第38話.冗談なのか本気なのか分からないのですが……?
「さーーてなら話し始めるか?」
カードなるトランプというものは水無月が自分のバッグにしまっているようで……ってか持ってきたのこいつだったのかよ!てっきり神無月が持ってきたのかと。
「なに話すんだっけーー?勉強のこと?それとも……恋愛について?」
俺は「さあ帰ろうか」とテキパキと片づけを始めた。さすがに自分の過ちに気付いたらしい神無月は俺の腕を引っ張って帰宅するのを止めにかかったのでそのまま席に着く。ん?なんだかあの頭堅い編集者に見えないだろうか、いや考えすぎか。
するとこの下らないやり取りに気兼ねたのか、ようやく水無月が口を開き始めた。
「何か記事について意見があるのか、と訊いても良いアイデアが生まれなさそうだから、私が独断で考えてきたわ」
なんだそりゃ、偏見が凄まじいなと口答えしても、どうせこの役回りが俺にやって来るだけだろうし頷くことにした。
「これよ」とトランプをしまったバッグから取り出したのは一枚の紙だった。
それは一枚の紙ではなく新聞の基になるであろうもので、そこには四角の枠でくくられた部分が幾つもあり、ある所には高校の記事、またある所には高校周辺設備に関する記事など、主に枠でくくられた中に何を書き込むのか、記事の主題が記されていた。
呆気に取られた俺は思っていたとおりの感情をそのまま口にした。
「はっやいな……これ全部あんたがやったのか?」
「そうよ、これぐらい仕事は速くしなければならないということよ」
「それはどっちのことでしょうか?」
「ふん」と俺から目線を逸らした水無月、「執筆のことよ」と言っているのが否が応でもこの女の意向から読み取れる。
すると、ここで起きていることがまるで信じられないと、珍しい光景を見て驚嘆するかのような口ぶりで、
「すっごおーーい!!これ全部一人で?本当に?信じられないっ」
と、純粋で無垢な少女のような顔をしていた。この感情が新鮮そうな人物と、お嬢様気分でいるような編集者、本当に性格の面から見れば対立している。
「でも、結局何を書くの?」
うおい……こうやってクリーンヒットするのも
と、、気を取り直してから再度会議を開始する。
「で、何を書くのかしら?」
トップバッターを先どったのは水無月である。
「コンビニの種類を数えるとかどうかな~~?ほらっ、この近辺はこのコンビニが牛耳っているとかさあ、分かるじゃん」
「お前は何故にコンビニ経済に興味を持っているんだ?」
「えーー?だって同じコンビニがあると商品同じだし、いつもそこに通ってたら飽きるんだもん、特にセ●ンイレブンとか最近うちの周りにすんごい出来てるんだもん……しかもさ……」
「はいはい、やめなさい。高校生が創作する記事で『私の家の周りが同じコンビニばかりある理由』なんて書いてどうすんだ。しかも高校で提出するのに、自己中心的一直線だぞ」
これこそ、真っ当な答えだと思い、この編集者様に同意を求めようと目線を合わせると、
「そうね、それも面白そうじゃない」
「おいィィィ、何であんたも同調してるんだよ、これは俺たち個人で作るものじゃないんだぞ。
「あ、それもそうね。失敬、忘れていたわ」
本当にこいつは忘れていたのか、それともわざとなのか分からない。本当に分からない、謎だ。
「ではあなたはどんなことを書きたいのかしら?そこまで言うのなら何か良い案でもあるのよね」
まさか、俺としたことがブーメランが返ってくる結果を生み出すとは…………
しかし、俺は俺なりにも意見があるのだ。それは……
「月曜を休日にすることの有意性をかt……」
「却下」
最後まで意見を訊くこともなく俺の番は終わった。
すると、俺の意見をまるで聞いていなかったように上の空でいた神無月が口を開いた。
「高校周辺の施設について記事にすればいいんだから、それだけでいいんじゃん!!」
「確かにこの周辺に何があるのか取りあげようと言い出したのは神無月だ、しかし具体的なことは……」
「具体的も何も、取り敢えず行ってみて、どんなものがあるのか、それを記事にすればいいじゃん!」
「だって……」と一言置いてから放った言葉は、俺の胸の底で、いや俺だけでなく水無月本人も響いただろう。
「体験した方が良い記事が書けるんじゃない?」
小説家にとってそれ以上にないほどの仕事材料。どのように感情が、思いが、揺れるのか最も分かりやすいもの。
やはり、この女生徒は時たまクリティカルを出す、いわば波乱を巻き起こす人物らしい。
(空白)
そこはかとなく静けさが広がり、ここはまるで廃校になったのかと見間違うほど。だが、廃校と最も異なっている唯一の点がある。
生徒や教師の声はなくともこの生きている証明がある限り、ここは生きた高校であるということを示す。それは汚れと清潔感が混じっていることだ。
簡単だ、掃除をすれば綺麗になるし、掃除をする人物が怠惰であれば、汚れが現れる。そんな不安定な要素こそ、人間がいる証明なのだ。
そんな美しさと汚さが混濁した校内にとある教師がいた。詳しく言えば、曲谷という生徒が掃除をした階段で。
「こんにちはって言うか、もうこんばんはですねえーー」
伸び伸びと声を階段に反芻させる姿だけを見ると、まるで教師ではないよう。彼女は片手にスマートフォンを手持ち無沙汰に操り、いつものように電話をしている。
対して電話の相手は無言で応答している、これも通常通り。
「今回は理事長室にいなかったので電話してるんですがーー」
『要件はなんだ?』と先を促す声、どうやら時間が惜しいように聞こえる。
がしかし、彼女の怠惰な口ぶりは変わらないようだ。
「そうですねえ、話したいことを挙げるとするなら、曲谷君がやる気になったぐらいですねぇ」
電話口の相手は何も言わずに沈黙を取るとこれまた、普段のように「……そうか」と答える。
すると、今度は『では、切る』と言うのが恒例行事であるのだが、
『お前はどう思う?』
意見を自分に聞かれるのは何年振りかと思うほど、驚いた教師は目を見開いて一度深呼吸してから、考えを巡らせる。私の意見、それは一体何か。
「良いことなんじゃないんですか」
良いこと、つまり理事長の計画にとって都合の良いということ。そう思うほかになかった、その時までは。
プツンと切れた電話、いきなり応答しなくなるのはよくあることだが、こればかりは少し苛立ちを覚えた。
「ったく聞いてきて何も言わないのはどうかと思うんだがな」
再び、代わり映えのない声音で愚痴を溢す教師はスマートフォンをポケットに突っ込む。
すると思い出さなくてはならないとある光景がそこにあった。
見慣れた部屋と少女の後ろ姿。いつの日か、そこに居た記憶。しかしそれはまもなく時間の経過とともにフラッシュアウトし、姿かたちがおぼろげになっていく。
ついには目の前は真っ暗な教室だけに。どうやら現実に引き戻されたらしい。
「…………もう何度目だろうな」
掛依真珠は自分の役目がこれで適していると言えるのか。他に成し遂げるべきことはないのだろうかと思いつめる。
だが、そんな答えが見つかったならばもうすでにやっているはずだ、と彼女は考えるのを止めた。
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