第81話 瑠奈side



ルシオラ個人が信頼している幹部の一人から、玖苑充のファントム謀反を聞いたルシオラと薫は、充の行動を止めるべくマンションを飛び出して行く。組織のものと思われる乗用車に乗り込むルシオラと薫を、瑠奈は角煮を抱いてマンションのリビング窓越しから、不安げな表情をしつつも見送っていた。


ルシオラに待機してくれと言われた瑠奈は、今この場所から動く事が出来ない。現状泪に対する抑止力として、半ば無理やりファントムに連れてこられた瑠奈は、今頃行方不明扱いされている可能性が高いし、世界中から危険な組織として認識されているファントムに身を置いている以上。無暗勝手に動けば瑠奈本人がどうなるか分からない。


『る、瑠奈っ!? 今ここに居る? ルシオと行き違いになったから』


突然ドアを叩く音と同時に、玄関の向こうから声が聞こえた。ルシオと呼ぶ声は瑠奈の耳に聞き覚えのある男性の声だ。ルシオとはルシオラの事であり、ルシオラは親しい人間にしかルシオと呼ぶ事を許していない。急いで玄関へ向かいつつも用心の為、思念を使って相手を確認。念の性質は昨日にも感じたものである事から、扉をノックしている男性が瑠奈の知っている人物だと確信する。


前もってドアに掛けられていたチェーンを外し、ゆっくりと扉を開けると、瑠奈の目に入ったのはやはりクリストフの姿だった。クリストフの表情を見るからに彼は切羽詰まっていたらしく、顔や腕からじっとりと汗が浮かんでいた。


「よ、良かった! 無事だったぁ···」

「えっ? ぶ、無事って? そんなに慌ててどうしたの」


瑠奈は瞬きしながら、息を調えるクリストフの顔をじっと見つめる。


「み、充派の連中が···っ。君の身柄を、拘束するのを···ぬ、盗み聞きして···バイク······飛ばしてきた」


充派の人間が自分の身柄を拘束する。無意識に瑠奈の額から頬を伝い一筋の汗を流す。


「充の奴。どうも君を政府管轄下にある、異能力研究所の実験材料として身柄を引き渡す気らしい。奴が一体何を企んでるのかはまだ見えて来ないけど、このまま此所に留まってたら、近い内に充派の連中に見つかると思ってさ···」


研究所の実験材料と聞き、瑠奈の顔は真っ青を通り越し真っ白になってしまっていた。異能力研究の実験材料と言うからには録な事ではないと理解したのだ。


「ご、ごめん···」

「だ、大丈夫。でも私が狙われてるって事、ルシオラさん達は知ってるの?」

「いや、ルシオはまだ知らない。この様子だとルシオ達と行き違いになった見たいだ···」


もう少し早く到着していたら何か対策を取れていたのにと、クリストフは大きなため息を吐く。


「とにかく此所に留まって居ても仕方ない。一先ず支部へ行こう。支部にいる赤石泪には君がファントムに居るのはもう知れてるし、君だってあの人と面向かって話したいだろ」

「···わかった」


支部へ行けば泪と話をする機会が出来る。しかし玖苑充が謀反を起こした状況で、泪がどちら側に付くのかが分からない。泪と話したルシオラは、瑠奈を連れてきた事に怒っていると言っていた。今ファントムで内部争いが起こっている以上、自分が直接泪と話し合うしかない。流石にファントム支部に角煮を連れていくわけには行かず、瑠奈が寝かされていた部屋に、棚から予め用意してくれていただろうエサと水を、数個の器に分けて入れる。トイレスペースもいくつか用意し、部屋に閉じ込めても不自由させてしまうだろうから、そのまま角煮を部屋の床に放す。


寂しそうな鳴き声を上げる角煮に見送られ、マンションの玄関を閉めると、後は角煮を見つからないように祈りながら、クリストフと共にマンションを後にした。



―郊外某所・ファントム支部裏口。



クリストフの乗って来たバイクに二人乗りし瑠奈は、ファントム支部の目の前に立っている。バイクに乗っている途中、パトカーに見つからないか不安になったが、クリストフは極力人目を避けながらバイクを走らせた為、少し時間が掛かったものの無事に到着した。ファントムの支部を訪れるのはこれで二度目だ。正面入口は充派の構成員達に、抑えられている可能性があるかもしれないと言う事で、クリストフの提案で三つある裏口の一つから侵入する事にした。


