第4話 夜のパーティー(3)



 部屋に戻ると、メニーが枕をクッション代わりにして本を読んでいた。あたしが扉を開けると、メニーが本を閉じた。


「お姉ちゃん」

「ただいま」

「……どうだった?」


 あたしは自分のベッドに座った。


「別に」

「何の話したの?」

「亀」

「……亀?」

「亀って、臆病者なんだって」

「……ふーん」

「それと、歯がないらしいわよ。顎の力が強いから、食べる時は顎を使うんですって」

「……お姉ちゃん、知らなかったの?」

「……お黙り」


 あたしは制服を脱ぐ。制服が地面に落ちた。


「歯磨きは?」

「したよ。お姉ちゃんは?」

「さっきしてきた」

「お風呂は?」

「ラメールに会いに行く前に行った」

「そっか」


 ブラジャーを外す。ベッドに投げた。


「……ドロシーは?」

「どこか行っちゃった」


(また魔法使いのミーティング? ふん。どうせお菓子食べてるだけでしょ)


 下着を替えてからネグリジェを着る。


「今日はまるまるベッドを貸してあげたのに。残念な奴ね」

「お姉ちゃん、もう寝よう」

「ん」


 あたしは脱いだものをクローゼットにかけた。


「どっちのベッドで寝る?」

「お姉ちゃんのがいい」

「いいわよ。来なさい」

「うん」


 メニーが本を引き出しにしまい、あたしのベッドに潜った。あーあ、今夜は狭いままで寝ないといけないのね。


「消すわよ」

「うん」


 ろうそくを消す。暗くなる。窓から零れる明かりを頼りに歩き、あたしもベッドの中に潜った。中にはメニーがいる。メニーが奥の壁にピッタリくっつき、あたしは出来た隙間に入る。はあ、狭い。


「ほら、おいで。メニー」


 笑顔で腕を広げれば、メニーがあたしの胸に顔を埋めた。よしよし、もう寝なさい。さっさと寝ろ。お前が寝た瞬間、その体を壁に突き飛ばしてくれるわ。メニーの腕があたしの腰に置かれる。あたしの手もメニーの背中に置かれる。ああ、狭い。


「……」


(……くそ。髪の毛から良い匂いがする……)


 宮殿の同じシャンプーを使ってるはずなのに、あたしとは全然違う匂い。


(嫌い)


 甘い良い匂い。


(大嫌い)


 頭をそっと撫でると、メニーがあたしを見上げた。


(ん?)


「お姉ちゃん」


 メニーが不安そうな目であたしを見てくる。


「ラメールさんと付き合うの?」

「あのね、言ってるでしょ? 友達よ。仕事仲間」

「どうして急に亀のお話なんて聞きたくなったの?」

「……ちょっと興味が湧いたのよ。ペットにどうかしら」

「……亀がいたら、ドロシーが悪戯しちゃうかも」

「そうね。ラメールとも話して、猫がいるお家には飼っちゃだめかもって思ったわ。それでおしまい」

「おしまい?」

「ええ」


 リトルルビィが来たけど。


「おしまい」

「……ふーん」


 暗い部屋だもの。噛まれた傷には気付かないでしょうよ。


「メニー、明日も仕事があるから寝ましょう」

「……ちょっと慣れてきたよ。お仕事」

「……あんた、昔から器用だものね」


(こいつ全然苦労してないのよ。苦労してたら男達が助けに来るから。くそ。畜生。ムカつく)


