エリスと演劇 後
街中へと続く橋の上を歩きながらエリスに尋ねてみる。
「で、結局どの劇場に観に行くんだ?」
よくは知らないけど、ここミツメには劇場みたいな建物は何か所かあるはずだ。同じ場所に密集しているというわけでもないので、今のうちからどの方面にある劇場に観に行くかは聞いておいた方がいい。
「オリオン座よ」
「ほ~ん」
まあ、聞いても全然わからないんだけどな。
適当な返事に対して頭上から鋭い指摘の声が飛んできた。
「あんた絶対にわかってないでしょ。オリオン座には行ったことあるの?」
「ない。そもそも劇場にすら行ったことねえし。トチュウノ町で観た時も本来は集会とかに使われる建物を演劇用に改造したものだったもんな? ティナ」
「うん。それまで演劇は観たことなかったし、私も劇場に行くのは今日が初めてかな」
「…………」
ふっふっふ。あえてティナに会話を振ることで俺をいじれなくするぜ作戦は成功したみたいだ。
エリスは劇場に行ったことのない俺を小馬鹿にしたかったんだろうけど、ティナも同じとなればそうもいくまい。
静かなる抗議のぺちんぺちんを頭部に感じながら、俺は心の中でほくそ笑んだ。
相も変わらず街中ではエリスへの歓声が止むことはない。
今日はそれに加えて勇者も一緒なので、道中たくさんの住民に話しかけられたりして劇場まで歩いていくのは思いのほか大変だった。
オリオン座に到着して受付に行くと、エリスの姿を見るなりすぐに案内役の人が出てきて予約した席まで通してくれた。
一階は片側が舞台、片側が客席になっている。そして建物の外周に沿うように設けられた通路みたいな客席が四階まであった。
エリスが予約してくれた席は、三階の、舞台から見て真正面にあたるところだった。どうやらかなりいい席らしく、周りには高そうな服や装備を身につけたやつらが不思議そうな視線をこちらに向けている。
エリスやティナはともかく、俺に対してこいつ誰だみたいな感じだろう。
エリスを挟んで右に俺、左にティナという順番で座ってから尋ねた。
「お前いつもこんないい感じの席で観てんのか?」
「そうよ」
「ほーん」
特に自慢というわけでもないらしく、つまらなそうな表情でさも当然のように言い放つエリス。
その横で、ティナが恐る恐るといった様子で周囲を見渡しながらつぶやく。
「な、なんかすごい偉い人になった気分だね……」
庶民派勇者のことだから、私がここにいて本当にいいのかな……みたいな気分になっているのかもしれない。
そんなティナの方を向いてエリスがいつもの生意気な感じで口を開く。
「何言ってるのよ。あなたは勇者で私は王女よ。これからもこうやって二人で色んなところにお出かけするんだから、びびらないでよね」
そこまで言ってふふん、と勝気に微笑むエリス。
「ふふっ、そうだね。よろしくねエリスちゃん」
「なっ、なによ」
だけどティナに頭を撫でられて、その微笑みは照れくさそうに赤らむ仏頂面へと変化した。
そんな二人を黙って見守っていると、やがて劇が始まる。
最初に一人の少年が舞台に出てくると観客が静まり返った。次にその反対側から普通のおっさんが出てくる。
おっさんは衛兵という設定なのにぼろぼろの服を着ていて、衛兵というよりは浮浪者とでもいった方が正しいような風貌をしていた。
少しの間があった後、おっさんが両腕を広げながら声をはりあげた。
「おおロミオ! あなたはなぜロミオなのか!」
「お父さんにそう名前をつけてもらったから」
「ちょっと待て」
ティナには聞こえないよう、声を潜めてエリスにそう話しかけた。エリスがうるさいわねとでも言わんばかりに不機嫌そうな顔でこちらを振り向く。
「なに? 劇が始まったんだから話しかけてくるんじゃないわよ」
「なんでよりによって演目がこれなんだよ」
「『ロミオと衛兵』のこと?」
「おう」
たった今目の前で始まった「ロミオと衛兵」という演目は、俺とティナがトチュウノ町でも観たものだ。
端的に言えば微妙なので二度と観ることはないと思っていたのに。
「なんでって……ティナがすごいおすすめだって言うからよ」
