第8話 満開の青い薔薇(3)


(これは……)


 二階は一階よりも酷かった。窓から突き破ってきたであろうツルが、二階の部屋まで押し寄せていた。廊下中に青い薔薇が咲いている。


(最悪……)


 あたしは巨大なツルによじ登って、前に進む。クレアの位置を確認すれば、大きく移動をしている。


(ちょっと、あたしの姿が見えないの!? GPS見なさいよ!)


 しかし、ぽちぽちボタンを押してメッセージを打ってる時間はない。あたしはツルを跨ぎ、よじ登り、その道を進む。


(メニーはいなくなるし)

(ロザリー人形は大量出現するし)


 ルビィ。


(……遅いわね)


 地面に足をつけると同時に、声が聞こえた。


「だれか」


 扉が叩かれた。あたしの肩がびくっと揺れた。


「開けて」


 しかし、あたしはその声にはっとする。気付いた。


「開かないの!」


 あたしは扉を見た。


「だれか、だれか!」


 あたしは辺りを見回した。ロザリー人形はいない。GPSを見た。このまま行けば、クレアに会える。後ろを見る。リトルルビィが来るかもしれない。そしたら、気付いたリトルルビィが助けてくれるかも。


「だれか! おねがい! 開けて!」

「……っ」


 あたしは小さく舌打ちをして、扉の方向に向かった。隠れながら小走りで走り、扉を叩いた。


「ひっ!」

「セーラ! 大声を出さないで!」

「っ!」


 セーラが扉の向こうから声を小声を出した。


「ロザリー……!?」

「今開けるわ。待ってて」


 ツルが扉に絡んでいる。ツルを掴み、ぐっと引っ張り、地面に下ろした。扉を左右に開くと、目を潤ませたセーラがあたしを見て抱きついた。


「ロザリー!」

「よし、いい子ね。怪我はない?」


 セーラが首を振った。


「マーガレット様は?」

「わかんない……」

「ロゼッタ様やグレゴリー様は?」

「わかんないの……! ヴァイオリン弾いてたら、急に……!」

「そう。怖かったわね。もう大丈夫よ」


 セーラを抱きしめて背中をなでると――足音に気付いて、あたしははっとした。遠くから聞こえてくる。


「ハニー」


 あたしはゆっくりと扉を閉めた。部屋を見渡す。


「ハニー」


 あたしはセーラを引っ張った。クローゼットの中に詰め込み、あたしも入って、扉を閉める。


「ハニー」


 足音が鳴る。


「……」


 セーラを抱きしめて、その小さな口を押さえる。セーラがあたしに身を寄せた。


「ハニー!」


 扉が勢いよく開けられた。


「ハニー!」


 ロザリー人形が部屋に入ってきた。ぐるぐると部屋を歩き回る。


「ハニー!」


 棚を見る。


「ハニー!」


 ソファーの下を見る。


「ハニー!」


 クローゼットを見る。


「……」


 じっと見てくる。


「……」


 あたしは目を瞑り、セーラの口を塞いだまま、唇を噛んだ。絶対、音は漏らしてはいけない。


「……」


 鼓動が早くなる。早くいなくなれ。早くいなくなれ。早くいなくなれ。


「ハ」


 ロザリー人形が手を伸ばした瞬間、扉の前で音が鳴った。はっとすると、あたしのポケットからGPSがなくなっていたことに気付いた。ロザリー人形の首がくるりと回り、扉の前に落ちたGPSを見た。


「ハニー!」


 ロザリー人形が通り過ぎていく。


「ハニー! ぎゅってしてぇー!」


 ロザリー人形が部屋から出て行く。廊下へ移動する。ロザリー人形の声が遠くなっていく。足音が聞こえなくなる。やがて、何も聞こえなくなる。


「……」

「……セーラ、頑張ったわね。よく耐えたわ」

「……」

「これからクレアに会いに行くの。来るでしょう?」

「……」

「おいで」


 クローゼットの扉を開けて、セーラを抱っこしてクローゼットから下ろす。あたしは扉の前に落ちてたGPSを拾い、地図を確認する。クレアが三階への階段を上がっているようだった。


(おっけー……。ここまでは順調よ。待ってなさい……)


 あたしはチラッとセーラを見た。


「セーラ、歩ける?」

「……」


 セーラがこくりと頷いた。


「いい子ね。行きましょう」


 セーラがあたしの手をしっかりと握り締めた。あたしもセーラの手を握り返し、部屋の扉を開けると――廊下の風景が、少し変わっていた。


(ん?)


