王都ミツメへ

 グランドクエストをクリアしてから少し日が経った。

 ティナはまたあれから成長し、ツギノ町近辺で一番強いモンスターであるアルミラージも倒せる様になっている。

 どうのつるぎもティナの手に馴染み、様になって来ていた。


 そんなある日の朝食時の事だ。


「ティナ」

「なあに?」


 ティナ専用スキル「エンジェルスマ……はもういいか。

 首を傾げると同時に放たれる、少し甘ったるい感じの声に心を打たれながら会話を続ける。


「そろそろ王都ミツメに行こうと思うんだ」

「王都かあ。うん、行ってみたいかも」

「行くっていうか、これからの拠点にするって意味だけど」

「レベルとか大丈夫かな」

「王都周辺には色んな強さのモンスターがいるから、最初はツギノ町方面のクエストを受ける事になると思うけど。充分やっていけるさ」

「じゃあそうしよっか。楽しみだな~」


 わくわくが収まらないといった表情のティナ。

 都会に憧れを持っているのかもしれない。


 多分だけど、この辺りにはもうグランドクエストは残ってないと思う。

 何せティナが旅立って最初に来た町だし……。

 ティナと一緒ならここにいても楽しいけど、不便は不便だしな。

 ずっとここにいる理由もなくなって来たというわけだ。


 飯を食い終わると、部屋に戻って荷物をまとめた。

 長らく世話になったこの宿屋ともお別れだ。

 

 最後に、受付のお姉さんに挨拶をして行く事にした。

 王都に行く旨を伝えてからお礼を言う。


「お姉さん、色々ありがとな」

「可愛いお店とか教えていただいて、ありがとうございました」


 俺はそのままの姿勢で。ティナは丁寧に一礼してから言った。

 お姉さんは、歳の離れた弟や妹を見る様な目で俺たちを眺めてから口を開く。


「王都には色んな人がいるわ。いい人も、悪い人もね。だから気を付けるのよ」

「おう」「はいっ」


 挨拶を終え、踵を返して去ろうと数歩進んだその時だった。

 何故かティナだけお姉さんに呼び止められた。

 

 二人同時に振り返ると手招きをされ、ティナが受付の方まで歩み寄っていく。

 ぽつんと残された俺はその背中を静かに見守る。

 するとお姉さんは顔をぐいっと寄せて何やらティナに耳打ちをした。


 ティナの顔がみるみるうちに赤く染まっていく。

 そのまま笑顔で手を振るお姉さんに見送られて戻って来た。

 当然気になる俺はすぐに聞いた。


「お姉さん、何て言ってたんだ?」

「えっ……ええっ!? し、知らないっ!」

「おい! どうしたんだよ!」


 何故かティナは顔を赤くしたまま走り去ってしまった。




 大通りを行き交う人の隙間を縫うように走るティナは見事の一言。

 人は本気を出せば何でも出来る。

 それを妙に納得させられてしまう走りっぷりだった。


 追い越さない様に適度な距離を保って走っていると、やがて疲れたのかティナは立ち止まる。

 膝に手をついて肩で息をしているところに声をかけた。


「いやあ、ティナってすげえ足速いんだな。びっくりしたよ」

「う、うう」


 ティナはまだ逃げたいようだったけど、さすがにスタミナが足りずにうまく動けないらしい。

 俺の方を見ずにのろのろと歩き始めた。


 しばらくして落ち着くと、二人で北口を目指して歩く。

 町から出るまでに道具屋に寄って、色々と旅に備えて買い物をする。

 そして店から出た頃、突然エアから通信が入った。

 

 ティナとの会話に何とか相槌を打ちながら心の声に耳を傾ける。


(ミツメに行くんだな?)

(誰だお前)

(エアだ。もう忘れてしまったのか)

(いや、ちょっとしたギャグのつもりだったんだけど)

(そういうのはやめろ。ちょっと傷ついたではないか)

(結構繊細なんだな)

(私にはゼウス様を吹き飛ばしてまで下界に降りようという胆力はないのでな)

(それでどうしたんだよ)

(いや、まあただの確認だったのだが)

(そのつもりだけど)

(了解だ。では私も移動するとしよう)

(向こうに着いたら飯でも食おうぜ)

(気が向いたらな)


 そこで通信は途切れた。

 あっ、次のグランドクエストとかも確認しときゃ良かったな……。

 エアにも全部を教えられているかどうかは疑問だけど。


 それにしても、自然に会話をしながら心でも会話をするってのは結構しんどいもんだな。

 エアにはもう少しタイミングを見計らってもらう様にお願いするか。

 そうして、ティナとの会話に戻りつつ北口から町の外に出た。


 ツギノ町から王都ミツメへと通じる北方面の街道はそこそこの人通りだ。

 とは言っても、行き交うのはほとんどが商人の乗る馬車。

 冒険者なんかは大抵ツギノ町から出て行けばレベルの関係で戻ってはこない。

 王都の方が仕事も多いだろうしな……。


 さて、俺はここから王都ミツメまでの旅をするに当たって少し緊張している。

 距離にして徒歩なら約二日程。という事は?