「ああ」
うん。ティナはラストのシーンで感動して涙まで流してたもんな……。
感受性豊かなティナ……いいな。
あの時、俺はティナに二度目の恋をしたんだったよなとか思い出していると、眉をひそめながらエリスが聞いてくる。
「なに? なにか問題でもあるの?」
「いやなんでもない。話しかけて悪かったな」
「? 別にいいけど」
エリスは首を傾げながらも舞台のある正面へと向き直った。
そして数分後。「ロミオと衛兵」がどんな劇なのかをおおよそ察した様子のエリスが、俺の方に少し身を寄せながら話しかけてきた。
「ちょっと、これ本当にティナがおすすめしてきたやつなの?」
「間違いねえよ。俺と一緒に観たやつだしな」
「そ、そう……」
そう言って元の位置に身体を戻そうとするエリスを引き留めるように、やはり声を潜めて話しかける。
「まあ、正直微妙だろ」
「ま、まだわかんないでしょ。最後のシーンになるまでは」
「そうかい」
一旦会話が途切れてお互いに劇を黙って観ていたものの、やはりお気には召さなかったらしい。
やがて飽きてしまった様子のエリスが俺に話しかけてきた。
「ねえねえ、それでフォースに行ってる間に何かあった?」
「いっぱいあったにきまってんだろ。もう色々と話したじゃねえか」
伝説の武器を入手する旅で起きたことは、土産話としてほとんどのことはエリスに聞かせてある。
だけど俺の言葉に、エリスは少し不機嫌そうな表情になって答えた。
「察しが悪いわねえ。そういうことじゃなくて、ティナと何か進展はなかったのかって聞いてんのよ」
「なっ、なんでそんなこと聞くんだよ」
「…………」
まさかこんなところで来るとは思ってなかった質問に言葉を詰まらせながらも返答すると、エリスはなぜか俯いて口を閉ざした。
急かすこともなく黙ってその横顔を眺めていると、やがてこちらに顔は向けないままぼそぼそとつぶやきだす。
「あんたとティナが……くっついてくれたらいいなって」
「…………」
今度は俺が黙ってしまった。
そんなの言われなくてもくっつきたいわというのはさておき、エリスの言葉の真意をはかりかねたからだ。
意味が全くわからないんじゃなくて、いくつか答えとして可能性のある選択肢のうち、どれが正解なのかわからないという感じ。
結果として何も言えず固まってしまっていると、エリスは慌てて何やら言い訳をし始めた。
「かっ、勘違いするんじゃないわよ。あんたがずっといれば移動するときに疲れないし。ティナがいてくれるんなら、側に置いてやってもいいかなってだけだから」
「そうかい」
こいつはわかりやすいので、言葉の意味はよくわからんけど照れているというのはわかった。だからからかうようにそう言ってやると、エリスはこちらを鋭く睨みつけながら口を開く。
「なによ? なにか言いたいことでもあるわけ?」
「別に」
わざとらしく顔を背けて、またからかうようにそう言ってやった。
隣からはまだ何かうめき声が聞こえるものの、そこからはあまり会話をすることもなく、黙って演劇を楽しんだ。相変わらず微妙な劇だったけど。
やがて劇は最後の場面に差し掛かる。ティナが最初観た時に号泣したやつだ。
正直ティナが感動して泣くところをもう一度見てみたいというのがあったから楽しみにしてたんだけど、いざ劇が終わってみるとティナはびっくりするくらいにけろっとしていた。それよりも。
「うぅっ……えぐっ……ひぐっ……」
ま、まじかこいつ……。
途中の時点ではつまらなそうにしていたエリスがまさかの号泣を見せていた。
「ロミオ君、ちゃんと家に帰れてよかったよね」
「うんっ……ひくっ……」
どうやらロミオが家に帰れるところに感動できる点があるらしい。正直俺にはついていけない世界だ。
とはいえついていけないだけで、ティナがそう言うならそうなんだろう。
ハンカチでエリスの涙を拭い、時折優しく頭を撫でてやっているティナを眺めながら、さすがに次は別の劇を観に行きてえなとか考えていた。
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