45-3 涙色の決意、かなぐり捨てての旅立ち

「そうか、俺を超えても終われないとお前は言うか……」

「父さんに向かって、5年間も追っていた父さんにこうも言いたくないけど!」


 ――時は少しばかし遡る。ドラグーン・フォートレスのシミュレーター・ルームにて繰り広げられた最後のハードウェーザー対決にて、玲也は秀斗を超えた事が証明された。けれども超えるべき壁を遂に超えてしまったか、越える事へ呆気なさを強く実感したのか。父へ面と向かい、息子は満足していないと強く主張すれば、


「よし、わかった。お前がそう言う事も無理はない」

「ちょ、ちょっと無理はないって納得されても困るんだけど」

「何、玲也次第だが、俺もゼルガからお前への託を預かってきた」

「ゼルガ君が……!?」


 自分が超えられたことで玲也へ充足感を与えられなかった――父親としてこの事態に秀斗は特に狼狽もしない。自分の息子がもがき苦しんでいても涼しい顔をしている彼へニアが突っ込みをかますものの、父として息子の心を再度動かさんとする話を彼は持ち掛けていた。特にゼルガからの話となれば彼の思惑通り玲也が反応しており、


「そうだ。もしお前が良ければここで留学してみないか」

「留……学?」


 ゼルガからの託は、玲也へゲノムの地で留学を奨励する事であった。この話が突拍子もない物として玲也が思わず首をかしげており、


「留学っておじさん! 玲也ちゃんこれでも勉強する気がないとかで通信簿もとんでもない事になってるんですよ!!」

「ええっ……玲也さんってそんなに成績がひどいんですか!?」

「い、いや玲也ちゃんが馬鹿じゃなく、その気にならないと本気出せないとかで、そもそも義務教育だから仕方なく学校に行っていたとから、留学とか……」

「いや才人、出来ればその話は今しないでほしい」


 玲也の学校の成績など、イチは知る筈もなく普段の切れ者である彼を見続けていたからには信じがたいと思わず驚きの声も上げる。

 ただ才人が、友人としてプレイヤーとなるまでの学校での日々を知っている。彼が必要と感じるか否かでモチベーションが極端に上下する人間であり、学校に通う事へ基本仕方なしに中学生まで通っているようなスタンスである。彼がまして留学など興味がないのではと懸念するが、いずれにせよ玲也はそれをこの場で指摘される事に少し顔を赤くしていたが、


「大丈夫だ。お前が学校の勉強を喜んでするとは思えん。俺がお前の頃もそうだから安心しろ」

「は、はぁ……」

「それは安心しろと言えることなのか……そもそもそれで留学などどうして」

「……俺が興味もない留学の話を持ち掛けると思うか?」


 秀斗は玲也が学業を疎かにしている事を咎める訳でもなく、それどころか自分自身も同じような生涯を送っていたとの事で肯定していた。玲也がすっかり煮ても焼いても食えないような父のペースに乗せられており、リタがこの親子の関係に多少困惑していたが、


「……ゼルガ君はお前にもこのゲノムの未来を委ねたいからな」

「玲也さんが」

「このゲノムの未来を担うにふさわしい殿方と」

「選ばれたって訳!?」


 ゼルガが彼の留学を持ち掛けた真意――それは生涯最高の好敵手だけでなく、ゲノムにおける地球人の代表として彼は玲也を迎え入れるつもりでもあった。ニア達が揃って玲也の顔を見て呆然としたようなリアクションを示す。パートナーとして玲也を強く信じてここまでたどり着いた訳だが、ゲノムの未来を背負う地球人の代表として扱われる事までは想像がつかなかった。


「ゼルガ君も、玲也を好敵手として信頼している……それでも急にこのゲノムを導けと言われても無茶苦茶な気がするだろう」

「それで、俺に留学の話を……」

「そうだ。留学と言っても机にかじりついて筆を動かすようなぬるま湯ではない。その為にお前がこの世界を知らないといけないこともある」


 ゼルガが提示した留学の話は、早い話玲也にこのゲノム全土を見て回る事と近い意味でもある。秀斗が妙に自信ありげに触れているものの、それは彼自身が既にゲノムへと足を運んでいたこととも関係あったのかもしれないが、


「お前にゲノムの未来を委ねる事もまずはそれからだとゼルガ君は言っていたな。この世界の現状を把握する事を知らなければな」

「何か凄い話になっていますが、玲也さんが遠くに行ってしまいそうな……」

「リンさん! そこで不吉な事をいうのはやめてくださいまし!!」

「……」


 ゲノムというまだ未曽有の世界に玲也が足を踏み入れる先――ゼルガが彼にゲノムの未来を託すとの口ぶりから、リンは何か彼が手の届かない場所へ行くのではとも懸念を隠せずにはいられない。これをすぐさま否定するエクスと別に、ニアは沈黙を続けている所、