「……え?」


 セーラが眉をひそめて、ツルだらけの廊下を見回した。


「ここ、お母様の部屋の前」


 あたしの手が滑って扉が閉められた。あたしはもう一度扉を開けてみた。セーラの部屋ではなく、ロゼッタ様の部屋に変わっていた。セーラが息を呑んだ。


「ロザリー、どうなってるの……?」


(……経験があるわね)


 去年、レオがあたしにやった。東区域から、西区域にあたしを移動させた。


(時空が歪んでる)


 この不可思議なツルのせいか。人から咲き乱れるブルーローズのせいか。


(だとしたら、メニーがクローゼットで消えた理由も納得がいくわ)


 メニーは消えてない。扉を開けたら、別の部屋のクローゼットに移動していたのかもしれない。


(ここから三階への階段は近かったわね)


「セーラ、クレアが三階に向かってる。行きましょう」

「……ロザリー」

「ロゼッタ様のお部屋にワープしてしまうだなんて、きっと魔法使い様がいたずらしたんだわ」

「……ん……」

「歩けるわね?」

「……ええ」

「よし、きた。おいで」


 セーラと移動を始める。しかし、この廊下もすでに兵士やメイドが倒れ、体からは美しい青い薔薇を咲かせている。セーラに見せたくはないが、見せないと通れない。だからせめて、その小さな身を抱き寄せ、離れないように一緒に歩く。巨大なツタがある時はあたしが先に渡り、セーラを抱っこしてこちらに運ぶ。そして、また手をしっかりと握り締める。


「こっちよ。セーラ」

「ん……」

「ハニー!」

「助けて!」

「「っ!」」


 セーラの頭を押さえながら慌てて伏せ、巨大なツルの陰に隠れた。使用人がロザリー人形に襲われた音が聞こえた。


「ハニー! ぎゅってしてぇー!」

「わああああああああああああああ!!!」


 綺麗な青い薔薇が咲いた。


「ハニー!」


 ロザリー人形がまた巡回を始める。


(くそ。階段の周りを歩いてるわね……)


 GPSを覗く。クレアは三階にいる。


(三階に行けば、合流できる)


 その前に、


(あの人形をどうにかしないと)


 階段の周りをうろうろしている。前に行ったと思えば、頭を反対方向に回し、後ろに戻ってくる。


(動けない……)


 あたしは辺りを見回す。外には行けない。ツルが外から宮殿に突っ込んでいる。


(……)


 あたしはツルの陰に隠れて、静かにメッセージを打った。



 送信先:メニー

 ニクス、まだ青い薔薇を咲かせてない?



 新しいメッセージが受信された。音は鳴らないように設定してある。開いてみる。



 送信者:メニー

 受信者:自分

 不思議なんだけど、今いる場所は安全みたい。テリーは大丈夫?



 あたしの指がボタンを押した。『それが、目の前にロザリー人形が、』


 ――ここで、細い手に口を塞がれた。



「しい」



 ソフィアが人指し指を立て、あたしは呆然と息を止め、セーラがあたしに抱きついたままうずくまった。ソフィアがあたしの口から手を離し、慎重にツルの向こうを覗いた。ロザリー人形がうろうろしているのが見える。


