断然ゴリラ系のイメージだ
その後も何件か店を回ったものの、ティナが気に入る装備はなかった。
どうやら最初にいい店を引き当てていたらしい。
とはいえ、お金が出来たらもう一度行きたい店というのはあったみたいだ。
帰り道、楽しそうに地図に印をつけるティナの横顔が印象的だった。
宿屋に戻って来ると、腹が減ったので一階の酒場へ。
料理を注文してからテーブルにつく。
注文した料理を待つまでの間はティナとの雑談タイムだ。
「ごめんね、買い物だけで一日潰れちゃって……」
ティナが申し訳なさそうな表情でこちらを見ながら言った。
俺は自然な笑顔で応える。
「何言ってんだよ、装備を選ぶのに時間を使うのは悪い事じゃないと思うぜ。金の話と同じだ。冒険者なんだからな」
「そっか、ありがとう。ジン君はいつも優しいね」
安心した様な表情でそう言うティナ。
優しい=好き、だとモテない精霊が自慢げに話しているのを聞いた事がある。
もしかしたらかなりいい感じなのかもしれない。
会話が途切れてしまったので話題を切り替えてみる。
「明日は討伐系のクエストでも探してみるか? ちょうどいいのがあるかはわからないけど……早速装備を試してみたいだろ」
「うん、そうだね。ゴブリンを倒すクエストとかがあればやってみたいな」
そう言ってティナは今日買ったばかりのソフィア様こんぼうを取り出すと、嬉しそうに眺め始めた。
余程早く使ってみたいんだろうな。
この辺りで出るモンスターと言えば、スライム系、ゴブリン系、アルミラージ系くらいだったはずだ。
タイミングが良ければゴブリンの討伐クエストってのはあるだろう。
ただ、大量のゴブリンを倒すクエストだとティナが危ない。
最初は一対一の戦闘を重ねて慣れていくべきだと思う。
討伐対象だけじゃなく、内容もちゃんと吟味した方がいいだろうな。
「じゃあギルドには朝から行った方がいいな。今日は早めに寝るぞ」
「そうだね」
これは精霊として学んだ知識じゃない。
昨日の朝ギルドに行った時、クエストを受けに来た冒険者でごった返していた。
昼頃にはもう目ぼしいクエストはあまり残っていないと考えるべきだろう。
明日の予定が決まると、程なくして料理が到着。
特に急ぐ事もなく、味わって食べてから部屋に引き上げた。
風呂に入って戻って来ると、部屋に月明かりだけが差し込む時間になっている。
またティナが遊びに来てくれたりして……。
そんな淡い期待を抱きながら、ベッドでうとうとしていた時だった。
窓に、少し硬めの何かが当たる音。
ん……まあ虫とかゴミとかその辺だろ……。
そう思って放置していると、もう一度窓に何かが当たる音がした。
うるせえな、いいから寝かせろ。
むしろ気にしたら負けな気がして更に放置すると、何かが当たる音は次第にその間隔を短くしていった。
カツン…………カツン……カツン……カツン。カツン。カツン。
カツン、カツン、カツカツカツカツ。
(うるせえな!!!!)
