第8話 満開の青い薔薇(1)


 あたし達が外に出られたのは翌日のことだった。


 救出隊による作業手順としては、まずは体調の悪い者達を優先に上へ運び、なぜかいた動物達を数人がかりで運び、地下都市に兵士や騎士も連れて来られていたことから動ける者達が増え、どんどん解放されていった。マールス宮殿の使用人達はみんな驚き、無事だった親友のぺスカと再会し、ラメールはとても驚いていた。お前、海の中で女を作って遊んでたわけじゃなかったのか!? んなわけねえだろ!! 大変だったんだぞ! 鬼が島みたいなところに閉じ込められてだなあ! うんたらかんたら。どんどん運び込まれる使用人達を見て、マールス小宮殿の全員が唖然とした。そして、その中に青い顔で運ばれていくメイドを見て、コネッドがはっとし、慌てて駆け寄った。


「リリー、オラだ。コネッドだ」

「ミケ、オラだ。覚えてるか」

「ああ、先輩、オラ、コネッドですだ」

「アンネ、クラーク、マリア、ルイス、エリン、レベッカ、ベッキー、オラだ。オラだよ。みんな、大丈夫か? オラ、コネッドだ!」


 コネッドが涙をぼろぼろ落とした。


「一番仕事の出来ないメイドの、コネッドだよ。みんな、大丈夫だったか!?」


 多くのメイド達が部屋に運ばれ、医者が部屋で治療を始めた。なんてことはない。ストレスと疲労が溜まっているだけだろう。少し休ませれば、大丈夫。


 解放されたロゼッタが一番に部屋へと走った。


「セーラ!」


 ヴァイオリンを弾いていたセーラが振り返った。


「ああ! セーラ!」

「お母様!」


 ロゼッタがセーラを強く抱きしめた。


「セーラ、会いたかったわ。大丈夫? 怪我はない?」

「お母様、お帰りなさい!」


 セーラが微笑んだ。


「メイドから聞いたわ! マーガレットと出かけてたんでしょう? 楽しかった?」

「……ええ。楽しかったわ」


 ロゼッタがセーラを抱きしめて、頷いた。


「今度は、あなたも一緒に行きましょうね」

「……うん」


 セーラがヴァイオリンを掴んだまま、笑顔でロゼッタを抱きしめ返した。扉が開き、マーガレットとグレゴリー様も部屋に入り、家族でお互いを抱きしめあう。


 一方、使用人の休憩室ではシェフが戻ってきた。


「ただいまぁー!」

「おかえりぃー!」

「ロップイ! にわとりを捕まえてきたんだ! 今日は、にわとり料理さ!」

「わお! 素敵だね! ぶぉくは、いつものように砥石を作っておくよ!」

「わお! 最高だね! お願いするよ! ロップイ!」


 トロは料理を始め、ロップイはいつものように、石同士を叩いて音を鳴らし始めた。


 一方、マールス宮殿の書斎では、熱い抱擁が繰り返されていた。


「リリアヌ!」

「ミカエロ!」

「君のいない間、どれだけ不安だったことか! 私はもう、君なしでは生きてはいけない!」

「ミカエロ、とても寂しかったのね。ごめんなさい。でももう大丈夫よ!」

「愛してる! ハニー!」

「あん! いけないわ! ダーリン! こんなところで!」

「もう我慢できない!」

「そんな、あん! ダーリン! 愛してる!」


 一方、スペード博士とクラブは、運ばれてきた老人を見て、にやにやと笑みを浮かべた。


「な、何をする気だ! わしは、まだ諦めてないぞ! 飴を! 飴をよこせ!」

「行くぞ。助手君」

「消毒開始! とかなんとか!」


 研究室では甲高い悲鳴が聞こえた。


 みんなが解放され、地下都市はまだ残されている。空っぽになった地下都市を、これから細かく調査していくらしい。


 あたしはそっと手を伸ばし、――眠るリオンの頬に触れた。


「レオ」


 時期に彼も目を覚ます。


「この役立たず」


 頬をつねる。


「クレアがいなかったから、どうなってたことか。可愛い妹を救えなかったこと、反省なさい」


 リオンはまだ目を覚まさない。


「今日はお休みを貰ったの。暇だからお前が目を開けるのをここで待ってあげるわ」


 あたしは膝の上に本を乗せる。


「この本を読み終える前に目を覚まさないと、ミックスマックスのイベント、ついていってあげないから」


 古い本なのに、インクが濃く目立つ。あたしは表紙を開き、ページをめくった。



(*'ω'*)