「……動かないのよ」

「うん。何かを待ってるみたいだね」

「……ソフィア、リトルルビィを見なかった? 東階段辺りにいたと思うんだけど」

「ごめんね。私は南階段から来たんだ。だから会ってない」

「……そう」

「……リトルルビィと行動してたの?」

「一緒にクレアに会いに行こうとしたんだけど、ロザリー人形が沸いてきて、……追いかけるから、先に行ってって」

「……」


 ソフィアがちらっとセーラを見た。


「……小さな子もいるのに、魔法使い様は容赦ないね」


 ソフィアがあたしの背中をなでた。


「テリー」

「何」

「私が囮になって無事に逃げ切ったら、デートしてくれる?」

「ソフィア、こんな時にばかなこと言わないで」

「あれ、完全に待ってるよ。誰も三階に行かせないと言ってるみたいだ」


 ソフィアがあたしを見た。


「私が行ったところでどうせ突風を起こすか、催眠をかけることしか出来ないし、やるなら逃げるほうが慣れてる」


 ソフィアが銀の笛を持った。


「これね、正しいことに使うならいいよって、クレア殿下が返してくれたの」

「……」

「君を慕ってる小さな子もいるし、だったら、行くのは君が適任だ」

「……」

「私なら大丈夫。こういう役割は慣れてるから」


 ソフィアがにっこり笑った。


「ね? 助かったらデートしてくれる?」

「……ソフィア、それなんて言うか知ってる? 死亡フラグって言うのよ」

「死なないよ。捕まったところで、たかが青い薔薇を咲かせるだけでしょ」

「……全部終わってからもう一回言いなさい。考えてあげなくもないわ」

「……くすす」


 ソフィアがいつものように口角を上げた。


「俄然やる気が出てきた」


 ソフィアがあたしを見た。


「いい? チャンスは一回だけだと思って」

「わかった」

「姫様」


 セーラがソフィアを見た。


「このお姉さんの手、ちゃんと握ってて」


 セーラがこくりと頷いた。ソフィアが微笑み、口角を下げ、前を見た。


「行くよ。テリー」

「いつでも」

「くすす。凛々しいこと。その姿を見て、もっと君が恋しくなった」


 ソフィアが裸足でツルを渡り、地面に下りた。小走りで近づき、笛を奏でた。ぴゅう。その音が響けば、ロザリー人形がくるりと顔を回して、ソフィアに振り向いた。


「ハニー!」


 ソフィアに突っ込んできた。


「ぎゅってしてぇー!」


 ソフィアが笛を吹くと、強い風が起き、ロザリー人形がころんと吹き飛ばされた。その隙にあたしとセーラが走り出した。一気に階段を駆け上がる。ロザリー人形が立ち上がった。


