第6話.高校生活第一日目、終了
昼寝するには丁度いいほどの暖かな日差しと教室に男女二人のみという気まずい流れが生ぬるい風を不思議とマッチさせる。暖流と寒流が交わえば新たな流れを生み出すが、暖かさと暖かさでは停滞しか生まれないのだ。
だから、俺がその寒流になれば何か化学変化やらなにやら起こるんじゃないかと安易にも予想してしまったのが失敗だ。
この世を説明することはそう簡単ではないことを痛いほど叩き込まれた瞬間ともいうべきか。まあ、つまりは俺は自分から自己紹介したことに後悔したのである。
「俺は山が丘高校一年、文芸部の曲谷孔だ。『ぼっち』を真の道標兼モットーにしているが、決して世にいう他人とのコミュニケーションが苦手な隔離された人間ではない。人間関係には面倒事が付き物だという周知の事実があるにも関わらずそんなところに飛び込みたくはないという予防策だ」
寒流どころか氷河期が訪れた。
「あなたが
刺々しい言葉を投げつけてばかりのこいつは、植物に喩えるなら優雅でも触れれば痛み伴う『バラ』だな。あ、そもそも優雅が足りてないから違うか。
「いや、絶対分かってねえ。口より顔が物を言うなんてのはこういうことなんだな」
俺を人間界の端で寒々と生きるような蔑視で見てくる。
「他人の気持ちを詮索するなんて気持ち悪い人ね。で、あなたが自分について語ったのだからあんたもやれって顔ね」
それは情けないが事実なので口から出る言葉が何もない。
「『人付き合いが苦手で友達と呼べる人がいないです。ですからどうか私とお知り合いになってくれませんかーー』なんて期待しているのね、変態」
「ねえ、さっきから俺に威厳を保てる立場がないんですけど」
何を言っているの。と、ありふれた言葉の群れから選ぶことは難しいがこれだけは必ず当たっていると断定できる。いやそうでなければおかしい。
「何を言っているの?」
的を射すぎてむしろ的が原形を保っていないんじゃないか。
「人間誰しも立場があるのは当然のことでしょう。あなた日本国憲法はご存知?」
これはあれだ、キャッチボールしているのに俺がボールを投げると槍が飛んでくるやつだ。
つまり特殊な人間だ。これは俺の数少ない人生経験から得てきた教訓から導き出されることで信憑性は高い、と思われる。
「あーーはいはい、オーケーオーケー。で話の路線が逸れすぎて何を話していたか忘れてないよな」
「忘れてたわ、というかそもそも話していたかしら?」
「数分前に俺言ったんだけど……」
「そう?私には『あなたとお友達になりたい』って顔を紅潮させながら迫ってきたような気がするのだけど」
「俺を変態キャラ設定するの止めてくれないか!…………ってもういいよ、普通に名前だけお願いします」
呆れたというか辛辣にも言葉を返すのが疲れた俺はなげやりだ。
「田中花子よ。と一つふと思い出したのだけれど、どうしてあなたは自己紹介で高校名から部活名まで口にしたのかしら、蛇足にもほどがあるじゃない」
簡単な自己紹介なら何を語るだろうか。自分の名前は無論のこと、高校名や所在地は言うのは当たり前だろうが、趣味まで話していたら自分をさらけ出しすぎではないだろうか。
「話す内容が限定されてたからな。なんたって言いすぎてしまうのも個人主義を徹する俺にとっては反する」
「で、あんたのそれは偽名か?」
もし出会ってそうそうそんな発言したら失礼にも程があるだろうと糾弾されるのは俺だって想像できる、が現状は違う。こいつの言葉には信用どころか、詐欺師と疑えるようになっていた。
「そうよ、当たり前じゃない。名前を隠すのは創作者に関わるものとして当然のことでしょう?」
突然言われれば何を言っているんだこいつはと感じるのかもしれないが、俺はそうではない。そもそも知っているからこそ俺は話しかけたという点もある。
見たことも聞いたこともない動物を触ることなど以ての外のように。
「その口調だと全部知っているって感じだな。ならあんたが
仕草は優雅だと主張するように耳にかかっていた髪の毛を整えるという一連の動作を俺に見せつけた。
「そうよ。私がヒカリレーベル文庫東京編集部、編集長の如月桜よ」
俺とこいつとの一分前の会話をビデオで録画、再生を促してやりたいと考えるのは俺には純粋な心やその他もろもろが欠損しているためか。
いや、純粋な心を持った若き頃の少年時代の俺でさえ多分、同じように悪態をつくのだろう。
『
犯人の名前を実行犯の目前で堂々と明かすよくいる探偵のように俺は考えついたことを吐き出すのだが、うん、現実というのは恐ろしく痛くて何よりも黒いものだな。
ほんの些細な挨拶の代わりに肩を叩いたのが現役プロレスラーで肩が外れました、なんて面白文句で語られるように、俺は顔面に何やら岩石が衝突したように視界が真っ暗になる。
その後の俺はというと数時間ほど机の上で昼寝していたことに気付き、その頃にはもうすでに人気が消えた教室と化していた。
一人取り残された部屋の中で俺の身に何が起こったのだろうかと回想しても、頭痛しか生まれないことには不思議とどこかで納得がいった。
だが、頬を赤く染めた女が俺の方を見ていた風景だけが脳裏に焼き付いていたことが何よりも心残りだった。
そうして高校生活第一日目の終わりを迎えた。
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