 ×月×日



 ああ、靴がほしい。あたしは靴が欲しいよ。そうだね。魅力的な赤い靴がほしいね。赤い靴は正しい方向へ導いてくれるんだ。逆に、それが悪い方向でも、履いてる本人が正しいと思えば、それは正しいものになってしまう。ああ、いいね。魅力的だね。赤い靴。ほしいね。赤い靴。魔法で作ってみるかね。赤い靴。


 ああ! なんてことだろうね! 緑の靴になっちまったよ! あたしの肌と同じ色じゃないかい! これじゃ、まるで裸足だよ!!



(*'ω'*)



 ×月×日



 吸血鬼のつばには治癒の力があるそうだ。いいね。そのつばはどんな味がするんだろうね。あたしはぜひ味わってみたいよ。でも吸血鬼の奴ら、この間、この城にくるやいなや、臭いと連呼しまくりやがった。なんなんだろうね! あいつら! 主様の前ではぺこぺこしてるくせに! あたしだって世界一意地悪な魔女なんだよ! 畜生! 絶対目にもの見せてくれるわ!



(*'ω'*)



 ×月×日



 やった! やった! 魔法の鏡を手に入れたよ!

 これをどこかにぽんと置いてね、誰かに意地悪してやる。なんていったってね、あたしは世界一悪い魔女だからね!

 呪われた奴らは大騒ぎだ。

 くれぐれも、鏡は鏡で跳ね飛ばすことができるだなんて、公言しちゃいけないよ。魔法だってね、欠点があるってもんさ。


 さて、お腹が空いたね。今日は何を食べようかね。



(*'ω'*)



 ×月×日



 この魔法の笛をぴゅうと吹けば、南と北の風がぶつかって、大嵐になって、竜巻が起きる。この魔法は絶対にあたし以外には使わせないよ。これを、心の綺麗な者に持たせてみろ。何をされるのかわかりゃしない。ああ、怖い怖い。でもね、そんなのはありえない。なんていったってね、あたしが手元に持っているのだからね。この笛を奪われたら、もう手出しはできないよ。それくらいこの魔法の笛は強力な道具さ。


 よし、暇つぶしだ。これでウィンキーどもを驚かせてやろう。死人が出ても、しっらなーい!



(*'ω'*)



 ×月×日



 人間ってとても愚かな生き物だと、あたしは常々思うね。あいつらは多重人格者だ。笑顔の裏では喜怒哀楽のすべての顔が揃った上で視界に映る奴らを見ているんだ。それも全員。人間は嘘つきさ。だから主様に見限られてしまうんだ。ばかだね。それに比べて、あたしは正直者さ。やりたいこともこれからしようと思っていることもすべて口に出すからね。でもね、人間の前ではあたしだって嘘つきになるよ。だって相手が嘘つきなのだから、こっちが嘘をついたってかまいやしないじゃないか。


 全部、人間が悪いんだ。

 主様が可哀想だ。



(*'ω'*)



 ×月×日



 金の帽子を使おうか。いや、まだだめだ。いざという時でないと使わないよ。もう一回しかないからね。一度目はこの西の国を支配した時。二度目は怒らせた主様に許しを乞いに行った時。どれも必要なことだった。全部で三回だ。ああ、でも使いたい。いや、だめだ。まだしまっておこう。ああ、金色の帽子。サルどもめ。くそ。ああ、使いたいよう……。



(*'ω'*)



 ばらばらとページをめくる。

 そこには、とある日を境に、女の子について語られる文章になっていった。



(*'ω'*)