「最もお前がその気がないなら、その道を選ばなくてもいいがな」

「俺に未来を託すと言っておきながら……?」

「お前が勘違いすると困るが、ゼルガ君もお前に無理強いはしてない。あくまで答えを選ぶのはお前だ」

「俺が決めろと……」


 ゼルガの託を淡々と伝える秀斗だが、彼が提示した道は玲也に留学という名の旅をさせる事であった。誰かに示された答えを選び満足する男ではないとは秀斗もゼルガも同じことを考えていたのだろう。実際に未知の世界へ足を踏み入れる事に微かな躊躇があったものの、少し考えた後に、


「父さん、もし俺からも条件を出したいけど」

「ほぉ……それはゼルガ君か、それとも?」

「父さんにだよ。父さんはなるべく早く地球に帰ってほしくてね」


 秀斗へ向けて玲也は意外な願いを持ち掛けた。彼自身未だゲノムの地にて飽くなき闘志を燃やさんとしているようだが、息子として父の闘志へ水を刺すような事を述べている訳で、


「ほぉ……思い切った事をいうじゃねぇか……」

「アンドリューさん、何貴方が玲也の御父上のような事を言っているのですか。そもそもあの方がはいと簡単に……」


 アンドリューが秀斗のような口ぶりで玲也の様子を評している――そのように彼を捉えたリタは自分たちがおどける場ではないと釘を刺しつつ、息子からの頼みだろうとも、いかにも戦いのような激動に身を投じて生きる事を楽しんでいる秀斗が簡単に首を縦に振る筈がないと捉えていた所、

 

「……わかった」

「ま、まさか、こうも早く決心されたとは」

「何、俺は玲也に敗れたから従ったまでだ。敗者は勝者に従う事は避けられん」


 リタの予想を大きく裏切り、秀斗はすんなりとその願いを聞き入れている。思わず化かされたかのように不思議がる様子を隠せないリタが、明らかに自分の事で驚いていると気付いたためか、彼は先ほどの戦いで敗者として従ったまでと触れた。


「それじゃあ、玲也君もおじさんと一緒に地球に帰ると」

「そ、それでした私も一緒にですね! 玲也様の元でこそ私も」

「まぁ、誰がどう増えようとも俺は一向に構わんが……どうだ?」


 かくして帰りを待つ理央の元に秀斗が帰ると決まれば、羽鳥家が5年ぶりに一つ屋根の下に集おうとすることを意味する。地球へ彼が帰る事となれば別れが訪れるのではないかと、エクスが真っ先に玲也の元へ同行するのだと、自分が既にゲノムで帰る場所もない事も含めアプローチをしかけるが――秀斗は自分が息子の要望に従ったことをどこか皮肉気に尋ね返していた。


「別に俺も誰が増えようとも構わないよ。ただ母さんを一人のままにしたくないからね」

「あぁ、それでおじさんをおばさんの元へ向かわせれば」

「玲也さんの不安はなくなるとの事で……あれ、待ってください」


 玲也として最大の心残りは、母を一人残したままにしている点であった。秀斗が父として彼女の元へと帰れば、最大の不安は払拭される。だからこそ彼へ頼んだのだとニアとリンが納得しかけるも、とある違和感に直面しつつあり、


「も、もしかして玲也様は……」

「そうだ。俺もこの世界を渡り歩こうと決めた」

「嘘……」

「その為に俺も父さんも帰らないとなれば、流石に迷ったかもしれない。父さんが帰るとなれば俺も不安はないからね」


 エクスが懸念した通り、玲也としてゲノムの世界で見聞を広める事こそ自分が今すべき道と定めつつあった。彼女だけでなくニアも思わず小声で衝撃を受けた感情が漏れているようであり、


「ほぉ……俺がいなくとも、お前は一人旅をすると」

「それで何がつかめるかまだ分からないけどね、ただ俺も大人しく燻ぶる事は出来ないみたいだよ」

「お前も言う様になったな……それなら、直ぐにでも旅立てるか?」


 自分が地球へ戻る中、ゲノムでの旅に挑む玲也は父と顔を合わせる事も言葉も交わす事も出来ないであろう。それでも心細くないかと父が尋ねるものの、新しい目標を掴まんと挑む姿勢が今の玲也を突き動かす原動力になりつつあったのだ。


