ジンの未来(これから)
「すげえな……これも勇者ってことと関係あんのか?」
スロット台に座るティナの横に山積みになったメダル箱を後ろから見ながら、そんな独り言をつぶやいてしまう。
さすがにソフィア様の金貨の山ほどじゃないけど、ティナのメダル箱の量も強烈らしく、通りがかるやつらは大体箱をちらちらと見ていく。
セイラとノエルを発見してソフィア様から色々話を聞いた昨日は、夜遅かったこともあって早々にカジノから引き上げて宿を取ることに。その一方で、ソフィア様は早速行動に移るといって神界に戻っていった。
そして今日は、ティナやエリスが遊びたいと言っていたこともあって朝からグランドコーストに来た。すると早速スロット台で遊び始めたティナがすぐに大当たりを引き、メダルを荒稼ぎし始めて今に至る。
セイラとノエルもティナの近くで相変わらずやっているけど、セイラは順調にメダルを減らし続けているみたいだ。
ティナの横のスロット台に座っているエリスがティナに話しかけた。
「すごいじゃない! これなら国のお金なんて使わなくても魔王城の地図が手に入りそうね」
「そ、そうなのかな。よくわかんないけど」
初めてのスロットで大勝してしまってティナは困惑しているらしい。
ちなみにエリスもそこそこに勝っていて、さっきから店員の俺たちに対する視線が痛い。明らかにインチキを疑われている。
何だかいらっときたので睨み返してみると、店員も更に俺を睨んできた。
すると次の瞬間、こちらに向かって店員が威勢よく歩いてきたので、俺も何だやんのかコラという雰囲気を出しながら近づいていく。
そしてお互いの距離がほとんどなくなった時、戦いの火蓋が切られた。
店員は大木のような右腕を振り回してパンチを繰り出す。
俺がそれを左手で掴むと、店員の目が大きく開かれたので不敵な笑みを浮かべて余裕を見せ付ける。
次に店員は身体を捻って左飛び膝蹴りを仕掛けてきた。
身体を後方に倒して避けると、俺はすぐさま店員の股間に生息する漢を軽く蹴り上げてやる。決着だ。
店員は床に不時着して股間を抑えながら悶えている。それを腕を組んだまま眺めていると、横から意外なやつが話しかけてきた。
「何をしているのだ、お前は」
「エア!? 一体今まで何してたんだよ」
俺とティナの監視役だというのに、ここ最近全くエアの姿を見ていなかった。
フェニックスで移動したもんだから、てっきりトオクノ島にいるオブザーバーズの隊員に仕事を引き継いだのかなとか思ってたけど。
「さすがに不死鳥に乗るのは不自然かと思ったのでな。一旦天界に戻ってゲートでこちらまで来て遊んでいた」
「遊んでたのかよ」
よく見ればその腕にはメダル箱が担がれている。かと思えば、エアは突然その切れ長の目をこちらに向けて声を潜めた。
「それに、もうすぐシナリオも終わりだ。ここからはお前たちを監視してもあまり意味はない」
そして俺の肩にぽんと手を置いてから続ける。
「この先、今まで関わって来た下界の人間たちや……ティナとの関係はどうするのかをしっかり考えておけ」
「お、おう」
思わずお前誰だよ、何でそんな決まったぜみたいな顔してんだよ、とか言いそうになってしまったけど我慢した。
それはともかくエアの言っていることは一理ある。今まで考えないようにしていたこの旅の終わりって現実が、実際に目の前まで来ているんだ。
魔王を倒してすぐにティナとの新婚生活を始めようと思うなら、もうそろそろ気持ちを伝えないといけない。どうする……。
「…………」
頭を捻って少し考えてみたけど全然何にもわからん。そもそも気持ちを伝えるってどうやるんだよ。
ふと横を見ると、ティナの豪快な勝ちっぷりを静かに眺めるエアが視界に入る。
そういえばこいつってモテるんだったよな……よし、ちょいとご教示願うとしますかねと、エアの肩を静かに叩いてから話しかけた。
「なあ」
「何だ」
ぐるりとこちらに顔を向けるエア。
「女の子に気持ちを伝えるのってどうやるんだ?」
「突然何の話だ」
「ティナとの関係を考えろって言ったのはお前だろ。いいから教えろよ」
エアは正面を向きながら、あごに手を当てて考え込んでいる。やがてもう一度こっちに振り向いて言った。
「普通に好きだ、ではだめなのか?」
「はっ!? すっ、好きって、そんなの恥ずかしくて言えねえよばかやろぉ!」
「では他にどうしろと言うのだ」
思わず張り上げてしまった俺の声は幸いにもカジノの喧騒に紛れて消えてしまったらしく、ティナとエリスはこちらに気付いていない。
