真・精霊剣技

「は? モンスターテイマーズって」


 ウォードが間の抜けた声でつぶやく。すると、ムガルが何かに気付いたように立ち上がった。

 精霊と名乗った二人が見ている方向に視線をやって身構えながら言う。


「皆さん! 防御魔法を!」

「は? お前まで何言って」


 つぶやいたウォードを含め、相変わらず幹部たちは状況が理解できていないらししくただ呆然としている。

 そしてその時、遥か上空から鋭く凍てつく、つららのような声が降って来た。


「『真・精霊剣技――――地裂剣』」


 それぞれの手に一本ずつ剣を持った男が、突然空から降って来たようにセイラとノエルに襲いかかる。

 セイラは両の手のひらをかざし、ノエルは斧を横に構える形で。二人はほぼ同時に防壁魔法を展開した。


「『オブジェクションウォール』」「『マジックウォール』」


 衝突。


 セイラたちを中心に強い衝撃波が広がり、いくつもの亀裂を放射線状に刻み込まれた大地が壮絶な悲鳴をあげる。

 すると次の瞬間、三人がいる場所を残して周囲の地面が崩れて陥没してしまう。

 魔王軍の幹部たちも全員崩壊した地面に飲み込まれてしまった。

 周囲にあった生命の気配も今は全てが遠い。鳥や獣の悲鳴が山の反対側の方へと走り去っていく音が耳に届く。


 自分たちの周囲、つまりおやつ周りを残して大きく陥没した地面を見回しつつ斧を構え直しながらノエルが苦々し気につぶやく。


「くそっ、相変わらずでたらめだな」


 モンスターテイマーズ隊長専用スキル「真・精霊剣技」。

 「精霊剣技」の威力を二十パーセント増加させる、実質的にパッシブスキルのようなスキルだ。

 つまりリッジは、全精霊中で唯一無条件で「精霊剣技」を使うメリットを持つ男なのである。


 ちなみに「地裂剣」は「アースクエイク」という魔法を剣に乗せて放つ「精霊剣技」の一種だ。

 またセイラとノエルが展開したのは、それぞれ物理攻撃と魔法攻撃のダメージを軽減させる防壁魔法である。「地裂剣」そのものには物理ダメージはないが、直接剣が衝突した部分だけでもかなりの攻撃力があるが故の対策だ。


 それでもセイラとノエルの二人は無視出来ないダメージを受けていた。表情から苦しさを消すことも出来ず、肌には汗がにじんでいる。

 そんな二人がその場にしゃがみ込む一方で、「地裂剣」を放った後のリッジは後方にふわりと跳躍して陥没した地面の中に降り立つ。


 二人とは対照的に涼し気な顔のリッジは、おやつを前にして狂気に染まった瞳で部下二人を見上げながら口を開いた。


「私のおやつ道を邪魔する者がいるから一体誰かと思えば、お前たちか」

「ええ。けどこれ以上は抵抗する気もないんで、持っていってください」


 ノエルはそう言ってモンスターたちが残した大量のおやつを手で示す。


 セイラとノエルはリッジが最初の一撃で範囲攻撃を使い、魔王軍幹部たちを気絶させるか倒すかしておやつを奪うと読んでいた。

 だから二人がとった行動は、下手をすれば幹部たちを消してしまいかねないその最初の範囲攻撃だけを自分たちで受け止めて、後はおやつを渡して帰ってもらおうというものだ。

 しかしどういうわけか、ノエルの言葉を受けたリッジは口の端を吊り上げて不敵な笑みを漏らす。


「くっくっく……それで私からおやつを隠したつもりか? ばれているぞ。まだ懐におやつを持ったものがいることがな」

「なんだって?」


 眉をひそめたノエルはリッジの視線の先を追った。するとそこには、崩落した地面に横たわって意識を失っているサキュバス三人衆の姿が。


「まさかあんなに大量のおやつがありながら、まだ自分たちの分を隠し持っているとは思わない……といった狙いか? だが残念だったな。私は匂いや気配でもおやつの存在を察知することが出来るのだ」

「まじかよ、くそっ」


 当然ノエルは隠されたおやつの存在には気がつけなかった。

 この段階ではわからないが、おやつを渡してそれで終わりとはいかなくなったかもしれないと、悔しさから奥歯を噛みしめる。

 相手方がモンスターでしかも意識がない今、リッジがおやつを手に入れるために何かしらの攻撃を加える可能性がゼロではないのである。


 一方悔しがるノエルの後方では、咄嗟に防御態勢をとったおかげで魔王軍幹部の中でも唯一意識を保ったムガルが地面に伏せたまま心の中でつぶやいた。


(サキュバスの皆さん、あれだけおやつはもう持ってないって主張してたはずなのに。女の人は怖いなあ)


 そしてゆっくりと立ち上がる。

 わからないことだらけではあるが、確実なのはあの精霊二人が自分たちを守ろうとしているということだ。そして彼らがジンの同僚であるという事実は、ムガルに共闘をしようと思わせるには十分だった。

 ムガルは決意を込めて拳を握り、戦闘態勢を整える。


 その頃リッジたちのところでは、まだ問答が続いていた。

 まだダメージの残るセイラが苦しそうな表情で口を開く。


「それで、おやつを隠し持っていたらどうする気なんですか?」


 問われたリッジは口の端を吊り上げると、


「どうって……? こうするに決まっているだろう!」


 そう言ってサキュバスたちの方へと駆けだした。

 セイラとノエルは止めようと立ち上がるも間に合わない。リッジがファリスに近付き腕を伸ばしたその時。


「『せいけんづき』!!」


 横から三つの拳が襲い掛かって来た。

 リッジはこれを避けることが出来ず、受けながら自身も軽く横に飛ぶことで衝撃を和らげる。

 気付けばファリスの前には六本の腕を持つゴリラが立っていた。


 実はこの時、リッジはただ単に強引にふところを探ってファリスたちからおやつを奪おうとしていただけだったのだが、その行為が誤解を生んだ。

 他三人の目には、リッジがファリスたちの命を奪ってドロップアイテムの形でおやつを手に入れようとしている風に映っていたのである。


 そしてこのムガルの一撃がさらなる誤解を生みだすこととなってしまう。

 態勢を整えたリッジがゆらりゆらりと歩きながら口を開いた。


「ほう、パワードゴリラよ。お前も俺のおやつ道の邪魔をするか」

「仲間がやられるのを黙って見過ごすわけにはいきませんから」

「そこまであのサキュバスのおやつが大事か……いいだろう」


 二人の会話を聞いたセイラとノエルも立ち上がって身構える。

 そんな二人に対して指をくいくいと折って挑発しながらリッジが言った。


「セイラ、ノエル。久々に訓練がてら相手をしてやろう。お前たちも遠慮なくかかってくるといい」


 おやつを前にして燃え上がる欲望。モンスターテイマーズとしての矜持。そして仲間を守りたいという願いがぶつかり合う。

 セイラ、ノエル、ムガルの三名は目を合わせて共闘の意志を確認すると、言葉なくうなずきあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る