ドワーフの長を探せ
「で、これからどうしたらいいんだ?」
昨晩は旅の疲れもあって早々に眠りにつき、翌朝。
朝食ついでの作戦会議としゃれこんだものの、次にどこにいけばいいかわからないことに気付いてしまった。
俺の言葉を受け、ティナが小動物のようにちびちびと飯を食いながら応える。
「今回はフォースの時みたいに案内役とかいないもんね……」
「エリスに何かしら頼んでくればよかったかもな」
そう言いながらエアさん何か知りませんかとばかりに視線を送ってみる。ふるふると首を横に振られてしまった。
自分で何とかしろ、もしくは私が手を貸すことは出来ん、ってとこか。
まあエアは追放扱いも受けてない普通の精霊で、何か出過ぎた真似をすれば普通に上司やゼウスから叱咤を受けるだろうからな。
こうして人間たちと触れ合えているのも、俺とティナの監視任務をするに当たっての特別権限といったところだと思う。
そこでお上品にフォークとナイフなんぞを使って飯を食いながら、ラッドが話しかけてきた。
「フォースの時はどういう風に案内されたんだい?」
「まず長老のところに行って、そこからめっちゃ強いおっさんを紹介されて、ティナが訓練みたいなのを受けてから『試練の迷宮』に入ったな」
「めっちゃ強いおっさんだと?」
なぜかそこでエアが会話に入ってきた。
最初に「コンタクト」で会話した時こそお堅いやつだなって印象だったこいつだけど、今は希少種のモンスターくらいに思っている。
「そこに反応すんじゃねえよ。話がややこしくなるだろうが」
「いや、そこは僕も気になるところだね」
「おいおい」
「私も気になりますわ」
「ロザリアまで!?」
「あ、あの、じゃあ私も……」
「ティナエル!? じゃなくてティナ!?」
恐る恐る手をあげてそう言ったティナの頬はほんのりと赤く染まっている。ティナまでのってきたとなると話さないわけにもいかないか……。
ハジメ村に新居を構えるとなるとどれくらい金がかかるのかな、と考えながらレイナルドをみんなに紹介した。
槍使いであること、口数が腹の満腹度に比例すること。
奥さんが何年か前に亡くなっていること、娘はすでに里を出ていること。
一通り聞き終えたラッドが腕を組み、神妙な面持ちで口を開いた。
「なるほど。そのレイナルドさんというのがどんな方なのかは大体わかった。それで、どんな経緯で案内役に選ばれたのかはわかっているのかい?」
「え、レイナルドの話を膨らませていく方向なの?」
そう聞き返すと、ラッドは薄く笑って肩をすくめる。ぶっ飛ばしたい。
そこにうまく頃合いを見計らってロザリアが割って入る。
「話を戻すようですが、今回も同じように長老様というか、この里で一番偉い方を訪ねるのがいいのではないでしょうか」
「まあ、そうなるよな」
実際何もわからない今は他にどうすることもできない。他の面々を見渡しても異論はないみたいだ。
俺は勢いよく膝をばしっと叩いてから口を開く。
「よし、とりあえず里の長に会いに行ってみるか」
「ちょっと待て」
立ち上がる俺たちを座ったまま声だけで引き留めるエア。視線で続きを促すと、無表情のまま切れ長の目をこちらに向けて口を開いた。
「私は一緒に行動できない。お前たちを見送った後は別行動をとらせてもらう」
「お、おう」
エアはもう俺たちとパーティーでも組んでいるつもりらしい。
いや、もちろん俺はそれでも構わないんだけどさ。だったらもうちょっとムコウノ山や不死鳥についてちゃんと聞いておけばよかったな。
まあエアの方から言ってこないってことはまだ知る必要がなかったり教えることを許可されてなかったりするんだろう。
酒場分の会計を済ませるついでに、お姉さんにこの里の長について尋ねた。
「ここの長ってのはどこに行けば会えるんだ?」
「中央広場から北側に行ったところが職人が集まって住む区画になってるわ。今の時間帯なら家にいると思うけど……」
「長は職人なのか」
「あら、知らない? ドワーフたちは職人気質で荒っぽいから、職人の中で一番腕の立つ人が代々長をやっているのよ」
「ほ~んそりゃ知らなかったな……」
ちらとエアを見ると真顔で鷹揚にうなずいている。いつもとは違う反応なので、精霊の中でも常識というほどの知識でもないらしい。
視線をお姉さんに戻してから続ける。
「じゃあこれから行ってみるから、長の家の場所を詳しく教えて欲しいんだけど」
「ごめんね、そこまでは知らないの。オーナーならわかるかな……ちょっと待っててね」
くるりと勢いよく身体の向きを変えてどこかへ移動しようとしたお姉さんを、声だけで引き留めた。
「そこまでしてもらわなくても大丈夫だよ。散策がてらその辺をぶらぶらしてみるからさ」
