王国を追放された勇者パーティーはトチュウノ町へと向かう
ティナが勇者として正式に認められてから、しばらくはクエストに行ったり買い物に行ったりして冒険者っぽい生活を満喫していた。
そんなある日、俺たちが玉座の間に呼び出された時のことだ。
「この国から出ていけ」
偉そうにふんぞり帰る国王から、突然の国外退去命令が発せられてしまう。
俺は思わず不満をぶつけた。
「朝から呼び出されたと思ったら急になんなんだよ」
「お主らがおったらエリスちゃんが全然わしに構ってくれんのじゃもん」
「完全に自分の都合じゃねえか」
国王はしれっとした感じで目線を逸らし、口笛を吹き始める。「爆裂剣」で城ごと吹き飛ばしてやろうか。
ちなみに呼び出されたのは晴れて勇者パーティーとなった俺、ティナ、ラッド、ロザリアの四人だ。
空いた口が塞がらない様子の他三人を置き去りにして国王は話を続けた。
「というのは一割だけ冗談でじゃな。お前らにはエルフの里フォースに行って来てもらおうと思っておる」
「エルフの里……ですか」
何とか気を取り直して口を開いたティナの言葉に、国王は一つ頷いてから説明を始める。
「うむ。あそこには勇者にしか使えんと言われる伝説の武器の眠る遺跡があるからの。魔王討伐に当たって必要になるものじゃから、早めに行っておいた方がよかろう」
「勇者にしか使えない武器……本当に私に使えるんでしょうか」
少し自信なさげな表情で言うティナに国王は胸を張って答えた。
「お主はエリスちゃんが認めた勇者なんじゃからもっと自信を持ちなさい」
エリスの影響力がでかすぎる。国王はもっと自信を無くした方がいいな。
ま、ティナを励ましてくれたのはナイスだ。
会話が途切れたところで、そろそろここから去ろうと口を開いた。
「そういうことならちょっくら行ってくるぜ」
「フォースにはこちらから話を通しておく。いけば歓迎してもらえるじゃろう。あとここからが本題なのじゃが……」
まだ何かあるのかと、全員が静寂の中で国王に視線を集中させる。
すると国王は一つ咳ばらいをしてから勢いよく語り出した。
「しばらくは帰ってこんでいいぞ。これでわしがエリスちゃんを独り占めじゃあ!ガッハッハッハッハ!」
「それじゃ行こっか」
もはやティナにすら流される国王。
踵を返して去っていくティナの後を追うようにして玉座の間を後にする。
そんな俺たちの背後では、いつまでも国王の笑い声が響いていた。
廊下を歩きながらティナに話しかける。
「エリスのやつ、何て言うかな」
「うん。かわいそうだけど、連れて行くわけにもいかないしね」
どれだけの旅になるかはわからないけど、まさか一日二日で帰ってこられるはずもないだろう。
そうなると心配になるのはエリスが、ティナにしばらく会えない寂しさから拗ねたりすることだった。
こっそり出て行こうものなら帰ってきた時が色々と怖いし、かと言って話すとぐずりそうだ。それくらいエリスはティナに懐いている。
だからまずはエリス問題を済ませるべく、旅の準備をするより先にちびっこ王女の部屋へと向かうことにした。
すると俺たちの会話を聞いていたラッドが自信満々な様子で口を開く。
「ふっ、大丈夫さ。この僕に全て任せてくれたまえ」
「またそれかよ。お前は何隻大船を沈めりゃ気が済むんだ」
「中々うまい返しだね」
ふっ、と前髪をかきあげるラッド。
その様子を見ていたロザリアが会話に入ってくる。
「ラッド様。私たちに出来ることはティナちゃんの説得を見守ることだけですわ」
「なるほど、たしかにロザリアの言う通りだ」
言外に何もしないほうがいいのではと笑顔で告げられるも、ラッドはさして気にした様子もなくそう答えた。
というか意味に気付いていないだけか。幸せなやつだ。
そうこうしている内に、エリスの部屋にたどりつく。
扉を叩くところから全てティナに委ねることにした。下手に俺たちが手を出すよりもそちらの方がいいだろうという判断だ。
これから俺たちが出来るのは、ただティナとエリスを見守ることだけ。
ティナが扉を叩くとすぐにエリスが出てきた。
一瞬ぱぁっと笑顔になるも、俺たちを見るや咳ばらいを一つしてからきりっと表情を引き締め、口を開く。
「どうしたの? 朝ご飯にはまだちょっと早い時間だけど」
「あのねエリスちゃん、私たちお出かけしなきゃいけなくなっちゃったの」
「えっ……」
膝を折り目線を合わせて話すティナの言葉に、一瞬何を言われたのかわからないといった表情を見せるエリスは、そのまま少し目を潤ませながら口を開いた。
「どれくらい?」
旅の期間を聞いているのだろう。ティナは人差し指を顎に当てて、少し首を傾げながら答える。
「う~ん、はっきりどれぐらいとはわからないかな。ごめんね」
「どっ、どこまで行くのよ」
「エルフの里フォースだよ」
「エルフの里……」
それを聞いて、どれくらい時間がかかるか見当がつくのだろうか。
エリスは俯いてきゅっと両拳を強く握ると、顔を上げて意を決したように口を開く。
「わっ、私も連れて行きなさい」
「だめだよ。エリスちゃんはこの国の王女様でしょ?」
「そうだけどっ」
「エリスちゃんがいないとこの国はどうにもならないんだから。ね?」
ティナが穏やかな微笑みに優しい声音で割とひどいことを言っている。
でも事実だ。エリスの言うことで国が動くわ、国王もそれを放置するわ、国民からの人気は絶大だわでもうこの国はエリスなしでは成り立たない。
