第51話 ルシオラside



―郊外・ルシオラのマンション前。


「ルシオ。例のデータは持って来た」

「すまない」


ルシオラは秘密裏に伊遠へと依頼したSDカードとブルーレイディスク数枚を受け取る。カードとディスクのデータの中身は、サンクチュアリの裏ルートを通じて暁特殊異能学研究所から、秘密裏に入手した赤石泪の過去の経歴と映像。


赤石泪の過去は、研究所に捕らえられファントムを結成する迄は各地を転々とし、能力と身を隠して生きてきた自分以上に隠蔽されており、彼の身の上を探る事が困難を極めた。しかしサンクチュアリの伊遠との情報交換を通じ、ようやく泪の情報が手に入った。データの入ったカードを見て、伊遠は重々しい表情をしながら口を開く。


「悪いとは思ったが、入手したディスクの中身も全部確認させて貰った。赤石泪だっけ? あいつ·········僕ら以上に壊れてら」

「······」


サイキッカーは強大な念動力と異能力と引き換えに、確実に何らかの欠陥を負う。ルシオラは物心つく前から感情表現が希薄となり、伊遠は異能力の影響こそはあるが、肉体の老化が普通の人間よりも圧倒的に遅れている。彼の本来の年齢ならば暁研究所のの四堂両兵と変わりないのだが、強大な力の代償が肉体へ返った伊遠は今だ十代の青年の姿なのだ。

そしてサイキッカーとして珍しく異常がないと思われた泪の欠陥を推測すれば、恐らく精神の異常な歪みと価値観の反転だ。


泪の精神的異質さは身を持って知っている。

当初は自身の脳内に直接殺意の思念を放つ程、過剰なまでにルシオラを警戒していたが、ルシオラが瑠奈を傷付けない相手だと確信すると、自分と親しかった瑠奈を初めから興味を無くしたかのように。更には自分自身の存在を初めから瑠奈の元から『いなかったもの』として扱うよう、躊躇いなく瑠奈を切り捨てた。


「正確には『初めから壊れてる』と言った方が正しい。泪の『価値観』は根本から壊れてる」

「壊れてる···とは」


「簡単だよ。赤石泪にとっては苦痛や困難、難しい物事等が日常生活の様に簡単に出来て、逆に泣いたり笑ったりとか人として当たり前の事が全く出来ない。

つまり泪の価値観は、自分が痛め付けられて苦しんで不幸のドン底にいる事が当たり前で、逆に幸せや愛情そのものが生き地獄って訳さ」


聞けば聞くほど恐ろしい。彼は初めから生まれた時なら誰もが与えられるはずの、愛情そのものを苦痛に感じていたとは。


「もし本当に彼を救いたいのなら、泪の持ってる『価値観』そのものを根本から『壊す』しかない。ただし······それが出来るのは泪を『見ていた』瑠奈ちゃんだけだ」


泪を救えるのは対象の精神に直接干渉出来る真宮瑠奈ただ一人。泪の過去に深く踏み込めないルシオラに、嫌と言う程に現実を突き付けられる。


「瑠奈ちゃんの異能力で、泪の深層に刷り込まれている『現在の価値観』を壊す。だけどこれは、価値観を壊す方にもそれ相応の覚悟がいる。対象者の深層心理そのものを360度覆す行為だからな、生半可な覚悟でやれば泪も瑠奈ちゃんも壊れる。


何より現状お前の存在が、泪にとっても瑠奈ちゃんにとっても最大の障害になってる。あの娘の精神干渉の能力を知ってる以上、瑠奈ちゃんに危険な行為絶対やらせたくないだろう?」


図星を突かれてしまった。

ルシオラも幼少の頃、自分と同じ力を持っていた父親を亡くし、研究所に捕らえられるまでの長い間、母と共に潜伏生活を続けていたが、自分以上の力を持つ息子を連れての生活は決して楽ではなかった筈だ。


それでも逃亡生活の最中で異能力者狩りの犠牲となった母は、最後まで自分の行き先を案じてくれていた。


「相手に自分の全てを捧げる上の覚悟で『現在の価値観』を壊す。

極端な話、それ以外の······自分が今まで持っていたものは救う相手の為だけに全て切り捨てる。下手すればお前への好意すらも切り捨てられる」


泪を深い闇から救う事は、彼を知る瑠奈自身に自分の持っている、これからの全てを捨てさせると言う意味か。愛情すら知らず自分以上に底の知れない深い闇を抱えた相手を支えるに対し、何かを強要させると言う事は相当の覚悟が必要になる。


「話すか話さないかはお前次第だ。これはお前だけじゃなく、瑠奈ちゃん本人やその周りにも確実に影響が出るのは間違いない」

「さっきから随分分かりきって話を進めているな。私がそれを彼女に話すのを知って全部話したのか?」


ルシオラが言い終えた直後。伊遠はいきなり悪戯っ子のような笑顔を浮かべ、楽しそうに語りだした。


「カッカッカッカ!! いくら表情に出てなくても、お前のあの娘への態度あらかさまに声色に出てるよっ!

例のイケメン総帥がお忍びで従妹の学園何度か訪れてたって。知り合いがそこの学園教諭してるし、情報交換の一環で嫌でも耳に入って来てな。あの娘の事色々と気になってるんだろ?

そうそう年の差カップルも悪くないけど、手ェ出すのはせめて三年後にしろよ~!」

「······」


信頼しているとはいえ、やはりこの男に詳しい事情を話すんじゃなかった。後悔した所で既に後の祭りだと。伊遠はずれた眼鏡を元の位置に戻しながら、さっきまで緩んでいた表情をすぐに引き締める。


「問題はお前らの所に居る充だ。奴はとっくにお前が個人で行動を取ってるのに気付いてる」

「あぁ。まさかブレイカーと繋がっているとは思わなかった」


充の裏周りを秘密裏に探っていた玄也達からの情報だと、あのブレイカー随一の異能力者である『殺戮姫』を手込めにしたらしい。同じ異能力者でありながら、数多くの同志を惑わせ狂わせ壊して来た忌まわしき女。


「奴の手癖の悪さ十分に知ってるな、最悪瑠奈ちゃんだけは守れ。あの娘の力を模倣(ラーニング)されたら、お前も終わる」


瑠奈を守れと言う言葉にルシオラは顔を歪ませる。

あの男の事だ。彼女の精神干渉の能力は充に取って喉から手が出る程、力ずくで奪ってでも欲しくなる能力に間違いない。


「後は宇都宮家だな。あのクソ成金一家、どこまで世界支配にすがる気だ···」

「宇都宮とは?」

「ファントム結成は三年前だったな。宇都宮は数十年前からサンクチュアリでマークしてた、訳有りの一族······そして、赤石泪の価値観を歪ませた最大の元凶だ。

奴らは極端な話、自分達以外の人間を『家畜』としか見ていない。異能力者最大の敵の一つと言っていい」


人間を人間として見ていない存在に対し、ルシオラは均整の取れた顔を怒りに歪ませる。同胞を歪みに歪ませた元凶は近くに存在した。ルシオラの表情に伊遠も感じる所があったのか、しばらくの沈黙の後口を開く。


「···宇都宮の方は僕達サンクチュアリが抑えてやる。お前は自分達の組織を守る事だけに集中しろ」


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