戦いの後で

 巻き髪サキュバスをぶっ飛ばした俺はそのまま裏の山道に降りた。

 それからアグニが適当に降ろしたエリスを回収して、今は急ぎ表の山道に回り込んでいる最中だ。

 

 山頂は周囲が崖になっていたから、表の山道以外から俺が現れればさすがに不自然だろう。

 走っていると頭上からエリスがぶーぶー文句を垂れてくる。


「全く! 一瞬とはいえ私を放置すんじゃないわよ。ジバクイワとかいうのに囲まれたらどうするつもりだったの」

「この辺にゃいねえはずだし大丈夫だろ」

「何でそんなことがわかるのよ」


 まず「レーダー」に反応が見られなかったし、俺がエリスの元を離れている間に移動してくる可能性も低かった。


 一通り戦闘が終わって思い返してみれば、この山の裏側は炎竜の庭みたいなものだったんだろう。

 ジバクイワが俺たちですら滅多に使わない、と言っていたことからも、動物はともかくモンスターは怖がってあまり足を踏み入れていないはずだ。


 と、そんなモンスターから聞いた話をエリスにするわけにもいかない。


「何だろ、まあ冒険者の勘ってやつだ」

「ふ~ん。じゃああんたは勘で私を放置したってわけね」

「はいはい悪かった、悪かった。後で何か奢ってやるよ」

「何を? 大体のものなら自分で手に入れられるけど」

「そういやそうだったな……」


 このちびっこ、ラッドやロザリアよりも金持ってんだよな。

 ていうか冒険者と比べるのがそもそもの間違いか。

 そんなことを考えていると、またエリスが口を開く。


「ところで、さっき魔王様がどうとか言ってたけど。実際のところあの女は何だったの? あれ人間じゃないでしょ」

「…………」


 まあ角やら翼やら生えてるし強力な呪文使うし。

 言い逃れをするには色々と無理があるわな。さてどうしよ。


「いや~何だったんだろうな。俺も初めて会ったやつだからよくわかんねえんだよなはっはっは」

「それに、ステータス高いとは思ってたけどあの足の速さは異常よ。あんな強そうなドラゴンも倒しちゃうし、あんた一体何者なの?」

「…………」


 エリスが疑問に思うのも当然のことばかりだ。

 だけど今回はしょうがないだろ。さすがにあの状況じゃ逃げられないし、戦うなら手加減できる相手でもない。


「ねえ、何とか言いなさいよ」

「悪いけど話せねえんだ。消されちまうから」

「困ったらすぐそれ言うわよね、あんた。一体何に追われてんのよ」


 もう正直にこう言うしかない。

 実際のところ天界側には俺の正体がばれかけていることは伝わってるだろうし、オブザーバーズの隊員あたりがエリスに張り付いているだろう。


 本当にエリスが秘密を誰かに喋った場合、ゼウスは俺を消すよりもエリスと秘密を知る者全員の記憶を消すという選択肢を取ると思う。

 あのジジイはああ見えて中々見どころのあるやつで、人であろうと精霊であろうと極力存在そのものまでは消したがらないからだ。


 結局のところ、秘密を喋らないのはどちらかと言えばエリス自身の為と言った方が正しい。

 俺もこいつが記憶を消されるのはいい気分じゃないし、極力そうならないように言うことは聞いてやろうと思う。


 とにかく、こいつが秘密を誰かに喋らないように気を回さないとな。


「家来、だっけ? それでいいからよ。頼むよ、な?」

「……ふん、まあいいわ。あんたみたいなのが側にいれば色々と便利そうだしね」

「ありがとよ。話のわかるやつで助かるぜ」

「本当、どんだけ私に借りを作る気よ」


 交渉は成立したらしく、そこで会話は終了。

 それからまたしばらく走るとようやく頂上が見えてきた。

 斜面の終わりが見えたところで俺は速度を落とす。


 大分時間がかかっちまったけどティナたち大丈夫かな、と内心で少し緊張しながら頂上に到着した。

 俺の心配は的中する。そこで見たものは横たわるロザリアとそれを抱きかかえるラッド、そして二人を近くで呆然と見守るティナの姿だった。


「ロザリア! ロザリア! 目を、目を開けておくれ!」


 ラッドが今にも泣き出しそうな表情でロザリアの身体を揺らしながら叫ぶ。

 すると、ティナがぽつりと言葉を漏らす。


「嘘……ロザリアちゃん、嘘よ……」


 そしてロザリアの側に歩み寄ると、その身体に顔を埋めた。

 いやいやをするように首を振りながらティナは叫んだ。


「ごめん、ごめんねロザリアちゃん私のせいで!」

「ティナ。君のせいじゃない、これは僕のせいだ。僕があの時攻撃を受けていなければこんな悲劇は起きなかったんだ!」


 ロザリアを抱きかかえるラッドの手は震えている。

 その光景をただ眺めることしかできず、俺とエリスは頂上の入り口で立ち尽くしたまま動けなかった。


 くそっ、手遅れだったのか? 俺がもっと早く来ていれば……!