 そう……野営だ。俺たちは野営をしなければいけない。


 という事は一つのテントの中で俺とティナが寝るという事だ。

 いや特に何があるというわけでもないけどさ。

 それっていいの!? みたいな感じだ。


 ミツメに行くまでにはちょっとした丘と森がある。

 最初の草原地帯をモンスターを倒しながら進む。

 ティナは新しい装備たちにご満悦の様子だ。


 盾になりてえな……と思いながらその様子を見守っていると、やがて丘に差し掛かった。

 この辺りまで来るとアルミラージなんかも良く出る様になる。

 だけど今のティナにはもう敵じゃない。


「ジン君見ててっ!」

「おう」


 ティナは闘志に満ちた眼差しでどうのつるぎとかわのたてを構える。

 じりじりと間合いを測りつつ近づくと、思い切って武器を振り下ろした。


「ピギャーッ!」


 当たりどころが良かったのか一撃で倒してしまった。

 こちらを振り返ったティナはドヤ顔だ。


「どう? すごいでしょっ」

「ティナも随分強くなったな」


 えっへん、と威張るポーズは安定の良さを誇る。

 俺は惜しみない拍手を送った。


 そして丘を通過した頃にはもう夜が迫って来ていた。

 西に見えるお日様が家に帰る寸前の時刻。

 周囲が完全な宵闇に包まれる前に野営の準備をする事にした。


 ティナは野営なんてのは初めてらしく、鼻歌交じりに準備を進めている。

 やがてテントの設営が終わると飯の時間だ。

 焚火の前に二人で座り、ティナが持って来たパンを切り分けようとしてくれた時だった。

 ティナはどうのつるぎを取り出して、困った顔をしながら口を開く。


「あっ……これじゃちょっと切りにくいよね。汚れてるのもあるし」

「別にいいんじゃね?」

「ええっ、良くないよ。う~ん……ちょっと待ってて」


 しばらくしかめっ面でどうのつるぎを見つめると、ティナは何かを思いついた様な表情になってから目を瞑った。

 武器を脇に置いて自分の右手を顔の前に持って来る。


 一体何をしようとしてるんだろうか。

 先日回復魔法を覚えたと嬉しそうに報告してくれたけど、どう考えてもそんな雰囲気じゃなさそうだ。

 黙って見守っていると、驚くべき事が起きた。


 ティナの手が煌めき、そこから周囲を包み込む程の強烈な光が発生。

 思わず俺は腕で目を覆ってしまう。

 視界が回復すると、ティナの手には光で出来たナイフが握られていた。


 ティナはそれをこちらに見せつけながら、嬉しそうに教えてくれた。


「見てみて、これも最近覚えたんだ。小っちゃくて地味だけど綺麗だし、意外と使いどころのあるスキルなんだよ」

「…………」


 いや、それ勇者専用スキルじゃないか?

 そう思ったけど、もちろんティナにそう言うわけにもいかず。

 呆気に取られて俺は固まってしまっていた。


 興味がなかったからあまり覚えてないけど、消去法でわかる。

 人間と精霊が覚えられるスキルにそこまで差はない。

 だから見覚えがなくて、ティナが使えるものだというところから考えればこれは勇者専用スキルだと思ってほぼ間違いはないと思う。


 気が付けば、ティナは勇者専用スキルでパンを切り分けていた。

 勇者としての力を食事に使うティナ……いいな。

 やがて切り終えたパンをこちらに差し出してくれた。


「はいっ、どうぞ」

「ありがとな」


 それを受け取って齧りつきながら思索にふける。

 とりあえず、首都についたらセイラとノエルを呼び出して色々聞いてみるか。

 あいつらなら勇者専用スキルの事とかも知ってるだろ。


 エアも知ってるだろうけど、あいつは用事がないとコンタクトを取って来ないからいつになるかわかんないし。

 そんな事を考えていると、あっと言う間に食事は終わり。


 遂に最大の山場である就寝タイムがやって来た。

 テント内という狭い空間の中に二人で寝転ぶ時間だ。

 まあ、普通に寝るだけなんだけどさ。

 それでもこんな近くで寝てると色々期待してしまうし、緊張もしてしまう。


 ティナに背を向ける形で寝ていると、後ろから声がかかった。

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