第9話 第四のミッション、遂行
透き通る青空。雲一つない。素晴らしい天候。お散歩日和だろう。
それに感化されたのか、引きこもりのメニーがようやく外に出た。ワンピースドレスを着て、麦わら帽子を被って、庭であたしの植物を眺める。
「これ、薬草?」
「ん」
あたしは水をやる。
「それはマイケルっていうの」
「名前つけてるの?」
「そうよ」
あたしは愛情を注ぐ。
「これは?」
「アリー」
「これは?」
「メグ」
「これは?」
「ワトソン」
あたしは水をやる。ゾウのジョウロから水がなくなる。
「これだけあげればいいでしょう」
「いっぱい育つといいね!」
「いずれ花が咲くらしいわよ」
「へえ。すごいね!」
メニーが目を輝かせ、植物達に微笑む。
「元気に育つんだぞぉ」
(ぐっ!!!!)
あたしはしゃがむメニーの後ろから、メニーをギラリ! と睨む。
(てめえが、あたしの可愛い植物ちゃんたちに、話しかけてるんじゃねえ!!)
「薬草が出来たら、なにに使うの?」
「リーゼの話だと、お風呂とか、紅茶にも使えるらしいわよ」
「へえ……。そうなんだ……」
(そうよ。この子たちはね、お前みたいに役立たずじゃないの。立派な花を咲かせて、あたしを喜ばせる能力を持ってるのよ。てめえなんかただ玉座に座ってあたしの死ぬところをぼーっと見てただけじゃない。くそが。さっさとくたばれ)
植物たちを眺めていると暖かな風が優しくあたしたちに吹く。メニーがにこにこ微笑んで、植物を眺める。
「お姉ちゃん、たまにはお外もいいね」
「そうでしょう。本ばっかり読んでたら、部屋のカビになっちゃうわよ」
「カビにはならないよ」
「街にお買い物にでも行く?」
「んー……」
メニーが首を振る。
「いいや。わたし、買いたいものないもん」
「ドレスは?」
「いっぱいあるもの。いらない」
「鞄は?」
「一個で十分」
「良くないわよ。メニー。貴族なら貴族らしい身なりをしないと。鞄一つでもドレスとつり合わないと笑われるわ」
「……そういうの、よくわかんない」
メニーがため息をついた。
「わたし、前までは貴族じゃなかったんだもん。そういうの、まだ、わかんない……」
こいつが広場に行くのは、もう少し先になりそうね。
表情が曇るメニーを見て、息を吐く。
「ま、ゆっくりでいいわ。あんたもようやく屋敷での生活に慣れてきたところなんだし、時間をかけていけばいいのよ。外は逃げないんだし」
「うん」
メニーがしゃがんだままあたしを見上げた。
「お姉ちゃん、ありがとう」
「なにが?」
「わたしに合わせてくれて」
「……ああ、別にいいのよ」
にこにこして答える。しかし、内心では思ってる。
(そうよ! 感謝しなさい! 土下座しなさい! 頭を下げなさい! ひれ伏しなさい! あたしがどれだけお前に優しくしてやってると思ってるのよ! そして誓いなさい! あたしを死刑にしないと! ここで女神アメリアヌさまに誓いなさい!!)
「お嬢さまがたぁー!」
「……リーゼ?」
庭師のリーゼが手になにかを持ち、笑顔であたしたちに駆けてきた。メニーが立ち上がり、リーゼを見た。
「どうしたの? リーゼ」
「うふふ! 良いものを見つけましたわ!」
「ん?」
リーゼが手に持っていた紙をあたしたちに見せる。……チラシのようだ。
「なにこれ」
あたしがリーゼからチラシを受け取ると、メニーが横からチラシを覗いた。
■だるまさんが転んだゲーム開催
やぁ! 調子はどうだい!?
実はね! 西区域でだるまさんが転んだというゲームをやるんだ!
ヒマを持て余してるガキども是非来てくれ! もちろん! 景品もあるよ!
