グランドクエスト

 どうやらティナはセイラとノエルの事を気に入ってくれたみたいだ。

 特にセイラの事はお姉ちゃんくらいに思っているらしい。

 防具屋に向かう道中、嬉しそうに俺に語り掛けて来る。


「また早くセイラちゃんに会いたいな~」

「そうだな」


 ティナがあいつらを気に入ってくれて俺も嬉しい。

 軽い足取りのまま防具屋に到着した。

 盾の意匠を施された看板が掲げられた扉を開けて中に入る。


「いらっしゃいませ!」


 元気な店員さんの挨拶を聞きながら店内を見渡していく。

 品揃えは防具全般といった感じか。

 ぬののふくやたびびとのふくを始めとして、おなべのふたやかわのたてなんかも置いてある。

 ティナはこの前たびびとのふくを買ったから、今日はかわのたてかな。

 予算に余裕があればかわのくつも買っておいた方がいいな。

 

 そんな事を考えながら商品を眺めていると、ティナも興味津々と言った様子で店内を見て回っていた。

 ティナの方に寄って声をかけてみる。


「何かいいのはあるか?」

「うーん、たびびとのふくは買ったし、買うならかわのたてなんだけど……」


 難しい顔をして何かを迷っている様子のティナ。

 この辺りの防具ならレベル制限はクリアしている。

 おなべのふたからかわのたてに買い替えるのに迷う要素はないはずだ。

 何に悩んでいるんだろうか。


「どうしたんだ? 予算か?」


 するとティナは首を振ってから、かわのたてを見つめたまま答えた。


「ううん。あのね、今使ってるおなべのふたは旅立ちの時にお母さんからもらったものだから、なるべく長く使いたいなって思って」

「そうだったのか」


 何故プレゼントがおなべのふた……とは思ったけど、旅立ちの時にあげられるものなんてそれくらいか。

 だけど、命には代えられない。


 なるべく優しい口調になる様に心がけて説得した。


「気持ちはわかるけど、ここはかわのたてを買っておくべきだと思うぜ。ティナの防御力が上がった方がお母さんも喜ぶし安心するだろ」

「そうかなぁ……」

 

 ティナはかわのたてを手に持って見つめたまま動かない。

 買うか買わざるか、自身の葛藤と戦っているのだろう。

 やがて決心した様に顔を上げると、俺の目を見ながら口を開いた。


「うん、ジン君の言う通りだよね。私、かわのたてを買うよ」

「それがいい」


 笑顔で頷き、そのままカウンターに向かうティナの背中を見送った。


 会計を済ませてから防具屋を出て、大通りを歩く。

 ティナは、悩み抜いて買ったおニューの盾を手にしてご機嫌だ。

 鼻歌交じりに歩くティナに話しかけた。


「これからの予定は特に決めてなかったけど、どうする?」

「う~ん、クエストに行くには遅い時間帯だしねぇ」

 

 昼のピークを迎えた大通りの人混みを眺めながら、ティナはそう返事をした。


 今からギルドに行ってもあまりいいクエストは残っていない。

 もし残っていたとしても時間のかかるクエストは受けられないだろう。


 そうなると採取系ですぐ終わりそうなやつとかになるな。

 でも、ティナは新しい防具を試してみたいだろうな。

 そうなると、最低でもゴブリン以上の強さのモンスターと戦いたいだろうな。


 と、そんな風に考えていた時だった。

 突然穴が空いた様に人混みが少しだけ晴れた場所に出る。

 すると、横から悲鳴の様な声が聞こえて来た。


「おねがいします! だれか、だれか……!」


 小さな女の子だ。状況はわからないけど泣きながら必死に助けを求めている。

 道行く人はそちらには目もくれずに通り過ぎていく。

 遠巻きにその様子を観察している人ならちらほらはいるみたいだけど。

 

