第11話 10月6日(2)


 12時。



 一年前、城下町に、国で一番大きな図書館が建てられた。どこかの神殿のような大きさに、くらりと目眩をしてしまいそうになる。

 壁中が世界中の本だらけ。一日二日ではとても全部を回れない、広くて大きな中央図書館。


 久しぶりに中に入れば、インクと紙の匂いがして、見上げれば、シャンデリアが図書館を明るく照らしていた。


「ああ、いた」


 あたしが呟き、そのカウンターに向かう。


(いたけど……)


 カウンターが混んでる。非常に混んでる。メニーからも聞いているが、彼女が受付カウンターで業務を行っていると、受付カウンターが混むらしい。彼女が本の整理をしていると、その階には人が集まるらしい。


 ――主に、男性が。


 あたしはその光景を遠くから眺める。男性が一人、受付カウンターに近づいた。


「あの、この本を借りたくて」


 女性司書が手続きをした。


「それと、あの」


 男性が言った。


「よろしければ今度、僕とデートしてくれませんか?」


 女性司書は微笑む。すると、デートを申し込んだ男性が、ぽかんとした顔で、受付カウンターから離れていく。


「……今日、雨降るっけ……?」


 そう言って去っていく。去ると、男性がまた一人、受付カウンターに近づいた。


「やあ! 本を借りにきたんだ。……嘘だよ。君に会いに来たんだ」


 男性が言った。


「僕と君の物語を君の心の棚から借りたい。どうだろう? 一緒に物語を読んでいかないかい?」


 女性司書は微笑む。そして、よく分からない口説き文句を言った男性がカウンターから離れ、笑い出した。


「ふふっ! そうさ! 僕は運命の人を探しているさすらいの旅人なのさ……! ふっ!」


 そう言って去っていく。去ると、男性がまた一人、受付カウンターに近づいた。


「コートニーさん」


 いいや。


「ソフィア」


 男性が言った。


「好きだ。好きなんだ。君のことが本気で好きなんだ。今度こそ、俺と結婚を前提に……」


 女性司書がくすす、と笑った。そして、告白をしていた男性が受付カウンターから離れ、興奮したように走ってきた。


「なんだか! なんだか、僕は! とても犬が飼いたい気分になってきたぞ! わーん!」


 そう言って去っていく。去ると、今度はあたしが近づき、受付カウンターに手を置いた。その女を見下ろす。女は座ったまま、眼鏡をかけたその目で仕事の書類を眺めていた。


「金髪のレディ」


 あたしが言った。


「よろしければ、今夜一緒に食事しませんか?」

「何時から? 恋しい人」


 くすす、と笑って、金の瞳があたしを見上げる。


「君からのお誘いなんて、嬉しいな。何時に待ち合わせ?」

「冗談よ。馬鹿」


 黄金の目をじっと睨むと、その目がおどけだす。


「おや、期待して損した。でもそれもまた、二人の将来の余興の一つと思えば、楽しい思い出になる」


 くすす。


「テリー、随分と久しぶりだね。会いたかったよ」


 元、大怪盗パストリル。現在は、図書館司書のソフィアが、にんまりと微笑んであたしを見つめる。下から見上げてくるソフィアの豊満な胸が、ボタンをはちきれんとばかりに見せつけてくるようで、あたしの視線が自然とそっちへ流れる。悔しいほど目立つ胸の谷間と、いやらしく微笑むソフィアを見下ろし、けっと喉を鳴らした。


「下品な服装」

「何? テリーってば。来て早々不機嫌だね」


 おや、もしかして?


「嫉妬?」

「あんた、頭大丈夫?」

「くすす。分かってるよ。テリー。君は私の胸を独り占めしたくて、いらいらしてるんだ。……もう、可愛いんだから。テリーってば。君の顔を見るだけで、ますます君を恋しく感じるよ」

「お黙り。思ったことを素直に言っただけよ」


 谷間なんて見せやがって。


「谷間を見せていいのは、舞踏会で男を誘惑する時だけよ。破廉恥女め」

「だってね? テリー」


 ソフィアが胸を押さえて、微笑みながらあたしを見上げる。


「苦しいんだよ」


 切なげに、眉をひそませる。


「胸を出さないと押しつぶされた感じがして、呼吸困難になってしまいそうになるの。救急隊を呼ぶことになったら大変。仕事に支障が出てしまうのは実に迷惑極まりない。こうして、あえて胸を出す服を着ているのは、一生懸命仕事をするためでもあるんだよ」

「てめえ、口を開けば一々むかつくわね……」


 親指の爪を噛みながらソフィアを睨む。


(それだけあるなら、あたしにも2カップくらい分けなさいよ……!)