どうしろと言われても困る。ここはエア先生の話を参考にするしかない。
「お前彼女いるって言ってたよな。付き合う時、どう気持ちを伝えたんだ?」
「寒中水泳をしながら息継ぎの合間に好きだと叫んだ」
「まじで!?」
「嘘に決まっているだろう。お前は私を何だと思っているんだ」
「微妙に頭のネジが外れてるレアモンスターとかだな」
こいつ真顔で言うから嘘かどうかがわかりづらいんだよ。いや、ていうか今その話はどうでもいいんだって。
エアはさらっと切り替えて話題を戻してきた。
「好きと素直に言えないのなら言い方を変えるしかないだろう」
「例えば?」
「少しは自分で考えてみたらどうだ。ティナがはっきりとお前からの好意を理解出来るような台詞だ」
「…………」
唸り声をあげながらしばらく思索にふけってみる。
すると一応思いついたので、顔が熱くなるのをはっきりと感じながらエアに提案した。
「ず、ずっと俺のそばにいて欲しい、とか……」
俺たちはしばらく見つめ合った。エアの目が、俺の中にある何かを見極めるかのように鋭く光っているような気がする。
「別にそれでもいいと思うが。好きと大して変わらないくらい言うのに勇気がいるだろう。実際に顔がワインのように赤くなっているぞ」
「まあ、そうだな」
本人を目の前にして言える気がしない。そうだな、ここはもう一人くらい別のやつに相談してみたいところだ。
「エア、悪いけどキースを呼んで来てくれねえか?」
「キース隊長をか? 別に構わんが」
「あいつを隊長とか言うと違和感がすげえな。悪いけど頼むわ」
「暇なことだしすぐに行ってきてやろう」
エアはそう言って踵を返すと、メダル交換所に寄ってから店を出て行った。
キースが来るまで、余程のことがない限りそんなに時間はかからないはず。今の内に街の外にでも出て待っておくか。
ティナたちのところまで歩いていって後ろから声をかける。
「ティナ、ちょっとその辺散歩してくるわ」
ティナはこちらをゆっくりと振り向いて柔らかく微笑んでくれた。
「うん、わかった。気を付けてね」
「あんたも魔王城の地図の為に働きなさいよ」
「俺がやって負けちまったら逆にティナの足を引っ張っちまうだろうが」
「それもそうね」
エリスに絡まれてとっさにしたにしては中々うまい言い訳だ。心の中で自画自賛をしながら、片手をあげて二人に挨拶をする。
「じゃ、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
「しばらく帰ってこなくていいから」
ティナの心温まる言葉とエリスの生意気な台詞を聞きながら踵を返し、グランドコーストを後にした。
シックスの街並みを彩る街灯や看板の灯りたちは、昼であれば逆に目立たないどころか、どこか哀愁を感じさせる。
たまにその下には平民にも関わらず少ない財産をはたいてこの島まで渡航し、ギャンブルに負けて浮浪者になったやつが寝ていたりした。それは煌々と輝く光の下にある街の影のようで、何となく目を逸らしてしまう。
俺もティナに振られればああいう風になるのかもしれない、と思った。
恋愛ってしたことないからよくわかんないけど、さすがに振られてまでそばに居続けるのは気持ち悪いんじゃないか。そうなっても天界には戻れないし、下界での仕事とかを知らない俺は路頭に迷うことになるだろう。
ゼウスが追放扱いを解除してくれることもあるかもしれないけど、それを自分から頼むのもだせえしな。
……ティナは俺のことをどう思ってるんだろうか。
嫌われてないのはわかるし、これまで冒険で培ってきた絆は決して軽くないと、少なくとも俺はそう思っている。
とはいえ、まだティナに話していない秘密を俺はたくさん抱えているし、もしかしたら向こうだってそれは同じかもしれない。
そうだ。気持ちを伝える以前に、俺の秘密に関する部分はどうすればいいんだ。まさか隠したまま結婚するなんてことは出来ないし。したくもない。
と、あれこれ考えながら歩いているうちに、いつの間にか街の出入り口のところまで来ていた。
あいつとの待ち合わせなら「ワープ」や「クイックワープ」があるからどこでも大して変わらないけど、なるべく人目に付かない方がいいか。エアがいるから場所もすぐにわかるだろ。
そう考えて街の外まで足を運ぶことにした。
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