「ハニー!」


 ソフィアが笛を奏でる。風が起きる。ロザリー人形が吹き飛ばされた。


「ぎゅってしてー!」


 ロザリー人形が立ち上がり、突っ込んできた。ソフィアが華麗に避け、笛を吹いた。ぴゅう。再び風が起きるが、その突風を無視してロザリー人形が突っ込んできた。


「っ」


 ソフィアがはっと目を見開き、ぎりぎりで避けた。ロザリー人形が壁にぴったりくっつき、頭をくるりと回した。


「ハニー!」

「……魔法が効かなくなった……?」

「ぎゅってしてー!」


 突っ込んでくるロザリーにソフィアが避けた。


「くすす。これは」


 ……いけないな。逃げよう。


 迷った時は、さっさと逃げる。怪盗時代に学んだ経験を活かそうと、ソフィアがツルの向こうに飛ぶと、その先にロザリー人形が待っていた。


「っ!」

「ハニー!」


 五体のロザリー人形に囲まれた。


「ぎゅってしてー!」

「……っ!」


 ソフィアが避けようとすると、ツルが勝手に伸びた。足首を絡まる。


「しまっ……!」


 ソフィアがバランスを崩した。


「っ」


 ソフィアが地面にたたき付けられた。


「ハニー!」


 五体のロザリー人形がソフィアに乗っかった。


「ぎゅってして!」

「ぎゅってして!」

「ぎゅってして!」

「ぎゅってして!」

「ぎゅってして!」

「っ」


 ソフィアに種が植え付けられた。


「ハニー! だぁーいすき!」


 水を注がれた。体の中から何かが伸びてくる。


「……っ」


 ソフィアが体を力ませた。中から何か出てくる。がんがん耳鳴りがして、頭痛が起き、何かが響く。シンバルを頭の中で鳴らされているような感覚。


 ――あなたはこの飴の力で、人を助けるのです。悪を懲らしめるのです。


 ――あなたなら、善と悪が分かるはず。


 ――さあ、お舐め。さすれば、あなたに、幸福が訪れるでしょう。


 笑う紫の魔法使い。授けられた呪い。


 催眠の力。


 ソフィアが目を開く。ロザリー人形で埋め尽くされている。


 ――全部で五体。


 ソフィアは考える。その考える脳すら、ツルで巻かれていく。ぎゅっと締め付けられ、ソフィアが唸り――口角を上げた。


 ――たかが、人形に、簡単に、わたしが、やられるとでも?


 目がちかちかしてくる。


 ――わたしを、だれだと、思ってる?


 目が黄金に輝く。


「わたしは、かいとう、ぱすとりる」


 地獄を見てきた。


「人形ごとき、わたしのてに、かかれば」


 その脳を支配する。


「ぬすんで、みせよう」


 その心を支配する。


「お前達の、心臓を」


 ソフィアがにやりとした。黄金の瞳がきらきらと輝く。ロザリー人形の心臓が盗まれた。全員ソフィアに夢中になる。あら、なにこのときめき。ハニー、なんて素敵なの。とぅんく。あら、やだわ。とぅんく、とぅんくとぅんく。あら、止まらない。とぅんくとぅんくとぅんくとぅんくとぅんく。どうしよう。どきどきしちゃう。心臓が、止、ま、ら、な、い、の。とぅんくとぅんくとぅんくとぅんくとぅんくとぅんくとぅんくとぅんくとぅんくとぅんくとぅんくとぅんくとぅんくとぅんくとぅんく。


 心臓が爆発した。五体のロザリー人形の胸に穴が開き、二度とふさがらない。五体が倒れた。そのまま、もう、動かなくなる。


「くすす」


 笑い声だけが響く。


「ああ、苦しい」


 体内でうごめいている。

 恨みが。

 憎しみが。

 ぐるぐる回って。

 消えることがない。

 消えない。

 消えない。

 消えない。

 自分を騙した貴族。

 許さない。

 恨み。

 憎しみ。

 許さない。

 許さない。

 許されない。



「貴族が憎くて仕方ないなら、あたしがあんたを拾ってあげる」



 握った手をぶんぶん。



「あたし達、良いパートナーになれるわ」



 幸せを求めた先に、彼女がいた。



「テリー」


 手を伸ばす。


「恋しい、君」


 私の心を盗んだ恋泥棒。


「テリー」


 最後まで、その姿を。


「……テ……」


 ソフィアの口からツルが生えた。ソフィアの体が痙攣した。


「っ」


 ソフィアの耳から、目から、爪の間から、毛穴から、ツルが伸びて、伸びて、それはそれは綺麗な青い薔薇を咲かせた。


「……」


 それでも、笑みは崩さない。ここで崩したら、せっかくの美人な顔が台無しだ。せっかくデートしてもらえるかもしれないのに。残念な顔になったら、断られるかも。だから、笑みを崩したりはしない。『恋しい君』を想えば、この程度、なんともない。


 恋しい君。

 恋しいテリー。



 ――テリー。








 笛吹きの泥棒は微笑む。


 自分の心が盗まれた時のように、くすすと笑って、


 ――やがて、動かなくなった。



(*'ω'*)



