た見目麗しい数人の男達に、囲まれるように守られている。



「み、みっ···みっ、みなさんっ···。ど、どうか、戦いを、止めてくださいっ······た、戦いは、っあ、あの、戦いは···悲しみしか呼びませんっ」

「てめぇ···よくもぬけぬけと···」



時緒や響は黒髪の少女の、戦いは悲しみしか呼ばないと言う言葉に不快感を露にし、玄也達もまた時緒達と同様の不快に満ちた表情を少女へ向けている。


「久しぶりだな······異能力者狩り集団・ブレイカーの『同胞殺し』。目的の為ならば同志すら牙を剥く裏切り者の偽善者が···!! 異能力者狩りの傀儡そのものと言える、貴様ごときの俗物がそのような綺麗事を、軽々しく口にするな!」


少女の事を口だけで何もしない偽善者と、最もな正論を繰り出すルシオラ。その怒りに満ちた口調は、多くの同志を異能力者狩りに奪われた元凶とも言える、彼女への怒りに満ちている。


「あの娘がファントムの人達が言ってた『同胞殺しの異能力者』···」

「あ、あんなに怒ったルシオラ様。私見た事ない···」


瑠奈と薫は非常口へ向かおうとして、少し離れた場所で戦闘を中断したファントムとブレイカーの対峙を見つめている。少女の大声が原因で、二人共反射的に動きが止まってしまったのだ。


薫はルシオラから瑠奈をも任されている。隙を見てこの区域から逃げろと言われているが、既にこの場にはブレイカー上級戦闘員が数名。恐らく支部の外にも複数のブレイカー戦闘員が取り囲んでいると思われる以上、二人での脱出は難しい。万が一仲間と合流出来たとしても、充派の異能力者に遭遇してしまう可能性も否定出来ない。


「貴方のその綺麗事のお陰で、一体何人何十人の異能力者達が、異能力者狩りの連中に殺されたと思ってるの···っ」

「自分から吹っ切って、ブレイカー側に味方してるのならまだ良いさ。だがお前は誰とも争いたくない、悲しみしか呼ばないとかほざいた挙げ句、無駄な戦いを引き延ばすだけ引き延ばして···。お前みたいな口先だけで、なにも行動しない奴の方が一番性質悪いんだよ」


ルミナと玄也、クリストフもルシオラの意見に賛同する。彼女が自分を持たずただ周りに流されるまま、異能力者狩りに味方している事実を述べたまでだ。すると愛姫を取り囲んでいた一人の男が、離れた場所でファントムとブレイカーとの交戦を傍観している瑠奈達の存在に気付く。



「おや? あそこにも異能力者が居るみたいだ。女の子···いや、ファントムの薄汚い異物共が二体、か」



男は懐から拳銃を取り出し、瑠奈達の方向へゆっくりと歩き出す。男の存在には瑠奈達も既に気付いていた。


「不味いわ···。私達クリフみたいに武器もって無いのに」


男は綺麗な顔立ちにそぐわない、嫌みな笑みを浮かべながら近付いてくる。だがルシオラが展開している光を器用に避けながら優雅に歩く様は、とても洗練されている。


「薫さん、あいつにありったけの念込めて風飛ばして。念の防御は私がやる」

「あなた、もしかしてハイロゥ出せるの?」

「あ、うん。ここにいる間、ちょっと練習してたの」


以前茉莉がハイロゥを出した所を見た事があったし、軟禁されてる間は、時間も十分あったので制御の他に念を練り込む練習をしていた。自分の能力が戦闘向きでないのなら、持っている念動力を徹底的に鍛え上げる。能力制御の訓練の時に母親から受けたアドバイスだ。防御を任せられる事と、能力を思い切り使って近づく相手を攻撃する事に、薫も同意したのか悪戯っぽい笑みを見せる。


「そうね、どうせならあいつを壁まで吹き飛ばしてやりましょう。私達を甘く見てる事を、あいつらに後悔させてやるわ」


黒スーツの男が丁度瑠奈達に、銃弾の弾が届くだろう距離で立ち止まり、瑠奈達へと銃を構え狙いを定めた瞬間。


「喰らいなさいっ!」

「!」


男は銃のトリガーを引こうとしたが、薫の方が早かった。銃の引き金を引くより先に、薫の両手を念の力による強風が吹き出し、男の身体は銃と共に勢いよく壁に叩き付けられた。