 じいいいいいっと、そのむかつく谷間を睨み、ぎりりと爪を強く噛むと、ソフィアがはっとした。


「ああ、そういうこと?」


 ソフィアがあたしに手を差し出した。あたしはきょとんとして、瞬きする。


「ん? 何?」

「何って、テリー」


 ソフィアが微笑む。


「触りたいんでしょ?」


(あ?)


 あたしの片目が、ぴくりと痙攣する。


「あんた、頭いかれた?」

「それだけ私の胸から目を離さないとなると、答えは一つ」


 私の胸を、触りたいんだ。


「いいよ。いくらでも見せて、触らせて、揉ませてあげる。いい? テリー限定のサービス精神なんだからね?」

「いるか! そんなサービス精神!」


 勢いのままカウンターを叩く。


「女の胸揉んで何が楽しいのよ! あたしはね! 紳士の腕に腕を絡ませてくっつく方が好きなの!」

「腕がほしいの? はい」


 差し出してくるソフィアの腕をぱーん! と叩くと、ソフィアが愉快げに笑った。


「くすすす!」


(くそぉ……!)


 またからかわれてる。またからかってくる。初めて『ソフィアとして会った』時もそうだった。

 唄遊びであたしの唄を散々こけにしやがったのよ。この女。


(おまけに)


 ――君を好きになった。

 ――テリーに恋しちゃった。

 ――どうか盗ませてくれない? 君の恋心。


(……疲れてるんだわ。この女)


 あたしは確信している。


(働きすぎて頭がいかれたのよ)


 女が女を恋しいですって? ばかばかしい。


(あたし、落ち着いて。冷静に)


 誰よりも大人であるあたしは、この状況を受け入れ、しっかりと対応しなけばいけない。ふう、と深呼吸して、腕を組んで、冷静にソフィアを見下ろす。


「からかいは結構。あたしはあんたに用があって来たのよ」

「用?」


 ソフィアが微笑みながら首を傾げた。


「個人的な用件かな?」

「あたしが個人的にあんたを訪ねるわけないでしょう」

「そうかな? 恥ずかしがってるだけで、実は個人的に会いに来てるのかも」

「ソフィア」


 あたしはソフィアを冷たく見下ろす。


「いい加減になさい」

「いい加減って?」

「からかいも程々にしなさいってことよ」

「はて? からかってるつもりはないんだけどな。君が勝手に反応しているだけであって」


 ああ、もちろん。


「私、テリーの反応する時の顔、大好き」

「あんたみたいな美人に好かれるなんて嬉しい限りよ。ソフィア。でもね、注意して。それ以上、あたしを煽るような発言をしてごらんなさい」


 腕を差し出す。


「この小さな赤ずきんちゃんが、あんたに牙を向くわよ」


 あたしの腕にくっついてるリトルルビィが、今までずっとしてきたように、ぎいいいいいいいいいいいいっ、とソフィアを睨み、ソフィアが肩をすくめる。


「おやおや、それは怖い。月の出る日は背中に気を付けないと」


 ふっと、ソフィアが息を吸い――唄った。



 赤い月 赤い月

 現れ出でるは赤ずきん

 尖った牙を向きだして

 獲物を一匹選び出す

 獲物を一人選び出す

 赤を求める赤ずきん

 来れるものなら来てごらん

 私の瞳に勝てるかな?