ぼくらとだるまさんが転んだをやって、いっぱい景品を手に入れよう! 景品は色んなものがあるんだけど、数は限られているから、早い者勝ちだよ!
大人も子供も遊びにおいで!
さぁ、君も一緒に! だるまさんが転んだ!
(……なに、この子ども向け企画……)
あと少し言葉汚いわよ。チラシならもう少し言葉を見直してから作りなさいな。
「大人も参加出来るんですって!」
つまり、
「年齢関係なく、誰でも参加自由なんですのよ!」
リーゼがあたしたちに微笑む。
「メニーお嬢さま、楽しそうだと思いませんか? どうでしょう。これを機に、テリーお嬢さまと街へ行ってみてはいかがでしょうか?」
「街に……?」
メニーが少し怯えたように、あたしのドレスの袖を、きゅっとつまんだ。
「街……」
「メニーお嬢さまはこちらに引っ越されてから、ずっとお屋敷にいらっしゃいましたよね。街も数えるほどしか行かれてないとか」
リーゼが体を屈ませ、メニーの顔を覗き込む。
「こんなに晴れていらっしゃるのですもの。お出かけしないのは、もったいないですわ!」
「でも……あの……」
メニーがちらっと、屋敷を見た。
「お母さまやお姉さまが……なんて言うか…」
「あら。ご心配には及びませんわ。お二人で行けばいいのでしょうから!」
リーゼもママとアメリの態度をわかっているようだった。いや、それはわかるわよね。あれだけ態度違えば、わかるわよね。
「テリーお嬢さま、いかがでしょうか」
「そうね」
あたしはメニーを見る。
「どうする?」
「え……」
「行く?」
「ん……」
「行くなら、サリアに声をかけるわ」
「サリア?」
「メイドのサリア」
「……最近、お姉ちゃんがよく話してる人?」
「そうよ」
あたしはニィ、と笑う。
「三人で行きましょうか。ならいい?」
「……」
メニーがしばらくチラシをじっと見て、見つめて、見つづけて、黙って、しばらく固まって、ようやく、こくりと頷いた。
「行く」
メニーがあたしを見た。
「行きたい」
メニーが目を輝かせる。
「行ってみたい」
「じゃあ、行きましょう」
「うん!」
「リーゼ」
あたしはリーゼに顔を向ける。
「ありがとう」
「いいえ!」
リーゼが嬉しそうに微笑んだ。
「どうぞ、楽しんできてくださいまし!」
親切なリーゼの笑顔は、まるで植物園に咲く花のように可憐であった。
(*'ω'*)
保護者代わりにサリアと同伴の元、メニーと馬車に乗って街へ出かける。メニーが窓から街を眺める。サリアがチラシを見つめる。
「西区域の広場ですね。あそこは公園も多いので、こういうイベントは開かれやすいのでしょう」
サリアが視線をチラシからメニーに移した。
「メニーお嬢さま、湖の見える公園には行ったことがありますか?」
「湖の見える公園?」
「ええ。とても大きな公園です。休憩したければベンチもありますし、ガゼボも設置されております。湖の前でシートを敷いてお弁当を食べるもの良し。とても素敵な場所ですよ」
「へえ、そんなところがあるんだ……」
メニーが窓を眺める。城の影を見る。時計台を眺める。鳩が飛んでる。人が歩いてる。
「城下町ってすごいね。やっぱり、なんでも揃ってる」
「都会だからね」
あたしも窓の景色を眺めて呟く。
「そろそろ着く頃ですね」
サリアが言うと、馬車の揺れがゆっくりになる。
「ああ、到着のようです」
馬車が止まる。サリアが先に馬車から下りて、手を差し出す。
「テリーお嬢さま」
「ん」
あたしはサリアの手を取って、ぴょんと下りた。
「メニーお嬢さま」
「はい!」
メニーが馬車から下りた。周りを見渡すが、人の多さを見て、唇をきつく締め、麦わら帽子をぎゅっと下ろし、より深く被る。
「……」
「会場は……広場近くの公園みたいね」
「あれでしょうか」
サリアが指を差す。人が集まってる公園がある。
「行こう、サリア」
「ええ」
「メニー」
あたしが手を差し出す。メニーがちらっとあたしを見て、あたしの手を掴む。
「離れちゃ駄目よ。迷子になるから」
「うん」
あたしはサリアを見上げる。
「サリア、準備いいわ」
「ええ。行きましょう」
サリアがゆっくり歩き出す。あたしはメニーを引っ張って歩き出す。メニーは俯いて歩き出す。しかし、興味はあるようで、帽子の中から顔を少し上げて、辺りをきょろきょろと見回す。
(てめえは人見知りのガキか!)
