望んだ光景

「くしゅんっ……」


 開口一番それだった。体の芯を刺すようなその不快な感覚に、私は息を変に吐き出す。

 なんだろう。この感覚。

 私がいたあの夏は、確か『暑い』という感覚を与えてくれたはずだ。となれば、今はその夏ではない……? 聞いたことはあった気がする。ここには四季というものがあって、少し冷え込む落葉の秋と、木枯らしの吹く降雪の冬と、生命芽吹く暖かい春と、そして、私が生まれ、私が消えた、あの暑くて溶けてしまいそうな夏が──


 私が『消えた』……?


 何がどういう……。

 よくわからない記憶が脳裏に過ぎった。

 いや、私は確かにここに居る。消えてなどいないはずだ。これが夢ではないのなら。

 ならばその記憶は一体何だというのだ。私は、大切な人から受け取った尊い感情を抱いたまま、あの死絶の『海』に沈んだはずだ。

 そう、君に■■■■と言われて、それに私も■■■て、笑顔を保ったまま、■は死■の■■■■■■■

 ■■で、私■■足だっ■


 あれ。




 ──今私、何考えてたんだっけ。


※ ※ ※


 会えた! 会えた! また会えたよ!

 夏の終りと共に消え往くはずだったのに、また君に会えた!

 嬉しくて、嬉しくて……。

 ありがとう。私を救ってくれて。

 ありがとう。気づいてくれて。

 そんな……だって、自然と涙が出るんだもん……もう、会えないかと思ってたのに……。


 ありがとう。やっぱり大好き。


※ ※ ※


 ゆっくりと、少し景色の変わった街並みを二人で歩く。葉をたっぷり抱えていたはずの街路樹は、その葉の数は減り、かつての緑色はなく綺麗な茶や黄や赤に変貌していた。

 どうして色が変わっちゃったの?

 私は、横を歩く彼に尋ねる。

 どうやら、秋になると『らくようこうようじゅ』という種類の木々は葉を茶、赤、黄、に変色させるらしい。そしてさらに『冬』を迎えれば、それらは葉を完全に落としてしまうらしい。

 どういうことか良くわからなかったけれど、なんとなくわかったように頷いた。

 ねえ、君はどの季節が好き?

 ふと気になったことを聞いてみた。

 夏が一番かな。と返ってきた。夏は日が長いから遅くまで外出しやすい、ということらしい。

 ふ〜ん。

 まだ夏と、今の秋しか経験したことの無い私は少し首を傾げる。

 君は夏が一番好きなんだ。

 すると、どこか恥ずかしがったようにしながら君は話し始める。

 そういえば、君、君って言って……機会を逸して名前を教えるのを忘れていたね。流石にまだ名前を教えあっていないだなんておかしいんだけど、と。

 『なまえ』? どういうこと?

 人々は、互いを呼んだり識別するために『名前』というものを使うらしい。どうやら彼はそのことを言っているようだ。

 って……くしゅんっ……。

 突然『くしゃみ』というものをした私を君は気遣ったのか、羽織っていたパーカーを私にかぶせた。

 あったかい……。これが、『あったかい』?

 私がそう言うと、何故か無知な子供を見るような目で微笑んだあと、君は先の言葉を続けた。

 じゃあ名前くらい教えとこうか。

 僕はね──


 とても、とても『幸せ』で。

 また君と言葉を交わせていることが──


 ──心の底から嬉しかった。

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