まあいけませんわラッド様!

 昨晩はよく眠れたらしく爽快な目覚めだ。

 ベッドから降りると、洗面所で顔を洗ってティナと合流。

 宿屋の一階にある酒場で飯を食いながらの予定相談タイムだ。


 小動物みたいに飯を食うティナに話を切り出した。


「今日はどうする? 早速クエストにでも行くか?」


 質問に対してティナは食器を動かす手を休める。

 そして視線を宙に漂わせながら答えてくれた。


「う~ん、それもいいんだけど。今日は街を周ってみたいかも」

「ティナはミツメに来たのは初めてだったか」

「そうなんだよね。だからジン君に案内して欲しいな」

「俺もそんなに詳しくはないぞ。ここはとにかく広いし」


 という言い訳を使える程この街は広い。

 長年住んでるやつでも知らない場所や店ってのは普通にあると思う。


「それでもいいよ。適当にぶらぶらしよっ」


 こちらに向けられたティナの笑顔が眩しすぎる。

 何だかデートの予定を立ててるみたいで恥ずかしい!


「ティナがいいならいいけどよ」


 顔が熱くなるのを感じながら素っ気なく返事をしてしまった。




 街に出ると、人混みの密度の高さは昨日とさほど変わらない。

 だけどティナと二人で歩いているという事実だけで足取りは軽くなっていた。

 向こうはどう思ってるか知らないけどな。


 昨日のエアとの通信の件もあるので、まずは道具屋に行く事に。

 地図を買ったらまた一度戻って来て、お姉さんに目ぼしい店の場所をマーキングしてもらおうという話だ。


 幸いにも道具屋は近くに一軒あるらしく、お姉さんに口頭で教えてもらう。

 エアと違ってめちゃくちゃわかりやすい説明だった。

 そんなわけで今は人混みの中を道具屋に向かって歩いているところだ。


 街中にはところどころに小川があって、ティナは歩きながらそれを眺めている。

 注意しようと少し後ろから声をかけた。


「ティナ、ちゃんと前見ないと危ないぞ」

「は~い」


 そうは言いつつもまだ小川の方をちらちらと見ながら歩いている。

 ごみごみした街の中に水路というのがまた興味を惹かれるのだろうか。

 俺も小川になりてえ……そんな風に考えていた時だった。


「きゃっ! ごめんなさい!」

「どこ見て歩いてんだおらぁ!」


 どうやらティナが誰かとぶつかったらしい。

 見てみると、相手の男は体格がいいだけであまり品の感じられない、いかにも荒くれ者といった風貌をしている。

 

 隣には一人仲間らしきやつを連れていた。

 男は一方的にティナを捲し立てていく。


「ごめんなさいで済むなら衛兵は要らねえんだよ!」

「おい待てよ。よく見たらこの女の子結構可愛いじゃん。おい、お詫びに俺らとよろしくやってくれよ!」

「それいいな! よろしくよろしくぅ!」

「えっ……あの……」


 下卑た笑みを浮かべながら、男がティナの手を掴んだ。

 ティナはどうしていいかわからない様子で怯えていて、うまく声も出ていない。

 俺は荒くれ者の手を掴んでティナから引き剥がして言った。


「この子に何か用か?」

「いっ、いてて……あぁん!? なんだおめえ!」

「この子の仲間だ」


 仲間……仲間だよな、今は。将来的には結婚するとしても。

 ってそんなこと考えてる場合じゃねえだろジンばかやろぉ!

 すると隣にいた男の仲間が俺に顔を近付けて凄んで来る。


「ぶつかって来たのはこの女の方だろうが! 代わりにお前が落とし前つけてくれんのか!? ああ!?」

「何だしょぼそうな装備してんなぁ! この街には来たばっかりか!」


 最初に絡んで来た男も便乗して来た。

 俺が今装備しているのは「ふだんぎ」で防御力はゼロ。

 しょぼいどころの騒ぎじゃない。

 

 まさかテイマーズの訓練をしてそのまま下界に降り立つ事になるとは思ってなかったからな。

 こっちに来てからは防具無しでもダメージの入らないモンスターしかいなかったし……。

 そんな風に考え事をしていたから黙って立ち尽くす形になってしまった。

 

 俺がびびったと思って二人組は気を良くしたらしい。

 ティナとぶつかった方の男はなおも言葉をぶつけて来る。


「おうおう何だ威勢がいいのは最初だけか!」


 周囲には少しずつだけど野次馬も沸き始めている。

 男は両拳を合わせて言葉を重ねた。


「しょうがねえな、俺がこの街に生きる先輩冒険者としてお前に指導してやるよ!この拳でなあ!」

「ああ、いいぜ」


 こんな奴らちょちょいと返り討ちにしてそのままティナと結婚だ。

 ゼウスの絵入りこんぼうを取り出して構えた。

 だけど相手は何故か腰に下げた剣を抜かずに素手のまま構える。


 怪訝な目を向けると、男は口の端を吊り上げて言った。


「駆け出し冒険者君にハンデをやるよ! 俺は武器を使わねえ! さあ、どこからでもかかって来い!」


 何言ってんだこいつ。

 まあいいや、さっさとぶっ飛ばして……。ぶっ飛ばし……。

 …………。


 あれっ、よく考えたら俺がこいつに勝つのってまずいんじゃね?

