ワールドオブザーバーズ副隊長、グレイス

 どうやら女の子二人はまだ話し足りないらしく、後日一緒に買い物に行く約束をしていた。

 ちくしょう、ロザリアのやつ羨まし過ぎる。


 勇者選定まではまだ日があるので、それまでに一度クエストにでも行こうという話をつけて今日のところは解散。


「それじゃあまた後日、詳しくはティナから聞けばいいよ」

「ああ、よろしくな」


 帰り際にラッドとそんな風に挨拶を交わした。


「ロザリアちゃん、また明日」

「ふふふ、美味しいものを食べにいきましょうね」


 女の子二人もそんな風に挨拶を交わしていた。

 明日、か。って事は明日の俺は一人寂しく過ごす羽目に……。

 でもよく考えてみればそんなに悪くない話だ。


 一人っきりになった間に色々と片付けてしまえるからな。

 まずは連絡用に配置されている精霊とコンタクトを取る事だ。

 その為にも道具屋には忘れずに寄って帰らないと。


「宿屋に戻るか」

「うん」


 まだ名残惜しそうなティナに声をかけて宿屋への帰路についた。

 気付けば茜色に染まりつつある空を背景に、相変わらずの人混みの中を縫う様にして歩いて行く。

 

 未だにこの人の多さには慣れねえな。

 途中に道具屋の前を通ったので入ってみた。


「いらっしゃいませ~」


 どこか気の抜けた女性店員の声が出迎える。

 宿屋がそうだったからまさかとは思ったけど。

 ティナが俺の服の裾をくいくいと引っ張りながら話しかけて来た。


「ジン君、あの人……」

「そういう事なんだろうな」


 カウンターには黒のローブのフードから緑色の髪を覗かせた女性店員の姿。

 それはツギノ町でよく通っていた道具屋の店員さんと瓜二つだった。

 宿屋のお姉さんと同じ様にこちらも姉妹とか双子なのだろう。


 もしかして銀行とか倉庫もそうなのか……?

 気にしてもしょうがないので手早く買い物を済ませる事にした。

 今回の目的は地図だけなので特に時間をかける事もない。


 地図をカウンターまで持って行って会計を済ませた後に話しかけてみる。


「あのさ、お姉さんってもしかしてツギノ町に妹がいる……いたりしますか?」

「ええ、妹がいますよ~妹のお友達ですか~?」

「友達じゃないけど、よくあの道具屋を使わせてもらってたから」

「あらあら~それじゃ当店もごひいきにお願いしますね~」

「あ、ああ」


 ツギノ町の妹とはそんなに会話をした事なかったけど、結構見た目通りにふわふわした感じの人だな。

 後ろで待っていたティナのところに戻るとすぐに話しかけて来た。


「聞いてみた?」

「やっぱり姉なんだってさ」

「へえ~じゃあ銀行とか倉庫に行くのも楽しみだね」


 別に……いや、ティナが楽しみって言うんなら楽しみだ。

 どんな事でもワクワクに変えてしまうティナ……いいな。


 道具屋以外は特に寄り道をする事もなく帰った。

 道中にティナから改めて報告を受ける。


「明日はロザリアちゃんとお買い物に行くから一日別行動でもいいかな?」

「おう。楽しんで来いよ」

「ありがとう」


 ティナの方も友達が出来るのは初めてなはずだし、ちょっと寂しいけどこれは歓迎すべき事態だ。

 俺も俺でしっかりと用事を済ませておこう。


 その日は宿では飯を食わず、早々に部屋に引き上げた。

 風呂に入ってティナと少し雑談をしてからいい気分で就寝。

 ……かと思いきや、エアからの通信が入った。


(聞こえるか? エアだぴょん)

(お前そんな感じだったっけ?)

(毎回似たような確認の仕方ではつまらぬと思い少し雰囲気を変えてみたのだが)

(……まあいいんじゃねえの?)


 すでにティナは自分の部屋に引き上げている。

 特に周りを気にする事もなく、ベッドに寝転んだままで会話を続けた。


(道具屋で地図は買って来たか?)

(そう言えばそうだった。ギルドの場所を教えてくれ)


 相変わらず説明が下手なので苦戦したものの、何とか地図に印を付ける事に成功した。

 正直受付のお姉さんに聞いた方が早かった気がしないでもない。


(ギルドについたらグレイスという名前を出せ。こちらからもお前が行く旨は伝えておこう)

(ありがとな)

(わかっているとは思うが、なるべく一人で行け。どうしても女勇者と行かなければならない時はグレイスと何故知り合いかという設定はそちらで考えろ)


 ギルド職員と知り合いだって事を不審に思われないための説明が面倒くさいからという事だろう。

 こういう時はとりあえず親父に登場してもらう事にしている。


(親父の知り合いとかでいいか?)

(向こうにもそう伝えておこう)

(親父は、ティナには死んだ事になってるからそれも伝えておいてくれ)

(何をやっているのだお前は)

(やむをえない事情があったんだよ)

(まあいい。他に用事がなければ俺は失礼する)

(ちょっと待ってくれ)


 何かなかったかなと宙に視線を躍らせて考え込む。

 聞きたい事、聞きたい事、……あった。


(勇者選定ってイベントの話は知ってるか?)

