第16話 10月30日(3)


 16時。商店街通り。



 道端でメニーと出くわした。


「あ、お姉ちゃん」


 とてとてと、駆け寄ってくる。一人の少年がその姿を見て視線を追わせるが、目の前の木にぶつかり、その場で転んだ。


「お姉ちゃん、どこにいたの?」

「……お使い」


(災難ね。少年)


 少年の頭の上に、ひよこがぴよぴよ回っている。


「お姉ちゃん、私、そろそろ帰るから」

「馬車は?」

「歩いて帰る」


 ちらっと足元を見て、


「ドロシーもいるし」


 そして、あたしに微笑んだ。


「また明日ね。お姉ちゃん」

「気を付けて帰りなさいよ」

「うん」


 そう言って、あたしはメニーの横を通り過ぎる。――すると、メニーに手を掴まれた。


(ん?)


「お姉ちゃん、ちょっと待って」


 メニーに引き止められる。あたしはじろりとメニーを見る。


「……何よ。帰るんでしょ」

「一個だけ」


 メニーがあたしを見る。


「何か忘れてない?」

「ん?」

「私に、何か言うこと忘れてない?」

「……メニーに言うこと?」


 あたしは考える。


(……?)


 何かあったかしら?


 ……。


「……いや、特に何も無いけど」

「もう!」


 ぷう、とむくれて、メニーが首に指を差した。


「これ、つけてきたのに!」

「……ああ。それ?」


(チョーカーくらいで大袈裟な……)


 メニーがあたしを見上げる。


「ねえ、似合ってる?」

「何? わざわざそれを言ってほしかったの?」

「だって、お姉ちゃん何も言わないんだもん」


(面倒くさ……)


「前に言ったじゃない。似合ってる似合ってる」

「……なんか、てきとー……」


 メニーが不満げに唇を尖らせる。


(……うるさいわね……)


 頭の中で舌打ち。


「付け心地はどう?」

「異常なしであります!」

「結構」


 リサイクルは成功したようだし、ならば用はない。さっさと帰りなさい。しっしっ。


「ね、お姉ちゃん、明後日帰ってくるんでしょ?」

「ん」

「ふふ! やった!」


 メニーがあたしの手を掴んで、ぴょんぴょんと飛び跳ねた。


「ドロシー、もう少しでお姉ちゃんが帰ってくるって!」

「にゃ」

「ふふ! やった! 嬉しい!」


 メニーが微笑んで、あたしに首を傾げた。


「ドリーさんに言っておくね! ご飯、何が食べたい?」

「……ん」


 ……。


「……昼まであの家でゆっくりするから、夜ご飯だけでいいわ。何でもいい」

「夜ご飯だけね。伝えておく」


 メニーが手を掴んだまま、ゆらゆらと揺れる。


「お姉ちゃん、明日のランチはどうする?」

「……食べて歩きたいから、いらない」

「……お姉ちゃん」


 メニーがひそりと、耳打ち。


「結局、明日誰と歩くの?」

「……」


 あたしはため息をついた。


「……分かんない。とりあえず、あんたはリトルルビィと歩きなさい」

「ん……。分かった」

「バイト、16時には終わるはずよ。そこら辺で待ってるといいわ」

「アメリお姉様もそれくらいに約束の人と待ち合わせしてるんだって。だから、一緒に待ってる」

「そう」

「仮装、楽しみだね」


 メニーの仮装姿はまた美しいんでしょうね。今までもそうだった。人々が見惚れるようなものを持ってくるに違いない。


(……むかつく)


 何を着ても似合うなんて、本当にむかつく。


「……じゃ、気を付けて帰りなさい」

「うん」


 メニーの手が離れる。


「じゃあね。お姉ちゃん」


 メニーが微笑んで、ドロシーを見下ろした。


「いこっか。ドロシー」

「にゃあ」


 メニーが一歩踏み込んで、風が一瞬なびく。メニーの髪の毛があたしのシャツのボタンに絡まった。


「いだっ!」

「わっ!」


 メニーとあたしがまた近くに寄る。


「うえええ……」

「ああ、面倒くさいわね。あんた髪の毛結んで来なさいよ」

「ううう……」


 髪の毛が絡まる。


(……面倒くさい……)


