第84話

むにゅっ?


恥ずかしながら俺は寝相が悪い。

寝ながらゴロゴロ左右に転がる癖があるらしく、俺の女たちは行為が終わるとベッドの左右ぎりぎりのところに寝てくれる。俺が落っこちないようにだ。

「おはようございますなのです」

いつもの元気な声でなく、囁くような甘い声がした。

目を開けると、まるでギルリルに襲い掛かろうとするかのような格好で寝ていた。

左向きに横臥して、右手はギルリルの左胸の上、右脚は太腿の上に乗っている。

左手は自分の右肩にあるが、ギルリルの左手が上から添えられていた。

俺がギルリルを越えて左側に落っこちて行かないよう押さえていてくれたのだ。

ギルリルの右手は体側に伸ばしたままで、多分無意識で身体を弄っていたであろう俺の右手の邪魔をしないようにしてくれている。

「おはよう」

挨拶を返すとギルリルは左手を体側に戻した。

ベッドから転がり落ちる心配はもういらないからだ。

このままキスをしようとした瞬間、ベッド脇にエルベレスが現れた。

さすがに驚いて上げた視線をギルリルも辿り

「お母さん」

と呟いて

「あっ」

としまったという表情を隠すことなく俺に顔を向けた。

「後宮じゃないから気にするな。他にはアリスしかいないしな」

後宮にいる時はそれなりの力学が発生するだろうが、ここは俺との蜜月の場だ。

それに魔物であるアリスにはエルフ同士の関係性など興味もないだろう。

「お邪魔でしたか?」

パン籠を持ったエルベレスはそう言うと首を傾げた。

「いや、それよりお前、転移が使えたんだな」

「はい」

「ミケに習ったのか?」

「いいえ、ミケ様でなくタマちゃんです」

「なるほど」

「優一の大好きなパンがうまく焼けたので持ってきたんですけど」

とエルベレスは言うが、パンはここに来るための口実だろう。

だが、エルフのパンは大好物なので俺は嬉しい。

「この国のパンは硬くて食えたものじゃないからな。嬉しいよ、エルベレス」

そう言いながらギルリルから身体を離すと、ギルリルはベッドから抜け出して裸のままエルベレスからパン籠を受け取った。

アリスが焦り気味にギルリルからそのパン籠を受け取っている。

「エルベレス」

「はい」

「今日はゆっくりして行けるのか?」

「はい、午前中ならここに居れます」

「なら、ギルリルと一緒にエルフ料理を作ってくれないか?」

「あ、はい、それはもちろん」

「ギルリルはエルベレスと午前中ゆっくりしているがいい。俺はアリスと商談の糸口をつけてくる」

「はい、あなた」


商談用の服を隣の部屋でアリスに着せてもらい、寝室に戻ろうとすると、エルベレスとギルリルの会話が耳に入って来た。

気にせずに入って行っても構わないのだが、まあ、久しぶりの親子の会話だ。

邪魔をしないよう立ち止まって、聞き耳を立てた。

「よくあなた、ついて行くってごねなかったわね」

「お母さん、それ真面目に言ってるですか?」

「想像はつくけど、あなたがどうして素直に残ることを選んだのか聞かせてくれる?」

「はいです。陛下の事はお母さんの方が詳しいと思うですけど」

「ええ」

「いつも陛下は一歩先を考えて、半歩先を示して下さるです」

「そうね」

「今回陛下が残れと言ったのは、2つの理由が考えられるのです」

「2つの?」

「はいです。まず、今から陛下が向かう商談ですけど」

「ええ」

「真っ当な取引相手じゃないですよ」

「ああ、裏社会?」

「はいです。陛下はああ見えて人が悪、えへん、ですし、庇護下にない相手には徹底的に冷酷になれるです」

「そうね」

「ギルリルは陽気なおチャラケ者ですけど、実はクソ真面目なのです。お母さん、知ってたですか?」

「あら、そうなの?」

「そうなのって、ひどっ」

「はいはい、続けて」

「だから、ギルリルがついて行くと、変なところでボロが出るかもですし、あと、この国は帝国と違って女は表に出てこないのが普通らしいのです」

「ん?」

「あ、アリスたんは魔法使いだから別格ですよ。魔法使いは護衛として普通に女でも仕事しているらしいです」

「ふうん」

「それでね、お母さん」

「なぁに?」

「もう1つの理由というのは、お母さんとギルリルがここにいると、誰もここには手を出せないってことなのですよ」

「そりゃね。あなたの魔力だけでも、この街を吹き飛ばすには十分だわ」

「でしょ。だから金目のものを残しているだろうと襲撃に来た愚か者さんたちは私たちが自由に血祭りにあげていいってことなのですよ」

どうも話が剣呑になってきたようだ。

「もう1つ理由があるぞ、ギルリル」

放っておくとどこまでも話が膨らみそうなので、話を引き取ることにした。

「わぁ、聞かれていたです」

「全く秘匿する気なかったくせに」

「あ、はい、なかったです」

「一番大きな理由は親子水入らずの時間作ってやりたかったんだよ。後宮に戻ったらどこにでも侍女の耳があるからな」

「お心遣い、感謝いたします」

エルベレスはスカートのすそを持って軽く膝を曲げた。

エルベレスは王であるので、基本誰に対しても頭を下げるという事はしない。

だから俺に甘える時に上目遣いをされるとギャップ萌えがすごいのだ。

「俺もエルフ料理を期待しておくよ。食材は馬車のものを自由に使ってくれ。調理器具も馬車にある」

「わかりました。でもせっかくですからギルリルに精霊の使役の仕方を実演しながら作りたいと思います」

「任せるよ」

手をひらひらさせて部屋を出ようとすると、ギルリルが駆け寄って来たので軽く口付けをし

「この街を吹き飛ばすのは、やめておけよ」

と言うと

「はい、自重しますです」

と微笑んで、ドアの位置から俺とアリスが階段を降りていく背中を見守ってくれていた。



















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