 ×月×日



 なんて生意気なんだろうね。あの女の子。あたしが命令したことを、全部簡単にこなしてきやがる! くそ! ドロシーめ! 許さないよ! これじゃあ、意地悪ができないじゃないか! ただの仕事を押し付ける主の絵になっちまう! あたしゃ、意地悪がしたいんだよ! くそ! ドロシーを泣かせるいい方法はないかね!? ああ、そうだ! いいことを思いついた! あいつが寝ている隙に、三つ編みを解いてやろう! そしてあいつの着ているドレスを、ネグリジェに替えてやる! ぐふふふ! これであいつも泣き叫ぶに違いない!



 なんてことだろうね! 喜んじまったよ! あたしは意地悪がしたいのに! これじゃあ、ただの親切な人じゃないか! というか、ネグリジェに替えた時に、あの銀の靴を脱がすんだった! ああ、あたしのばか!!



(*'ω'*)



 ×月×日



 ドロシーがあたしに名前をつけたよ。トゥエリーだとさ。主様の魔力の塊だから。でもあたしは、どうせ名前をつけられるなら、もっと意地悪そうな名前が良かったよ。そうだね。ゴッド・スーパー・ウルトラ・グレート・意地悪なんてどうだい。ああ、素敵な名前! こっちの方が全然いいじゃないか! 明日ドロシーにこの名前にするよう言ってみよう。あいつめ、意地悪で素晴らしい名前過ぎて、腰を抜かすに違いない。



 なんてことだろうね! 腹を抱えて笑われたよ! あの女の子は、一体何様なんだね!? ああ、むかつく! 明日はもっとこきを使ってやるからね!! 覚えておくんだよ!



(*'ω'*)



 あたしはページを開く。

 ページを開くたびに、トゥエリーがドロシーについて語られていた。トゥエリーは、ドロシーが嫌いだったらしい。けれど、これはなんだろう。


 トトって誰だろう。



(*'ω'*)



 トト、文字を書いてごらん。


 ドロシー。


 そうさ。これはお前の主の名前だ。ではお前は?


 トト。


 そうさ。それがお前の名前だ。挨拶は?


 ボンジュール。


 そうさ。ドロシーがいつも言っている挨拶だ。



(*'ω'*)



 トト。



(*'ω'*)



 お前にすべてを教えるよ。



(*'ω'*)



 忘れるんじゃないよ。



(*'ω'*)



 忘れてはいけない。



(*'ω'*)



 いいかい。



(*'ω'*)



 これでドロシーを守るんだ。



(*'ω'*)



 あたしの代わりに。



(*'ω'*)



 わかったね?



(*'ω'*)



 これですべてだ。



(*'ω'*)



 時間がない。もう少しで主様がやってくる。



(*'ω'*)



 気づかれているだろう。



(*'ω'*)



 あたしはね、自分の人生は、自分で決める質でね。



(*'ω'*)



 わかってるね?



(*'ω'*)



 お前に預けよう。



(*'ω'*)



 あの子を守ってくれ。



(*'ω'*)