 面倒事に巻き込まれたくないから無視しているのか、それとも……。

 俺はティナと目を合わせて頷く。

 するとティナは、迷う事なくすぐに女の子の方に寄って行った。


 膝を折って目線の高さを女の子に合わせてから声をかける。


「どうしたの? よかったら私に教えてくれないかな?」

「あのね、あのね、ちーちゃんがね、ちーちゃんが」


 女の子はかなり混乱している様子で、声も嗚咽混じり。

 よく見れば服も汚れていてボロボロだ。

 ティナはハンカチを取り出して女の子の涙を拭いながら、優しい声音で言葉を紡いでいく。


「落ち着いてゆっくり話してみて。大丈夫よ、お姉ちゃんとお兄ちゃんが何とかしてあげるから」

「ほんとうに?」

「本当だよ」


 それからは急かす事もせずに、女の子が落ち着くのを待った。

 ティナから借りたハンカチで涙を拭う必要が無くなって来ると、女の子は自分から話を切り出す。


「おねえちゃんがね、ゴブリンにつかまっちゃったの」

「!!」


 俺とティナは目を合わせた。

 視線を戻して、ティナは女の子に質問を投げかけていく。


「どこでそうなったのか、もう少し詳しく教えてくれるかな?」

「ハナレタ森までみかんをとりにいってたの。そしたらゴブリンがいて、おねえちゃんをつれていっちゃったの」


 女の子の言葉を受けたティナは俺から見れば明らかに狼狽していた。

 でも、女の子を不安にさせてしまうからだろう。

 それを表に出さない様に、必死に頑張っている様に見えた。


「お母さんやお父さんには話した?」

「おとうさんはおしごとでいない。おかあさんには……はなしたら、おこられちゃうから……ふたりだけでそとにいくなって、いわれてるから」

「そっか……」


 その時の事を思い出したのか、女の子の目がまた潤んで来た。


「おねえちゃんね、いもうとだけはみのがしてくださいって、いっしょうけんめいおねがいしてたの……」

「それで助かって、一人でここまで帰って来たのね。頑張ったね」


 慰めの言葉をかけながら、ティナは何度も女の子の頭を撫でた。

 ティナがこちらを向き、俺は頷く。


「どの辺りで連れて行かれたか、詳しく教えてもらえるかな」

「おねえちゃんをたすけてくれるの?」

「うん。お姉ちゃんとお兄ちゃんに任せて」


 ティナは自分の胸に手を当ててそう言った。


 しかし妙な話だな……。

 俺はそこまでゴブリンの生態に詳しくはない。

 あまりテイムをする機会がないからだ。

 

 ゴブリンというのは低レベル帯モンスターで、適正範囲外のフィールドに出て行くということはあまりない。

 だから基本的に俺が世話をする必要はないという事になる。


 とはいえ、ゴブリンが人間を連れ去るなんてのは聞いた事がない。

 

 女の子もティナもそこに疑問を持っていない辺り、人間はゴブリンがそういった事をするのは普通だと思っているみたいだけど……。

 あいつらは別に人間を食べたりはしないし、人間とウフンアハンな事をしようとかそういう欲望もない。

 

 女の子の話からすれば姉の懇願のおかげで女の子が助かったみたいにも聞こえるけど、そもそもゴブリンたちには人間や精霊の言葉は通じない。

 「テレパシー」を使ってテイマーズが心の声で会話をする時も、魔力を使って互いの言葉を自動で変換しているだけだ。

 だから、最初から姉の方だけを連れ去るのが目的だった可能性が高い。

 

 とにかく不自然な点が多すぎる事から考えうる結論は一つ。

 確信は持てないけど、これがグランドクエストなんだろう。


 とにかくあまり考えている暇はない。

 女の子に危険はないと思うけど、ゴブリンが女の子を連れ去った理由がはっきりとはわからない以上そうと言い切る事は出来ないのだ。

 

 ギルドにクエストを発注して受諾されるのをのんびり待つ暇もないし、この子の親を探して連絡したところでどうにか出来るとは思えない。

 結局は女の子と同じ様に、親も誰かに助けを求める事になるだろう。

 

 それなら俺たちで何とかした方が早い。

 

 あれこれ考えているうちに、ティナは女の子から情報を聞き出していた。

 みかんが採れる場所はある程度決まっているらしく、小さな女の子の話から場所をある程度絞れた様だ。

 ティナの持つフィールド用地図に印が入っている。


 話を聞き終えると、ティナは女の子の住んでいる家を教えてもらった。

 ツギノ町用の地図に印を入れてもらったみたいだ。

 女の子の頭を撫でながら、ティナは優しく語りかけた。


「必ずお姉ちゃんを連れて帰って来るから、家でいい子にしててね」

「ありがとう、おねえちゃん」


 そう言って、女の子は大人しく去っていった。

 その背中を見送ったティナが、俺の方を向いて申し訳なさそうに口を開く。


「あの、ごめんねジン君。勝手にこんな話受けちゃって……」

「謝らなくていいって。それより、早く行ってやろうぜ」

「うっ、うん!」


 気付けば大通りを行き交う人の密度は低くなり、遠巻きに俺たちを眺めていた人々も消え失せている。

 急ぎ道具屋に寄って消耗品を揃えると、俺たちはすぐさま東口に向かった。

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