 あたしはメニーの体を自分の方へ寄せた。


「ちょっとこっち」

「ん」


 メニーがあたしにくっつく。あたしはメニーの髪の毛とボタンを解く。


「……」


 メニーが黙る。あたしは指を動かす。メニーが解放される。


「出来た。はい」

「……ありがとう」


 メニーがあたしから一歩離れる。あたしはメニーを睨む。


「ぼやっとしてないの。暗くなる前に帰りなさい」

「はーい」


 メニーが歩き出す。またあたしに振り向く。


「お姉ちゃん」


 メニーがにこりと微笑んで、手を振る。


「また明日ね」


 そう言って、ふふっと笑って、前を見て歩き出し、ドロシーと一緒に帰っていく。


(……やっと帰った)


 あたしはため息をつく。


(なんであいつと立ち話をしなければいけないのよ)


 少しだけ話して解放される予定だったのに、


(風が吹いたお陰で長引いたわ)


 ああ、嫌だ嫌だ。


 あたしは歩き出す。商店街の通りへ戻っていくと、作業がすさまじい速さで進んでいた。


(……元に戻ってる)


 残された瓦礫は見えないように布で隠され、飾りはほとんど完成されていた。


「あ、ニコラちゃん! 見つけた!」

「ん」


 ベッキーが寄ってきた。


「ねえ、ニコラちゃん、私と話さない?」

「ん? 何?」

「ニコラちゃんって、……リオン様と知り合いなの?」

「……ん?」

「ニコラちゃん!」


 エリサが寄ってきた。


「ねえ、いつからリオン様と知り合いなの?」

「……ん?」

「ニコラちゃん!!」


 フィオナとエミリが寄ってくる。


「ねえねえ、リオン様と親友なの? お昼食べてたでしょ!」

「……」


 8歳のエミリがきらきらと目を輝かせて、あたしを見上げてくる。あたしはエミリに微笑み、皆に微笑み、顔を一瞬引き攣らせ、黙った。


「……」

「ねえ、ニコラちゃん! どこで会ったの?」

「今度いつ会うの?」

「ねえねえニコラちゃん、キッド様とは面識はないの?」

「リオン様ってどんな人なの?」

「大親友だって言ってたわ。ねえ、遊んでるの?」

「え、リオン様と遊んでるの?」

「ニコラちゃん、どうなの? ねえ、教えて!」

「ニコラちゃん」

「ニコラちゃん!」


 興味津々な瞳をきらきらと輝かせて、少女達があたしに向けてくる。


(……レオ、恨むわよ……)


 あたしはにっこりと微笑んで、ベッキーに訊いた。


「ねえ、ベッキー、飾りはいいの?」

「ちょっと手が空いてるの!」

「ベッキー! 何やってるんだ! こっちにこい!」

「あっ! 待ってください! もうちょっとだけ!」

「エリサ! こっち来て手伝って!」

「もうちょっと待ってください! 今、ニコラちゃんと真剣な話をしてるの!」

「フィオナ! エミリ!」

「待ってください! リオン様のことを聞くまで、引けません!」

「……リオン様……かっこよかった……」


 少女達が文句を言いながらそれぞれの持ち場に戻っていく。あたしは安堵の息を吐いた。


「ふう」

「ニコラ」


 ジェイソンが声をかけてくる。


「さっきの子、妹なの?」

「ん?」

「ニコラ」


 フレディが声をかけてくる。


「さっき喋ってた子、なんて子なの?」

「ん?」

「やあ、ニコラ」


 マイケルが声をかけてきた。


「さっきのあの子、君の妹なんだろ?」

「……」

「ねえ、あの子、明日も来るんだろ?」

「ニコラ、あの子、名前はなんていうの?」

「何歳?」

「あのさ、あの子って、花とか好きかな?」

「ニコラ、あの子、明日は何時くらいに来るんだ?」


 興味津々な瞳をきらきらと輝かせて、少年達があたしに向けてくる。


「……」


(……メニー……)


 あたしは恨みの炎を燃やしていく。


(……許さない……)


 いなくなってもモテるなんて、


(……許さない……!!)


