第47話 泪side
―五時限目休み時間・三年B組教室。
泪がB組教室後ろ隅の自分の席で、六限目の授業の準備をしていると、扉が開けっ放しの教室の前に一年の千本妓寧々が立っていた。三年の教室へは滅多に訪れない異質な雰囲気の来客に対し、周りのクラスメイト達は少しざわついている。本来なら彼女は自分達と同じ学年であるが、家庭の事情で2年留年しているのは同学年の間でも周知の事実あり、と同時に彼女の周りに関しては決して触れてはいけない話題でもあった。
相手の目的が確実に自分だと分かった為、泪は持っていた教科書を机の上に置き無言で席を立つと、教室入り口前でクラスメイトを妨害するように、身体をもじもじさせながら待っている寧々の元へ行く。
「泪···えっ、えっと···あのね···あのね、そ、その······噂で、聞いたよ?
探偵部の娘とケンカしたんだって?」
「······ええ」
瑠奈と喧嘩したのは事実。
これ以上自分自身の問題に瑠奈を引き入れるのは危険だと判断し、鋼太朗の時同様泪の方から瑠奈を直接突き放した方が良いと思い、彼女に対し淡白かつ冷徹な態度で接していたが、結果的には全くの逆効果だった。
瑠奈は既に泪の『目的』を知ってしまった。
あの時和真に呼ばれた時点で、彼女が持っている能力を少しでも疑うべきだった。泪の目的を知っている以上、下手に行動すれば瑠奈はどんな手段を使ってでも泪を止めるだろう。
瑠奈を自分から引き離すに当たり、数日前から瑠奈と接触を持っていたファントム総帥ルシオラをも利用する魂胆だったが、ルシオラはあろう事か自分をファントムへと引き入れに説得を初めて来た。
更に瑠奈と話し合えと言った以上、彼女からある程度己の事情を聞かされている可能性が高い。頭の中で瑠奈への対処の考えを張り巡らせる泪の心情も知らず、寧々は一方的に話を始めて来た。
「あの娘とケンカして仕方ないよね···だって、当然だもん···優しい泪に迷惑ばっかり掛けるあの娘なんかに、泪の事なんか···分かるわけないよね。
僕は···知ってる···ううん···僕は······なんでも分かる···泪の事···なんでも分かるから···泪の想いは、僕の想い······だから、僕が泪の力になる···力になるから···だから···いつでも、僕を···いっぱい頼って?」
泪は無表情で寧々を見つめていた。
周りの生徒も上目遣いで泪を見上げ身体をもじもじさせながら、ボソボソと喋る寧々の異様な雰囲気に引いている。
「泪の事······。僕の大好きなぱふくんにね···相談したんだ···ぱふくんに···泪の事···話して···いいって···。
やっぱり···ぱふくんは、僕に勇気をくれる···ぱふくんはすごい···。すごいね···ぱふくんはすっごく凄い。大好きなぱふくんに···泪の事相談して···良かった」
所詮この女もあの冴木みなもと。支配的で強欲な『連中』と同類か。
「······それは僕の情報を第三者へ流したと言って良いのですね」
「!?」
寧々の行動を察し、周りの視線をも顧みず静かな怒りを込めて言い放つ。
二人の様子を伺っていたクラスメイト達も、普段とは違う泪の様子に唖然としている。
泪はただ単純に正論を言い放っただけではあるが、いつもと全く違う泪の雰囲気に対し嫌われたと思ったのか、寧々は子どものような声をあげ大げさに泣き出した。
「ふ···ふぇ、っ······ふぇぇ···ふぇぇ···っ···。
だ、だってぇ···ぱふくんがぁ···ぱふくんが···。泪の事···知りたい、って···ぱふくんは···ぱふくんは、僕の希望なんだよ、っ? ぱふくんは···凄いんだから···ぱふくんは、ぱふくんは···ぱふくんはぁ···っ」
「早く教室へ戻った方が良いです。次の授業が始まりますよ」
「ふぇ、ふぇぇ···っ。ふえぇぇっ···ふえぇっ···ま···まって、ぇっ。あっ···あやまるから···ぱふくんにも···あやまるから···僕を···僕を······お願い、僕の事···見捨て、ない、でぇ···」
「失礼します」
泪はごめんなさいと言いながら、声を出して泣き続ける寧々を無視し、早々に自分の席へ戻った。一連の出来事を目撃していた隣の席の京香が、泪を刺激しない様慎重に話しかける。
「···どうするの? 千本妓さんが個人情報漏らした事」
泪は溜め息を吐きながら、心配そうに泪の顔を見やる京香の方へは振り向かずに話す。
「千本妓さんと歌い手のアカウントを検索して、情報公開した運営に洗いざらい通報します。後は警察とネット方面に強い弁護士に相談」
寧々の境遇にはほんの少しだけなら同情するが、やって良い事と悪い事の区別が付かなさすぎるのにも程がある。灸を据える程に痛い目にあって貰った方が彼女には丁度良い。
「後。悪いんだけど······。瑠奈ちゃんの事···どうなって-」
「···関係ありません」
泪の恐ろしい程淡々とした声に何かを察したのか、京香はこれ以上泪に対して深く追究をしなかった。
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