 三階へ駆け上がる。あたしはセーラを容赦なく引っ張る。だが、セーラもそれについてくる。三階。あたし達は両方の扉を勢いよく開けた。


 たどりついたのは、大聖堂。そこでセーラが力尽き、へたりと座り込んだ。


「クレア!」


 あたしは中に入り、叫んだ。


「クレア!」


 見回す。誰もいない。クレアも、ロザリー人形も。


「クレア、宮殿が、変なツルに、呑まれて!」


 ぐるりと見渡す。何もない。


「クレア! わかってるんでしょう!?」


 振り向く。


「宮殿が!」


 振り向く。


「呑まれて!」


 振り向く。


「屋根に、青い花のつぼみが」


 振り向く。


「このままじゃ、みんな!」


 振り向く。


「咲いてしまうわ!」


 あたしは振り返った。













「やっぱり、お前は薔薇が似合うな。テリー」










 キッドが、あたしに薔薇の髪飾りをつけた。

 あたしの髪の毛が揺れる。

 あたしの瞳が揺れる。

 キッドが微笑む。


「くくっ」


 キッドが首を傾げた。


「驚いた?」

「……キッド……?」


 あたしの視界に、キッドがいる。


「なに、してるの……?」

「お前の髪に、髪飾りを挿してる。……くくっ。綺麗」

「……いつ、戻ってきたの……?」

「……さあ? いつだろう?」


 キッドが微笑んでいる。


「気がついたら」

「……ふざけないで」

「そんな顔するなよ。せっかくの結婚式が台無しになるぞ」

「……何言ってるの?」


 眉間にしわを寄せる。


「あたし、結婚なんてしない」

「お前こそ何言ってるの?」


 キッドが正装になった。


「今日は、俺とお前の結婚式だ」


 自分の姿を見下ろした。あたしは、キッドから貰った赤いドレスを着ていた。


「そのドレスは、今日のためのドレスと言っても、過言ではない」


 鐘が鳴る。


「綺麗だよ。テリー」

「っ」


 あたしが一歩下がると、キッドがあたしの手首を掴んだ。


「いっ……!」

「逃げないで。テリー」


 キッドが強く握ってくる。


「逃げたら、この骨を折ってしまうよ」

「い、いたい! 痛い!! 放して!! 痛いっ!!」

「や、やめて! お兄様!」


 セーラが走ってきた。


「ロザリーに乱暴しないで!」

「ふふっ。いい子は座ってようね。セーラ」


 キッドがパチンと指を鳴らすと、セーラが吹き飛んだ。あたしは必死に手を伸ばしたが、その手は届かない。セーラが地面に引きずられ、無理矢理椅子に座らされた。


「きゃあっ!」

「セーラ!」


 あたしはキッドに手を引っ張られた。


「やっ!」

「お前はこっち」

「お前、セーラに何したのよ!」

「彼女は参列者だ。俺達の幸せを見届ける義務がある」

「何言って……」


 幸せの鐘が鳴る。セーラが何か言おうとして口を開けると、チャックのように閉じられた。セーラが口をもごもごさせる。


「セーラ!」


 キッドに無言で引っ張られる。


「やめて! 離してよ!」

「いいよ。誓いを立てた後でね」

「キッド、あんた、どうしちゃったのよ!」

「見てごらん。テリー。みんなが俺達の結婚を祝福してくれているよ」


 あたしが瞬きをした瞬間、席の全てにロザリー人形が座った。セーラが驚いて辺りを見回し、顔をぞっと青くさせる。怖いと、目が訴えている。セーラが思わずあたしを見た。


「セーラ!」

「花婿よりも、花婿の従姉妹か? 今はだめ。我慢して」

「キッド、冷静におなり! ……わかった。ラプンツェルの花の毒にやられたんでしょう。いいわ。今なら許してあげる。塔に行きましょう。クレアなら何とかしてくれるから!」

「ラプンツェルの花の毒? それはリオンがやられたんだ。俺がやられたのは、お前が放った愛の毒さ」


 鐘が鳴る。


「さあ、始めよう」


 大聖堂に音が包む。


「結婚式だ」


 ロザリー人形が微笑んで拍手を送った。


「俺達はここで結ばれる」

「い、いやっ!」

「さあ、テリー、おいで」

「いや! いやよ! いや!!」


 キッドが無理矢理引っ張ってくるのを、青い顔で止める。


「キッド! 一回、一回止まって! 冷静になるのよ!」

「俺は冷静だよ。ただテリーを愛してるだけ。だから結婚する。結婚したらどうなると思う?」


 そっと、優しく、あたしの腰に触れた。


「夫婦になれる」


 夫婦になったらどうなる?


