不思議なキノコ発見

 ムコウノ山は内部も草木に覆われていて、山を登るというよりは深い森の中を進んでいる感覚に近い。

 とはいっても街道と同じく山道もある程度はドワーフたちが整備してくれているから、そんなに険しい道のりでもなさそうだ。


 山道を歩きながら、ラッドがみんなに聞こえるように話しかけてきた。


「お姉さんによればほぼ一本道ということだったね。この山道に沿っていけば頂上にたどりつけそうだ」

「特に強いモンスターでも出なけりゃな」


 答えながら「レーダー」を発動してみる。

 俺たちの周りだけで言えばそんなにモンスターは多くないみたいだし、山道沿いは特に少ない。ドワーフたちが通っているからだろうか。

 その時、ティナが何かを見付けたらしく声をあげた。


「あっ」


 たたたっと一人で先を駆けていく。後ろ姿に声をかけながら後を追った。


「お~い、一人で行動すると危ないぞ」

「ジン君じゃないんだから大丈夫だよっ」


 ティナがこちらを振り返りながらからかうように言うと、ラッドが反応する。


「山にはさすがに落とし穴はないんじゃないのかなあ」

「うるせえよ」


 試練の迷宮で俺が落とし穴にはまって地下に迷い込んだという話は、当然ながら全員に共有されている。

 事実ではあるけどいじられっぱなしというのも悔しいので反論した。


「だったらお前も試練の迷宮に行ってみろよ。絶対に『僕がロザリアの為にプレゼントを発見してみせるよ』とか言って寄り道して落とし穴にずぼんだ」

「ふっ、ロザリアの為ならそうなるのも悪くはないさ」

「…………」


 思わぬ返しにうまく言葉が出ない。すげえなこいつ。

 ロザリアはまた手を組んで「ラ、ラッド様……」とかつぶやきながらうっとりとしている。


 たしかに俺もティナへのプレゼントの為に落とし穴にはまったわけだから、それで良しとすべきなのか……?