さすがに我慢できなくなって、心の中でそう叫びながら窓を開けた。
本当に叫ぶと隣の部屋にいるティナをびっくりさせてしまうからだ。
すると俺の顔面に硬い何かがヒット。石だ。
石が飛んで来た方向を見ると、宿屋の裏手に生えている樹々の間から見知った顔がこちらを見上げていた。
セイラだ。その隣にはノエルもいる。
目が合うとセイラが手招きをして来た。降りて来いってか。
ティナが遊びに来た時のために部屋にいたいんだけどな……。
そう思いためらっていると、段々とセイラの表情が険しくなっていく。
くそ、後が怖いし行くしかねえか。
なるべく物音を立てない様に、静かに部屋を出た。
階段を降りて廊下を歩く。
夜遅くに帰って来る宿泊客の為に、酒場はこの時間でも絶賛営業中だ。
壁越しに漏れ出る酒飲みたちの喧騒をくぐって外へ出た。
外には顔をしかめたセイラと、いつも通りな雰囲気のノエルがいた。
片手を上げて無言で挨拶をするとノエルが親指を立てて後方を指す。
ここでは何だから少し離れようということだろう。
頷き同意してから、三人で宿屋を離れていった。
ある程度宿屋から離れたところで、最初に俺が口を開く。
「よう。こんな時間に何しに来たんだよ」
「何しに来たんだよじゃないでしょ!」
「何をそんなに怒ってんだ?」
セイラは先程と変わらずに不機嫌そうな顔をしている。
「あんたねえ……さっさと顔出しなさいよ。何個石投げたと思ってんの?」
「そんなまどろっこしいやり方するからだろ。お前の身体能力なら直接窓のところまで来れるだろうが」
「行けるわけないでしょ。私を何だと思ってんのよ……」
正直ゴリラくらいに思っているんだけど、そんな事は口に出せない。
出せばまた腹パンが飛んで来そうだからだ。
セイラはそのお淑やかそうな見た目に反して身体能力が抜群の武闘家タイプ。
おまけにすぐ手が出るので断然ゴリラ系のイメージだ。
そんなやり取りをしていると、横からノエルが割り込んで来た。
「まあまあ。時間もあまりないし、さっさと本題に入ろうぜ」
「……そうね」
セイラはキッとノエルを睨んでから、こっちに視線を移してそう言った。
そして咳払いをしてから口を開く。
「ジンを連れ戻すために、近々モンスターテイマーズがこっちに派遣されるわ」
「何じゃそりゃ」
「まあ力づくってこったな」
ノエルが肩をすくめて言った。
俺は一昨日に二人が持ってきてくれた伝言を思い出しながら話す。
「ゼウスのじいさんは、気が済んだら戻って来いって言ってたよな?」
「そうなのよね……正直私にも、今回のゼウス様のお考えは読めないわ」
顎に指を当て、真剣な表情で考え込むセイラ。
「それに派遣するって言ったって誰をだよ? 自分で言うのもあれだけど、俺に勝てるやつなんてテイマーズでもそんなにいないだろ」
「悔しいがその通りだ。一体ゼウス様は何をなさろうとしてるんだろうな」
少しの沈黙が流れた後、ため息を吐いてから俺は言った。
「ここで考えてもわかんねえな。まあ、次にゼウスに会ったら聞いといてくれ」
「聞けるかよ。そういう裏事情的な部分を神々に尋ねにくい事は、お前もわかってるだろ」
「そうか? まあいいや。テイマーズが来るって聞けただけでも助かったよ」
片手をあげて礼の代わりにした。
するとセイラはまた不機嫌そうな顔になり、腕を組んでから口を開く。
「ふん、いちいちこっちに来るのも面倒くさいんだから……今度、ご飯でも奢ってよね」
「ああ、そうさせてもらうよ。それじゃ」
踵を返して、宿屋に戻ろうと歩き出す。
そこでまた後ろからセイラに声をかけられた。
「そう言えばあんた、そろそろ首都に拠点を移しなさいよ。そっちから連絡出来ないんじゃこれからどんどん不便になるでしょ」
「それもそうだな! 考えとくわ」
振り返ってそれだけ言ってから部屋に戻った。
首都ミツメなど、下界の主要な都市には常時精霊が配置されている。
この精霊たちには色んな役割があるんだけど、その内の一つが連絡、相談役だ。
追放扱いを受けた精霊は、自力では天界に帰れなくなる。
そういったやつが天界にいる精霊と連絡を取りたい場合に、この下界に配置された精霊を頼るというわけだ。
主に伝言を頼まれてくれたり、場合によっては天界に送ってもらえたりする。
ただ転移系の魔法は「ダンサーズ」の専用スキルだし、追放扱いの精霊を送ってもらうのは準備に時間がかかったりする場合もあるけど……その話は今はいいだろう。
ちなみに、セイラたちに俺とティナの位置が割れているのは「ワールドオブザーバーズ」のスキルによるものだと思われる。
「モンスターテイマーズ」はモンスターの位置や情報を把握する事に特化しているんだけど、「ワールドオブザーバーズ」はそれに加えて人間と精霊の位置や情報を把握する事にも長けている。
つまりは監視や観察のスペシャリストたちなのだ。
特に勇者であるティナと天界を追放された要注意人物の俺がセットでいるとなれば、一日中監視をされていても不思議じゃない。
外に出る時と同じ様に、部屋に戻る時も忍び足だ。
静まり返った部屋の中で再びベッドに飛び込む。
隣の部屋からも物音は一切聞こえてこない。
ティナはもう寝ているのかもしれないな……。
明日も速いし、俺もさっさと寝よう。
そう思って目を瞑ると、意識は次第に、月明かりに照らされた優しい暗闇の中へと溶けて行った。
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