Episode 55.「Agitato, Allegro agitato」
「総員、防壁の"創造"を止めるな! 建物を利用し、射線を――!」
リンドウ先生の檄が飛ぶ。しかしその言葉も、風紀委員の所有車両が突っ込んでくる音にかき消された。
大盾を"創造"し、飛び込んでいった【トリカブト】の構成員が、あっという間に人数差で潰され、両手足に枷をかけられる。しばらく藻掻いていた彼は、すぐに後頭部に一撃を振り下ろされ、沈黙することになった。
少しでも敵の侵入を防ごうと、バリケードを築いていた数名が、相手の創造した破城槌のような武器に吹き飛ばされる。すぐに立ち上がるが、全身を打ち付けたダメージは少なくないのか、動きはどこかぎこちない。
風紀委員たちとの戦いは――苦戦を極めた。
そもそも、人数にも、装備にも差があるのだ。実践慣れしている【全身鎧】やカレンが複数人を引き受けても、未だ、相手の包囲には隙がない。
全身にプロテクターのようなものを纏った風紀委員たちは、私たちに容赦なく銃口を向けてきた。放たれるのは、暴徒鎮圧用のスタン弾――しかし、殺傷能力が無かろうと、被弾すれば戦闘不能は免れない。
どうにか今は、ソーヤたち高位能力者が創った防壁を背に耐えることができているが、長くは保たない。何か、この場を打開する方法が必要だった。
「――埒が開かんな」
リンドウ先生が、防壁の内側に退いてくる。純白だった鎧は、あちこちに擦過の跡が目立ち、ヘルムに至っては、僅かに凹み、歪んでいた。
隣に立つ、カレンもそうだ。顔の半分ほどが隠れているため、その表情の全てが伺える訳では無いが――明らかに、疲弊の色が濃い。
「正面突破は、無理っすよ。どうにか、包囲の薄いところを突破して、演算炉まで進むしかないっす」
「とはいえ、それすらも困難だろうな。こちらの戦力では到底、打撃を与えることなどできん」
「な、なら、私が大規模創造で、一気に……」
それを、リンドウ先生は片手で制した。言われなくても、わかっている。
私は作戦の要で、いくらこの場所を凌ぎ切っても、演算炉の中でしくじったら、全てが水泡だ。
そのためにも、私の大規模創造は温存しておかなければならない。それは重々、承知しているけれど――。
「――そもそも、ここで全滅しちゃったら、それどころじゃないし」
ちらりと、周囲を見やる。
既に、片手人ほどの構成員が、スタン弾の餌食となり、地面に横たわっているのが見えた。
勿論、こちらも相当数の風紀委員を戦闘不能にできてはいるが、このまま消耗戦を続ければ、いずれ限界が来るのは、こちらの方が圧倒的に早い。
だったら、私の全力、大規模創造でここを切り抜けて、体勢を立て直すのも手じゃないか――そう、思っていたのだが。
「――それは、厳しいんじゃないかな」
シリアスな声で、真っ先にその案を否定したのは、意外にもソーヤだった。それに、リンドウ先生が続く。
「……フォルガットの言う通りだ。お前が大規模創造を使えることは、先日の一件で広まった。ここで同じ力を使えば、相手はそれを織り込んだ上で作戦を練ってくるだろうな」
「アタシなら、先にシオン先輩を拘束するか、作戦に参加できないようにするっすね。どうあれ、そうなった時点で、アタシたちは詰みっす」
どうやら、大規模創造は、ある意味で一度しか使えない、切り札のようなものだ、というのが共通見解で間違いないらしい。
戦局を変えるだけの力があるが、それゆえに、相手にも強く警戒心を抱かせてしまう。切りどころを誤れば、自力で劣る私たちは、頓死しかねない――そういうことか。
「とはいえ、この状況で、手をこまねいて見ているわけにもいかんな」
そこで、膝をついていたリンドウ先生が立ち上がる。
「俺が敵を引きつけている間に、ヴィオレットとフォルガットだけでも逃がそう。演算炉の警備を揺動できない分、作戦は難化するかもしれんが、それでも――」
「だ、駄目だよ! それじゃ今度は、先生が犠牲になるじゃん! そんなの――」
最後まで言わせてもらえず、言葉は爆音に遮られる。
どうやら、本格的に防壁を崩しに来たようだ。いや、正面からだけではない。左右、倉庫の壁からも衝撃音が響いてくる。
「ヴィオレット、時間がないんだ。全滅するか否かの瀬戸際で、俺の無事は計算に入れている余裕がない」
「そんな、でもーー」
「でも、じゃない。ここは何かを、捨てる時だ。取捨選択ができないのなら、また大切なものを失うぞ――」
どこかで、誰かの叫び声がした。
顔も知らない仲間の一人が、倒れる音。先生の言う通りだ、ここでは誰かが犠牲になるのが正しい。
そして――そこに、私が立候補することはできない。誰か一人が身を切れば助かるという時に、自分が手を挙げられないというのは、これ以上ない苦痛だ。
「――マズい、みんな、伏せろ!」
防壁から頭を出していた、先生が叫ぶ。同時に、凄まじい衝撃が、私の体を転がした。
見れば――突っ込んできた車両が、"造源"の壁を突き破っていた。そして、そのひしゃげた車体から、何人もの風紀委員が降りてくる。
「くっ、"想像開――"」
咄嗟に、【ARC】を使おうとした私の前に、小柄な影が躍り出る。両手に投擲用の槍を手にしたカレンが、私とソーヤを守るようにして立ちはだかっていた。
「だーめっすよ、シオン先輩。ここはアタシたちに、任せてください!」
先頭を走ってくる敵の銃口が向くよりも早く、カレンの右手が閃いた。放たれた槍は正確に肩を貫き、そのまま、相手は地面に倒れ伏す。
その様に、一瞬だけ怯んだ隙を見逃さず、純白の鎧が切り込んだ。剛腕によって薙ぎ払われた剣には、刃こそ無いが、複数人を纏めて黙らせるには、十分な威力があったようだ。
しかし、それでも――状況は変わらない。
壊れた壁の隙間から、さらに風紀委員は押し寄せてくる。いや、もしかすると、最初よりも人数は増えているかもしれない。
「……いよいよ、正念場だな」
ガチャリ、と仰々しい音を起てて、先生は剣を握り直す。
【ARC】能力では、遠距離武器が創れない。
正確には、創れなくもないのだが、精密な機構を再現するのに、それなりの時間を要する、というのが正しいか。
そういう意味で【全身鎧】は、最適解であると言える。敵のスタン弾をほぼ無効化しつつ、機動力も損なわないのは流石の一言だ。
しかし――それは、無事を確約するものではない。
「総員――構え!」
無数の銃口が、白亜の騎士に向けられる。どう少なく見積もっても、敵の数は二桁以上。それでも、先生は真っ向から突進するつもりだ。
低く、身を屈める。腕が、体が縮み、次の瞬間の爆発に備え、力を蓄える。
それを見ていた私は、心拍がやけに遅くなって、何もかもがスローモーションになるのを感じていた。
まるで、次の瞬間に何が起こるのかを、既に知っているかのように。不吉な予感が、世界を鈍化させる。
「――シオン、こっちへ」
引き伸ばされた時間の中で、ソーヤが私の手を引く。杭を打ったように重い足を引き剥がすのに、数秒。宙ぶらりんのまま、私は、駆け出そうとして――。
――はらり、一枚の花弁が、私の前に舞い落ちる。
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