ゴッドテイマーズ!
ケーキはセイラが部屋に戻ってきてからそう時間が経っていない内に運ばれてきた。ショートケーキじゃないでかいやつだ。
火のついたろうそくが無駄にたくさん刺さっていて、真ん中にあるチョコ製のプレートには「ジンくんおめでとう」といったメッセージが書き込まれている。
テーブルの上にあるケーキを指差しながら、これを注文したセイラに尋ねた。
「おい、なんだこれ。ばかにしてんのか?」
「何よそれ。せっかく人がお祝いしてあげてるのに」
「手を繋いだことをか?」
「そうよ。私もノエルもジンにはそれすら無理だと思ってたから」
とりあえず喧嘩は売ってきているらしい。
とはいえ俺とティナの関係の進展を祝ってくれているのも事実なので、腑に落ちないけど礼は言っておこう。
「そうか。悪いな」
「やっぱり変わったわねあんた……まあいっか、じゃあこのプレートは私がもらうから」
「それは全然いいけど」
チョコプレートをひょいと取って口に運んだセイラは、甘い香りを堪能して満足そうに微笑んでいる。
それを無視し、俺はノエルの方に顔を向けて頬杖をついた。
「でだ。まだ聞きたいことがあるんだけど」
「おう。何だ?」
「魔王城の地図と不死鳥、フェニックスについてだ」
するとノエルは腕をテーブルの上に置いて少しだけ身をこちらに乗り出した。
「魔王城の地図に関しては俺も聞きたいと思ってた。お前らはまた何でそんなもんを取りに来てんだよ?」
「何でって……城に入っても地図がないと道がわかんねえだろ」
俺の言葉を受けて少しの間固まったノエルは、わからなかった謎が解けてスッキリしたような表情で背もたれに身体を預けた。
「そうか、そういえばお前はこっちに来るまでシナリオ関連には興味がなかったから知らねえのか」
「そうだけど……」
ノエルの言いたいことがよくわからずに眉をひそめてしまう。
ちなみに俺たちが会話をしているその横では、セイラがばくばくとケーキを胃に放り込んでいた。多分だけど、俺の分は残らないと思う。
ケーキの残量を目視で確認していると、ノエルが話を切り出した。
「あのな、ジン。これは天界じゃ割と有名な話なんだが」
「おう」
一つ息をついたノエルは、あくまで真剣な表情で驚くべき一言を発した。
「魔王城ってのは魔王のいる部屋までは一本道なんだよ」
「は? そんなばかな話があるかよ」
「あるんだよ」
ノエルの表情は変わらない。冗談とは思えず、観念して認めることにした。
「まじなのか」
「おう」
「聞きたくない気もするけど、一応詳細を教えてくれ」
「ゼウス様が魔王城に関する事柄をシナリオに書き込む際にな、勇者になったやつが勢いだけで乗り込んで道に迷わないようにって、魔王が待ち構えている玉座の間までは一本道って特徴を付与したらしい。実際その通りになっていることもオブザーバーズによる調査で確認済みだ。もちろん幹部たちが生活してる空間は別にあるから、そっちに行こうとすると道は複雑なんだけどな」
「…………」
言葉が出てこなかった。
ってことはここに来たのは完全に無駄足じゃ……いや待てよ。
「じゃあ何で魔王城の地図なんてものがあるんだよ」
「欲しいやつもいるかもしれんってことでゼウス様が一応作るだけ作ったらしいんだが、やっぱいらないだろって話になってその辺に捨てたらなぜか下界に行きついて人間に拾われ、いつの間にかカジノの景品になっちまったってわけだな」
「いつものことだけど本当に何やってんだあのジジイ」
「それ以来、カジノでメダル増やしてまであんなアイテム取ろうとするやつはいねえだろって言って、天界の有名な笑い話のうちの一つになってるんだ」
まあたしかに魔王城がそんなふざけた構造をしてるって知ってれば地図なんて取りに来ねえよな。そんなこと知る由もない俺らからしたらちょっと複雑な気分ではあるけど、一応納得はした。
「話はわかったけどティナたちには話せねえし、一応魔王城の地図は入手していくことにするわ」
「おお、そうしろ。汚い金を使っていってくれ」
「あんたまで汚い金って言わないでよ」
いつの間にかケーキを食うのをやめた様子のセイラが会話に入ってきた。
俺はケーキの残骸すらもない、セイラの手元にある皿を凝視しつつ尋ねる。