 かかっておいで 赤ずきん

 小さな小さな赤ずきん

 吸血するならしてごらん

 返り討ちにしてあげる



「くすす。ねえ、リトルルビィ。昨日の本はどうだった?」

「……ん」


 唄を聞いて、むう、と頬を膨らませたリトルルビィが、本をカウンターに置く。


「はい。いつもありがとう。カードを返すね」


 ソフィアがカウンターにリトルルビィの図書カードを置き、リトルルビィが受け取る。そして、またじっと睨み、あたしにもっとくっついた。


「ソフィア……。満月の夜、背中に気をつけて……」

「くすす……。覚えておくよ……」


 ソフィアがにんまりと微笑み、リトルルビィが睨む。ばちばちと一瞬火花が散って、収まって、くすすと笑ったソフィアが再びあたしを見上げた。


「それで? テリー」

「ん?」

「用って?」

「ああ」


 忘れてた。


「健康診断書。ビリーから回収するように頼まれてるのよ。お渡し」

「へえ。珍しい。ビリー様が君に頼むなんて」

「……」

「お使いに来てくれてありがとう。お疲れ様」


 ソフィアがあたしに優しく微笑んでから、カウンターの横に積まれたバインダーに手を伸ばした。


「私はてっきり切り裂きジャックの本でも探しに来たのかと」

「切り裂きジャックの本? そんなのがあるの?」


 訊くと、ソフィアがバインダーを広げながら頷く。


「都市伝説のコーナーにあるよ。ハロウィン祭が近いというのもあって、テリーくらいの若い子達が面白がって借りていくんだ。リトルルビィは読んだ?」


 リトルルビィがきょとんとして、首を振った。


「お勧めしておくよ。ハロウィンの前に読んだら、ジャックの詳細が知れて面白いかもしれない。ああ、でも今全部貸出中だったかも。返ってきたら読むといい。……ああ、そうだ、そうだ。ジャックと言えば」


 ソフィアが手を合わせた。


「ねえ、テリー、良かったら今度、カボチャのケーキを食べに来ない?」

「ケーキ?」


 ぴくりと、あたしの耳が動く。


(……ソフィアのケーキ……)


 ……悔しいけど、ソフィアの作るものってどれも美味しいのよね。

 飴を舐めていた頃は舌が麻痺して味のないものばかり食べていたようだけど、それも回復してきて、時々、メニーと一緒にお菓子やご飯をご馳走になっている。


(……最悪。メニーのことを思い出した)


 メニーを忘れるために首を振る。リセット。今度は頷く。


「……そうね。今度行こうかしら」


 リトルルビィを見下ろす。


「ね、リトルルビィ。一緒に行きましょう」

「え? 私?」

「あんた以外誰がいるのよ」

「え、テ、テリーがそう言うなら……行く」


 リトルルビィが嬉しそうにぱっと表情を明るくさせて、あたしの腕に顔をすりすりしてきた。――瞬間、ソフィアが口角を下げて、バインダーを勢いよく閉じ、腕を振って、持ってたバインダーをリトルルビィに投げつけた。


「きゃっ!」


 こーん! と顔面命中。そのままリトルルビィが倒れる。


「おっと、しまった」


 ふふっと笑って、ソフィアが立ち上がる。


「ソフィア! 何するのよ!」

「手が滑っちゃった。ごめんね」


 起き上がるリトルルビィを横目に、ソフィアが歩いてくる。あたしはバインダーを見て、ソフィアを見て、呟く。


「……今の、かなり思いきり投げてたように見えたけど……」

「そんなわけないでしょ? くすす」


 笑いながらソフィアがカウンターから出てきて、バインダーを拾い、あたし達の前に立つ。すらりとした腰に、女性らしい豊満な胸の、色気むんむんの体のラインが見えてイラっとする。


(いつ見ても羨ましいわね……。ど畜生が……)


「リトルルビィの分のお菓子は別に用意してあげる。また後日、仕事で宮殿に集まった時にでも。……でも、テリーは一人でおいで」


(は?)


「なんで?」


 訊けば、ソフィアが恥ずかしそうに微笑んだ。


「ふふっ。私に言わせるの?」


 黄金の瞳が視線を逸らす。


「家デートがしたい」


 そう言って、ほんのり頬を赤らめて、口元を手で隠した。


「もう。恥ずかしい。テリーってば。好きだよ」

「……」

「はいはい。睨まない睨まない」


 ソフィアが開いたバインダーから一枚の書類を取り出し、あたしに手渡す。健康診断書と書かれている。


「はい」

「……確かに」


 ちゃんと受け取って、あたしは鞄に入れた。



 罪滅ぼし活動サブミッション、二人から健康診断書を回収する。



(ミッション完了)