 自分の力の足りなさを悔いていると、ロザリアがゆっくりと目を開けた。


「ラッド様……ティナちゃん……」

「ロザリア!」

「ロザリアちゃん!」


 ロザリアは震える声でわずかな力を振り絞り、言葉を紡いでいく。


「私、幸せですわ。大好きな二人に最後を看取っていただけて……」

「最後なんて言わないでおくれ!」

「そうだよロザリアちゃん! 頑張って! また一緒にお買い物行こうよ!」

「ふふ、ありがとうティナちゃん」

「もう喋っちゃだめだ! さあ、帰ろう!」


 そう言ってラッドがお姫様だっこをしようとすると、ロザリアが小さく首を左右に振ってから口を開いた。


「ラッド様。お願いです、最後に聞いてください……私は、あなた様のことを」


 言葉はそこで途切れてしまう。

 ロザリアの身体から魂が抜けたかのように、ラッドの頬に触れていた手がぽとりと落ちた。


「ロザリア? ロザリア! 嘘だ! 嘘だと言っておくれ!」

「そんな、ロザリアちゃん! ロザリアちゃあん! 『ヒール』!」

「あら。それでは帰りましょうか」


 ロザリアがむくりと身体を起こして微笑んだ。

 俺はもちろんのことラッドも前のめりにこけそうになった。

 エリスも同様だったらしく、俺の肩から地面めがけて飛び込んでいく。


 俺はエリスの足を掴んで肩の上に戻すと、三人の下にずんずんと歩み寄りながら少し怒鳴るように言った。


「お前ら何やってんだよ! 本気で心配しただろうが!」


 三人ともこちらを振り向いてそれぞれに挨拶をしてくる。


「おや、ジンじゃないか」

「あっジン君だ」

「あら、ジン君ではありませんか」


 そこに服についた土を払っていたエリスが遅れてやってくる。


「あんたたち何やってんのよ……」


 すると、ラッドが片膝を地面につけて右手を差し出すという体勢のままでエリスの前に滑り込んで来た。

 器用だなこいつ。膝痛くないのかよ。


「これはエリス様ご機嫌麗しゅう! こんなところまでようこそおいでくださいました! 私は天下の魔法戦士ラッド=クリスティンという者に」

「まあいけませんわラッド様! ラッド様はただちょっと魔法が使える、戦士に毛が生えた程度の存在でございますのに!」


 毛が生えたどころか、つまるところそれはただの戦士だ。

 人間はレベルが上がれば職業に関係なく何かしらの魔法を覚えるからな。

 何を覚えるかが人によって違うというだけで。


 しかし相変わらずロザリアがラッドに対して辛辣なので俺は言わないでおいてやろう。

 そう思っていると呆れた顔でエリスが口を開く。


「それはただの戦士じゃないのよ」

「おいエリスやめろ、それは言ったらだめなやつだ」

「命令すんな」


 すると驚いたようにラッドが顔をあげて俺の方を見た。


「おいおいジン、だめじゃないか。エリス様にはきちんと敬語を使いたまえ」

「構わないわ。あんたらもこいつの仲間なんだったら、その……敬語とか、使わなくていいから」


 「その……」の辺りでエリスはそっぽを向いてしまい表情がわからない。

 まあ大体わかるけどな。素直じゃないちびっこだぜ。

 今日一緒に冒険したおかげでこいつの性格を少しはわかってきたつもりだ。


 俺はエリスの頭にぽんと手を置いてから言った。


「ま、そういうわけだからみんなもエリスと仲良くしてやってくれよな」

「調子に乗んなばか!」


 相変わらずな剣幕で俺の手を払いのけるエリス。


 俺たちのやり取りを見て呆然とするラッドを差し置いて、次にティナがエリスの前に出てきた。

 膝を屈めて目線の高さを合わせて話しかける。


「ふふ、ティナです。エリスちゃん、よろしくね」

「…………よろしく」


 エリスのやつ照れてやがる。

 さすがはティナ、包容力が違うぜ! そのまま俺を抱擁してくれ!


「ロザリアです、よろしくお願いします」

「よろしく頼むわ」


 挨拶も一段落したところで、聞きたかったことを聞いてみる。


「それでさっきのって何だったんだ?」

「さっきの?」


 ティナが首を傾げながら聞き返してきた。


「いや、ロザリアが死んだふりみたいなのしてただろ。見たところラッドも演技じゃなかったみたいだけど」

「そうだよ。やめておくれ、僕は本気でロザリアが死んだのかと思ったよ」

「死んだふりじゃありませんわ。私ももう本当にだめかと思っておりました」


 ロザリアのまさかの発言。

 一体どういうことなのかと全員の視線がティナに集まる。


「ほら、ラッド君とロザリアちゃんが悲劇の英雄ごっこってのしてたじゃない? またあれをやってるのかなーと思って私も乗ってみたんだけど」

「私は本当にHPがなくなる寸前で、ティナちゃんが回復魔法を持っているのを知りませんでしたから、危うく本当に力尽きるところでしたわ」

「えっ!? そうだったの!? 何だかごめんね……」


 つまりあれはティナ一人の仕業だったと。まあそれならいいか。


 ティナが必死に謝り、ラッドとロザリアが笑い出す。

 そんな光景を腕を組みながら見守る。

 ふと顔を上げると、炎竜たちが気持ちよさそうに彼方の空を泳いでいるのが目に入った。

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