Episode 23.「決裂/痛み」
「何度も言うわよ、シオン。【全身鎧】を追うなんて、絶対に許さないわ」
昼休み。サクラは膝に載せたお弁当箱を開きもせず、念を押すように、私にそう言った。
ランチタイム、混み合った食堂を避けた私たちは、人気のない場所を探して、学校の屋上に足を運んでいた。
頭上に広がるのが偽物の空とはいえ、私たちはこれしか知らない。これしか知らなければ、本物と同じ開放感が得られる――はずだったのだが。
噛み締めたパンの味が、遠退いていくのがわかる。どう考えても、昼食が不味くなる話題であることは間違いなかった。
「むぅ……ねえ、サクラ。もうその話、やめない?」
私は反射的に、「うげえ」と舌を出しそうになる。授業中の視線から何となく予想はついていたが、やはり、昨晩のお説教には続きがあるようだった。
聡い彼女のことだ。先ほどの、先生への質問の真意も読まれているのだろう。となれば、下らない言い逃れよりも、白旗の方が早い。
しかし、それで許してもらえるとは限らないのが、世の常だ。
「だーめ。シオンはソーヤのこととなると、いつも周りが見えなくなるじゃない。そもそも、相手は風紀委員連合がずーっと追いかけてるのに、捕まえられてない相手なのよ。どうやって立ち向かうつもり?」
「……いや、それは。でも、ソーヤはこの間も、互角に……」
「それじゃあ、ソーヤのことも危険に晒すつもりなの? ようやく、また会えたのに」
言葉が、出てこなくなる。
彼を危ない目に遭わせたいなんて、思っているはずがない。だけど、これ以上の方法なんてもう、思いつかない。
俯く私に、サクラはため息を一つ。言い合いでは、彼女に勝てた試しがない。
いつも最後には、こうして私が言いくるめられる。勿論それは、私のことを思って言ってくれているのだと知っているけれど、心が凹むのは抑えられない。
「……じゃあ、他にどんな方法があるのさ」
どうにか、それだけを絞り出す。返ってくる答えなど、分かりきっているのに。
「何度も言うけど、風紀委員や"管理者"に頼ることね。他にやりようなんてないわ、ここは、秩序あるコロニーだもの」
「その秩序っていうのは、ソーヤのことも守ってくれるの?」
「ええ、約束するわ。勿論、あなたのことも」
ソーヤが、レプリカントだったとしても?
そう口走りそうになって、ギリギリで堪える。代わりに出てきた感嘆詞は、中途半端に飲み下した結果、潰れた蛙のような音を奏でた。
サクラは、彼がレプリカントである可能性に気付いているのだろうか?
スキャンまでして、市民IDを持たないことを確認しているのだ。もしかすると、私よりもずっと早く、その結論に至っていたのかもしれない。
しかし、決して、それを私に伝えることはないだろう。彼女はとても、優しいから。
だから、今の提案というのも――そこまで全て織り込み済みで、尚、危険から遠ざけるためにしてくれているのだ。
わかってはいる、わかってはいても、飲み込むことができないでいた。
「……サクラだったらまあ、そう言うよね」
私はそう口にして、空になったパンの袋を握り潰した。噛み切れるスポンジを口に詰め込んでいたような感覚だったけれど、ちゃんと胃には重さが満ちていた。
これ以上は、平行線だ。私も曲がるつもりはないし、きっと、サクラだって主張を曲げたりしない。
私たちが大人なら、きっと落とし所ってやつを見つけるんだろうけど、生憎、ここには子供しかいない。だから、どちらかが諦めなければ終わらないような話し合いならば、一生結論が出ることはないのだ。
立ち上がる。この場所はもう、今の私には眩しすぎた。首の奥の方が詰まっていくような、緊張にも似た感覚に耐えかねて、私はくるりと、背を向ける。
「――【全身鎧】は、多分捕まえられないわよ」
踵を返して立ち去ろうとする私に、サクラはそう、投げかけてきた。
足が止まる。そうする意味などないと、一秒前に悟ったはずなのに。
「あいつの次の出現場所は、風紀委員の方でも絞り込んでる。だけど、その情報が部外者に漏れることはない」
「……それ、本当? なら……!」
「言うまでもなく、私だって漏らすつもりはない。特に、シオンには絶対に」
言い放つ彼女の瞳は、見たことがないくらいに鋭く、そして冷たかった。
思えば、私たちは喧嘩らしい喧嘩をしたことが無かった。だから、こんなに苛烈な感情を彼女から向けられるのは、人生で始めてだ。
逃げるように、私は屋上を後にした。追いかけてくるのを、少しだけ期待したが、足音はひとりきりのまま、校舎内の喧騒に帰っていく。
――【全身鎧】は、風紀委員に捕捉されている。
サクラが私に話してくれないだろうということは、予想がついていた。それ以外にも、私には一つ、アテがある。
屋上を出たその足で、二つほどフロアを降りる。私たちのクラスの、さらに一階下。そこは下級生――1年生たちの階だ。
進学してから、およそ四半期。そろそろ学校にも慣れ始め、惰性の空気が漂い始めている教室を、一つ一つ覗いていく。
目的の人物が何組かなんて、聞いたこともなかったから。もしかすると見つからないかもしれないな――なんて、ぼんやりと浮かべていた考えは、杞憂に終わった。
三つ目に覗いた教室の、窓際後ろ。射し込んできた陽をキラキラと照り返す、二つ結びの黄金色。恐らくは友人と思しき数名の女子生徒と会話をする、その横顔こそが、私が探していたものだ。
迷わずに扉を開いて、彼女の下に歩み寄る。突然、入ってきた上級生に教室はにわかにざわめいたものの、真横に接近するまで、彼女は私のことに気が付いていない様子だった。
「ねえ、カレンさん、だったよね?」
話しかければ、驚いたように肩を震わせて、カレンは振り返る。おどけたように見開いた目が、どこかコミカルで、一方でポップな愛らしさも帯びていた。
「うわっ、今日にびっくりするじゃないっすか、シオン先輩! どうしたんすか、急に教室まで押しかけてくるなんて」
「う、うん、急にごめんね。ちょっと、聞きたいことがあってさ。この後、時間いい?」
昨日はあれだけ怪しげな雰囲気を纏っていた彼女も、こうして話してみると、普通の女の子でしかない。
だから、それを口にするかどうかは、少しだけ迷った。けれど、もう、私に他人のことを慮る余裕なんて残っていない。
「……【全身鎧】について。知ってることを、教えてほしいんだ」
周囲にいた女子生徒たちが、困惑した様子で顔を見合わせる。それはそうだ、急に現れた上級生が、挨拶もそこそこに、テロリストの名を口にしたのだから。
カレンは、私の発言の意図を探ろうとしているかのように、しばらくこちらを見つめていた。それは咎めるかのように、あるいは品定めするかのように。どうあれ、貼り付くような緊張感があった。
私も負けじと、彼女を睨み返す。サクラに頼れない以上、話を聞ける可能性があるのは彼女しかいない。
それが、数秒。先に折れたのは、彼女の方だった。
「……はあ、わかったっすよ。その話、ここじゃできないんで、場所変えていいっすか?」
肩を竦めつつ、カレンは立ち上がる。予想通りの展開ではあったが、あまりに拍子抜けだ。
しかし、それはそれで都合がいい。私は、気だるげに先を行く、彼女の後を追った。
窓から吹き込む人工の風が、私の背を押す。それが正しいかの、答え合わせもできないままに。
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