公園の中ではチラシ通り、子ども向けのイベントが開催されていた。司会者がマイクを持ち、実況をしている。
「さあさあ! 今回はどうかなー? 誰が勝つのかなー?」
「お兄ちゃん! がんばって!」
小さな少女が声を張り上げる。子どもたちが参加する子どもたちを応援している。大人の鬼が歌う。
「だーるーまーさんがー」
少年が走った。
「転ん!」
少年が鬼をタッチした。
「あ!」
少年がはっと、口角を上げた。大人が笑った。
「こいつはやられちまった!」
大人が景品を少年に渡した。
「はい。どうぞ!」
「ありがとう!」
お菓子の詰め合わせが入った箱を貰い、少年が微笑み、人混みの中に戻っていく。
「リトルルビィ、お菓子だよ!」
「やった! お兄ちゃん! すごい!」
「ふふ! そこで食べようよ!」
「やったぁ!」
景品を手に入れた兄妹が仲良く手を繋いで笑いながら、あたしたちの横を通り過ぎた。メニーが景品の置かれたテーブルを眺める。
「お姉ちゃん、すごいね。お菓子の詰め合わせだって」
「それだけではないようです」
サリアがこそりとメニーに耳打ちして、指を差す。
「あれも」
「わあ」
お人形。テディベア。ネコのぬいぐるみ。
「可愛い!」
メニーが目をきらきら光らせた。あたしはそのメニーの姿を見逃さない。
(メニーが目をキラキラ光らせている!)
その視線を辿る。ネコのぬいぐるみに辿り着く。
(なるほど! こいつ、あれが欲しいのね!?)
もう一度見れば、メニーの目はきらきら光っている。
「さーて、次の景品はぁー!」
大人がネコのぬいぐるみを持ち上げた。
「これだー!」
「あ」
メニーがぽかんと声を出した。
「参加者は誰かなー?」
メニーがきゅっと唇を結んだ。手を挙げる気配はない。それを見て、迷わずあたしが口を大きく開けた。
「はーーーーーーーーーい!!!!」
あたしは大声で手を挙げる。メニーがぎょっとあたしを見た。
「え……」
「あたし!! 参加しまぁあああす!!!!」
サリアがくすくす笑い出す。あたしはメニーの手を離し、サリアに振り向く。
「サリア! メニーをお願い!」
「ふふっ。かしこましました」
あたしは小走りでゲームエリアの中へと入る。大人のスタッフがあたしを見下ろす。
「よし! 元気のいい子だ! 頑張るんだよ!」
「はーい!」
にっこりと笑えば、スタッフにゲームエリアへと案内された。
(ふふふふ……)
あたしはにんまりとにやける。
(これで勝てば、ネコのぬいぐるみはあたしのもの)
それをメニーにプレゼントする! メニーは感動する!
「お姉ちゃん! なんて優しいの! わたし、お姉ちゃんがだいしゅき! 信頼度爆上げ! テンションミックスマックス! お姉ちゃんへのハートがマックスレベル! お姉ちゃんだいしゅき! もう絶対死刑になんかしないよ! なにがあっても、お姉ちゃんだけは死刑にしたりしないお★!!」
「っしゃあ!!」
ぐっと拳を握る。
(この戦い! 負けられない!!)
罪滅ぼし活動ミッションその四、ゲームで景品をゲットしてメニーに渡す。
(あたしはやり遂げてみせるわ!)
