勇者パーティーのほほん道中記~どこかで見た親子、後編~

 しばらく進んでいくと、深い森が突然に開けて河原のような場所に出た。視界を横切るように小川が流れ、ささやかに涼し気な音を立てている。

 そこかしこから鳥のさえずりも聞こえてきて、ここで野営とかしたらめっちゃ楽しそうだなとか思ってしまう。

 

 小川の流れている場所は少し低い位置にあるものの大した高さではなく、落ちればまあちょっとくらいは痛いかなという感じだ。

 そしてその小川の上には橋がかかっている。人が三人くらいは通れる広さで、長い丸太を何本か渡してその上に木板を乗せただけの簡素なやつだ。

 俺たちはその橋の前で足止めをくらっていた。


「キュウ~ン」

「ん、どうしたの?」


 橋を前にして、それまで元気だった子犬ハウンドが急にぷるぷると震えて情けない声をあげ始める。屈んで顔を覗き込んでやるティナ。


「もしかして橋が怖いのかな?」

「ワンッ」


 言葉がわかっているのわかっていないのか、子犬ハウンドは少し元気なさげにそう返事をした。するとティナは頭を撫でてやりながら、


「ふふっそっか。もうしょうがないなぁ」


 そう言って子犬ハウンドを抱っこした。

 ……いや別にいいんだけどさ、何かこう、こうね。少しあれがね。


 謎の感情に戸惑っていたら後ろからラッドに肩を掴まれた。振り返ると、そのラッドの肩は小刻みに震えている。

 俺は少し睨むようにして口を開いた。


「なんだよ」

「ジン、君、まさかい、犬に嫉妬しているのかい?」

「別にそんなんじゃねえよ」


 笑いを堪えているのか、若干声の裏返るラッド。

 気付けばロザリアも微苦笑をしながらこちらを見ている。


「相手は子犬ですわよジン君」

「うるせえな、いいよじゃあ俺はこいつを抱っこするからよ! ほれ、いくぞ!」


 俺はそう言いながら親ハウンドを抱っこした。

 ロザリアは驚きに開いた口を手で隠しながら「あらまあ」と、ラッドは「何をやってるんだい!?」と。二人はそれぞれに感嘆の声をあげる。

 親ハウンドが戸惑いを隠せないままに心の声で抗議をしてきた。


(ちょ、ちょっとジンさんどうしたんですか!? 抱っこなんて生まれて初めてされましたよ!)

(うるせえお前は適当にクゥ~ンとか鳴いてりゃいいんだよ!)

「ク、クゥ~ン」


 俺に抱っこされながら情けない声をあげるでかい暗黒犬を見て、ロザリアが上品に微笑んだ。


「あらあら、これはこれで可愛らしいですわね」

「そうかい? ちょっと異様な光景のような気もするけれど」


 まあこいつ見た目は怖いからな。一般人からすればちょっとどころか大分異様な光景だと思う。

 親ハウンドを抱っこした俺は、一人子犬ハウンドを抱っこしながら橋を渡っているティナに追いつこうと走った。橋に差し掛かると、足下がかすかに揺れて木の軋む音が小川の流れる音に混じっていく。

 ティナの横に並びながら声をかけてみた。


「よう」

「あっ、ジン君も抱っこしてあげてるの? 親子揃って怖がりさんなんだね」

「だよな」

(あ、あのージンさん、私ら一応誇り高きヘルハウンドという種族でして)

(うるせぇクゥ~ンって鳴いとけ)

「ク、クゥ~ン」

「あはは、かわいー。もうすぐ橋渡りきるからね、大丈夫だよ~」


 こんなでかいヘルハウンドまで励ましてやるなんて、ティナは優しいな。

 感動しながら歩いているといつの間にか橋を渡り切っていた。


 次第に風景は自然の共生し合う河原から深い森へとまた戻っていく。

 そこでヘルハウンド親子を下ろしてやって、ラッドとロザリアが追いついてくるのを待つことにした。

 その間雑談をしているとティナが何かに気付いたらしく、突然道から外れた森の方へと歩いていく。


 目標のものまで近寄ると屈んでそれを手に取り、高く掲げてこちらに見えるようにしながら振り向いた。


「ジン君ほら! さっきのきのこだよ!」

「さっきの……? ああ」


 この山に入ってちょっとのところでティナが拾って、休憩地点で動物たちに大好評だったやつだ。

 俺もティナのところまで歩み寄って立ったままきのこを見下ろしていると、ヘルハウンド親子も揃ってすんすんと匂いをかぎ始めた。すると繋ぎっぱなしの「テレパシー」で親ハウンドが話しかけてくる。


(あのジンさんこれ、ヨロコビダケなんじゃ)

(ヨロコビダケ? 何じゃそりゃ)

