「ずっと二人でいよう」と俊は言った。

 小学校の放課後の校舎で早見俊は夏目玲と約束をした。小学校の五年生の時のことで二人とも無意識に仲良くなり、思春期を迎える前で特に恋人とも思っていなかったのだが、俊の心には確かに恋心があった。俊の初めての恋だった。

 俊はバスケットボールをやっていた。バスケットボールが得意で、クラブチームに所属し地区の大会で優勝した経験もあった。

 玲はピアノをやっていた。将来はピアニストになるつもりだった。玲も地元のコンクールで優勝したことがあった。

 公園のジャングルジムで、二人はよく遊んだ。まだ無邪気な二人は互いの恋心が何かわかっていなかった。ただ二人きりでいたいという願望を互いに抱いていたのだ。

 小学校を卒業するまでそのような関係は続いた。ある時、俊の家族が玲を海に連れて行った。俊の両親は二人が仲良くなったので、将来は恋人同士になるだろうと思っていた。

 二人で広大な海の景色を眺めていた。俊の目にも玲の目にも広大な海の景色はかすかにしか映っていなかった。脳内の記憶には瞬間しか刻まれなかった。景色より、二人で海を泳ぎ、海水をかけあった記憶の方が多く占めていた。

 二人でいるという約束だったが、玲は私立の中学に進学し、俊は地元の公立中学に進学した。そうすると二人で会う機会がなくなってしまった。玲は中学で勉強に没頭し、いつの間にかピアノをやめてしまった。

俊は中学時代に交通事故に会い、片足を失った。それで必然的にバスケットボールをやめざる得なくなった。俊は悔しさから涙をこぼした。そんな時、玲のことを思い出した。

 玲はそのまま高校に進学した。高校では吹奏楽をやった。何事もなく高校時代を過ごした。対照的に俊は義足ということで、高校でいじめにあった。いじめといっても悪口を言われるだけだったが、クラスでは孤立していた。そのことが、俊が義足だというコンプレックスを強くさせた。高校を卒業するまで、俊は勉強しかしなかった。授業が終わるとすぐに家に帰り、勉強に打ち込んだ。

 二人が再開したのは偶然にも大学だった。入学式で俊はすっかり大人びた玲の姿を見つけた。

「久しぶり」

 俊は玲に声をかけた。

「君は……俊?」

「そうだよ」

「偶然ね。まさか同じ大学なんて」

 玲は喜んで言った。

 二人は入学式が終わるとカフェに行って話をした。

「俺は事故で片足を失ったんだ」

 俊は玲の瞳を眺めていた。

「それは可哀そうね。バスケットボールは?」

「中学でやめたよ。高校ではいじめにあった」

「可哀そう」

 玲は言った。

「あの時の約束覚えてる?」

「約束?」

「小学校の頃の。ずっと二人でいようって」

「そんな時もあったわね。でも私には恋人がいるの」

「そうなんだ。つくづくついてないな、俺の人生は」

「まだ私のことが好きだったの?」

「片足を失った時から、玲のことを思い出すことが多くなった」

「そう」

 カフェで二人はコーヒーを飲んでいた。俊には玲に恋人がいるということがショックだった。

「ねえ、思ったんだけど、義足でもバスケできないの?」

「さぁ?」

「サークルでやってみれば?」

 玲は言った。

「あれから何年も経つからな。果たしてうまくいくかどうか」

「なんだか昔より俊は暗くなった気がする」

「そりゃあ片足を失ったから」

「本当にそれが原因なの?」

「わからない。ただ中学の終わりくらいからかな。ずっと憂鬱なんだ」

「どうしてだろう?」

「どうしてか他人を避けるようになってしまった。やっぱり障害を抱えているというのが自分の自信をなくさせるんだ」

「こんなこと言うのもあれだけど、それでもいいと思うわ。私はそれで差別したりしないから」

 目の前に座る玲はとても魅力的に見えた。本当は美しい体でいたかったと俊は思った。

 大学に入学してからオリエンテーションが始まり、玲の周りには女友達が集まるようになった。俊は相変わらず一人で過ごすことが多かった。

 ゴールデンウィークの休みの日に俊は不思議な夢を見た。夢の中で俊は自分と世界がかけ離れていくという体験をした。不思議な夢で俊は現実と夢の区別を失った。

朝目覚めて、義足を眺めながら俊は思う。いったい俺の今までの人生はなんだったんだと。人生という言葉の意味について考える。誰が俺の人生を決めたのか。俺は俺自身でしかないはずだ。様々な偏見を受けている強迫観念が俊を苦しめた。体に障害を持つというのが受け入れがたかった。俊は夢の中を彷徨った。そこに何があるのか見つけてみたくなった。

ゴールデンウィークが終わり、俊は大学へ通った。そこでたくさんの人に話しかけた。友達をたくさん作った。バスケットボールのサークルにも加入した。

「最近元気がよさそうね」

 玲が話しかけてきた。

「なんだか俺は今まで様々なことをあきらめていた気がする」

「あきらめなくていいのよ」

「最近変な夢を見たんだ」

「変な夢」

「自分がこの世界から離れていくような」

「どういうこと?」

「たぶん玲にはわからないよ」

 俊は義足ながらもバスケットボールに打ち込んだ。大学の二年生になるとバスケットボール部に加入した。俊はめきめきと上達していった。

「お前ならプロになれる」

 監督から言われた。

 俊は自分がいずれプロになれると信じていた。

 大学を卒業するころに、大学のエースとなった彼は、プロのチームにスカウトされた。

 そしてプロバスケットボール選手になった。

「すごいわね」

 玲は大学を卒業した後に食品会社に就職した。

「すごいだろ」

 たくさんの観客の声援を浴びる。俊はプロのチームでエースとなった。

 玲とは時々会ったりした。

 そこでいろいろな話をした。玲が彼氏と別れたことも知った。

「俺たち二人でいようって約束しただろ?」

「そうね」

 二人は付き合うことになった。

 俊は義足ということを隠してプレーしていた。義足は進化し、普通の足以上に高く飛ぶことができた。

 そして義足の上から黒いストッキングを履くことで上手く隠すことができた。

 声援を浴びる中、自分が義足をしていることは秘密だった。

 他の誰にも言うことはできなかった。

 俊は玲と二人で休日に海に行った。

 夏の海は輝いて見えた。

「綺麗な海だね」

 俊の視界には玲のことよりも海の景色のことしかなかった。

「いつか二人で見た景色ね」

 玲は言った。

「今はまるで違うけれど」

「え?」

 玲の声は潮風に紛れて消えていった。

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