(絶対、絶対、絶対! やり遂げてみせるわ!!)
マイクを持った司会者があたしに訊く。
『可愛いお嬢さん! 意気込みはー?』
「頑張ります!!!!」
『おやおや、元気なお嬢さんだ!』
見てる人々がくすくす笑う。がんばれーと外野の声が聞こえてくる。
(景品ゲット! 景品ゲット! 景品ゲット!!)
あたしはニィィイ! と笑う。鬼を狙う。いつでも準備は出来てる。
(さあ! 来い!!)
意気込んでいると、肩をぽんぽんと叩かれた。
(うん?)
ちらっと振り向く。青い瞳と目が合う。
「やあ」
にこりと、微笑まれる。
「また会ったね」
思わず硬直する。帽子の影から見える天使のような笑顔。イケメンの笑顔。笑顔を見た少女の大勢が胸を押さえた。目をハートにさせた。そんな背の高いイケメンが、あたしに笑みを浮かべている。
(え、誰?)
こんなイケメン、知り合いにいたっけ?
(超好みのイケメン!!)
あたしの目がハートに変化する。笑顔のイケメンはあたしに訊く。
「妹さんに本は渡せた?」
「うん?」
その一言で、記憶が一気に蘇る。
――本を贈るなんてとても素敵。良いと思うよ。
――ただ、本選びが幼稚だ。確かに色んな物語が詰まっていればどれか一つ目に留まるかもしれないけれど、見たところ、まず入ってる物語が幼稚。絵も幼稚。絵本なら、こんなものよりもっといい本がある。
――俺が選んであげるよ。
あたしの目がぴくりと引き攣った。少年がにっこりと微笑んだ。あたしはにっこりと微笑んだ。
「うぅうううん???? お兄ちゃん、どこかで会ったっけぇーー?」
「えー? 覚えてないの?」
「あたし、しーらない!」
少年から目を背け、鬼役の大人を見る。が、少年は横から声をかけてきた。
「ねえ、君、景品が欲しいの?」
(うるさい奴ね……)
あたしはにっこり微笑んで、頷く。
「うん! あたし、景品が欲しいの!」
「あのネコのぬいぐるみ?」
「うん!」
「また妹さんにプレゼントするの?」
「うん!」
「そっか。君は妹さんにプレゼントをするのが好きなんだね」
でも、残念。
「俺も、今、デートの最中でね」
少年が顔を上げ、手を振る。手を振られた少女は顔を真っ赤にさせて、叫んだ。
「キッド、頑張って!!」
「ごめんね。今回は君に勝ちを譲れないんだ」
(坊や、そのセリフ、そのままお返しするわ。あたしだって誰にも勝利を譲る気はない。なぜなら、あたしは背負ってるものが違うから)
あたしは10歳の笑みを浮かべたまま、少年を見上げる。
「あたしも負けないもんね! ネコのぬいぐるみは、あたしがもらうんだもんね!」
「ねえ、勝負をしない?」
突然提案をされて、きょとんと瞬き三回。
「勝負?」
「もしも、このゲームで俺が勝ったら」
少年があたしの顔を覗き見る。
「君の名前を教えてくれないかな?」
「わあ、初めてナンパされちゃったぁ!」
あたしは笑う。
「きもい!」
今度は少年がぽかんと瞬きした。あたしは少年から目を背け、鬼役の大人を見る。横から、ぶふっと吹き出す音が聞こえた。少年が体を震わせ、くすくす笑っている。
「くっくっくっ……! キモイだって……。すげえ。俺、初めて言われたよ……!」
(あ? なんで笑ってるの? キモイ奴にキモイって言ってなにがおかしいわけ?)
「面白い」
少年が笑う。
「ねえ、勝負しようよ。きっと盛り上がるよ」
もちろん?