 どうかこれが、お前の目に、お前の耳に、お前の中に、入らないことを願って。






 スキです。


 あたしとまともに喋ってくれたのは、お前が初めてだった。

 あたしを生き物として見てくれたのは、お前が初めてだった。


 お前の声が聞きたい。

 お前の目が見たい。

 お前がいると、世界が変わる。

 お前が隣にいると、酷く心地がいい。

 その小さな肩にそっと触れて、お前を抱きしめてみたい。

 お前の匂いを嗅いでみたい。

 お前の耳に、この想いを伝えてみたい。


 けれど、ああ、けれど、それは叶わない。

 あたしは、作られた存在。心などない。

 ないはずなのに、目覚めてしまった。

 これは魔法ではない。

 これは呪いだ。

 なんて憎く、尊い呪いだろうか。


 スキです。


 アイしてます。


 この想いを伝えたい。


 でも叶わない。


 許されない。


 さようなら。


 お前がこれ以上、あたしに囚われないように。

 お前がこれ以上、ここにいてはいけないように。

 主様がここに来る前に。


 掃除をしてくれてありがとう。

 喋ってくれてありがとう。

 抱き締めてくれてありがとう。

 好きでいてくれてありがとう。

 歌ってくれてありがとう。

 遊んでくれてありがとう。


 本当は言いたかった。

 お前に、何度も伝えたかったの。


 この言葉が、絶対に、お前に届きませんように。










 ドロシー、ずっとアイしてる。














 日記は、ここで終わっている。




(*'ω'*)



 あたしは本を閉じた。もう一度見る。しかし、何度見ても、日記はここで終わっている。


(……読み終わっちゃった)


 リオンを見ても、リオンはまだ眠っている。


(結局、目を覚まさなかったわね。このばか)


 あたしは本を持って立ち上がった。


「ミックスマックスより、治療に専念することね」


 身をかがませた。


「また来るわ。お兄ちゃん」


 額にキスをして、離れる。


「はあ。……よくわかんない日記だったわね」


 あたしは部屋から出て行った。


(……ドロシーが読みたがってたわね)


 ……。


(持っていこう)


 あたしは本を持ったまま、塔から出て行った。

 ブルーローズは、今日も綺麗に咲いている。夕日がそろそろ沈みそう。


(なんか、久しぶりにゆっくり出来たわね)


 あたしは青い薔薇の道を通る。


(あの地下にいると、体調が悪くなる)


 ブルーローズ。


(サリアの言ってたこと、あながち間違いじゃないかも)


 ニクスが言ってた。この花には、呪いの力が動いているような気がするって。魔力の気配がする。地下にいた人間から栄養を貰っていたかもしれない仮説。


(それが通るのであれば、こんなに大量に咲いて、地下にいた人が寝込むのも理解できる)


 存在しない花。ブルーローズ。


(これで枯れたら怖いわね)


 青い薔薇の道を歩いていると、あたしのポケットから音が鳴った。


「ん」


 GPSを取り出してみる。……何これ。着信って書いてある。


(何?)


 ボタンを押してみる。着信モードになった。


(……着信って何?)


 じっと見ていると、機械から声が聞こえた。


『はろー?』


 びっくりして肩が揺れた。こいつ、喋ったわ!


『おーい』


 機械から誰かが喋ってる。何これ、どうなってるの?