 あたしは大きくため息をついた。


「はあ。あたし、わざわざこのために来たのよ。一気に疲れた。あんたと喋ってたら疲れたわ。だからここに来たくないのよ」

「いつでもおいで。君なら大歓迎」

「ソフィア、一つだけ、あたしから有難い言葉をあげるわ」

「ん?」


 ソフィアに指を差して、じっと見上げる。


「あんたね、せっかく素敵な紳士に口説かれてるんだから、そちらと親しくなりなさい。あたしみたいなとっても可愛い14歳のいたいけな女の子なんか構わずに」

「テリー、本気でそんなこと思ってるの?」


 呆れたようにソフィアが腰に手を置いた。


「あのね、結局のところ興味ないんだよ。私を簡単に好きになってしまう、顔と体しか見てない鼠なんか、興味のひとかけらだって持ち合わせていないよ」

「私が興味を惹かれるのは一人だけ」

「テリーだけ」

「だからケーキ食べにおいで?」

「いつなら空いてる?」

「二人でゆっくり話したい」

「テリー、デートしようよ」

「好きだよ。君が恋しい」

「ねえ、テリー」

「くすす」

「ああ、恋しい。胸がどきどきする。テリーの顔を見てるだけで幸せ」


 今日一番の笑顔を浮かべ、ソフィアが指を差すあたしの手を握っていじいじ。


「テリー、デートしよう。ね? いいでしょう? 私は盗んでみせよう。君の時間を」

「やめろ。あたしは今すごく忙しいの。せっかくの時間を盗んだら承知しないわよ」


 手を無理矢理離してため息をつくと、ソフィアが頷いた。


「そうそう。ずっと気になってたんだ。ねえ、テリー。今日はなんでそんな格好してるの?」


 まるで、


「キッド殿下の普段着みたい」


 ――……。


「……キッドが着てる服を、あたしが着ると思って? あたしは貴族よ? 馬鹿なこと言わないでくれる?」

「テリー、図星だって顔に書いてある」


 視線を逸らすあたしに、ソフィアが自分の頬に指をとんとんと動かした。


「なんだか事情があるようだね。また今度時間がある時にでも聞こうかな。くすす。ドレスの君も素敵だけど、ボーイッシュな君も恋しい」

「帰る」

「うん? もう帰るの?」

「帰る」

「どこに?」


 じっと睨むと、ソフィアが笑った。


「おや、怖い怖い」


 馬鹿にしたように、ソフィアがおどける。


(……すかしやがって)


 何でもない顔をして、人の頭の中を読もうとしている黄金の目の視線が嫌い。キッドって呼ぶわよ。おやめなさい。ソフィアがチラッと、リトルルビィを見た。


「リトルルビィも帰るの?」

「んー……」


 リトルルビィが考えだすと、ソフィアが微笑み、棚に促した。


「本でも読んでいけば?」

「……」


 リトルルビィがあたしを見上げて、あたしの手を握ってくる。


「テリーは帰るの?」


 少し寂しそうな赤い目が見つめてきて、その頭をそっと撫でる。


「そんな顔しても帰るわよ。書類失くしたらビリーに顔向けできないし」

「……ちぇ」


 薄く微笑みながら、リトルルビィが呟き、あたしの手を離す。


「じゃあ、ちょっと本読んでから帰ろうかな」

「ええ。そうしなさい」


 あたしもその頭から手を離す。


「じゃあ帰るわ。さようなら」

「あ、ちょっと待って。テリー」


 振り向けば、ソフィアが何かを見つけたような顔で、あたしの傍に寄ってきた。


「頭に何かついてるよ」

「え?」

「葉っぱかな?」


 あたしのキューティーで素敵な髪の毛に、葉っぱがついてるですって!?


「そんな!!」


 あたしは膝から崩れた。


「ああ! なんてこと!! あたしの可愛くて丸い頭に葉っぱですって!? あたしの頭に触れていいと思ってるの!? 酷い! こんなの悲劇だわ! あたしの頭に葉っぱ! 葉! ぱ! あたしが芋虫だとでも言いたいの!? おあいにく様! 葉っぱは食べないのよ!! 葉っぱなんていらないのよ! あたしが愛してるのはあたしの植物ちゃん達だけなのよ!! こんなの酷すぎる! 笑い者よ! 最低!」


 キリッ、とソフィアを見上げた。


「よくってよ! ソフィア、今だけお前にあたしの美しい頭を触ることを許可してあげるわ。さあ! 取れ! 葉っぱ同然のお前が! あたしの頭に巣を作る葉っぱを取り除くのよ! さあ! やれ!!」

「くすすすすすす! 分かったからじっとしてて」


 ソフィアが眼鏡を外す。


(ん? なんで眼鏡外すの?)