「こら、ジェイソン! ニコラに何やってるの!」

「パメラさん、今行くからちょっと待ってよ!」

「フレディ、ハサミを持ってこっちに来い!」

「チャッキーさん、待ってくださいよ! もう少しだけ……!」

「マイケル、仕事サボって何やってるんだ! 包丁の手入れはどうした!」

「今行くよ……。分かったってば……」


 少年達がとぼとぼと持ち場に戻っていく。あたしはドリーム・キャンディのテントに戻っていく。中にはリトルルビィと奥さんが飾りを作っていた。奥さんがあたしに気付き、微笑む。


「お帰り」

「戻りました」

「どうだった?」

「……元気そうでした」

「そう」


 奥さんが頷く。


「なら良かった。ありがとう。ニコラ」

「いいえ」

「明日、この分のお給料も、きっちり用意しておくからね」


(……お給料……)


 あたしは思い出す。


「あー! そうだ!」


 リトルルビィも思い出して、微笑む。


「明日、お給料日だ!」

「そうだよ。この一ヶ月、皆、頑張って働いてくれたからね」


 奥さんが微笑んだ。


「ニコラも明日の働き次第で変わってくるからね」

「え」

「冗談だよ」


 ふふっと笑って、奥さんが手を動かす。


「ニコラ、手伝ってくれる?」

「はい」


 あたしもテントの中に入り、椅子に座り、飾りに手を伸ばす。ハロウィン祭の準備は着々と進んでいる。お化けのバルーンは笑っている。大きな飾りも、垂れ幕も、役員達の指示でどんどん飾られ、風景が元に戻っていく。

 サガンがパイプを咥えながら歩いていた。男達が荷物を運びながら歩いていた。子供達が簡単な作業をしながら手伝っていく。年配の従業員達が負けじと飾りをつけていく。


(祭が始まるのね)


 人々が動く。働く。飾っていく。


(一度目と同じ光景)


 ハロウィン祭は、もう目の前だ。


(ジャックは現れる)


 リオンの影から、見ているだろう。


(アリス)


 ジャックは、アリスに会いたがってる。


(アリス)


 一緒にお祝いしましょう。死人のための、おかしなイベントを。


 ジャックと共に。






(*'ω'*)