(こちらでも把握はしている。詳細は知らないがな)

(じゃあグランドクエストじゃないってことか)

(そうだ。優勝しておいた方が望ましいとは思うが)

(どういう事だよ)

(あくまで個人的な意見だが、王家に勇者として認められた方が何かと都合よく話が進められるだろう。援助も期待出来ることだしな)

(そりゃあそうだけどよ)

(まあ今回は精霊だとバレない程度であれば過干渉をしても大丈夫なのだ。やれるだけやってみたらいいだろう)

(言われなくてもそうするさ、ティナの為になる事ならな)


 そこでふと疑問に思った事を聞いてみる。


(ていうかよ、そもそも何で勇者を選定しようとしてんだ? 勇者なんてティナしかいねえだろ)

(人間たちはどういう存在が勇者なのかということを知らないからな。「光輝く剣を使いし者」が勇者として伝わってはいるようだが、それも伝説の武器と勘違いしている……いや、あながち勘違いでもないのだが)

(ふ~んよくわかんねえけどまあそれはまた今度でいいや。あとさ、もし別のやつが勇者として認められちまったらどうするんだ?)

(関係ない。どの人間が認められようともティナ以外は勇者ではないし勇者専用スキルも使えないのだから)

(でも色々とやりにくくはなるだろ)

(そうだな。だから勇者選定で勇者だと認められるように出来る限りサポートしてやればいい)

(言われなくたってそうするよ)

(うむ。それでは他に用事が無ければ失礼する)

(おう。おやすみ)


 そこで通信は途切れた。

 

 勇者選定で認められる、か。

 どういう風に選定するかによっちゃかなりハードルが高くなるな。


 今回はある程度ティナを直接サポートしても許されそうなのが唯一の救いか。

 まあ何にしても俺はあの子を全力で応援するだけだ。

 その為にもセイラとノエルを呼び出して色々と聞いておかないとな。


 とりあえず今日はもう寝よう……。

 瞼を下ろして光を遮断し、今度こそ眠りについた。




「それじゃあ私は先に行くね」

「気を付けて行って来いよ」


 翌朝、飯を食い終わると早々にティナは出て行った。

 寂しい……もう冒険やめたい……。

 クエストの受諾ラッシュと被らないよう、少し時間を潰してから俺も出発。

 うんざりする人混みの中を行き、ギルドへと向かった。


 道中すれ違うエルフやドワーフの女の子が目に留まる。

 やっぱエルフの女の子って可愛いのが多いよな。

 いや断然ティナの方が可愛いんだけどついつい目移りしちゃうっつーかね。


 何言ってんだよばかやろぉ! お前はティナ一筋だろジンばかやろぉ!

 まあまだ恋人にもなってないんだけど。

 そうだ後で結婚した時の為に式場になりそうなとこでも見て回るか……。


 ティナのウエティングドレス姿を想像しているとギルドに到着。

 ツギノ町のギルドよりかなり広い。

 内装も全体的に新しく、少しお洒落な感じだ。


 まばらな冒険者たちの間を歩いて受付に向かう。

 ツギノ町のギルド職員と瓜二つのお姉さんに話しかけた。


「あの、ここにグレイスって人がいると思うんだけど」

「冒険者カードを確認させていただけますか?」


 カードを取り出してそのまま差し出す。

 ざっと確認して、それをこちらに返しながらお姉さんは言った。


「はい、ジンさんですね。お話は伺っております。少々お待ちください」


 そう言って一礼すると、お姉さんは奥に引っ込んで行った。

 さすがエアは仕事が早くて助かる。もう話を通してくれていたみたいだ。

 程無くしてお姉さんが戻って来た。


「お待たせしました。それではこちらへどうぞ」


 お姉さんの先導で案内されるがままに奥へと続く通路を歩いて行く。

 職員用の通路らしく俺たちの他に人はいない。

 やがてとある部屋の前に到着した。

 

 お姉さんは、ドアをノックしてから確認の言葉を発する。


「グレイスさん、ジンさんをお連れしました」

「ありがとう。入ってくれ」


 低く凛々しい男の声を聞くと、お姉さんが扉を開けた。

 中に入るとテーブルを挟んで二人の男が座っている。

 

 一人は30代から40代といったところだろうか。

 巨大な体躯に茶色の短い髪が歳不相応の快活さを印象付けている。

 顎に蓄えられた髭もそれに一役買っていた。


 もう一人は俺と同じ年か若干年上くらいだろう。

 細い糸の様な青髪が肩まで伸びている。

 こちらを捉える切れ長の目は理知的で、総じてどこか貴族や騎士を想起させる容貌をしていた。


 どちらがグレイスかわからず固まっていると、青髪の男が口を開いた。

 だけど、その声は昨晩も聞いたばかりのものだった。


「何を固まっている。さっさと座れ」

「その声……もしかしてお前、エアか?」

「そうだ。そう言えばこうして会うのは初めてだったか」

「って事はこっちが?」


 そう俺がエアに問いかけると、返事が来る前にもう一人の男が立ち上がる。

 男はこちらに右手を差し出しながら言った。


「俺がワールドオブザーバーズ副隊長のグレイスだ。よろしくな」

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