(食べると勝手に身体が踊り出すっていうやばいきのこですよ。意識はあるのに身体は勝手に動くから怖くて、体力的にも精神的にも無駄に疲れるんです)

(えっ、でもさっき動物たちが美味そうに食ってたけど何ともなかったぞ)

(ああ、どういうわけか動物にとっては普通においしいだけのきのこみたいです)

(ほ~ん、じゃあモンスターには実質的に毒きのこってわけか)

(そんな感じです)


 と、このきのこ改めヨロコビダケとやらの怖さを知ったところで目の前に意識を戻したらやばい光景が繰り広げられていた。

 未だにせわしなくきのこの匂いをかいでいた子犬にティナが声をかける。


「わんちゃん、このきのこ食べたいの? そういえば鳥さんたちもすごくおいしそうに食べてたもんね」

「わんっ」


 どうやら本当に食べたいらしい。子犬だからヨロコビダケのやばさを知らないってことなのか。

 すると親の思いっきり焦った感じの心の声が聞こえてきた。


(ジンさんまずいです、子供がヨロコビダケを食べようとしています、止めていただけませんか?)

(俺一人ならどうとでもなるんだけど、ティナがいるからなぁ)

(そ、そんな)

(別に死ぬわけじゃないんだろ?)

(そうですけど……)


 すまん親ハウンドよ、観念してくれ。ちなみに、ヘルハウンドたちに俺やティナの口頭での言葉は伝わっていない。

 俺と親ハウンドがそんなやり取りをしている間にも、着々ときのこが子犬ハウンドの口に近付いていく。


 ティナがヨロコビダケとやらを笑顔で差し出しながら言った。


「はいどうぞ」

「ハッハッ」


 尻尾を振りながらそれを食べようとする子犬。と、そこへ。


(ええい、ままよっ。ジンさん、後を頼みます)


 そんな一言と共に親ハウンドがティナと子犬の間に割って入り、ヨロコビダケを無理矢理食べてしまった。


「「あっ」」


 俺とティナの驚きの声が被る。

 きのこを横取りした親ハウンドをティナが叱りつけた。


「こらっ大人なんだから我慢しなさい。先に子供に食べさせてあげなきゃだめでしょ?」

「くぅ~ん」


 子犬もきのこ欲しかったぜ……とばかりに悲しそうに鳴いている。

 対して一方の親ハウンドは、


「わふん、わふん♪ きゃわん、きゃわん♪」


 と、楽しそうな鳴き声を発しながら踊り出してしまった。

 後ろ足で立ってたまにゆっくり移動しながら、自身の鳴き声に合わせて両前足を頭より高く掲げ、思うがままに動かしている。

 踊りのことはよくわからんけど、見た感じセンスはなさそうだ。


「も~聞いてるの? めっ」

「わふんっ」


 ティナが怒り続ける一方で、子犬は俺も混ぜて欲しいぜ! と言わんばかりに親の周りをぴょんぴょん飛び跳ねている。

 その様子を微笑みながら見守るティナ。


「ふふっ、でも二人共楽しそうだからいっか」

「ああ、そうだな」


 親ハウンド、本当にいいやつだったと思う。

 でも心の方は制御がきくらしく、親ハウンドが助けを求めてきた。


(ジンさん、助けてくださ~い!)

(いや、どうにもならんだろこれは……回復魔法とかで治るのか?)


 まあ、もし治るとしても俺は回復魔法を持ってないんだけどな。

 二匹を温かく見守っていると、ラッドとロザリアが追いついてきた。

 踊り狂う親子を見て、ラッドが怖い物をみたような顔をして口を開く。


「な、なんだいこれはどうしたんだい」

「さっきのきのこあげたらね、大きい方のわんちゃんがすっごい喜んでるの」

「へえ、この辺の動物はあれが好物なのかねえ」


 顎に手を当て、感心したようにうなずくラッド。

 その横ではロザリアも穏やかな微笑みと共に親子を見守っている。


「二匹とも楽しそうですわね。そういうことでしたら、きのこを見つけたら全部採って食べさせてあげましょうか」

「ちょっと探してこよっか」

「い、いや、それはもういいだろ。それよりさっさと先に進まねえか?」


 何も知らないとはいえ、笑顔で鬼畜の所業を語るティナとロザリアに待ったをかける。真実を知る俺には二人を止める義務があるのだ。


「別にいいじゃないか。まあジンの言うことももっともだし、山頂に向けて少しずつ歩きながら探してあげればいいんじゃないかな」

「さんせ~い!」


 ラッドのやつ、何でこういう時に限ってまともなこと言うんだよ。

 右手をあげて元気よく返事をするティナに、俺はもう何もいうことができない。


(すまん俺には何も出来そうにない。これからしばらくは踊り狂ってくれ……)

(ひい~!)


 何も出来ない自分に無力感を覚えながら、山頂へと向けて歩き出した。

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