第3話.隣の席が空いているのですが……?
「教室」、まだ住み慣れていない空間に滞在するというのは人間苦労してしまうのは仕方のないことなのだが、一見生活している環境に似ているとここまで気が楽なのか。
俺の席は名前の順では教卓に近い一番前の席だったが運良くも誰かの掛け声というか、納得しないヤジが飛んだためにすぐさま席替えをした。
そしてこの場に辿り着いた。前からなんと一番最後尾、しかも外を覗ける窓が左にある。
ヲタクの観点からしても左端一番後ろというのはラノベやアニメでよく見るポジションで何となく他の生徒よりも優越感がある。
「眺めも良し、後ろもOK。そしてこれが重要だ」
背負ってきたリュックから小さめのパソコンを取り出す、それは
そのまま机に、ではなくその下引き出しに収まるのか簡単に調べてみた。
「おっ、入るな。なら問題ない」
問題が一つ解決したと一安心し、取り出したパソコンを先生に見つからないように机の下で移動しリュックに戻した。
そうしているうちに一時間目のチャイムも鳴り終わり、高校生活始めての休み時間が始まった。
俺はまるで何かの物語の主人公に成りきるように外を眺め
「よっ、元気か」
そんな中俺の癒しのような独りの時間を消滅に至らしめるのはきまってこいつだ。
「元気も何も席がここだからな、気分がいい」
「こんのやろうーー。元はと言えば俺が先に先生のもとに言って頼んだんだぞ」
「そんな因果応報みたいな考え方、やっぱり古いぞーー坂本」
俺の隣の横の机に寄り掛かる童顔の男は坂本卓也だ。こいつとは中学からの同期でそれ以外はいない。だから高校に入学して早々話すことも出来たのはこの男だけだったのだ。
「うるせえやい」
彼はどうやらさっきまでの印象深いシーンを頭に思い浮かべたのか、思いついたように話題をふってきた。
「そういえばさ、マガトは何部に入るんだよ?」
マガトは彼が勝手に付けた名前だ。
どうやら曲谷と呼ぶには長すぎるしトオルも呼びづらいようで曲谷のマガとトオルのトを合わせたのだ。もはやすでに俺の名前ではないが。
「いきなり来てそれか……忙しい奴だな。そう言う坂本はどこに入るんだよ」
彼は胸を張りながら答えた。
「ふふふ。驚くなよ、俺は軽音楽部だ!」
「んで?」
「おおおい、リアクションはそれだけかよ!もっとこう、高校生デビューじゃんすげーーとか、お前楽器弾けるのかよとか驚きはないのか、驚きは!」
俺はそれならばとよりクールに問う。
「ならお前楽器弾けたっけ?」
「弾けない」
「なんだよ」
「なんだよってなんだよ!良いだろ、初心者歓迎って紙にも書いてあったし」
どこの部活でも書いてあるだろう、そんな文句。わざわざ経験者求むなんて書いてあったら部員が集まらなくなって部活動どころか廃部になるぞ。
「あーはいはい、ならやってみればいいんじゃないか。物は試しだ、失敗するのもいい経験だ」
「なんて投げやりな……っておい!なんで俺が失敗する前提なんだよ」
俺は頬杖を突きながら外の風景を眺める、校庭がすぐそこに広がりその向こうには畑、田が交互にある。
俺はそのさらに先にある新幹線へと目を向けるが、彼がそれを打ち消した。
「俺のことばっか話してるけどよ、お前はどうなんだ?そんなに俺を打ちのめすんじゃあ、きっとさぞ経験豊富な部活に入ってんだろ?」
「文芸部だ」
「は?なんでそんなところ?さっきだってあんな話だったろ」
さっきとは恐らくあの紹介のことを指しているんだろうか。これだから表面的にしか見ない奴は好きになれないんだ。
とは言ってもこの部活を選んだのは単に「楽で仕事がはかどる」からなのだが。
「まあな、『事実は小説より奇なり』だ。俺だって何処に行こうか迷ったけどよ、これでも真面目に決めたんだよ」
彼には小説を書いているなんてことは一度も口にしたことはない。
確かに知り合いに作品が知れ渡ることが恥ずかしいと感じる一面もあるが、それよりも自分は隠れた小説家なんだといういわゆる一種の優越感に浸りたいという方が大きい。
「はいよ。まあよく分かんねえが頑張れよ」
「お前もな」
「あっ、あとこの席の人は今日休みか?」
休み時間も終えようとした際に彼が寄りかかっていた席についての話を持ち掛けてきた。
「そうだなー、席替えの時もいなかったらしいから多分休みじゃね?」
では席替えはどうしたのかと言われればクラスのリーダー的存在の人が勝手に移動し配置していた。だから隣には人がいないということを言えるのだ。
「おおー、よかった。俺がいたから席に戻れなかったとか言われたらめんどくさいからよ」
ほっと一安心したように胸を撫でおろした彼に追い詰めるように言った。
「なら、ここに集まるなよ」
「まあまあそう冷たいこと言うなって」
そうして彼は元の席に戻っていった。
ぼっちを極める俺にとっては厄介なターゲットだが恨むような存在でもないので何とも言えない複雑な関係だ。
まあどっちにしろ、クラス行事などの連絡は彼からのものばかりなのでそれは感謝するが。
相変わらず右隣の席は空白のままだった。
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