「俺が負けたら景品は君のもの。プラスアルファで、そうだな。……時間のある時に、君とデートしてあげるよ」
「うふふ! 結構です! お前となんかデートしたくないし気持ち悪いから近づかないでくたばれどっか行け馬鹿阿保間抜け青髪青カビ青タン野郎」
「ねえ、教えて。君、どこの子? 家は? 家族は?」
そこで司会者の声が響く。
『それでは、参加人数も集まったところでー! はーじーまーりーまーすーよー!』
あたしは鬼役の背中を見る。集中する。
『よーい!』
狙いを一点に定める。
『スタート!』
「だーるーまーさーんがー」
あたしは走り出す。他の子供も走り出す。少年は歩き出す。
「こーろーんーだー!」
あたしは止まる。みんなも止まる。少年も止まる。
『もう一回いきますよー!』
「だーるーまーさんがー」
あたしは走り出す。他の子も走り出すが、
「ころんだ!」
「っ」
急に早口になった大人に、ぴたりと硬直する。他の子供が転んだ。
「あっ」
「よーし、こっちに来い!」
「うええ……」
小さな少年が鬼の元へ歩き、手を繋ぐ。
(ふん、楽勝ね)
こんな子供騙し、あたしは平気よ。
「さあ、つづけるぞー!」
鬼が顔を隠した。
「だーるーまーさんがー」
あたしは進む。他の子供たちも進む。あたしの足がなにかを踏んだ。カチ。
(ん?)
「転んだ!」
横から、ぶわーーーー! と風が吹いた。
(いっ!?)
長いドレスを着ていたおかげで中は見えない。しかし、膝丈のスカートを穿いていた少女たちが慌てて布を押さえた。
「きゃーーー!」
「いやーーー!」
「よーし! 動いたなー!」
少女二人が悔しそうに鬼の元へ歩いていく。
(な、なにが起きたの……!?)
あたしは足元を見る。スイッチが置かれていた。
(え!?)
周りを見る。よく見ると、スイッチが光っている。
(なっ!)
スイッチだらけ!
(な!?)
あたしは振り向く。残された子供たちも呆然としている。ただ一人、青髪の少年だけは涼しい顔をしていた。目を動かしている。どこにスイッチがあるか探しているように、目を動かして、にこりと微笑む。
(あいつ、気づいてたんだ! だから歩いてたのね!)
あたしは周りを見る。
「では、つづきを始めるぞー!」
(ぐっ! まだ全部確認できてない……!)
「だーるまさんがー」
あたしは歩く。誰かが走った。カチ。スイッチの音が聞こえた。
「転んだ!」
箱が落ちてきた。
(うん?)
大量のネズミが放たれた。
「っ」
「わああああああ!!」
少年たちが悲鳴をあげる。
「ははは! 動いたな! こっちにおいで!」
「行けないよ!」
「ネズミが! ネズミが!!」
あたしは体を震わせる。
(ネズミ……!)
ちゅーちゅーちゅー!
(ネズミ……!!)
あたしは目を輝かせる。
(かわいいぃぃいいいいいい!!!!)
ちゅーちゅーちゅー!
(ネズミ! ネズミちゃんだわ! ああ! なんて可愛いの!)
ちゅーちゅーちゅー!
(まあ! あたしの足元にまで来たわ! うふふ! 可愛い! なんて可愛いの!! あんたは子ネズミね! ま、あんたは雌ね! ふふ! 可愛いわねぇ! ネズミはいつ見ても可愛いわね!!)
『さあ、盛り上がってきた! ネズミから逃げなかった子どもたちに拍手!!』
拍手の間に、ネズミが回収される。
(またね! ネズミちゃんたち!)
ああ、久しぶりにネズミちゃんに会えて、あたし、幸せ!!
「さあ! 面白くなってきたところで、つづきをするよ!」
だーるまさんがーこーろんだ! カチ!
(一気に幸せが吹っ飛んだーーーーー!!)
地面から水が吹き出す。
「ぎゃーーーー!」
「地面から噴水がーーー!」
数名の子供がアウト。だーるまさんがーこーろんだ! カチ!
(いーーーーーー!!)
草にトラップ。
「ひぃーー! 濡れた草に滑って転ぶーー!」
「いてっ」
だーるまさんがーこーろんだ! カチ!