「ぐわああぁぁっ!!」

「さ。早く行きましょう」



男が壁へ吹き飛ばされ床に崩れ落ちた隙に、瑠奈と薫は非常口へ向かう為走り出そうとしたが、少女の大きな声が再び響き渡った。



「ま、ま、まっ、待ってくださいっ!! わ、わっ、私の話を聞いてくださいっ!! もうやめてください!! 戦いをっ···悲しみを呼ぶ戦いは止めてくださいっ!!」

「この期に及んでまだ···」



少女の場違いな叫び声に瑠奈と薫は、また反射的に立ち止まってしまった。


「ちょっとあなたしつこいわよ。こんな皆が命懸けで戦ってる非常時に、綺麗事しか吐けないなんて本当に不愉快な人ね!」

「そ、そんな事、ありません···っ。わ、私は、わたしは······で、でも···だめ、ダメなんです···悲しい戦いは······悲しみは、嫌。悲しみを、悲しみを呼ぶ戦いは嫌っ! 嫌···嫌なんですっ!!」


ルシオラ達同様、戦いを止めさせようとすがる少女に対し、両手に腰を当ててあらかさまに不快感をむき出しにする薫。同じく瑠奈も不快感を顕にしているが、誰もが戦闘でピリピリしているにも関わらず、場違いな言葉を吐き続ける少女に対してある違和感を感じていた。


彼女は何かがおかしい。容姿は明らかに自分と同年代の筈なのに、言動も行動も何もかもが歪すぎるのだ。戦いの真っ只中かつ、誰もが戦意と殺意を滾(たぎ)らせた状態で、戦いを止めようとするなど、彼女があまりにも非常識過ぎるのも事実だ。


「!?」


瑠奈が少女の違和感に気付いた直後、玄也達が現れた方向から一人の異能力者が入り込んでくる。一瞬ルシオラへの想いの思念を感じた事から、ファントムに所属している異能力者だ。


「ルシオラ様、ご無事ですかっ!? その女···その女が、その忌々しい『同胞殺し』が私達の同志をっ!」


女性の異能力者は躊躇いなく、儚げで無防備な少女へと得意の異能力―重力を圧縮させた球を発生させ少女へと飛び掛かる。


「ま、待ってっ! その人に近付いちゃ駄目っ!!」

「な···えっ!」


瑠奈が叫んだと同時に、少女に襲い掛かろうとした女性の頭に、何者かの思念が濁流が襲い掛かるかの勢いで、脳神経の中の神経全てに流れ込んできた。



【イヤ······イヤ······コナイデ······コナイデ!!】


「!!」


【コナイデ!!······コナイデ!!······コナイデ!!······コナイデ!!】


彼女が異能力者狩り唯一の異能力者なら、何かしらの能力を持っている。襲い掛かろうとした女性は少女の目の前で時が止まったかのように、何故かいきなりピクリとも動かなくなった。



【イヤ······イヤ······コナイデ···コナイデ···コナイデ···ワタシヲ···―···―イジメナイデ···―···イジメナイデ···カナシイタタカイハイヤ―···ワタシヲ···―·········ワタシヲイジメナイデエエエエエエェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェーーーーーーー!!!!!】


「ぎ、ひぎぃぃやぁぁああああああああぁぁぁぁっっ!! ぎやあ"あああ"あ"あああ"あ"ああ!! お"ぁ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ぁ"っ!! ぐぅぅお"ぉ"ぉ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"っ!!」



―···。



一瞬の出来事だった。


少女に襲い掛かろうとした異能力者の女性は、少女に攻撃が届く寸でで動かなくなったと思いきや、突然獣の咆哮を上げ続け過呼吸を起こしたかの如く、絶え間なく叫び声を上げる口からは涎と泡を噴き上げ、自ら叩き付けるように床へ倒れ伏せる。


女性は絶叫を上げて倒れたと思いきや、更に全身を水へ上げられた魚の如く、ビクビクと激しく全身を痙攣させながら、あちらこちらへと狂ったように叫びながらのたうち周り、やがて仰向けのまま倒れた女性はピクリとも動かなくなった。



「これが·········奴の······」



ルシオラを初め周りの者達は皆唖然と立ちつくしている。



「私······あの能力(ちから)知ってる」

「えっ?」



昔、父親から聞いた事があった。

精神に干渉する異能力を持つ真宮の一族に、危険な精神干渉能力を持った者がいる。だがその能力を持った者は生まれてすぐに行方がわからなくなった、と。



「あれが······『精神破壊(マインドブレイク)』」


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