「謀反者の人達。ルシオラさんがマンションに住んでるの知らされてるんじゃ」

「マンションの事は末端の構成員にはまだ知られてない。そこの所に関して念入りだし、警戒して外部の連中には絶対教えなかった。最も薫の方は特例だったよ」


幸いルシオラのマンションは、殆どの構成員達には知られていないようだ。薫は特例で出入りを許されたらしい。


「···実は外部からのファントム入団者は、基本後天的に異能力者へ覚醒した連中ばかりなんだ。実際無自覚に異能力者だと発覚して、精神だけでなく力の制御も不安定になって、能力を持たない人間達から、表立って迫害を受けた連中が大半だ。下手すると研究所から救出された異能力者以上に、後天的能力者の方が世間への恨みが強いんだよ」


世間から迫害を受けた異能力者が暮らしている場所と言えば、神在郊外の裏通り。鋼太朗は研究所の情報収集の為に頻繁に出向いていたらしいが、住んでいる者の半分以上が異能力者である為に、裏通りの人間は他者への悪意や敵意に対し、途轍もなく過敏に反応するらしく、普段は行かない方が良いと茉莉からも釘を刺されていた。


「瑠奈は見たことないだろ。研究所の連中が異能力者にどんな事してきたのか」

「う、うん。私は普通の人と変わらなかったから」


十年程前。家族の仕事の都合で暁周辺の町に住んでいた事がある。両親の仕事がなんなのか教えて貰えなかったが、泪と出会ったのも暁に関連する施設だった。瑠奈達家族が実際に町に滞在していたのは数週間。どういう訳が仕事の都合で遠方の都市へ引っ越しが決まり、施設で何度か交流を持っていた泪ともそれきりとなった。


「研究所で異能力者を対象に異能力の研究をしてるって、鋼太朗から聞いた位」


瑠奈の返答に対して、クリストフは複雑な顔になる。


「···そうだろうね。異能力の存在自体が世界規模で、厳重に隠された存在だからね。政府は異能の力に覚醒して素性が発覚した異能力者を、片っ端から捕縛している。世界中の機関が争うように異能力研究の発達の為に異能力者達を捕らえてるよ」


自虐的に語るクリストフの話を瑠奈は黙って聞いている。



「ルシオ自ら研究所へ乗り込んで、政府管轄の研究機関に捕らえられ、研究所の実験台になった異能力者を救助する事もある。そんな事すら政府や機関は異能力者が表の世界に出てこられないよう、僕ら異能力者の存在を闇に封印していっている。政府は異能力者の存在自体をなかった事にしてるからね」


「じゃあ外部からの人達が、研究所と無関係の異能力者に攻撃してるのは···」


「外部からファントムへ入った連中にとって、ルシオやファントムの考えは建前見たいなもんだよ。自分達を虐げた人間への鬱憤を、単純に外へ晴らせればそれで良いと思ってるんだ。研究所の異能力者達が受けた仕打ちはどれ程のもんか知らずに···」



クリストフは苦々しく呟く。社会から迫害された異能力者達と、社会から隠された裏の研究所の実験台になった異能力者達とで明確な壁がある。

以前、瑠奈に襲いかかって来たファントムの異能力者の事を思い浮かべる。初めの頃はあの異能力者は単純にファントムの意志に従って動いているのかと思っていたが、ルシオラや薫と会話してファントムにも、色々な人達が集まっていると実感した。クリストフや薫は研究所で受けた人間への恨みも強く、研究所の実験で植え付けられた傷も、もしかすると瑠奈が思っている以上に根深いに違いない。自分達を地獄から救い出してくれたルシオラの存在が、大きな拠り所になっている。


後天的に異能力者へと覚醒し意図せず力を手にしてしまった故に、異端者として恐れられ迫害された外部の異能力者達は、怒りの矛先を力を使えない者にぶつけている。


「!!」


突然警報音が鳴り響く。大きな音に瑠奈は両耳を押さえてしまう。瑠奈とクリストフは支部の廊下を早歩きしながら。


「何があったんだろ」

「これはいつもの警報音とは違う。この警報音······異能力者狩りの連中だ」


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