第88話
「我々は皆、南部の出身なのです」
俺を救世主だと思い込んだオルニダスは、指揮天幕に俺とギルリル及びアリスを招き入れ、
ギルリルとアリスはスカート姿(座ると裾が地面に着く)という事もあり遠慮したので、俺とオルニダスが直接向かい合って座り、女性二人は俺の後方で佇立する形になった。
「この大陸は北部と南部に分かれているのか」
「そのとおり、氏族が牛耳る北部と伝統の残る南部ですな」
今まで得た地誌資料にない情報なのでありがたい。
「生活様式も食習慣も南部と北部では全く異なります」
オルニダスは異なりますという部分に力を込めて言った。
「それで獣人ではなく獣を求めた訳か」
「そうです。お気付きでしたか」
「うむ、ここに来る前、この大陸では獣人は食用になっていると聞いた。この部隊は獣人討伐の部隊なのだろう。作戦行動を行えば当然食糧が得られると思うのが普通だ」
「確かに」
「それを、獣人とは関係のない獣の狩りで命を繋いでいるのを見れば、あきらかに何かが違うという事には誰でも気付く」
「
「そうなのか」
「南部はその昔、女神様が獣人を下さった場所。今でも獣人は家族の一員として迎え入れられております」
「なんと」
「獣人を
「南部出身の者達はそういう洗脳は受けていないわけか。兵は鉱山から徴兵されたと聞いたが出稼ぎだったのか?」
「そうです。ここの兵も、次に徴収されてくる兵も南部からの出稼ぎで、つまり南部は貧しい農村地帯です、悔しながら」
「貧しいという事は、作物が実りにくいのか?」
「いえ、南部の作物は米で、収穫そのものはあるのですが、北部の人間が米を忌み嫌うので売れないのです」
「なんだそれは・・・」
「北部では小麦を硬焼きにしたパンが至高だと」
「あ、あのクソまずい奴か」
「そうです」
「ちょっと待て、米は十分に収穫できるのだな」
「はい。ですが売れないとなれば増産しても仕方ないので、結局金を得るためには北部へ来るしかないのです」
「買ってやろう」
「え? なんと?」
「いくらでも米を増産するが良い。帝国がそれを買い上げ、対価として帝国の特産である銅や鉄などの鉱物をインゴットにして渡そう。お前たちはそれを加工して売れば現金収入も得られよう」
「魅力的なお話ですが、救世主殿にそれを決定できる権限がおありなので?」
「あるとも。帝国は以前、貴族どもが牛耳る愚かな政治体制の国だったが、俺が貴族どもを打ち滅ぼし、今は女神、魔王、エルフ王、ラミアを従えて人間とエルフなどの精霊、魔族などと共存する国となっている。俺はその国を
「左様でしたか。しかし、今ここで契約を交わせたとしても議会の命令がなければ何もできない軍人の身・・・」
「では聞くが、その議会とやらはお前たちをどう操っているのだ」
「はい、議会は装備から補給、作戦行動に至るまで命令書を監査役に持たせて我々に実行を命じてきます。命令は実に細に入り、そこから僅かにでもはみ出す行動は反逆行為として処罰の対象になります。つまり司令官であろうが自主裁量の余地はないということです」
「なるほど」
「我々南部出身者が獣人を食わないことは知られているので、監査役には裏社会の連中が付き従い、討伐で捕獲した獣人や財産をすべて運び去ります」
「そういうことか」
「監査役は議会に命令の実行完了を報告し、それを根拠に我々への報酬と必要な補給品が運ばれるのが正規なのですが、報酬も補給品も届いたことがない」
「ふむ」
「幸い年間1名枠のアカデミー南部出身者枠を卒業できたので、後方軍司令官を拝命し、補給の問題を調べていたら、前線に飛ばされたというわけです」
「なるほど、状況は理解できた」
「やほーーーっ!!」
突拍子もなく俺のすぐ左側にタマが転移してきた。
お気に入りのセーラー服にタイツ姿なので、この後壮太の所に遊びに行くつもりなのだろう。
オルニダスは驚きのあまり固まっている。
「ダンジョン出来たよ~もう狩りおっけぇ」
タマが妙にハイテンションだ。
「お疲れタマ、まずは座れ」
「はいよ」
見た目の美少女っぷりとはギャップがある返事をしながらタマは床几に腰掛けた。
「オルニダス、魔王も来たところだし本音で話せ」
「は、ははっ」
「お前たちにここまでひどい仕打ちをする氏族や議会のために戦う意味はあるのか?」
「ない、と思います」
「南部は北部に毒されていないのだな」
「ははっ」
「オルニダス、もしお前が王として南部に国を興すのなら、帝国はその国を承認し、当面の財政と軍備を支援するだろう」
「な、なんと・・・」
「まあ、すぐに回答しろとは言わんよ。とりあえず魔獣を狩って夕食の準備でもさせるが良い」
「はっ、とりあえず失礼します。救世主殿」
そう言うとオルニダスは天幕を出て、大声で肉を狩りに行くぞと叫んだ。
おおっと歓声が上がり、個人用の天幕から駆け出る足音が周囲に響きだした。
「タマ」
「なぁに?」
「昔獣人を作ったのはもしかして」
「オレだよ」
「やっぱり」
「うん」
「もしかして黒歴史か?」
「あまり触れてほしくないって言えばそうだけど、ギルちゃんしかいないしいいか」
「ああ、言いふらすなってことね」
アリスは魔物だからタマに不都合になることをするわけがない。
「そそ、俺がミケの双子だって知ってるでしょ」
「うん」
「女神ってのは人間の概念で、オレ達は違うって思ってるけど、まあ便利だから女神という言葉で説明するけど」
「うん」
「ミケは元々あっちの大陸の女神で、俺はこっちの大陸の女神だったわけ」
「うん」
「オレも若かったからさぁ、ミケと張り合って人間が繁栄しやすい環境を作り上げていたわけ。そしたら1000年くらい前にオレを敬い祀る連中が出て来たので、そいつらを氏族と名付けて、まあ色々便宜を図ってやったわけよ」
「うんうん」
「氏族はそのうちその辺の人間を支配して神として振舞いだした。まあ、それはオレにとってはどうでもよかったわけ」
「うん」
「でも連中にとってはオレが邪魔になったんだな。勇者を召喚してオレの討伐に向けて来た」
「おいおい」
「いや、それも問題はないんだ。神殿に入ったところで魅了をかけて一発で取り込めたしね」
「さすがタマ・・・」
「問題なのは、それで回れ右をした勇者を任務完了したものと勘違いして、外に出た途端暗雑者の集団が勇者を殺害、その暗殺者たちは正規軍が囲んで切り刻み、正規軍の兵たちは凱旋の宴で毒殺されたんだ」
「えげつないな」
「そう、それを命じた氏族連中に愛想が尽きてね。本来は幸福を高めるために集めていた魔力で魔力災害を起こして生命をリセットしてやろうとしたんだが」
「うん」
「その時に美しい魂の嘆きの声が頭に響いてきたんだ」
「ほう」
「とても美しい少女の魂だったよ。唯一の友だったペットを失い、失意のうちに病を得て亡くなった少女の魂」
「うん」
「だからその少女の魂を慰めるために、オレは持っていた魔力を全て獣人に作り替えたんだ」
「ああ、それでアリスの魔力に寄って来たのか・・・」
「そゆこと。あと、ミケがおいでって言ってくれたから、ミケの所に魔界を作って引きこもっていたんで、それ以降のこの国のことは知らないよ」
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