「直ぐにでもって、ゼルガさんもそんなに急を要する事でしょうか?」

「……翌朝、そして早朝だな」

「早朝……ってじゃあ、それってもう玲也ちゃん直ぐにでも旅立たないといけないって事じゃん!?」

「いくら何でも、それは玲也に無理強いをさせているではないか……」


 秀斗が急かしている様子から、イチはそれだけ予定が切羽詰まっていると捉えており、実際それは翌朝、まるで始発が出るか否かの時間を指しているかのようだった。才人とリタが揃って無理があるのではと尋ねるものの、


「無理も何も、鉄は熱いうちに打てというが……玲也は虚勢を張ったとでも」

「そんなことないよ。荷物の整理もまだ間に合うからね」

「でも玲也ちゃん、そういう問題じゃ……」

「そうです、もっと休んでもいい気がしますよ!」


 秀斗は才人やイチのような「外野からの意見に聞く耳を持たない。ただ玲也が決心して口に出した決意を信じていると言わんばかりに急を要しているようであった。実際彼らが自分を案じる言葉を受け入れるよりも、再び歩まんとする意思に背中を後押しされており、


「才人っち、それでこそ玲也君だよ」

「シャルちゃん! ま、まぁそりゃそうだけど……」

「玲也がその気ってなら、本当俺達も休んでられねぇなぁ……だろ?」

「は、はい! アンドリューさんがそう言われなくとも、やはり私も早く動かなければと思いまして……」


 才人と異なり、シャルは玲也の決心が既に固いものであり、自分たちがあぁだとか、こうだとか言っても今は意味がないと捉えている。彼女の姿勢に少し感心しつつ、アンドリューも自分たちが電装マシン戦隊として再始動しなければならないとも捉えており、


「それでしたら、私も直ぐに荷物を纏めないと」

「エクスちゃん、さっき玲也さんと一緒に帰ろうと言いましたような……」

「私は玲也様の為でしたら、たとえ火の中水の中ですわ! ニアさんはどうでして!?」

「そこであたしに振るのもどうかだけど、あんた達が行くならあたしも行かないとだめでしょ」


 玲也の旅立ちが明日だろうとも、エクスは彼女に同行しようとする姿勢に変わりはない。彼女や玲也にだけ旅に出られたら危なっかしいと見たからか、それに限らず自分自身の本心からか、ニアも直ぐに旅に出る準備に入ろうと決めている。


「ま、待ってください! 私も行かないとは」

「……お前達は何を考えている」

「ほらリンさん、やはり玲也様のお供をされますには、やはり玲也様への一途な愛がありませんと務まらないのでして……」

「俺もゼルガも玲也に同伴する事を許した覚えはないが」

「あら……」


 二人に少し遅れるようにして、リンも旅へ同伴しようと名乗りを上げた所秀斗が彼女たちへ向けて却下の意思を伝える。エクスだけ出遅れたリンは対象外だろうと得意げに語るものの――秀斗は3人に揃って当てはまる事だと冷徹に述べた。


「……ってちょっと! 一体どういう流れでそうなるのよ!!」

「むしろそれは俺が聞いてみたいものだがな」

「はぁ!? あたしもねぇエクスもリンも、ずっと玲也のパートナーとしてバグロイヤーとここまで戦ってきたんだから!」

「そうだ、こいつの言う通り、俺だけではここまでこれなかったよ! だからこれからも……」

「そうそう、玲也がそういうんだし……」


 ニアとして自分たちと玲也が互いにいなくてはならない大切な相手であると力説する。彼女のこの主張はまるで渡りに船だと、玲也もまたニア達が必要不可欠だと力説する。他の面々がいようとも主張しており、ニアも思わず安心を覚えていたのだが、


「もうプレイヤーとハドロイドとの関係でもないのにか?」

「なっ……」

「それはそれ、これはこれ。環境が変わればそのまま馴れ合いに墜ちる事も考えてみろ」

「馴れ合い……俺たちがか?」


 それでも秀斗は玲也とニア達のつながりは、今となれば馴れ合いめいたぬるま湯に浸かっているのだと厳しく突きつける。自分たちの今までのつながりがこの男に否定されれば、玲也の父親だろうとも黙っていらないかように拳を震わせていたが、


「あの……玲也さんのお父さんにこうは言いたくないですが」

「玲也様と私の深い愛のつながりを侮辱されますと流石に黙っていられませんこと! ニアさんが怒る気持ちも流石に分かりましてよ!!」

「あんた達もそうなら寧ろ好都合よ! あんたが玲也の父親だとしてもね……」

「……お前達」


 ニアに依然とライバル心を寄せるエクスだろうとも、秀斗を相手に厄介ごとを起こしたくないリンだろうとも、3人そろって秀斗へ納得いかない様子に対しニアとしてこの時としては心強い様子であり、玲也も彼女たちに視線を寄せたものの、彼女たちを遮ろうと右手を挙げて遮り、