「家族になる」


 家族になったらどうなる?


「子供を作る」


 子供を作ってどうなる?


「この命が尽きるまで、一緒にいるんだ」


 お墓は、


「一緒に入ろう」


 手を繋いで、抱き締め合って、くっついて、眠るように死んでいこう。


「そうすれば、俺達は、死んでも一緒にいられる」

「死が二人を分かつ時」

「それは俺達が一つになる時」

「さあ、愛しいテリー」

「俺と一つになろう」


 てめえは何言ってるのよ!!


「いやーーーーーー!!!」


 今まで以上にわけのわからないキッドに、ひたすら足を引きずらせる。


「結婚なんて、誰がするか!! そもそも約束が違うのよ!!」

「テリー、静かに」

「ごほん!」


 神父が聖書を読んだ。


「えー、そなたはこの女を妻とし、神の導きによって夫婦になろうとしておる。汝、健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、共に助け合い、その命ある限り、この女を妻として愛することを誓うかー」

「誓います」

「えー、そなたはこの男を夫とし、神の導きによって夫婦になろうとしておる。汝、健やかなる時も、えー、うんたらかんたら、以下略で、この男を夫として愛することを誓うかー」

「誓いません!!」

「神父様、彼女は嘘つきなんです。嘘しか言えません。つまり、誓わないと言うのは嘘。誓いますと言いたいのです」

「いいえ! あたしは正直者ですわ! こいつとなんか、結婚なんてごめんです!!」

「お前は嘘つきじゃないか」


 キッドがにこりと笑った。


「ロザリーと名乗ったのは誰だ? マーガレットとロゼッタおば様が消えた時、セーラになんて言った? メイドのサリアにはなんて言って知恵を借りた? メニーを愛してないと言ったのは誰だ?」


 キッドが笑う。


「お前は嘘つきだ」


 キッドが指輪を取り出した。


「俺はお前の全ての言葉を逆さに取ろう。誓わないは誓う。嫌いは好き。お前の言葉を逆にすれば、全ては愛に変わる。好きと嫌いは紙一重。まさに、俺とお前のように、反対者だ。お前が裏の言葉を使うなら、俺は表の言葉を使おう」


 あたしは逃げようと一歩踏み出そうとして、気付いた。


「愛してる」


 ツルがあたしの足を絡まっている。動けない。


「愛してるよ。テリー」


 あたしの薬指に、舞踏会の日に捨てたはずの指輪がはめられた。サイズはもちろんぴったり。神父様が叫ぶ。


「さあ! 誓いのキスを!」

「テリー」


 キッドがあたしに屈んだ。


「俺のプリンセス」


 あたしの顎を掴んで、上に上げる。


「ずっと大切にするよ」


 キッドが幸せそうに微笑み、神父様とロザリー人形が拍手をした。セーラが無理矢理拍手をさせられた。キッドがあたしに唇を寄せた。その時に、キッドの顔がよく見えた。そして、――そこで気付いた。


「誰」


 ――拍手が止まった。キッドがぴたりと止まった。ゆっくりと瞼を上げ、あたしを見てきた。


「キッドじゃない」

「何言ってるの」


 キッドは微笑む。


「俺はキッドだよ」

「違う」


 あたしはおもむろにキッドの胸を触った。ロザリー人形達が口を押さえた。きゃあ! えっち!