 不思議に思いながらじっとしていると、ソフィアが近づいた。


「へ」


 ――ちゅ。


「っ」

「なっ!!」


 リトルルビィがあたしの頬にキスをしてきたソフィアに声をあげた。ソフィアが離れ、くすくすと笑いながら眼鏡をかけて、あたしの顔を覗き見る。


「駄目だよ。テリー。隙だらけ」


 これじゃあ、誰にでも騙されてしまうよ?


「冗談だよ」


 葉っぱ如きで暴れるなんて可愛い。


「このまま盗んでしまおうか」


 ソフィアがあたしの顎を上に向けた。


「君の唇を」


 その瞬間、ソフィアの背中にリトルルビィが飛びついた。


「ソオオオオオオオフィイイイイアアアアアアアア!!!」

「くっすすすすすす!!」


 ソフィアが腕を大きく振り、リトルルビィがあたしの前に立ち小さな壁となる。赤い瞳が黄金の瞳を睨みつける。


「よくも! よくも私のテリーの可愛いほっぺに!」

「『私のテリー』?」


 あははははは!


「言ってるでしょう? ミニチュアトリプルスモールサイズのミニマムルビィ。テリーの恋心は、私のものだ」

「むうううううううううううううううううううう!!」

「あははははははは! 大人にそんな顔するもんじゃないよ? 何だったら、唄遊びで勝負しようか?」

「望むところよ!!」


 火花がばちばちばちばちばち!


「では、私から」


 ソフィアが息を吸って唄う。


 恋しいテリー

 可愛いテリー

 どうして そんなに 恋しいの

 いつか その目が 私を見る

 そう思うと胸が苦しくなる

 早くこの胸に君を抱きしめて

 閉じ込めてしまいたい

 テリー大好き

 君が恋しい


「ふふ! まるで子供の唄みたい!」


 リトルルビィが息を吸って唄う。


 私のテリー 可愛いテリー

 ずっと見てて 私を見てて

 大好き大好き 私のテリー

 その腕 ぎゅっと掴んでたい

 その手を ぎゅっと掴んでたい

 私のテリー 可愛いテリー

 お願い 私に キスをして


「何言ってるの? 君の方が幼稚な唄じゃない」


 ソフィアが息を吸って唄う。


 テリーの花を見るたび

 君を思い出す

 テリーの花を見るたび

 君が恋しくなる

 愛しい我が君

 恋しい我が君

 テリー・ベックス

 唯一君だけ 私の恋


「そんな唄、言葉だけよ!」


 リトルルビィが息を吸って唄う。


 見上げる横顔 天使のよう

 揺れるおさげは 羽のよう

 向ける笑顔は 女神のよう

 私の隣を歩くはテリー

 毎日どきどき止まらない

 毎日会うたび 高鳴る胸

 テリー テリー 大好きよ


「毎日?」


 ソフィアの目が光る。


「毎日って何?」

「ひえっ」


 リトルルビィが口を押さえた。


「言わないもん!」

「ねえ、毎日って何?」

「言わないもん!」

「リトルルビィ、飴ちゃんあげるから言いなさい」

「言わないもん!」

「毎日会ってるの?」

「言わないもん!」

「なんで? どうして? テリーのあの服装は何?」

「言わないもん!」

「こら、リトルルビィ。待ちなさい」

「言わないもん!!」


 ととと、と駆けていくリトルルビィを大股で歩き優雅に追いかけ始めるソフィア。一瞬、あたしに振り向いて、ふふっと笑う。


「じゃあね。テリー。家デート、考えておいてね」


 綺麗なウインクをして、またおチビちゃんを追いかける。カウンターの前にはあたしが一人が残される。


「……嵐が去ったみたい」


 はあ、とため息。


(……背中は綺麗なお姉さんなのに)


 振り向いて、口を開けば、


(残念な女)


 ……。


「……帰ろう」


 呟く頃、リトルルビィとソフィアの姿は見えなくなっていた。



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