何も言い返せず涙目で俯くエリスに、ティナはもう一度柔らかく声をかけた。
「頑張って早めに帰って来るから。だからいい子にして待っててくれる?」
すると少し間があった後、くしゃっと顔を歪めながらエリスはティナに突進していった。
それを受けとめて背中に手を回し、頭を撫でながら俺たちの方を向くと、ティナがうなずく。もう大丈夫、ということらしい。
「本当によく懐いたよなあ。さすがはティナだぜ」
気の抜けてしまった俺がそう言うと、途端にエリスが涙を拭いながら顔をあげ、こちらをきっと睨みつけながら口を開いた。
「あんたは帰って来なくていいから」
「何言ってんだ。ティナが帰って来るなら俺も帰って来るに決まってるだろ」
「ふ~ん。ま、どうでもいいけど!」
ラッドとロザリアはそんな俺たちを穏やかな表情で見守っている。
しばらくしてエリスが落ち着くと、ティナが膝を伸ばして俺たちの方を振り返った。
「それじゃ、部屋に戻って準備だね」
「ああ」
そうして俺たちは各自部屋に戻ると、手早く旅の支度を済ませて城を出た。
「勇者一行ご出立!」「女神ティナ万歳!」
「ティナ最高!」「早く帰ってきてください!」
「ジン死ね!」「地獄におちろ!」
ティナを激励するどさくさにまぎれた俺への罵声を聞きながら、王城の前にかかる橋の上を歩く。
城門で兵士たちが送り出してくれたんだけど、あいつらは日頃俺がエリスを肩車しているのがどうにも気にくわないらしい。
まあ、エリスもあんな狂信者たちに肩車してもらいたくはないだろう。
とりあえず帰ったら全員しばくことを心に誓っていると、ラッドが後ろから話しかけてきた。
「はっはっは、ジンも嫌われたものだねえ」
「ただのひがみだろ、ていうかそもそもそんなにエリスに懐かれてねえし」
「どうだかね」
何か含みのありそうなことを言いながらラッドが肩をすくめた。
横にいるティナと、その後ろにいるロザリアも俺を見て微笑んでいる。
首を傾げながら橋を渡り切って街中に出た。
今はもう昼前で、太陽も遠慮なく人々に陽射しを浴びせている。
横を歩くティナは俺に道を確認することもなく、しっかりと前を見据えていた。
「おっ、勇者様じゃねえか」「こっち向いて~」
「これからお出かけかい?」「サインください!」
すっかり市民にも顔を知られ、どこからか声が飛んでくることも増えた。
さすがにこっちはティナもまだ慣れないようで、いつも対応に困っている。
今のところちょっと恥ずかしそうに手を振るというのが一番多いみたいだ。
対応が一段落した頃合いを見計らって話しかける。
「すっかり人気者だな」
「そ、そうなのかなぁ」
ティナは少し顔を赤らめて俯きながらそう返してくれた。
少し間があって、ラッドが後ろから話しかけてくる。
「しかし今回はすまないね。エルフの里まで一緒に行けなくて」
「家の事情ってんじゃしょうがねえよ」
「でも、二人と離れ離れになるのはちょっと寂しいかも」
「ふふ、私もティナちゃんやジン君としばらく会えないと思うと寂しいですわ」
「ロザリアちゃん!」
そう言ってロザリアに抱きつくティナ。
勢いで俺もティナに抱きつきそうになるのを懸命にこらえた。
実は今回、ラッドとロザリアはエルフの里には同行しない。
勇者パーティーの一員として認められたことを実家に報告しに帰るためだ。
それに何やらお金の話もするみたいだけど、深くは聞いてない。
エルフの里に行くにはトチュウノ町という町を必ず通るんだけど、方角は同じなのでそこまでは一緒に行くことにした。
「ひとまず、今回もよろしく頼むよ」
「ああ」
そう言って俺とラッドは互いの手のひらを軽くぶつけあった。
街の出入り口に向かって歩いていると見覚えのある食料品店の前を通りがかる。
何だったかなと考えてすぐに思い至り、店を指差しながら口を開いた。
「ここ、エリス御用達の店じゃなかったかな」
「へえ~そうなんだ。おいしいのかな?」
ティナが興味津々といった様子で店を眺めている。
「さあ、よくわかんねえ。入ってみるか?」
「おやつ買ってなかったし、ちょうどいいかも」
「僕らも別に構わないよ」
満場一致のようなので入ってみることにした。
扉を開けて中に入ると、穏やかな声が出迎えてくれる。
「いらっしゃいませ。あら、勇者様方」
カウンターにいるのはあの時と同じおばちゃんだ。
すかさずティナが話しかけていった。
「こんにちは。おやつを買いに来たんですけど、おすすめはありますか?」
「そうね。今ならこっちが焼きたてでおいしいわよ」
おばちゃんはエリスにしたのと同じように、わざわざカウンターから出て来て案内してくれた。
ティナはそれを聞きながら、何やらロザリアときゃっきゃうふふしつつおやつを選んでいる。
楽しそうにおやつを選ぶティナ……いいな。
少し待っていると選び終わったらしく、女子二人がカウンターに向かった。
ちなみに俺もラッドもおやつには興味がないので、ずっと入り口付近で待ちぼうけている。
会計が終わると、おばちゃんは丁寧過ぎない一礼をしてから言った。
「ありがとうね、また来てね」
店を出ると、一番最初に口を開いたのはティナだった。
「優しそうなおばちゃんだったね」
「ああ」
そう返事をしながらエリスの顔を思い浮かべる。
帰って来たらまた遊んでやろうなんて考えながら街の出口へと向かった。
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