「ひい!」
「ぎゃ!」
「なんてこった!」
「ぱんなこった!」
「この戦いが終わったら……オイラ……あの子に告白」
アウトー!
(くそ! 時間がかかればかかるほど、難しくなっていく!)
あたしは周りを見回す。もう残っているのはほんの数人だけだ。
(これで決めるしかない)
あたしは落ち着いて計算する。
(あたしの位置と鬼の位置)
頑張って走れば、行けない距離じゃない。
(全力で行けば)
罠に怯えず、怯むことなく、なにがあっても全力疾走で行けば、
(行けない距離じゃない)
あたしは集中する。
(これが出来れば)
死刑への道が遠ざかる!!
「だーるーまー」
あたしは走り出す。足を踏み込む。かちりと、音がする。
「さーんーがー」
後ろから悲鳴が聞こえる。トラップが発動されたようだ。しかし、あたしは全力疾走で走る。いける。草が濡れる。滑るのを利用する。滑るからこそ前へ滑っていく。
「こーろー」
あたしは手を伸ばす。
(いける!)
あたしは前へ飛びつく。
(死刑回避!)
あたしは足を踏みつける。
(死刑回避!!)
あたしは飛び込む。
(あたしは、死刑の未来を回避する!!)
あたしは鬼の背中に手を伸ばす。届く。あと数ミリで、届く――、
――はずだった。
あたしが触る寸前に、ぴとりと、横から伸びた手が鬼の背中に置かれた。
(え)
横目で見る。青髪の少年が、涼しい顔をして触れていた。
「え」
あたしの足が滑る。
「あっ」
濡れた地面に倒れる。
「ふぎゃ!!」
べちゃ、と濡れた土が、あたしのドレスと顔についた感触がした。鬼が振り返る。少年が微笑んでいる。
「おー! こいつはやられちまった! 優勝は君だ!」
「やったー」
少年がにい! と微笑むと、見てた人々が胸を押さえて、うっとりしだした。
「あらやだ、あの子可愛い」
「わたしがもう少し若かったら……」
「ねえ、あれキッドじゃない?」
「やだ! キッドだわ! なにやってるのかしら!」
「キッドー! やったわ! 私のキッドが優勝だわ!」
「おい、見てみろよ。キッドだぜ。あいつまたこういうゲームで勝ちやがった」
「ははっ! あいつ、運動神経いいもんなぁ!」
あたしは体を震わせる。
「はい、景品だよ」
「どうもありがとうございます!」
少年がネコのぬいぐるみを受け取って、知り合いの少女に向ける。
「オリビアー。君のために取ったよー」
「キッドー!!」
観客たちが少年に拍手を送る。少女が少年に飛びついた。抱きしめて、少年の頬にキスをする。少年が嬉しそうにふふっと笑った。また拍手が起こる。拍手喝采。耳が痛くなるほどの大きな拍手。
その陰で、あたしはむくりと起き上がる。見下ろす。ドレスが泥だらけ。
「……。……。……」
あたしはドレスを叩き払った。しかし、汚れは取れず、手に泥がついた。
「……。……。……」
あたしは顔を拭った。袖に泥がついた。
「……。……。……」
黙ってゲームエリアから抜け出す。とぼとぼと歩いて戻ると、サリアとメニーが迎えに来た。
「お姉ちゃん!」
メニーがあたしに駆けてくる。
「あら、大変」
サリアもメニーの後ろからついてきて、あたしの前にしゃがみこんだ。
「泥だらけじゃないですか」
サリアがハンカチであたしの顔を拭う。サリアが優しく微笑む。あたしは唇をぎゅっと結んだ。サリアがあたしの顔をハンカチで拭う。頬を拭われる。すると、視界がどんどん揺れてくる。
「あらあら」
サリアが眉をへこませて微笑み、あたしの背中をとんとんと撫でた。
「テリーお嬢さま、もう少しでしたね」
「……。……。……」
あたしはぎゅっと拳を握り、ぎゅっと唇を噛み締める。
「お嬢さま、よく頑張りました」
「うん! お姉ちゃん、すごかったよ!」
メニーがあたしの背中をとんとんと撫でる。
「お姉ちゃん」
メニーがあたしの背中を撫でる。
「泣かないで」
あたしの瞳から、ぼろ、と涙が出てくる。
(畜生……! もう少しだったのに……!)