「そう? ごめんね」
身体の向きを戻して苦笑気味にお姉さんがそう言った。
振り返るとみんなこくこくとうなずいている。とりあえずこれからどうするかの方向性は決まったみたいだな。
「ありがとうお姉さん。それじゃ行ってくるぜ」
「は~い。いってらっしゃい」
ふんわりとした雰囲気と口調でふんわりと手を振るお姉さんに見送られながら、宿屋を後にした。
外に出て大通りを歩きながら、さっきのお姉さんの言葉を頭の中で反芻する。
は~い。いってらっしゃい……。結婚したら俺が家を出る時にティナもそう言ってくれるんだろうか。
もしティナにいってらっしゃいなんて言われてしまったら、一体どこに行ってしまうのかわかんねえな。
そんなことをぼーっと考えながら街の南側から北側へと向かっていると、何やら広場が見えてきた。
公園みたいなのどかな雰囲気で、樹々が外周に沿って長方形に植え付けられている。でも、その中央にはなぜか薪を四角形が何個も積み重なるようにくべたものが置いてあった。
よく大勢のパーティーが一度に野営をするような広い野営地で焚火をする時にも使われているものと恐らくは同じだ。
それを突っ立ったまま眺めていると、ティナが横に並んで同じようにしながら口を開いた。
「これキャンプファイアーだよね? なんでこんなとこにあるんだろ。ここで野営とかするのかな」
なるほどキャンプファイアーっていうのね、覚えておこう。
ティナの言う通り野営地には見えないこの広場にキャンプファイアーがあるのは不自然だけど、今は考えてもわからない。
北の方向を指差しながら返事をした。
「長ってのに会えたらついでに聞いてみるか。ほら、行こうぜ」
「うん」
北の区画に差し掛かると街並みは少しずつ変化していく。
建物や路面などあちこちに汚れが目立つようになり、そこかしこから金属と金属のぶつかる音やらが聞こえる。
人通りはそんなに多くない。恐らくはみんな家で金属と金属をぶつけているからだろう。
後ろでロザリアと並んで歩いていたラッドが口を開いた。
「宿のお姉さんも言っていた通り、いかにも職人の家が集まっている区画という感じだね。物を作るための工房なんかもあるんだろう」
「この音は工房から出ているものですのね。さすがはラッド様ですわ」
「ありがとう、ロザリア。君にそう言ってもらえるだけで空も飛べる気がするよ」
珍しく普通に褒められたラッドは気分がよくなり過ぎて鳥になったらしい。
俺もティナに褒められてえなとか思っていると、そのティナが顎に人差し指を当てて辺りを見渡しながら言う。
「でも、やっぱりどうやって長さんの家を探せばいいのかわからないね」
「割と似たような建物ばっかだしな。やっぱり適当に散歩したら帰るか」
それから、半分は観光のような気分できょろきょろと街並みを観察しながら歩いていたその時。俺たちの目の前を一人のドワーフが通りかかった。
振り返り、控えめにそいつを親指で示しながら口を開く。
「あいつに聞いてみようぜ」
「じゃあ私が行くね」
「ああ、まあティナがロザリアがいいだろうな。頼んだ」
何かものを人に尋ねるとき、ティナが嫌がられるのを見たことがない。
ロザリアも何だかんだでラッド以外には人当たりもいいからな。
俺たちが少し後ろで離れて見守る中、ティナがドワーフに尋ねた。
「すいません。この里で一番偉い人の家を探してるんですけど……どこにあるかご存知ないですか?」
ドワーフはティナの方を振り向き、威嚇するような声を出した。
「ああ? 何だてめえは」
「え、えと、ティナ=ランバートです……」
身を引いて一歩後ずさるティナ。ちょっと怖がっている感じだ。
やろうティナをびびらせやがって……と歩き出そうとしたところでラッドに肩を掴まれた。
振り向くと俺と目を合わせてから首を横に振る。どうやら手は出さずに静観しろということらしい。
ドワーフは喧嘩腰で、ティナを責めるかのように言葉を吐き出していく。
「てめえ俺がそんな気安く人の頼みごとを聞くようにでも見えんのか?」
「あの、ごっ、ごめんなさ」
「いいよ」
「えっ?」
怯えた様子で謝ろうとしたティナは、思わぬ一言をもらって口を半開きにしたまま驚いて固まっている。
「ボスの家まで連れてってやる。さっさとついてきな!」
「えっ? あっ、ありがとうございます!」
どすどすと力強く行進を始めたドワーフ。ティナはこちらを振り返りつつ、急いでそれを追っていく。
俺たちは顔を見合わせ、肩をすくめてからそれに続いた。
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