第81話
「ずいぶん人が多くなって来たです」
街の中心部に近付くにつれ、行き交う馬車を縫うように歩く住人の数が増えた。
異様な臭気漂う山を抜けてから、平地にはもちろん崖や川縁にまで家が立ち並び、人口が過密状態であることはすぐにわかった。
「その割には道路がひどいものだな」
帝国であれば幹線道はアスファルト舗装をしているが、ここでは土が剥き出しである。さすがに穴は塞いであるが、馬車は速度を出していないのに埃が舞い上がり、幌の後ろから前に向かって覆い被さるように埃が攻めてくるので、荷台で呑気に寝ているわけにもいかず、こうして御者台にいるわけだ。
「雨が降ったらぬかるむな、これは」
前の世界で一度、大雨の日にイベント準備のため赤土の土壌の会場にトラックを入れ、茶釜状態にさせてしまったことがある。懐かしい思い出だ。
「ん?」
隣にいるのをこれ幸いとギルリルは身体を押し付けてくる。
肘に胸が当たっているのはサービスのつもりだろう。
軽く口付けをしてみる。
馬車は魔法懸架のおかげで全く揺れないのでこういう事が出来る。
「ん~」
ギルリルはディープキスを期待していたようだが一応日中の往来である。
「見ろよ」
俺はギルリルの気を逸らすために、街の中心が近づくにつれ道路の両側に増えだした露店を指差した。
帝国では露店と言えば本店が休日となる日に広場等で稼ぐために出す臨時の店を指すが、ここではどうやら常設になっているようで、埃などを気にする様子もなく売買している。
見ていると客が注文してから作り出す軽食や飲み物の屋台が多いようである。
食材に集る蠅をたまに追い払いながら調理をするのがここの流儀のようだ。
「よく病気にならんな・・・」
衛生概念など発達していないのだろう。
使用している水も怪しいものだ。
「歩きながら食べてる人います」
ギルリルは初めて見る光景に驚いている。
まあ、ギルリルには買い食い自体経験ないだろう。
ト ン ッ
異様な気配に振り向くと、荷台に黒猫が乗っていた。
アリスに目配せをすると、無言で馬車に結界を張った。
ギルリルがペン型の杖を「切」状態にする。
『テイム』
念話でテイムを発動したことを知らせてきた。
黒猫は動かない。
これで、黒猫が魔物ではないことははっきりとした。
俺も杖を「切」にする。
『お前は何者だ』
黒猫に念話で問いかける。
同時に裏ステータスを開く。
『ロザリッテ、獣人女、25歳か』
「にゃ゛!」
黒猫は余程驚いたのだろう。
跳び上がった拍子に幌骨に背中をぶつけてぼとっと落ちた。
間抜けな猫だ。
ただの獣ではないと見立てたのには理由がある。
竜娘といる時のような既視感を覚えたのだ。
竜娘が人間に化けるのは魔力を効率的に蓄えるためで、俺やミケやタマが近付くと無意識に放出する余剰魔力を吸い取って
この黒猫も発見した時点で幽かに光っていた。
アリスは魔物だが、人間のS級魔法使いと同等程度の魔力しか持たせていないので、表ステータスを魔法使いにして魔力を隠さずに御者台に座っている。
この猫は荷台に潜んでアリスの魔力を美味しくいただこうと企んだに違いない。
「結界を張っているから外から
「な、なんでばれたのかにゃ」
黒猫は変身を解いた。
現れたのは背丈は俺と同じくらいのスタイルのいい女で、人間と違うのは顔と乳房、腹以外の部分は黒いふさふさの毛で覆われ、猫耳と尻尾がついている。
間違いなく獣人だ。
「獣人はこの国の人間と戦争中だと聞いていたが」
「戦争と言えば戦争だけど・・・あなたたちはこの国の人ではないのかにゃ?」
「海の向こうにある優一神聖帝国の商人だ」
「獣人を食べる習慣はあるのかにゃ?」
「ないよ、って人を食うのは倫理的にいかんだろ」
「この国では普通に食うにゃ。だから食われないように猫に化けていたのにゃ」
(化け猫の逆バージョンか・・・)
「獣人って、人間だよな」
「違うにゃ」
「んん?」
「獣人はその昔、ペットを失って心を壊した敬虔な信徒を女神様が憐れんで、人間と同じ時を生きられる愛玩動物としてお創りになったのにゃ」
「愛玩動物なのか」
「そうにゃ。でも人と同じような姿は受け入れられず、迫害が始まったのにゃ」
「ああ、なるほど」
「そこで、国を出て、森や山の住みやすそうなところに適当に住み着いたら、いつの間にか人間に敵対する獣人の国という事にされて、一方的に攻め殺されるので逃げまわったり作ったり手に入ったりした武器で反撃している所なのにゃ」
「そういうことか」
「そういうことなのにゃ」
「で、お前はなぜこの国に潜入していたんだ?」
「議会に潜り込んで、次の攻撃地点を探るためにゃ」
「議会で決めるのか」
「そうにゃ」
「で、うまくいったのか?」
「だめにゃ。つまみ出されたり棒で追いかけ回されたり、散々にゃ」
「あなた」
ギルリルが何か思い付いたようだ。
「なんだ? ギルリル」
「ミケ様なら、人間に化けさせることが出来るのでは?」
「ああ、そうだな」
確かにミケなら出来るだろう。
ミケはアリスに目をつけている筈だ。
「ミケ、聞いていたらちょっとここまで飛んで来てくれ」
「はい」
間髪を入れずにミケがロザリッテの隣に転移してきた。
「にゃ゛!」
ロザリッテが驚くのは無理もない。
「ロザリッテ、今来たミケは女神だからお前を人間の姿に変えることが出来る。人間の姿なら、情報収集が容易になると思わないか?」
「人間の姿に!?」
「ああ、そして集めた情報はどんな情報でも俺が買い取ってやろう。1件銀貨1枚でどうだ」
「にゃにゃっ?」
「そして獣人の国に情報を持ち帰る時には姿を戻してやろう、これでどうだ?」
「にゃ、なんでそこまでしてくれるのかにゃ?」
「それは、俺が外国の商人だからに決まっているだろうが」
「利益は同じってことでいいのかにゃ?」
「そういうこと」
「じゃあお願いするのにゃ」
「ちなみに、こんな姿がいいという希望はあるか?」
「それは、氏族の女にゃ」
「氏族?」
「この国を興したと言われている一族で、要職は全てこの、プラチナブロンドと透き通るような白い肌を持つ者に占められているのにゃ」
「そうなんだ」
「その姿になれば、どんな場所にも入って行けるのにゃ」
「ミケ」
「はい」
「イメージできるか?」
「今何箇所かの建物に意識を飛ばしています。実際にその姿を確認しますので、もう少し時間をください」
「わかった。ロザリッテ」
「にゃ?」
「これを受け取れ」
懐に入れておいたずっしり重い財布をロザリッテに渡した。
「当面の活動資金だ。足りなくなったら補充してやる」
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