Episode 33.「【全身鎧】」
彼は、疾風のような身軽さで、レジスタンスたちとの距離を詰めつつ、いつぞやも使っていた、細身の剣を"創造"した。
銃火器で武装した相手に、それだけでは頼りないような気もしたが、ソーヤならば大丈夫だろう、という安心感もある。
だから、私はそのまま、彼がレジスタンスの集団に斬り込むのを、ただ見守ることにして――。
――その足が、不意に止まるのを見て、言葉を失った。
「――ッ!」
表情こそ見えなかったが、同じように、ソーヤも驚いているのがわかった。体を仰け反らせるようにして跳ねさせながら、急停止した彼は、目の前に現れたそれを、ただ見上げることしかできなかった。
ソーヤと、レジスタンスの間に割り込んできたのは、巨大なシルエット。
――曇り一つない、純白の鎧騎士。
「お前は、あの時の……!」
驚愕の中、声を絞り出したソーヤに、【全身鎧】は一瞥すらもくれることはなかった。その視線は、子供たちを襲うレジスタンスに向けられている。
最悪だ、と、私は頭を抱えたくなった。
私はまだ、万全に【ARC】が使えない。この状況で、暴徒の他に【全身鎧】など、手に負えるわけがない。
ここは、無理矢理にでもソーヤを連れて、一旦退くしかないだろう。そう判断した私は、ふらつく足に力を込めて――。
「――出たぞ、撃て!」
突如として響いた銃声に、意識がフリーズした。
レジスタンスたちは皆、一様に目を角を立て、【全身鎧】に発砲を始めた。等の本人はそれを意に介すこともなく、手元に"創造"した、刃の無い大剣を振り被る。
剛腕一閃、複数人の男たちを薙ぎ払う様を、私もソーヤも、呆然として眺めていた。
「……うそ、何であんたが、レジスタンスと戦ってるの……?」
当然、答えるはずもない。【全身鎧】は、そのまま児童たちを逃がし、私たちに背を向けようとした。
しかし、逃がすわけにはいかない。私は、その背中に向けて、言葉を投げかける。
「ちょっと、答えてよ! あんた、【トリカブト】の首魁なんじゃないの? なんで、仲間とぶつかってるのさ!」
ガシャン、と音を起てて、甲冑が立ち止まる。緩慢な動きで振り返ったそいつは、しばらくの間、私のことを見つめていた。
まるで、何かを伝えようとするかのように。
「……なに? 何か、言いたいの……?」
その意を汲もうと、私は、【全身鎧】に近付いていく。麻痺した頭は、正常な思考をさせてくれない。目の前のこいつが、何かを伝えようとしているのなら、それを聞かなければと、ふらふらの体を引き摺って――。
「――駄目だ、シオン!」
刹那、私の前にソーヤが割り込んできた。
無刃の大剣と、細身の直剣がぶつかり合い、火花を散らす。鍔迫りは数巡で弾け、彼我の間に、少しだけ距離が開く。
「……こいつ、君のことを連れて行こうとしていたよ。あと、何歩か進んでたら、強引に腕を掴まれていた」
「……え? 【全身鎧】が、私を……?」
意味がわからない。
私があいつを捕まえようとしているのは、ソーヤの市民IDという目的があるからだ。だが、向こうには、私を捕らえる理由など無い。
彼の思い込み――その可能性を消すように、【全身鎧】が剣を構える。応じるように半身になったソーヤが、先制で突きを放つ。
狙いは、プレート同士の僅かな隙間。しかし、相手はそれを読んでいたかのように、バックステップで躱そうとして――。
「――甘いね」
――ぐらり、バランスを崩す。
見れば、【全身鎧】の足元――踵の辺りに、突起物のようなものが出現していた。
恐らく、ソーヤが"創造"したものだろう。後ろに飛び退くのに失敗した、甲冑の間隙に、鋭く、刃が迫る――。
――が、その瞬間。【全身鎧】の全身が、まるでバネ細工のように、跳ね上がった。
明らかに人間の挙動とは違う、不可解な平行移動。渾身の一撃を空振ったソーヤも理解が追いつかず、目を丸くしている。
そんな中、私の胸には、カレンとのやり取りが去来していた。