「してない」


 胸がある。


「キッドはいつも胸に何か巻いてるの。だから」


 見る。


「違う」


 見る。


「目の色も違う」


 あたしの記憶するキッドの顔と見比べる。


「誰」


 じっと見れば見るほど、違う。


「お前、誰?」

「おお! なんということだ!」


 神父様が聖書をぱたんと閉じた。


「神の前で嘘を吐くピエロがいるとは! こいつはいかん! 神よ! どうか許したまえ!」


 だめです。許しません。神父様が小声で喋ると、また顔を上げた。


「おお! 神が許さないそうだ! 一体、どうしたら許してくれますか!?」


 嘘つきを排除したら許そう。神父様が小声で喋ると、また顔を上げた。


「嘘つきを排除したら許してくださるそうだ! ならば仕方ない!」


 神父様が服を脱ぎ捨てた。


「責任持って」


 クレアがにやりとした。


「あたくしがすべて、排除しよう!!」


 銃をそれに向け、一気に撃った。しかし、撃たれる前にそれの影が消えた。あたしが後退ると、クレアがあたしの前に出て、ぎょろりと目を回した。それが天井から地面に着地した。太もものベルトから銃を取り出し、クレアが撃った。それを守るようにロザリー人形が壁になった。


「「ハニー!!」」

「偽者よ!」


 ロザリーがクレアのドレスをくっと引っ張った。


「お姉様、やっつけちゃって!」

「おお! 神よ! 罪を許したまえ! 責任持って、排除しますから!」


 クレアが有言実行で銃を連発した。ロザリー人形に穴が空いて動かなくなる。クレアが全方位に狙いを定めてバズーカを打った。ロザリー人形に穴が空いて動かなくなる。しかしロザリー人形はまだまだ溢れてくる。だって、みんなクレアに青い薔薇を咲かせたがっている。クレアを肥料にしたら、それはそれは、誰よりも美しい青い薔薇を咲かせるに違いない。


 けれど、クレアはそれが嫌みたい。


「だって、あたくし、敏感肌だから」


 クレアがくい、とひもを引っ張ると、地面に穴が開いた。ロザリー人形達がなだれていく。ひゅーん! と落ちていくと、その先には下水が待っていた。下水に落ちたロザリー。電池で動くから感電していくよ。びりびり。下水道が叫び声に包まれた。


「「バニィィィイイイイ!!」」

「「ぎゅっでじでえええええ!!」」


 ロザリーがクレアのドレスをくっと引っ張った。


「お姉様、油断しないで! まだいっぱいいるわ!」

「おお! 神よ! 罪を許したまえ! ちゃんと片付けますから!」


 容赦なくクレアが発砲を続ける。ロザリー人形が穴だらけになって倒れていく。しかしロザリー人形はまだまだ溢れてくる。だって、みんなクレアに青い薔薇を咲かせたがっている。クレアを肥料にしたら、それはそれは、誰よりも美しい青い薔薇を咲かせるに違いない。


 けれど、クレアはそれが嫌みたい。


「だって、あたくし、か弱いから」


 クレアがマシンガンを構え、ためらいなく四方八方に撃った。ロザリー人形がどんどん倒れて動かなくなっていく。お祝いの花が降ってきた。種が撒かれる。ロザリーがクレアの前に出た。


「そんなことさせないんだから!」


 ロザリーが大きくなって、クレアとあたしを守った。ロザリーがロザリー人形達を踏み潰した。


「ハニー!」

「ぎゅってしてー!」


 その言葉の通りにぎゅって踏み潰していく。


「ハニー!」

「ぎゅってしないでー!」


 ロザリーがロザリー人形達を踏み潰していく。


「あーん!」

「いやーん!」

「つぶれちゃう!」


 ぺったん。ぺったん。


「ハニー!」

「ハニー!」

「ハニー!」


 ぺったん。ぺったん。


「「えーい!」」


 ロザリー人形達が種を撒いた。しかし、大きくなったロザリーがそれを跳ね返した。


「「あら」」


 ロザリー人形達に種が撒かれた。


「「あらあら」」


 ロザリーが象さんのじょうろで水をあげれば、ロザリー人形達からツルが伸びた。


「「あああら、大変!」」


 青い薔薇が咲いて、みんな動かなくなった。


 しかしまだ残ってる。大きくなったロザリーの隙間から、ロザリー人形達がくぐり抜けて、あたし達に走ってきた。みんなクレアに青い薔薇を咲かせたがっている。クレアを肥料にしたら、それはそれは、誰よりも美しい青い薔薇を咲かせるに違いない。