「お前、ケーキはどうしたんだよ」
「もう食べ終わったけど」
「は!? あれを全部?」
「そうだけど……えっ、もしかしてジンも食べたかった?」
素で言っているらしく、セイラはきょとんとした表情で首を傾げている。
「何で俺が食わねえこと前提なんだよ、俺を祝うケーキだろうが」
「だよね、ごめんごめん」
ぺろっと舌を出しておどけるセイラ。
「別にいいけどよ。結構な量があったのに食うの早えなってびびっただけだ」
「私にはいいけどね、そういうことティナちゃんに言っちゃだめよ」
「ティナはあんなにケーキは食わね……いやどうだろうな。まあわかった、忠告はしっかり受け止めとておく」
「ならばよし」
俺の言葉に納得したセイラは、神妙な面持ちを作ってうなずいた。
会話が一区切りしたのを見てノエルが場を仕切り直す。
「それで、もう一つは不死鳥だったか。そっちは俺らもよくわからねえ、よな? セイラ」
「うん。私たちもそういうのがいるってことを知ってるだけだったから……何かあったの?」
二人の視線に返答を促されて、俺は口を開いた。
「不死鳥……ありゃ何だ? 地上にいる生き物のくせに神聖魔法みたいな魔法を使ってるし、どう考えても普通じゃねえ」
「神聖魔法みたいな魔法って、どんな魔法なのよ」
「生命の成長を促進させる魔法、ってとこだな。後は……そうだな、透明になる魔法みたいなのも使ってた。おまけに巨大化もする」
俺がそう言うと、セイラとノエルは顔を見合わせる。
どうやら二人も知らないらしく、セイラの視線はすぐにこっちに戻ってきた。
「悪いけど私たちでもわからないわ」
「そうか。ってことは精霊の間でも常識ってわけじゃないのか」
そこで三人とも黙ってしまい、場には静寂が流れる。
しばらくしてノエルがゆっくりと顔をあげて言った。
「こうなったらソフィア様に聞いてみるしかねえな」
「だな。無理やり起こすのは気が引けるけど……おいセイラ、お前がやったんだから責任持って起こせよ」
「しょうがないわね」
セイラは椅子から立ち上がってベッドの側まで歩いていくと膝を屈め、ソフィア様の身体を揺らしながら耳元で優しくささやく。
それは、俺が今までに聞いたこともないような鈴の鳴るような声音だった。
「ソフィア様、ソフィア様……起きてください」
するとソフィア様はばちこーんと勢いよく、一瞬で目を全開にした。
そしてセイラに気付いて身体を起こしたはいいものの、なぜか顔が少し赤いような気がする。
ソフィア様はもじもじと恥ずかしそうに喋り出した。
「セ、セイラちゃんあの……おはようございます」
「おはようございますっ」
「きょ、今日も元気で可愛いですね……あ、あのっ喉とか渇いてないですか?」
問われたセイラは、頬に人差し指を当てて考えるそぶりを見せた。
ここからじゃ表情まではわからないけど、すっとぼけた顔で視線を宙に躍らせていそうだ。
「そういえば。デザート食べたばっかりだから何か飲みたいかも」
「私にお任せくださいっ」
はっとした顔をしてからそう言うと、ソフィア様は愛用の杖を取り出して、それぞれ俺たちが飲み物を飲むのに使った容器に向かってそれを振った。
するといつの間にかグラスや手樽の中には、果汁の豊潤な香りがふんだんに漂う飲み物が注がれている。
デリカシーがないとか日頃言われている俺でもわかる、あれは完全に恋する乙女の顔だ。
ソフィア様は恋をしているのだ。それもセイラに。
セイラは何食わぬ顔でテーブルに戻ってきて座ると、飲み物を口に含んだ。
ソフィア様はベッドの上からその様子をおずおずと眺めている。やがて喉を潤したセイラがソフィア様の方を花が咲くような笑顔で振り返って言った。
「とってもおいしいです!」
「よ、よかった……えへへ……」
こ、こいつ……神を手なずけてやがる……!
さっき何があったのかは聞いたけどそれでもどういうことなのかわからん。
俺はノエルに視線だけで「何が起きてんだよ」と聞く。
ノエルは呆れ顔で肩をすくめて「知らねえよ」という態度をとった。
セイラだけは敵に回さない方がいいのかもしれないと、たった今俺は心にしっかりと刻み付けたのであった。
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