 21時。商店街通り。




「せーの!」


 人々が一斉にランプをつけた。

 イルミネーションとまではいかないが、昔っぽいレトロな照明が用意された。

 地面に置けば、街が薄暗く光った。


「完成だ!!」


 誰かが叫んだ。皆が拍手をした。


「作業はここまでだ! 皆、本当にご苦労だった!」


 役員の一人が声をあげ、拍手と歓声が沸き起こる。サガンを小突いた。


「サガン、一言」


 サガンがメガホンを口の前に置いた。


『明日は怪我しないように。今夜はもう帰って寝ろ。以上』

「ははは! 相変わらずだね!」


 奥さんがケタケタ笑い、あたし達に微笑んだ。


「さあ、残業はおしまいだよ! 明日は早いからね、今夜はゆっくりお休み」

「はい!」

「はい」


 リトルルビィとあたしが返事をし、解散となる。テントの中から荷物を持って出ていくと、呼ばれた。


「ニコラや」

「あ」


 振り返ると、じいじが迎えに来ていた。


「じいじ」

「ほう。すごいのう」


 じいじが商店街の景色を見て、目を丸くした。


「昨日からの今日でこれか。素晴らしいわい」

「ビリーのお爺ちゃん!」


 リトルルビィがじいじに駆け寄った。


「こんばんは。リトルルビィ。家まで送ろう。着替えも持ってきたよ」

「ありがとう!」


 リトルルビィが微笑むと、テントから顔を覗かせた奥さんがじいじを見た。


「あら、こんばんは」

「ああ、どうも」


 じいじが頭を下げた。


「ニコラの保護者の方ですか?」

「ええ」

「ああ、そうでしたか。これはこれはどうも」


 奥さんが微笑む。


「すみませんねえ。今、足を痛めておりまして、このままで失礼しますよ」

「いやいや、とんでもない。お怪我の方は?」

「大丈夫です。時間が治してくれますよ」


 奥さんが元気に笑い、眉をへこませた。


「帰すのが遅くなってしまい、すみません。二人とも、よく働いてくれました」

「そうですか。ニコラはサボっておりませんでしたか?」

「……サボってない」

「あははは! 大丈夫ですよ! 頼み事も引き受けてくれました。本当に働き者ですよ! その子!」

「そうですか」


 じいじが微笑んで頷き、リトルルビィを見た。


「お前はどうだ? リトルルビィ。つまみ食いなどしてなかったか?」

「してないもん!」

「ルビィはもうベテランですよ。ずっといてほしいくらいです」

「そうですか。それは良かった」

「夜分遅いので、お気をつけてお帰りくださいな」

「ええ。貴女も」


 じいじが頷き、あたし達の背を押した。


「帰るぞ」

「はい!」

「奥さん、失礼します」

「お疲れ様でした!」


 あたしとリトルルビィが言うと、奥さんが手を振った。ランプが光る道を三人で歩いていく。がいこつの飾りを見て、リトルルビィが指を差した。


「ビリーのお爺ちゃん、あの飾り、私とメニーが作ったのよ!」

「ほう、メニー殿もいたのかい?」

「うん! 夕方まで手伝ってくれたの!」

「ああ、そうだったのか」


 じいじがうんうんと頷き、リトルルビィがじいじの手を握って歩く。


「あのね、あの飾りは、ニコラが!」

「ほう」

「あれは、パン屋で働くエミリって子が!」

「そうかい」

「あれは私!」

「ほぉ、すごいのう」


 じいじが微笑み、うんうんと頷く。あたしは後ろを歩き、飾りを眺め、光景を眺め、ポケットから、間抜けな音を聞いた。


(ん?)


 ポケットに手を突っ込ませる。GPSを見る。


(新着メッセージ)


 開く。


「……」


 名前を見て、黙り込む。


「……」


 メッセージを見る。




『麗しき君。


 お化けが蔓延るハロウィンの前夜、いかがお過ごしかな?

 残念だけど、今夜はお化けの悪戯によって君に会うことは出来ないようだ。

 でも、悲しむ必要はない。お化け達は私達の味方だ。

 再会の楽しみを増やすために、私達の距離を切り裂いたに違いない。

 今宵、私は君を恋と呼ぼう。君は私を愛と呼んでくれ。

 二人が揃えば恋愛になる。素晴らしい言葉だろう?

 君を求めて、君は私を求めて、ハロウィンの月を眺めることにしよう。

 明日には必ず会いに行くよ。寂しがる必要はない。愛しい我が君。

 明日、嫌でもお化け達が、私達を会わせるだろうから。


 おやすみ。愛してるよ』



(うわああああああああああああああ!!!)


 久しぶりにきた。夜のおやすみ前のメッセージ。背筋がぞわぞわぞわぁ!


(こいつ、よくも懲りずにこんなの毎日送ってきてたわね……)


 時間の無駄遣い。


「けっ」


 削除をぽち。


「はあ」


 あたしは光り輝く星空の下で、深呼吸をした。


「じいじ、明日はちょっと早いのよ」

「ん?」

「あ、そうなの!」


 リトルルビィが思い出して、じいじを見上げる。


「あのね、商店街っていつも10時から店が開店されるんだけど、明日はハロウィン祭だから、一時間早いの。9時からなの」

「そうかい」

「だから、あたし達も一時間早く行かなきゃいけないの」


 あたしはじいじを見上げた。


「……目覚まし時計壊れたから、起こしてくれない?」

「ああ、分かった。朝ご飯は?」

「食べてく」

「用意しておこう」


 じいじがリトルルビィを見る。


「お前は?」

「キッド製の目覚まし時計があるから大丈夫!」


(……作ったのね)


 相当壊れたのだろう。この子の目覚まし時計。

 リトルルビィがふにゃりと微笑んで、じいじと手を繋ぐ。


「ビリーのお爺ちゃんも明日来る?」

「行くよ」

「本当?」

「ああ」

「美味しいお菓子、選んであげる!」

「ああ。頼むよ」

「……レジは、あたしがやる」

「ああ。頼むよ」


 あたしは手を伸ばす。じいじの手に触れる。じいじがあたしの手を握った。


「ビリーのお爺ちゃんも仮装するの?」

「そうじゃのう。マントを着て、バスケットに林檎を詰め込んだじじいでもやるかのう」

「それ、いつものビリーのお爺ちゃん!」

「ふぉふぉふぉ」


 静かな夜を三人で歩く。空には星空。町にはハロウィンの飾りが完成されていた。あたしはじいじの手を握る。じいじも優しく握る。リトルルビィがじいじと手を繋ぐ。一緒に歩く。


 実に、有意義で、平和な夜だった。



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