あいつさえいなければ、ネコのぬいぐるみはあたしのものだったのよ。
(メニーに渡せたのに……!)
(死刑回避の未来が遠のいたのに……!!)
あのガキのせいよ!!
「んんぅ~~っっ……!」
声にならない声が鼻から漏れ、年甲斐もなく、情けないほどボロボロと涙が出てくる。サリアがハンカチをあたしの目頭に押し当てた。
「お嬢さま、よく頑張りました。本当に、メニーお嬢さまのためにやり切ってましたよ」
「お姉ちゃん! わたしなら大丈夫だよ!」
メニーが慌てたようにあたしの背中を叩いた。
「泥だらけになっちゃったし、今日はもう帰ろう? ね? サリアもそう思うでしょう?」
「ええ。奥さまに見つかる前に、お部屋に戻って着替えましょうか。大丈夫ですよ。ドレスのことは三人だけの秘密です」
「うん! 秘密だよ!」
メニーが急いであたしの手を握り、ゆっくりと歩き出す。
「お姉ちゃん、行こう!」
「さあ、お嬢さま」
サリアがあたしの肩を押す。メニーがあたしの手を引っ張る。あたしは歯を食いしばる。
(くそっ!!!!)
拍手の方を睨む。
(くそ!!!!)
にやにやしている青髪の少年を睨みつける。
(畜生!!)
少年がふと、こっちに気付く。瞳があたしを見つける。あたしと目が合う。あたしは少年を睨む。声を出さず、口を動かした。
「 く た ば れ 」
(あいつ、絶対に許さない……!)
あたしは、ぷい、とそっぽを向いた。少年がきょとんとした。メニーがあたしを引っ張る。サリアがあたしの肩を押して、人の間を通り抜けた。
馬車に乗る頃、また新たなゲームが開催され、会場が大盛り上がりとなっていた。
「……あーあ。名前、聞きそびれちゃった」
「キッド? どうしたの?」
「ふふっ。君のことを考えていたんだよ」
「や、やだ……。キッドってば……」
頬を赤らめる少女を見て、少年が涼しい笑顔を浮かべた。
(*'ω'*)
お風呂に入って、新しいドレスに着替えて、髪を乾かして、ヘアブラシで髪を梳いていると、とんとん、とノックされた。
「……はい」
「お姉ちゃん」
メニーがドアを開けて、顔を覗かせた。
「入ってもいい?」
(……来た……)
「……ん」
頷くと、メニーがドアを閉める。あたしはヘアブラシを机に置く。メニーがあたしの前まで来て、あたしを見下ろす。
「……メニー」
「なに?」
「……ごめん……」
景品、
「取れなかった」
あたしは謝る。
「ごめん……」
俯く。
「ごめんなさい……」
ミッションは失敗した。あたしの未来は、また死刑が近くなった。ギロチンがあたしに手を振る。
「メニー! ごめんなさい!!」
あたしは頭を下げた。メニーがぎょっと目を見開く。
「お願いします!! 許してください!!」
「お姉ちゃん? どうしたの?」
「ごめんなさい! ごめんなさい!!」
あたしは顔を上げて、頬を差し出す。
「ビ、ビンタで……勘弁して……!」
「お姉ちゃっ……」
メニーがしゃがみこみ、あたしの顔を覗き込んだ。
「ビンタなんてしないよ! なに言ってるの!」
「え……!?」
「景品なんて、どうでもいいの! ぬいぐるみなんて、買えばいいんだから!」
メニーがあたしの手をしっかりと握りしめ、熱い眼差しをあたしに向けた。
「わたし、お姉ちゃんを励ましに来たの!」
「えっ!?」
「だって、お姉ちゃん、頑張ってたから!」
メニーが優しい笑みをあたしに向ける。
「ね、お姉ちゃん、元気出して。笑って?」
「……怒ってないの?」
「なんで怒るの?」
メニーは笑顔だ。
「お姉ちゃん、わたしのためにすごく頑張ってくれて……だから……わたし、すっごく……嬉しかった!」
それはまるで天使のような笑顔。
「ね、お姉ちゃん、また一緒に出掛けよう? 今日、すっごく楽しかったから! 今度は、一緒にお買い物に行こう?」
「……」
ん?
