第4話 動くゴキブリホイホイの恐怖
あれは、4月から一人暮らしをし始めて三ヶ月くらい経って、初めてアパートにゴキブリが出た頃です。
玄関でゴキブリを見た私は、急いでゴキブリホイホイを買いにすぐ側にあるスーパーに走りました。
古い木造アパートの玄関は狭い土間で、土間から室内までの高さは40cmくらいありました。
その土間にゴキブリがいたので、ゴキブリホイホイを買いに走ったのですが、帰って来た時にはもういませんでした。
私はゴキブリが玄関ドアの隙間から室内に出入りしているのかもしれないと思い、ゴキブリホイホイを土間に一つと、土間を上がってすぐにある2階へ上がる階段の前と、土間の右手のトイレの前に置きました。
残りのゴキブリホイホイは念のため室内に置きました。
私は当時、辛い実家から逃れ新しい生活が始まったばかりでした。前の年からしていた高級レストランバーのバニーガールのアルバイトで大学の入学金を貯め、大学に通い始めても週に三日バニーガールをして学費を貯めたり家賃等の生活費にしていました。
その生活は質素でしたが、親のお金を使わず自分の力で生活できていることと辛い実家を出た開放感で心は満たされ、初めての一人暮らしに対する不安な気持ちはどこかへ行っていたように思います。
毎朝、8時前に起きてお菓子を食べて紅茶を飲んで大学に通っていました。
その日もやはり、8時前に起きてお菓子を食べていました。テレビを持っていなかったので、いつもとても静かです。
お隣りは、男の人が住んでいるようでしたが、朝は遅いようでした。
そのとても静かな朝の時間に、近くでガサッと音がしました。
私は、ドキリとし耳を澄ませ動きを止めました。
もしかして誰かいる?
怖い、殺される。
音は玄関の方から、ガサガサ、ガサガサと続けて鳴っています。
一人暮らしをして、早速に事件に巻き込まれたような気持ちになり急に心細くなりました。
しばらく動けずにジッとしていましたが、音は鳴り続け私は鳴る音に慣れていきました。
殺されるなんて思った自分を滑稽に思いながら、ガラスのはめこんである引き戸の向こうにある玄関を見つめ、人の影がないのを確認しました。
一体どういうことなのか?
自分の鼓動とその音だけが聞こえる中、思い切って立ち上がり引き戸を開けました。
音は、鳴り続けていました。
音源を捜すのですが、引き戸から先に出る勇気がなかなかでません。
ガサガサ、ガサガサ、という音は実際には何かがこすれる音に似ていました。
一歩踏み出しても何もないので、もしかしたら玄関の外で誰かが何かの作業をしているのだと思うことにして、玄関の覗き穴から外を見てみようと玄関の土間までいくと、
なんとゴキブリホイホイが、動いていたのです。
ゆっくりとゴキブリホイホイの家が横に移動していたのです。
ガサガサと土間のコンクリートの上で。
えっ???どういうこと?
ゴキブリホイホイが移動する恐怖で動悸が激しくなりましたが、原因を知りたい気持ちが勝り、ゴキブリホイホイを見下ろせる位置までいきました。
そうしたら、なんと小さなネズミがゴキブリホイホイから前足を出して前進していたのです。
身体の下半分はゴキブリホイホイの中でした。
これには驚きました。
しばらく、呆けてその様子をみていましたが、助けなければと我にかえりました。
私は子ネズミを助けてやろうとゴキブリホイホイの屋根の部分を開きました。
ネズミの身体はベッタリと粘着テープに張り付いていました。
仕方がないので、私は割り箸を持ってきて子ネズミを挟みゴキブリホイホイの端を持ちながら引っ張ってみました。
すると、「ちゅ~~~!」と痛そうに鳴くのです。
でも、放って置くことも出来ないので、何度も箸で挟み引っ張りました。
その度に「ちゅ~~~!」「ちゅ~~~!」と痛そうに鳴くのです。
どう引っ張ってもゴキブリホイホイから剥がれません。
そうこうしているうちに、大学に行く時間になりました。
私は「ごめんね。なるべく早く帰って来て対策を考えるから、ほんっとごめん。」と言い薄情にもそのままにして出掛けました。
平穏な一人暮らしの日常に事件です。
大学のお昼休みに学食も食べずに急いで帰って来ました。
玄関を開け、土間を見るともう子ネズミはいませんでした。
そこにあったゴキブリホイホイには子ネズミの生きるための努力が見て取れました。
子ネズミは粘着テープの付いた厚紙を自分の身体の形にかじって逃げていたのです。
子ネズミはしばらくの間、身体にゴキブリホイホイの厚紙をつけて前足だけで生活したのでしょう。
粘着テープが劣化して、子ネズミの成長とともに剥がれたと思いたいです。
私は、いつも2階の四畳半に寝ていたのですが、そういえば夜中にガタガタと屋根裏から聞こえていました。
ネズミの走り回る音だったのだと思います。
子ネズミと頑張る自分が重なり心が軽くなった思い出なのでした。
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