「ってちょっと! ここは寧ろあんたが真っ先に怒るべきじゃないの!?」

「俺だってお前達の気持ちを否定したくはないが……今、俺たちが馴れ合いでないと否定できるか?」

「はぁ……!?」


 秀斗から今まで戦いの中で培ってきた強固なつながりは、彼自身それまで誇れるものとも捉えていた――ただ、ハードウェーザーがない今となれば、自分が先へ進む事を妨げる足かせではないかとの疑心も生じていた。この期に及んで自分たちとの繋がりを否定するのかと、ニアは唖然とする声をあげており、


「れ、玲也様一体急に何を……」

「秀斗さんそう言いたい気持ちもわかりますが、出来る事でしたら……」

「いや、その気持ちだけで十分だ……だから俺を一人旅立たせてくれ!」

「ちょ……玲也ちゃん!?」

「ね、姉さんが頼んでもダメなんですか!?」


 エクスとリンにもやはり思いとどまる様に述べられていたものの、既に玲也は自分一人だけの力で立ち上がり、自分一人だけの足で新たな道を歩まねばならないと気持ちが傾きつつあった。イチとすればリンに相応しい相手が玲也だと捉えていた事もあるが、才人共々彼の変心に思わず声をあげてしまうものの、


「その答えに偽りがないなら、早く準備しろ……気持ちが鈍ったらそこまでだ」

「そこであたしを見るの止めてほしいけどね……って玲也ったら!」


 秀斗に背中を突き飛ばされるようにして、玲也自身今ここで決めた答えを撤回する真似には走りたくなかった。大切な相手の父親どころか、憎むべき相手であるとニアとして元々親への不信感を抱くゆえに彼に向けて憎悪のまなざしを寄せていた時に、当の玲也は既にシミュレーター・ルームから飛び出していた。


「待ちなさいよって……アンドリューさん!?」

「まぁまぁ待てよ。あいつだって今頭の中がいっぱいとかだからよ」

「確かに玲也さんの頭の中は一杯かもしれないですけど!」

「アンドリューさんも、あの殿方の肩を持ちまして!?」

「俺はどっちでもねぇ。ただ落ち着かにゃあ腹割って話せねぇだろ」


 彼を追おうとするニア達の前にアンドリューが立ちはだかる。リンでさえ頭に血が上っている様子なら他の二人も正常な判断を下す事は出来ない――そのように見据えて彼は冷静になるには互いに少しだけ時間が必要だと冷静に述べながら、秀斗へ視線を寄せており、


「秀斗君、今なお負けてもなお君が壁になろうとするのかい」

「俺が敗れて悔いも迷いもなければ、俺もここまでしないですよ……」

「やれやれ……君も本当にろくでもない父親だけはあるね」

「俺自身よくわかってます。ただ玲也が自分で悔いがない答えを出せるかどうかですかね」


 アンドリューだけでなく、エスニックもまた秀斗に視線を寄せる。それだけでなく彼が憎まれ役を買っているのではないかと尋ねれば、秀斗として立ちはだかる壁としての役割は終わろうとも、新たに自分が動く必要性が生じているとだけ答え、


「これは最後にとんでもない事になったな……」

「そうですよ! 姉さんが玲也さんと付き合う事も許されないのでしたら僕は!」

「いやイチ、それは心配する方向性が違うのではと……」

「そうかもね。ただ玲也君にはやっぱそれだけ前へ進もうとしてるんだよ」


 親子の決着がついて丸く収まるかと思えばそうともいかない――この思わぬ展開と、イチがシスコンとしての感情を暴発させかけている事へリタが戸惑いつつある中、シャルだけは少し呆然としつつも、彼自身がなりふり構わず答えを、道を模索しようと突き進む力があるのだと妙に感心しており、


「シャルちゃん! そりゃまぁ玲也ちゃんならありうるかもしれないけど、それも喜んでいいかとかになると……」

「いや、僕もそうだと思うけどさ……ただ、僕もあれくらい貪欲にならないと玲也君に敵わないのかなって」

「……」


 妙に冷静でもあるシャルに向けて、才人が一応突っ込みを交わすものの、彼女はその気持ちはうなずけるところがあれど、突き動かされるように前へ、先へと歩みを止めない好敵手の様子を羨ましくも感じつつあった。同時に一人冷静さも保っていた彼女へと秀斗は密かに視線を寄せており、彼からの視線を彼女が気づくまでは時間がかからなかった。

 

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