 装備から察するに、相手はこの街における中堅レベルの冒険者だろう。

 

 ってことはティナや、ティナより少し上くらいのレベルに「偽装」している俺がこいつに勝つことは本来ならあり得ない。

 ここで俺がやつを倒してしまうとかなり不自然な事になる。


 う~ん、例えわざとでもティナの目の前で負けるってのはダサいしどうしたもんかなあ。

 と、あれこれと思索を巡らせていた時だった。


「ちょっと待ったぁ!」


 突然そんな叫び声が上がった。

 周囲を見渡していると、いつの間にか異常に増えていた観衆の中から一人の青年が歩み出て来る。


 前髪が少し長い金髪に端正だけどどこかキザったらしい容貌。

 身体には誰しもが少年時代に好むような、赤と黒の禍々しい鎧を纏っている。

 青年はその容貌に相応しい芝居がかった仕草で口を開いた。


「僕の目の前で弱い者いじめなんて、見過ごすわけにはいかないなあ」

「あん? 誰だてめえは?」


 男は青年の方を振り向いて誰何すいかの声をあげた。

 青年は待ってましたと言わんばかりの勢いで口上を述べていく。


「僕の名はラッド=クリスティン! 誉れ高き貴族であるクリスティンの家に生まれた愛と正義の……」

「まあいけませんわラッド様! 貴族と言っても没落貴族ではありませんか!」


 ラッドと名乗った男の言葉を遮るように、背後から一人の女性が出て来た。

 ウェーブのかかった黒色の髪は腰の辺りにまで伸びて中央で分けられ、健康的な額が顔を覗かせている。

 気品のある佇まいをしているものの、どこか気弱そうな雰囲気だ。


 ……言ってる事は割と辛辣だけどな。

 女性の言葉を受けたラッドという男はそちらを振り返って口を開く。

 テンションが下がったのか少し声のトーンは落とし気味だ。


「ロザリア……没落貴族呼ばわりはやめてくれないか?」

「私は心配で申し上げているのです。そんなに見栄を張っては後々困った事になってしまいます」

「既に君のおかげで困った事になっているんだけど」


 二人が衆目を集めながらの夫婦漫才を繰り広げていると、俺と対峙していた荒くれ者が不機嫌そうに割り込んでいった。


「おいおい何でもいいけど早くしろよ! お前もやんのか!? ああん!?」

「焦るなよ。今にこの僕のブラックエレクトリカルソードの餌食にしてやるから。ロザリア、君は下がっていてくれるかい?」


 落ち着いた声音で諭され、ロザリアと呼ばれた女は心配そうな表情のままで群衆の中へと戻っていった。

 それを確認してから、ラッドが勢いよく啖呵を切る。


「さあ、裁きの時間だ! ゆくぞ悪党よ!」

「待ってたぜぇ! ヒャッハァ!」


 荒くれものは駆け出し、ラッドは剣を抜いて構える。

 最初に絡まれた俺とティナは完全な蚊帳の外だけどそれはまあいい。

 というより蚊帳の外のままで終わってくれれば大助かりだ。


 それはそうと、ラッドが言っていたブラックエレクトリカルソードなんてスキルや武器には聞き覚えがないんだけど、一体何の事だろうか。

 武器は多分だけど特別デザインのはがねのつるぎだし、スキルは正確に技や魔法の名前を宣言しないと発動しない。

 剣に関するスキルなら俺はほぼ全部把握しているし……。


 あ、そういえばティナはスキル名の発言なしに勇者専用スキルらしきものを出してたから例外はあるのか。


 あれこれ考えている間にも戦いは進んでいく。

 

 ラッドは右手で構えた剣の先を相手に向けている。

 左半身に構えて腰を落とし、左腕を伸ばしている姿勢だ。

 そして左の手のひらを相手に向けたままで宣言した。


「ブラックエレクトリカルソードォ!!!!!!…………サンダー」


 何か最後にぼそっと呟いたが聞き取れない。


 するとラッドの左の手のひらからどう見てもサンダーとしか思えないしょぼさの魔法が出て来た。

 ちなみにサンダーというのは雷属性の一番初歩の魔法だ。


「ぐおっ!」


 サンダーを防御した荒くれ者が一瞬だけ怯んだ。

 その様子を見たラッドが嬉しそうに叫ぶ。


「どうだい!? 僕のブラックエレクトリカルソードの威力は! ふっ、君が死んでしまわない様に威力を調整するのも大変だったよ!」

「どう見てもサンダーだろうが! 何言ってんだお前はよぉ!」


 ラッドは攻撃が当たった喜びからか大はしゃぎだ。

 荒くれ者から文句をつけられても全く意に介していない。

 どんどん二人の距離が近づいていく。


「次はこっちの番だ!」

「ふっ、どうやらそのようだね。来るがいい! ジャスティスガード!」


 ラッドはそう宣言したけど、明らかにただの防御だ。

 盾も使わずに身体の前で両腕をクロスしている。

 対する荒くれ者は走りながら雄叫びをあげている。


「おおおおおおっ!!」


 男が思いっきり拳を振りぬく。

 ラッドは微動だにせず、真正面からそれを受けた。


「ぶべらっ!!」


 変な声をあげながらラッドが後ろに吹き飛んでいく。

 群衆の中に突っ込んでそのまま気を失ったらしく微動だにしない。

 ロザリアと呼ばれた女性がそちらに駆け寄りながら悲鳴をあげる。


「ラッド様!!」


 おいおい、めちゃくちゃ弱いじゃねえか。

 まさかの一撃かよ。しかも相手は素手だっつうのに。

 俺が戦わなくて済むかもって少しだけ期待してたんだけどな……。

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