 けれど、クレアはそれが嫌みたい。


「だって、あたくし、お姫様だから」


 クレアがスイッチを押した。ミサイルが宇宙に向かって発射された。しかし方向転換し、マールス宮殿の三階に戻ってきた。ロザリー人形達がミサイルの爆発に巻き込まれた。吹き飛んでいく。燃えていく。ロザリー人形達がばたばた走り回る。その中を、クレアが種の代わりに塩をまいた。


「神よ! 静まりたまえ!」


 ロザリー人形達が暴れまわる。


「神よ! 清めたまえ!!」


 ロザリー人形達が燃えていく。


「あはは!」


 ロザリー人形達が破壊されていく。


「あははははははは!!」


 もっともっと、塩を降らせよう。


「あはははははははははははははは!!!」


 こんがり塩焼きロザリー人形の出来上がり! ランチのデザートにいかがかな?


「「バニイイイイイイイイイイイ!!」」

「「だぁぁぁあああいいいいいずううううぎいいいいい!!」」


 丸焦げのロザリー人形達が倒れ、誰も動かなくなった。そして、とても素敵な青い薔薇を咲かせた。


 キッドのまねをした影がふらりと揺れた。きょろりと辺りを見回した。こっちを見た途端、頭を撃たれた。御札に穴が空いた途端、それはただの人形に成り代わった。人形がロザリー人形の上に倒れた瞬間、セーラがその場でふらりと倒れる。気絶したようだ。


「神よ、排除が終わりました。どうか、罪を許したまえ。あー、ドール」


 クレアが全ての人形を生贄に、祈りを捧げたのを、あたしとロザリーが見ていた。クレアがあたしに振り向く。


「テリー・ベックス。よくぞ真実を見抜いた。お前にはこれが終わったら褒美をやろう」

「……何くれるの?」

「ロザリー人形」

「いらない」


 がたんと宮殿が揺れた。あたしとクレアが窓を見た。屋根に生える巨大な青い薔薇のつぼみが開きそうだ。


「クレア」

「テリー、お前に仕事を振ろう」

「え?」

「あの花が咲く時、この宮殿は闇に覆われるだろう。しかし、一つだけ、助かる方法がある」


 クレアがあたしの足を見た。


「お前の魔法だ」


 金の帽子がきらきら光っている。


「天使様に導いてもらうんだ」

「あんた、何とかできないの?」

「あの花には巨大な魔力が秘められている。たかが人間のあたくしには触れられない」

「あんたには魔力があるじゃない」

「無理なものは無理だ。だが、魔法には必ず抜け穴がある。あたくしはそれを知っている。今までだって、そうやって切り抜けてきた」


 青い瞳は見つめる。


「お爺様も、その前の者達も、そうやって切り抜けた。今の時代、救世主が簡単に現れるわけではない。ならば、自分が救世主になるしかない」


 つぼみがぷるぷる震えている。


「大丈夫。天使様は知っている」


 クレアが振り向いた。


「テリー」


 微笑んだ。


「俺を信じて」


 その瞬間、宮殿が大きく揺れた。

 空は暗く、ツルが喜びの声をあげる。

 青い色のつぼみが開いていく。

 満開だ。

 花が開かれた。

 闇が宮殿を飲み込んでいく。

 コネッドが絶望した。もう終わりだ。

 ニクスが希望を持った。まだ終わりじゃない。

 ドロシーは目を閉じた。

 リトルルビィが咲いている。花が満開。

 ソフィアが咲いている。花が満開。

 青い薔薇が咲いた。花が満開。


 ブルーローズが咲いた。咲いた。咲いた。綺麗に咲いた。とても美しい。


 クレアが飲み込まれた。セーラが飲み込まれた。二階が飲み込まれた。一階が飲み込まれた。外が飲み込まれた。ロザリー人形が飲み込まれた。


 とうとうあたしも飲み込まれた。




 闇が広がる。



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