 結果的に世界樹の花ってものも手に入ったわけだし、そう考えてみれば俺は愛の強さでラッドに負けているのかもしれないな。


 ゆっくりと歩いて追いついた先では、ティナがしゃがみ込んで何かを見ている。

 横に並んで同じようにして見るとそこにはきのこが生えていた。こちらに振り向いて、無邪気な表情でティナが聞いてくる。


「ねえねえ、これなんてきのこかな? 食べられるのかな」


 何事にも興味深々なティナ……いいな。

 けど俺はきのこには詳しくないからわからない。というか、基本的にアイテム系その他の詳しい知識は俺にはない。戦闘には必要ないからな。


「う~ん、僕もきのこには詳しくないからねえ」


 立ったままできのこを観察しながらラッドがそう言った。すると、ティナの目がきらきらと輝き出す。


「ちょっとだけ食べてみる?」

「いや、やめといた方がいいって。危ないきのこだったらどうするんだよ」

「危ないっていっても『毒』とか『眠り』状態になるだけでしょ?」

「そりゃそうだけど」


 聞いたことがないだけでもっと危険なきのこだってあるかもしれない。例えば食べただけで即死するきのことか。

 そこにロザリアから救いの手が入った。


「まあいけませんわティナちゃん。その辺に生えてるきのこを採ってそのまま食べるなんて、お行儀よくありませんよ」

「うう、そっかぁ。でもせっかくだし持っていこうっと」


 そう言うと、ティナはきのこを何本か取ってふところにしまう。

 俺は立ち上がりながら言った。


「これから先、面白そうなきのこや草なんていくらでも生えてるだろ。とりあえず早く進もうぜ」

「うん、そうだね」


 ティナも立ち上がって、俺たちは再び頂上へ向けて歩き出した。


 やがて歩いている内に少し開けた場所に出た。

 山には冒険者によって開拓された野営地点のようなところが点在している。ここも草が刈り取られている部分があるからそういった場所だろう。

 とはいってもここは麓からそんなに遠くないので、ちょっとした休憩用といったところか。広さ自体もそんなにない。


 ロザリアが柔和な笑みを浮かべながら提案した。


「ここで少し休憩していきましょうか」


 というわけで恒例のおやつタイムだ。正直のんびりしすぎな気もするけど、ティナが楽しそうだからそれでいい。

 その辺に布を広げて適当に座り込んだ。


「じゃじゃ~ん。今日のおやつはホットケーキで~す!」


 ティナが四人の真ん中にホットケーキを置きながら発表した。

 おやつというには割とでかい気もするけど、ティナがおやつと言えばそれはおやつなのだ。


「あらあら、とってもおいしそうですわね。では私はこれを」


 ロザリアが取り出したのはりんごのタルトだ。ホットケーキと合わせて甘い香りが周囲に漂い始め、俺の食欲もそそられてきた。

 そこに二、三羽の鳥がやってきておやつの前に降り立ち、さえずり始める。


「ぴぃぴぃ」

「ふふ、鳥さんもおいしそうだって言ってる」

「がぁがぁ」

「ちょっと大きめな鳥さんもおいしそうだと言っていますわね」

「ピギャー」

「鳥といえなくもないこいつもそう言ってんのか?」

「ギョエエエエエエエ」

「さすがに鳥ばかり集まりすぎじゃないのかい!?」


 よくわからないけど、どんどん鳥が降り立ってきている。ていうか最後のに関してはやたらでかいし鳥かどうかも怪しい。

 「レーダー」を発動……たしかにこいつらはモンスターじゃないな。


「お、おやつが欲しいのかな? ほら、あげるよ~おいで~うぅ……」


 ティナが名残惜しそうに自分のおやつを分けてやろうとしている。無理をしてまで鳥に餌をあげるティナ……いいな。

 けど鳥たちはおやつに近寄ってじっと見つめると、「これじゃねえよ」とばかりに再度ティナに歩み寄っていく。


 ん、ティナに? そういえば、俺たち三人には鳥は寄ってきていない。ってことはこいつらはティナしか持っていない何かを目当てで……。

 とそこまで考えてあるものが思い当たった。


「ティナ! さっき採ったきのこかもしれない! あれを全部遠くに投げろ!」

「えっ、さっき採った……うんわかった!」


 指示通りにささっときのこを取り出して全て遠くへと投げるティナ。

 すると鳥たちは一斉にそっちへ向かい、きのこをつんつんやり始めた。

 やがてそれを全て食べ終わると正気を取り戻したかのように散らばり、各々が空へと旅立っていく。


 それらの背中を見送りながらラッドがぽつりとつぶやいた。


「何だったんだろうねえ……」

「あのきのこ、鳥さんたちの好きなたべものだったのかな」

「鳥、というよりは動物の、だったのかもしれませんわ」


 原因がきのこってことならロザリアの言う通りだと思う。

 普通、高レベルのモンスターばかりがうろつく場所には犬や猫といった地を這う動物は生息していない。やられてしまうからだ。

 当然高レベル帯なこのムコウノ山も例外じゃない。だからこの山においての動物ってのは鳥、あるいは飛べる動物とほぼ同じ意味ってことだろう。

 もちろん飛べるからってそれだけで生き残れるわけじゃないけど。


 落ち着いたのか、気を取り直しておやつを食べながらティナがつぶやく。


「そっか、じゃあ今度からあのきのこを見かけたら採っておいた方がいいのかな」

「そしたらまた鳥が大量に寄ってくるぞ」

「さっき最初に来たみたいな小鳥さんならいいんだけどね……」


 そう言いながら残念そうに苦笑するティナ。こういう時にうまく励ましてやるのが俺の使命、生きる道だ。


「だったらよ、ずっと持ち歩くんじゃなくて鳥とか動物と会いたくなった時にだけ摘んでやればいいんじゃねえか」

「うん、そうだね。ありがとう」


 よし、苦笑が微笑みに変わった。合わせ技でとどめだ。

 俺はこれまで隠し持っていたティナ用の決戦兵器を取り出す。


「ほら、実は俺もおやつにチョコを持ってきてたんだ。食うか?」

「いいの? じゃあもらおっかな。ジン君も私のホットケーキ食べてね」

「おう」


 まあ正直甘いものはそんなに得意じゃないんだけど、絶対に無理というほどでもない。ここはティナの為に食べるぜ。

 ホットケーキをちぎってもしゃもしゃと食っていると、何だか静かだなと思いラッドとロザリアの方を見た。

 

 やつらはこっちをにやにやにこにこしながら眺めているので、少し目を細めて睨みを利かせながら言う。


「……何だよお前ら」

「いやいや、ジンも中々やるようになったじゃないかと思ってね」

「お上手でしたわよ」

「なっ」


 ちらと目だけでティナを見ると、俺たちをきょとんとした表情で眺めながら口元を忙しそうに動かしている。

 おやつに夢中なティナ……いいな。


「うるせえ、無駄口叩いてないでお前らもさっさと食え」

「やれやれ、仕方ないね」


 うざったい感じで肩をすくめながらラッドがそう言った。今に見てろよ、ムコウノ山にいる間にからかってやるからな。

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