「メニー、怒ってないの?」
「ふふっ! 怒ってないよ!」
「本当?」
「うん!」
「本当に?」
「うん!」
「ビンタは?」
「しないよ!」
「……。……。……」
あたしはメニーを見下ろす。メニーはあたしを必死に慰めようとしている。
(……ふむ)
怒った様子はない。
(なるほど)
こいつ、怒ってないわ。
見下ろせば、メニーは笑っている。
(なーーーーーんだ!!)
あたしの口角が上がる。
(よかったーーー!!)
こいつ、なにも怒ってないわ!! あたしの罪を、簡単にトイレの水の如く流しやがった! あー! よかったー! こいつが単純な良い子ちゃんで良かったーーーーー!!
「メニー、あたしを許してくれるの……?」
目を潤ませて訊くと、メニーがこくこくと頷いた。
「しょうがないよ! だって、あのゲーム、いんちきだったんだもん! いっぱいトラップが張ってあって、ずるかったもん!」
「そうよねぇええええ!!」
あたしはにこーーー! と笑った。
「そうなの! ずるかったの! でも、あたし負けたくなくて! すっっっっっっっっっっごく頑張ったの!」
「うん! お姉ちゃん頑張ってたよ!」
「そうよね! あたし、頑張ってたわよね!!」
テメエのために頑張ってたわよね!!
(なーんだ。怒ってないのね! 良かったー!!)
死刑に怯えてたあたしが馬鹿だったわ!!
「わたし、嬉しかったよ。お姉ちゃんがわたしのために、泥だらけになるまで頑張ってくれて」
メニーがあたしの手を自らの頬に引き寄せた。
「お姉ちゃん、……ありがとう」
「そんな! メニー! あたしはただ、メニーの喜ぶ顔が、見たかっただけなのよー! メニーが笑顔でいてくれたら! あたしは幸せなのよー!!」
「うふふ! わたしも、お姉ちゃんが笑顔でいてくれたらすごく嬉しいよ」
メニーが嬉しそうに、頬を少し赤らめて、あたしを見つめた。
「またお出かけしようね。テリーお姉ちゃん」
「ええ!!」
あたしは笑顔で頷く。
「今度出かける時は、お互いの好きなものを買いに行きましょうね!」
「うん!」
メニーが微笑む。あたしが微笑む。仲良し姉妹が完成する。
(おお? これは……?)
ある意味……ミッション成功では……?
罪滅ぼし活動ミッションその四、ゲームで景品をゲットしてメニーに渡す(ことは出来なかったから変更して)、もとい、ゲームで姉妹愛を深める。
(成功よ!!)
にやあ!!
(大成功よ!!!)
「メニー!」
「ひゃっ」
あたしは笑顔でメニーを抱きしめる。メニーがあわあわと手を泳がせる。
「お姉ちゃんっ」
ふふっと、メニーが笑って、あたしを抱きしめ返す。
「お姉ちゃん、わたし、本当に嬉しかったよ」
笑顔のメニーの声が耳に入ってくる。
「お姉ちゃん、大好き」
あたしは目を輝かせて、にやりと、笑った。
大成功よ。
メニーの信頼は、上げられた。
あたしは、メニーに信頼される、優しいお姉ちゃん。
「あたしもよ。メニー。愛してるわ」
偽りだらけの空っぽの言葉を、あたしはいやらしい笑顔を浮かべて、口から吐き出した。そこに心はない。だが、言葉はいくらだって選んで言える。
全ては、あたしが死刑にならないために。
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