 表には出さずに、あたしは微笑み続ける。


「みんなは優しい?」

「うん」

「良かったわね」

「この間もね、迷子になってたら使用人の人が助けてくれたの」

「そう。男の子?」

「うん」

「そうよねー」

「コネッドさんも助けてくれるの。アナトラさんも」

「二人は良い子だもの」

「それとね、魔法の呪文があるから、困ったことがあっても大丈夫なの」

「魔法の呪文?」

「リオン様を看病してる時、暇だったから読んでたの。ほら、掃除したほうの机に置いてあった古い本」


 あたしは眉をひそめた。


「あの日記形式のやつ?」

「うん。あの本、すごく面白かったよ」

「……全部読んだの?」

「ちょっとだけ」

「そう」

「それでね、後半のページに魔法の呪文が書かれてたの。書いた人が、忘れないようにってメモしてたんだって」

「ふーん」

「願いごとが使えるのは三回までで、あの人はすでに二回使ってたから、魔法の呪文を唱えるのにすごく躊躇ってたみたい」

「そんなシーンがあるのね」

「うん。呪文を言えば、お姉ちゃんも使えるかも」

「三回までなら使えるの?」

「らしいよ」

「どんなの?」

「えっとね」


 メニーが思い出す。


「エッペ、ペッペ、カッケ」


 メニーが唸る。


「ハイロー、ホウロー、ハッロー」


 メニーが唱える。


「ジッジー、ズッジー、ジク」


 メニーがにこりと微笑んだ。


「これで、願いを叶える使者が現れるらしいよ」

「変な呪文」

「使者を呼ぶための呪文なんだって」

「所詮はおとぎ話ね」


 あたしはメニーを抱きしめる。


「ほら、話はおしまい。もう寝るわよ」

「うん」


 メニーがあたしの胸に顔を寄せた。


「おやすみなさい。お姉ちゃん」

「……おやすみ」

「……お姉ちゃん」

「ん?」

「昼間、怒鳴ってごめんね?」

「気にしてないから大丈夫よ」


 頭を優しく撫でると、メニーが嬉しそうに微笑んだ。くたばれ。そして、あたしはどんどんうとうとしてくる。しかし、この女に寝顔を見せたくない。先に寝顔を見せるのはあんたよ。ほら、メニー。寝なさい。あたしよりも先に寝なさい。間抜けな寝顔を曝したらあたしも安心して寝れるわ。寝ろ。この美人。お前の引き立て役はもうこりごりよ。大嫌い。寝ろ。寝なさい。寝ろ。黙れ。息するな。息絶えろ。くたばれ。メニー――。







「……」



 凄まじい量の羽の音が部屋にとどろく。

 しかし、眠った姉は気づかない。

 彼女はすでに夢の中に入っている。



「どうか」



 彼女は願う。



「永遠に、テリーと一緒にいられますように」



 青い目は彼女に向けられる。彼女は夢の中だ。

 願いを叶える使者達は伝えた。




 あなたは、金の帽子を持っていない。

 私達は、あなたのお役には立てない。





「……役立たずども」





 忌々しそうな声が部屋に響いた。







( ˘ω˘ )





「お前、どうしてあたしの側にいるんだい」


 とても醜いものが、自分の肩に寄り添う少女に訊いた。


「あたしが臭くないのかい?」

「臭いさ。とってもね」

「なら、どうしてあたしの側にいるんだい」

「落ち着くからさ」

「あたしはね、あの毛だるまのライオンを閉じ込めた張本人だよ」

「キング、結構快適に暮らしてるよ」

「ブリキとわらのようになっちまうかもね」

「あの二人は、コウモリと野ねずみ達が破片を集めてくれた。今、一生懸命、直してくれてる」

「そうかい。いいことを聞いたね。あいつらが蘇ったら、この笛を吹いて、蹴散らしてやる」

「なら、今やればいいじゃないか」

「今は気分じゃないんだ」

「君はとんだ気分屋だ」


 風が吹く。髪の毛が揺れる。緑の髪の毛。黒い髪の毛。少女。とても醜いもの。二人が並ぶ。草原。花が揺れる。風が吹く。揺れる。ドレスがひらり。花がひらり。気持ちがふわり。


「トゥエリー、唄遊びをしよう。僕の唄がいいと思ったら、僕に笑ってくれる?」

「嫌だね! なんて言ったって、あたしは意地悪な魔女だからね!」

「上等だ。聴いてて」


 少女はすっと息を吸って――唄った。



 臭い匂い

 鼻が曲がる

 花も曲がる

 僕の隣

 臭い魔女

 それはだれだ トゥエリーだ

 一番醜い西の魔女

 僕の大事なトゥエリーだ

 そっと優しく触れてごらん

 あたたかい手をしているよ



 とても醜いものは笑わない。

 だって彼女は意地悪だから。


「トゥエリー」


 手が近づく。


「手を握ってもいい?」


 手は動かない。だから、少女は握った。とてもあたたかい。


「トゥエリーはあたたかいね」


 少女は見下ろした。


「トトも気持ち良さそう」


 とても醜いものの膝の上で、猫が眠っている。


「トゥエリー」


 それ以上呼ぶんじゃない。

 そう言いたくて、とても醜いものは、口を開いた。


「ドロシー」


 けれど、すぐに口を閉じる。手があたたかい。とても、あたたかい。だから、つい、思わず、握り返してしまった。
















 今日はシェフのようだ。

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