『厄介なのが、あいつがこの鎧を十全に使いこなしてることっすね』
彼女が教えてくれた――あいつは、身に纏った鎧を自在に変形させて戦うのだと。
カレンは、ブーツの踵を伸ばす程度の使い方しか見せてくれなかったが、鎧の他の部分も変形できるというようなことを言っていた。つまり、今のは、鎧を大きく変形させることによって緊急回避を試みたのだろう。
その異様な挙動に、ソーヤの頬を冷や汗が伝う。彼は、私を庇うように立ち塞がりながら、振り返らずに口を開く。
「……っ、厄介な相手だね。シオン、ここは僕が引きつけるから、今のうちに、安全な所まで逃げるんだ」
「できないよ、そんなの。またソーヤと離れ離れになるなんて、嫌」
「ならないさ、シオンが逃げおおせたら、僕も様子を伺って、離脱するからさ」
私は頑として首を縦には振らなかった。
もし、万が一、億が一にでも、彼を再び失うことになれば、たぶん今度こそ私は耐えられない。
だから、戦うのならば一緒に、だ。
一歩前に踏み出して、ソーヤの隣に並びつつ、視線を手のひらに落とす。【ARC】は十全ではないにしろ、多少なら使えるようになってきている。
それに、カレンも言っていた。私の、規格外の能力であれば、この怪物にも立ち向かうことができるかもしれない――と。
「やろう、二人でならきっと、どうにかできるはずだから……!」
荒事は得意ではない。しかし、体育館での一件で、【ARC】が戦いに応用できることは分かっている。
できることをやる。それはずっと変わらない。何もかも、ソーヤと共にあるために――!
「――行くよっ!」
"想像開始"。カレンはすばしっこく、捕らえるのに苦労したが、彼女に比べれば【全身鎧】は鈍重だ。
その分、パワーはある。あの大きな剣を振り回し、レジスタンスたちを薙ぎ倒す腕力は、以前のような細い枝の如き"創造"では、へし折られてしまうだろう。
ならば、と、イメージが固まる。それに合わせるようにして、ソーヤが手元に何本もの片手剣を"創造"するのが見えた。
彼はそれを投擲しながら、【全身鎧】を牽制していた。しかし、当たったとしても傷一つつかない甲冑だ――最終的には、被弾覚悟で突っ込んでくるだろう。
そして、それは予想通り。焦れるように踏み出した一歩が、広場の石畳を踏み砕く。躱すとか、避けるだとか、そういった面倒なことを何もかも取っ払って、幅広の剣を盾に踏み込んできた。
「……っ、"工程完了"、"創造開始"!」
私の声に応えるように、【全身鎧】の周囲から円柱の柱が立ち上がる。取り囲むようにして、12本。一本一本が直径にして15センチはある、極太の檻だ。
強度は最高、いくら力が強くったって、これを越えてくることは――。
「――!」
瞬間、鎧が吠える。どこかで聞いたことがあるような、そんな響きを帯びた咆哮が空気を揺らしたかと思えば、不可解な軌道で、頭上に飛び上がった。
垂直に、3メートル以上。どう考えても人智を超えている、鎧の変形を使ったのだろう。
「おっけー、ここは任せて!」
空中にいる【全身鎧】に向けて、ソーヤが右手を掲げる。そうすれば、彼の周囲から舞い上がった"造源"が、奴の周囲に集まっていく。
ソーヤ=フォルガット。
彼の生前の【ARC】能力は、堂々の一級。
どころか、フウリンの研究対象だったのだ。もしかすると、私の規格外の力に近いくらいの"創造"ができたのかもしれない。いや、器用な彼のことだ、私以上のものを創ることも可能だろう。
カレンから聞いた、【全身鎧】の弱点――それは恐らく、高位能力者ではないということ。良くても二級、覚醒する前の私と変わらないか、それ以下の【ARC】しか使えない可能性が高いという。
ならば、この状況を打破することはできないはずだ――そう、思っていた。
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