第11話 奴隷の天秤
ゴールドとフォーレン、目の前の絶望を受け入れられずに立ちすくんでいる2人に現実が迫っていた。
「た…たひゅけ…て」
そう、ボロボロの女がこちらに近づいている。
地面を這いずりながら。
おそらく足の腱が切断されているのだろう。
足を全く動かさずに上半身だけを動かしながら力一杯、前に進んでいる。
服は汚く薄い布一枚だが、容姿は端麗で銀色の髪は見事と言う他ない。
「なんでこんな綺麗な女性が」
「おい。ゴールド待て!罠かもしれんぞ」
フォーレンの忠告も聞かずにゴールドは、ボロボロになりながらも必死に動いている女性に近づいた。
助けを懇願している様子は決して嘘には見えなかった。
「安心してくれ。助けるから」
優しい言葉をかけながら、しゃがんで彼女の銀色の髪を撫でる。
「ありが… と… 」
初めて見せる笑顔であった。
先程までの必死な表情はどこかへ吹き飛んでいる。
安心している彼女の姿を見て、ゴールドは笑顔を返したが心境は複雑であった。
この女性は、なんなんだ?
いやそれよりもバッカスはどこへ行った?
このまま雲隠れされたら、まずい…
様々な不安を胸の内に抱えながらも、諦めていない。
バッカスに会う手段を考えている。
だが、その心配は無意味なものだ。
―――なぜなら
「先程の男よ。3000万Gを私に払いなさい」
どこかで聞いたことのある声が、垂れ幕の外側から聞こえた。
まるで感情が無いような、この冷淡な口調。
バッカスだ。
「でも良い買い物をしたね~その奴隷は、私のおもちゃだったんだよ。壊れたから捨てたんだけどね」
垂れ幕の外側にいるせいで姿は全く見えない。
しかし、氷のように冷たい声はしっかりと響いている。
――勿論、ボロボロの女性にも
「あ…、、あっ、バッカスさ、ま」
顔を地面に押し付けて全身が震え出した。
トラウマが蘇ったのだろう。
一体どれほどの事をすれば、これ程までに怯える事が出来るのだろうか。
想像すらしたくない。
現状だけでも… 震えている彼女を追い込むには十分すぎるのだが、さらにバッカスが絶望へと落とす一言を加えた。
「ローリエ! その男は次の主人よ。しっかりと楽しませてあげなさいね。ははははは」
「しゅ… 主人?…、、た、た、た、助けてくれるって」
「誤解だから安心して下さい、危害を加えるつもりは…」
「あぁああああぁぁあ、もう… いや、だあぁ」
ゴールドの呼びかけも虚しく、女性は頭を抱えて叫び出している。
それに… 先程までとは比べ物にならないほど体を震わせていた。
いや、震わせているという表現よりも振動しているといった表現が正しいだろう。
「フォーレンさん!魔法で何とか出来ませんか?」
「お前はいつもいつも… 魔法はそんな便利なモノじゃないんだけどなぁ。まぁ、いい。エレメンタルマジック!」
暖かいエメラルド色の光が、震えている女性を包み込む。
すると、女性は徐々に落ち込みを取り戻し初めて震えが止まった。
「精神鎮静化魔法よ。しばらくは冷静でいられるはず」
「ありがとうございます、流石です」
非常事態を一旦は収める事が出来た事になる。
しかしながら、肝心の用件が全く進んでいない。
―――奴隷の中身が入れ替わっていると言う事だ
「バッカスさん、中身間違えていないですかね?」
「いや、何を言う、正真正銘の96番だぞ」
怒りに震えながら質問しているゴールドに対して、彼女の言葉は冷静かつ無感情である。
この世界には、カメラなどの情報を残す機器が存在しない。
96番の奴隷がどのような顔、姿をしていたのかなど
証明することなど出来ないのだ。
証拠が無い。
この一点だけで、奴隷商会側の判断が押し通されてしまう。
「で、どうするのだ? 払わないならこの契約は無効という事で、その女は返してもらうぞ。壊れていても使い道はいくらでもあるからな。新しいおもちゃで遊ぶ前に、本当の意味で使い壊してやる」
「わたし、ま、、、また、も、どるの?」
絶望の声が垂れ幕内に広がった。
しかし、ゴールドやフォーレンの顔が少し明るくなっている。
新しいおもちゃとは恐らく依頼人の母親の事であろう。
という事は、この女を見捨てれば依頼を達成するための時間を稼ぐ事が出来るのだ。
だが、2人は感じていた。
―――ボロボロになりながらも縋るような表情でこちらを見つめる眼を
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