『みーみ。耳に当てろ』

「耳?」

『受話器みたいに』

「ああ、なるほど」


 GPSを受話器のように耳に当てた。


「もしもし」

『元気か?』

「ええ、まあまあ」

『そいつは良かった。事件も無事に解決したみたいだし、一安心だな』

「……」


 あたしの足が止まった。


『それで、テリー?』


 相手がにやりとしたのがわかった。


『結婚式はいつにする?』

「キッドオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」


 あたしの声で、鳥達が夕日に向かって飛び立ち、鶏が叫び、馬が驚き、牛が「もう」と鳴いた。


「てめえ今さら何の用でその声聞かせに来やがった! 声じゃなくて姿を見せろ! あたしはね、てめえのその可愛いお顔を殴るために拳を鍛えてきたのよ!」

『テリー、落ち着いて。過呼吸になるよ』

「てめえのせいだろうが!!!!!」

『ああ、愛しい君。声を聞けて俺は心底安心してるよ。愛してるよ』

「あたしはてめえのせいで怒りが倍増したわ! てめえがいなかったこの一ヶ月ちょっと! 本当に大変だったのよ!」

『ああ、クレアから色々聞いてる。お前、ロザリーって名乗ってるんだって? で、人形を見た時に、怖くてクレアに泣きついたんだって? あはは』

「あははじゃねえわよ!!! 全部てめえのせいだろうが!!」

『何はともあれ元気そうで良かった。ニクスも無事みたいだし』

「……」

『大変だったな』

「……大変だったわよ。てめえが他人事にしてどこかに身を隠してる間に、いろんなことが起きて」


 あたしは片目を痙攣させた。


「亀に襲われたのも、お前のせいよ。あたしのボディーガードでしょう? お前、どこにいるのよ!」

『そう怒るなよ。もう少しで帰るから』

「いつ」

『もう少し』

「いつよ! てめえリオンを置いてどこに行ってるのよ! リオンがどうなってるか知ってるの!?」

『あいつ、花の取り方間違えたんだろ?』

「……一緒に行ったんでしょう?」

『……まー、色々あってな、別行動してたんだ』

「あ?」

『帰ったら話すよ。全部』


 キッドが笑った気がした。


『だから待ってて』

「待つわよ」


 あたしはGPSを握り締めた。


「お前との結婚破棄はまだ終わってないんだから」

『いつにしようか。結婚』

「しないわよ。気持ち悪い部屋まで作りやがって」

『あ、見た?』

「くたばれ」

『くくくく! お前の反応見たかったなあ。絶対面白かったのに』

「最低」

『なんだよ。ここまで愛してるのに』

「愛なんて感じない。あたしは喜怒哀楽の哀しか感じないわ」

『お前、今上手いこと言ったと思ってるだろ。全然上手くないからな』

「お黙り!」

『もう少しで帰るから。本当だよ』

「……クレアに色々チクってやったわ。せいぜいクレアに長いこと説教されなさい」

『ああ、今度は姉弟喧嘩が勃発だな。あいつ俺に似てねちっこいんだよ』

「ふん」

『二人で話をしよう。結婚式の日取りも決めないと』

「だかるぁ……」

『好きな人いないんだろ?』


 あたしは黙った。


『テリー、俺と結婚して』

「いや」

『冷たいな。長いこと婚約者を名乗ってたくせに』

「ごっこよ」

『結婚しよう?』

「切るわよ」

『愛してるんだ』

「キッド」

『俺の妻。それ以外は認めない』

「あたしにも選ぶ権利があるのよ」

『じゃあソフィアと結婚するか?』

「しない」

『リトルルビィと結婚するか?』

「しないってば」

『メニーは?』

「妹よ。するわけないでしょ」

『リオン』

「お断り」

『じゃあ、俺しかいない』

「あんただってお断りよ」

『嫌だ』

「あのね、お前を断ったって男は何千人といるのよ」

『お前が断ったらベックス家の財産を全部奪うぞ』

「あんたね、もう18歳でしょ。大人気ないことしないの。みっともない」

『テリー、結婚しようよ』

「嫌よ」

『じゃあ離婚前提ならどう?』

「あら、それなら……って言うと思った? どうせ今までと同じで離婚なんてさせてくれないんでしょ? お断りよ」

『お前、考えるようになったな』

「どこかの誰かさんのおかげでね」

『これは会って話すしかなさそうだな。……あと何日くらいメイドやってるの?』

「……今月いっぱいは」

『なら間に合うな。結婚届を持って早急に帰るよ』

「キッド、言ってるでしょ。結婚はしない。……あたしのこと考えてくれてるなら、結婚なんか、出来るはずないわ」


 あたしはこれからやるべきことがたくさんある。ベックス家のこと。紹介所のこと。島のこと。


「やりたいことがあるの」

『やっていいよ』

「王室の行事と仕事の行事が重なったら?」

『お前の好きなほうを優先すればいい』

「国民に叩かれるわ」

『俺が守るよ』

「嘘つき。お前なんか信用してない。ずっとね」

『帰ったら話し合おう』

「……帰ってくるのね?」

『少なくとも、今月中にはね』

「わかった」

『じゃあ切るよ』

「……」

『愛してるよ。テリー。心から』

「くたばれ」


 通話が切れた。あたしはGPSをじっと見る。


(……これ、最新式のだっけ? ……通話できるのね)


 ふん、と鼻を鳴らした。


(結婚なんてしないわよ。なに考えてるのよ。あの王子様。くそが。くたばっちまえ)


 あたしはGPSをポケットにしまい、帰り道を歩き始めた。


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